愛しい子に祝福を


 大好きだよ。スーシュ。
 だから君の人生は、君のものなんだ。
 君は人間だから、これは、ただの僕のわがままなんだ。
 だけど、スーシュ。
 君がいてくれた時間は、ずっと忘れない。

『こんにちは』
 はじめて見る人に、声をかけ続けた。
 シェーネのあとをついで大樹と呼ばれ、生きていた。
 木々は暖かく、また厳しく僕を見守ってくれていた。
 そして、僕はこの国を見守っていた。
『こんにちは……?』
 亜麻色の髪と、黒い目の少女が、言葉を返してくれた。あの時の喜びは忘れない。

 スーシュ、一人切りは寂しいんだ。それを、僕は知っている。
 先代(シェーネ)がいなくなって、僕は一人で。
 ただ、見守った。
 君の存在は歓びと、少しの悲しみの予感をもたらした。

『ねぇジュア? どうしてみんな驚いているの?』
『昔はね、スーシュ。誰もが木々と話をしていたんだよ。でも、長い長い時間を越えて、僕達より長く生きるヒトは、木と話すことを忘れてしまったんだ』
『私は?』
『時々、木の言葉を覚えているヒトが生まれるんだ』
『それが私?』
『そうだね』

 だから、スーシュ。
 君がいた時間は消えない。
 それなら君は、泣かないでくれるかな。

「――ん?」
『おきた? スーシュ』
「ジュア……」
『どうしたの?』
「私……」
『うん』
「行きたくない」
『――知ってるよ』
「行きたくないの」

 そんなに悲しい顔をしないで。
 笑っていて。
 どこに、いても。
 大丈夫。大地は、繋がっているのだから。

 たくさんの木々達が、寂しいと嘆いている。僕と会話をはじめたスーシュの存在は木々の中で広まり、いつも、話題の中心。
 はじめは、僕のいない所で木々達とスーシュが楽しそうに話しているのを聞くのが嫌だった。
 だけどある日、もみの木が言った。『三の王女様は、ジュア様の話しかしません』と。
 おどろいてその話をすると、なんだか焦って走り去ってしまい。しばらく来なかった。
 嫌われたのかと思って、悲しんだ。
 僕の手は広がる枝葉で。その頭を撫でる事も、抱きしめる事も、追いかけることもできない。
 ひどく、不自由なこの木(み)を、はじめて恨んだ。
 ぁあ、また、ひとりきり。
 この身にすぎる幸運を、ただ、自ら遠ざけた。

 あの時の絶望の時間はひどく長く。これまでの時間の中で一番苦しかった。
 スーシュが、帰ってきてくれるまで。

『……スーシュ?』
「ごめんなさい」
『なぜ? 謝るのは僕のほうだ』
 首を振って幹にしがみついてスーシュは泣いていた。
 ぁあ、僕は――
 きっと、この優しさに甘えているのかもしれない。

 あの時、他の木々達とスーシュが何を話していたのかは、よくわからない。
 だけどそのあと、スーシュはある目的を持って行動を始めた。
 嬉しかった。
 だけど恐ろしくもあった。それは、スーシュをひとりきりにするから。ひとりは、寂しいから。
 だけど僕は救われる。
 人の中で生きるスーシュが人を遠ざける事。結局、僕は何も言わなかった。
 それは、スーシュの意思だと思い込んで。

 そして、それからの数年は、今まで生きた時間よりもずっと短いはずなのに、とても充実していた。

『スーシュ? また逃げて来たのかい?』
 最低限、王女としての教養の時間は確保されていた。しかし、それを抜けて現れるその姿。
「ちーがーうっわ! 自主学習なの!」
『それは、もちろん、学ぶべき事の予習か、復習なんだよね?』
 学びの時間は、大切だった。僕も、シェーネから多くを学んだ。
「……ジュア嫌い」
『……スーシュ』
 嫌われるのは、嫌だ。僕も、甘い。
 結局、もたれかかるスーシュに木の葉をざわめかせて答える。心地よい日差しの暖かさに、スーシュが加わる。
「きもちいい……」
『スーシュ、それは?』
 今日は、ずいぶん重そうな本を持っている。
「これ?」
 スーシュがそっと取り上げる。とても大切そうに。
「古語の本!」
 重たいのか腕が震えている。
「ぜんっぜん読めないんだけど、ね」
 と、言いつつ頁をめくる指。中には、見慣れた文字が描かれていた。
『……』
 あ、見つけた。
「ジュア?」
『スーシュ、やっぱりそれは……?』
「?」
『その右から上の……』
 三つの文字を拾い上げて、読み上げる。
『“ジュア”だ』
「これが? ジュア! ジュアってこの文字が読めるの!?」
 スーシュの勢いにおどろいた。それとは少し違う。
『読めるというより――知っているんだ。これが自身を現すと。表現していると』
「すごい! ねぇねぇ! じゃぁほかの文章は!?」
『わかるだけで理解しているわけじゃないから文章はわからないよ』
「………」
『なんだ〜って顔をしない』
 そんなに呆れなくても。
「はーい」
『でも……』
 これはジュア。そしてシェーネ。ふと思い出した。
『先代の、友達だ』
 ぱたりと、途切れていた声。大地は、繋がっているのに、声が聞こえない。
『ダラン』
 元気に、しているのだろうか。シェーネとよく話していたのを覚えている。
「ダラン?」
『ルゼという国の大樹だよ』
「お友達?」
『そうなれたら、いいね』

 僕は、こんなに欲張りだっただろうか。
 木々達に囲まれているのにスーシュを望み、大樹の友を望む。
 だから、これはきっと、来るべき定めなんだ。

『三の王女様。早く帰ってこないかな〜』
 樫の木も、楡の木も、もみの木も、みんなそうぼやく。
 スーシュ自身は、木々たちから“スーシュ様”とか“三の王女様”と呼ばれることに不満があったみたいだけど、何を言っても変わらないからかもう何も言わなくなっていた。
 僕が話しかけると彼らはかしこまるから、そっと、風のざわめきのような木々達の声を聞いていた。
 待っていた。
「ジュア!」
『――スーシュ!?』
 言葉は、消えていく。
 誰もいないこの陽だまりに、ひとり。
 半分、眠っていたのだと自覚する。苦笑がもれる。
『スーシュ』
 悲しんでいなければ、いいけど。

 スーシュがいなくなって、その事になれてきてしまったある日。それは起こった。
 はじめは、国王様だった。その存在が浮いているにも関わらず、僕のすぐ傍までやってきて幹にふれる。
「いなくなるのも、寂しいものだな」
 僕は、おどろいた。
 スーシュは自分を陥れていたから。みんなには嫌われていると言っていたから。
 面影を探しているのは、僕だけじゃない。

 そして、それにも気がついた。
 眩い金の髪は日の光のようで、漆黒の髪は夜の静寂のようで。
 遠めに伺う、その視線。
『にっ睨まれてる……?』
 あれは、スーシュのお姉さん達だ。こんな所にくるなんて、珍しい。

 気がつけば、日を置かず国王もお姉さん達もやってきては見上げ……睨みつけ……なんだろう。
 監視されているといえばそうなのか、それとも、一人きりでただぼうっとしているだけよりも暇つぶしになるというか……
 あの、明るい声と、陽だまりの心地よさに慣れていた。
 だから、打って変わって夜の静寂が一日中続くと、寂しい。
「……いつまでそうしている気だ?」
 と、国王様が声をかけた。茂みが揺れる。
「こちらに、レンジュ、ティアリー」
「……はぁい」
 それでも、こそこそと現れる影。
 僕を見上げる、三つの視線。
「お父様。執務はよろしいのですか」
「お前達こそ、教養の時間だろう」
「あの子、元気でしょうか」
「お前達も、気になるのか」
「だって、張り合いがなくてつまらないんですもの」
 国王様は、楽しそうに笑った。
「そうだな、大国に嫁いだからと言って、喜ぶ娘ではないからな」
「贅沢です」
「さぁ、わからんぞ。そのうちにまた、帰ってきたりしてな」
「贅沢ですわ!」
 いらだったのか、頬を膨らませたまま二人の王女様は僕に背を向けて歩いていく。苦笑して、そのあとを国王様が続く。――と、振り返った。
「大樹を愛しむ(バイアジュ)国大樹―ジュア。願わくは、スカットレシュールに祝福を」



 そして、それも突然だった。
 いつものまぶしい笑顔を忘れたかのように泣き崩れて、ただ自分を責める姿におどろいた。
 ああ、スーシュ。
 君は――
 悲しまないでと言うのは簡単すぎて、静かに葉をゆらした。
 喜ぶ木々達の声と、ただ嘆くスーシュの声が、重なる。
 国王様はおどろいて、声も出ないようだった。お姉さん達はもうあの寂しさは忘れて、食って掛かっている。
 変わらない、日常。
 変わったのはスーシュ、君だね。

 木々達の声が大きくなる。
 スーシュの話を聞いて、代替わりの行われた大樹を育む(ルゼ)国を思う。
 きっと、いつか、またシェーネがダランと会話をしていたように、僕はティーリスと話をする日がやってきると信じている。

 ねぇ、スーシュ。
 涙を流したら、悲しみにくれたら、君に救われた大樹を思い出して。
 僕も、彼も、幸せだから。

 だから、スーシュ。
 君がそこで愛されるなら、僕はいつまでも、君の足かせにはならない。

 木漏れ日が反射して、葉がざわめく。木々達の報告を聞き。うとうとと寝入り始めたスーシュを見つめる。
 大好きだよ。スーシュ。
『スーシュ、スーシュ。おきて』
 そっと、呼びかける。幸せな眠りを邪魔しないように、そして、幸せを運ぶように。
「ん……ジュア?」
『お迎えだよ、スーシュ』
 君が、僕を愛してくれたように人を愛すことができるなら。その“人”としての生を精一杯生きて。
「だれ……?」
 木々達(ぼくら)が愛した君を愛してくれる人が、いないわけないだろう。
「スーシュ」
「……」
 どうして、そんなにおどろいて。
「正式に、申し込んだ」
 スーシュ、人を嫌わないで。僕達は人である君が好きなのだから。自分を否定しないで。そして、誰かを愛し、愛されて。
「大樹を育む国(ルゼ)に、来てはくれないだろうか」
 絶望的な目をして僕を見上げたスーシュに、声をかけた。

 スーシュ、愛しい子。祝福を。大丈夫。僕はずっと、ここにいるよ。

 大地は、繋がっているよ。



〜おしまい〜
 













あとがき
キリ番100000Hit森の申し子番外編。ジュアの話です!
ちょっと短いのが心残りですが、引き伸ばせませんでした!まぁシンプルに、収まった……よね?(同意を求めるな!!)
あまり裏設定とか表に出なかった設定などがないので、引き合いに出すものもなかったですね。

森の申し子はちょこちょこお言葉を頂いて、楽しんでもらえていたようなので、嬉しいです。
リクエストありがとうございました!