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願いが叶う日


 私には、恋人がいるの。――そう、例え付き合い始めて半年。二人の仕事の都合上一度も会っていなくても。いるの。
 だけど、本当に私はあなたの恋人なの? どうして、私を選んでくれたの?
 言葉にする勇気もない。手紙を書く勇気もない。いつだって私は、待ち続けているだけ。
 だって、だってもし、彼がもう私のことを忘れてしまっていたら――

「エレナ!」
「!」
 呼び声に、はっとする。
「大丈夫? 調子悪いの?」
 友の不安げな様子に、なんでもないわと首を振る。最近はずっとこんな調子だ。彼女も、納得していない。
「大丈夫、よ」
 笑ったつもりだった。笑えていただろうか。今は目の前の事に集中しなければならないのに。
 目の前に並ぶ宿木(やどりぎ)の並木。その赤い実一つ一つが、輝きを放っている。この中から、叶える願いを見つけなければ。
 気を引き締めて、既にたくさんの人が飛び交う並木に足を踏み入れた。

 私は、“願いを叶える者(グラント)”。地を離れて空に住むウィシュの民の一員。
 ウィシュは、サンタクロースの代理人。年に一度、地に住む子ども達に贈り物を運ぶ役目と、子どもの本当の願いを叶える役目を任されている。それがグラント。
 目覚めた時、靴下の中にプレゼントを入れるのは、初級と見習いの役目。
 初級以上に上がるには、子どもの本当の願いを叶えないといけない。たくさんの願いの中から、グラントが自分で叶えきれる願いを選んで叶える事。本当の願いを叶えて貰えるチャンスは、すべての子どもにあって、一生に一度。
 宿木の中、目を凝らして進む。一つ一つが願いの欠片であり、子ども達の願いそのもの。
 見習いと初級者が叶える願いのある宿木。サンタクロース宛の手紙を、子ども達は書く。ある子は、おもちゃがほしい。ある子は、手袋。またある子は、お洋服。微笑ましい物を感じながら、並木を進む。
 そして、中級以上が叶える願いの宿木の場所。そこには、私と同じ昇級試験受験者がいる。
 輝く願いは、単なる物欲ではなく、心理的な何かが混じった本当の願い達。
 ある子は、なくなった母がほしいと願う。ある子は、家族が仲良くなるといいと願う。ある子は、明日寝る場所がほしいと、そう願う。
 地は、決して、裕福な所ではない。
 それと反対に、グラントが何も贈らなくても既にたくさんの贈り物をもらえる子どもの願いもある。――贈り物(そんなの)はいらない。一緒にいてという願いも。
 この願いたちは、普通、叶えられる事のない願いばかり。私達は願われた贈り物を届けるのが本業。サンタクロースって、そういうものでしょう?
 でも、地の上に住む子どもの数だけ、願いがある。子ども達が、自分独りでは叶えられない本当の願いを、叶えるの。
 試験の内容は、自分の実力に見合った願いを選び、叶える事。
「おやぁ? こんな所で何を?」
 嫌な笑いを浮かべながら近づいてくるのは、同じグラントの同期のトップ。彼は、すでに中級。
「そうか、君も? いつの間に力をつけたのかな?」
「………」
 そんなの、自分がよく知っている。私は、同期の中では下から数えたほうがいいくらい成績は悪い。彼はすでに、中級でトップだ。
「ここで、点数を稼いでおくのもいいかと思ってね」
 そう言って、彼は一つ、実を手に入れた。それは家の不正を正そうとする少年の、力がほしいと願う願いの欠片。それを持って彼は行ってしまった。嫌味だけ言われて、気持ちが悪い。
 これは、試験だ。所詮(しょせん)、私達は代理人。サンタクロースに会いたいならば、上を目指さなければ――
 と、木々の中の実が光って、そしてその光が止んだ。点滅している。それは、それを願う子どもの思いが、消えかかっている証拠。
 目を奪われた。消えないで、失くさないで。私が、叶えるから。
 そう思って手を伸ばした瞬間。光に包まれた。



「クリスマスなんて、だいっ嫌い!」
 大きな声に、耳が痛い。
「お嬢様」
 おたおたと老人が、あわてている。
「出てって! そんなのいらない! パーティも出ない!」
 長い栗色の髪を二つに結って、少女が必死に首を振っていた。
「旦那様がせっかく、お嬢様のために……」
「いらない! いらないいらない! 出てって!!」
 細い上で、どこから力を出したのか。少女は老人を部屋の外に押しやった。バタンと扉を閉じて、鍵をかける。
 扉の向こうから、まだお嬢様と呼ぶ声がする。
「入ってこないで!」
 怒りで真っ赤になっていた少女の瞳が潤んでいるのは、怒りのせいだけだろうか。
「クリスマスなんて、嫌い」
 黒い服を着た少女が、窓を開けて外に向かう。バルコニーの手すりに手を伸ばして、空を見上げている。

「こんにちは」

 私は、初級者の規定服で、少女の前に降り立った。



「エレナ!!?」
 一人のグラントが、友の名を呼び、そして立ち尽くした。眩い光が消え去ったあと、そこにいた友人が消えてしまったから。
「先生! 先生!!!」
「ミラ? どうしました?」
「先生! エレナが! エレナが消えてしまったんです!!」
「消えた? ここで?」
 この場所では、グラントは願いを選ぶだけ。
「はい、さっきまであそこにいたのに……」
「願いに引き込まれてしまったのね」
「願いに!? そんな! じゃぁエレナは」
 願いに“引き込まれる”こと。それは、数十年に一度、おこる。あまりに強い願いに、階級の低いグラントが引き込まれてしまう。
「……危険だわ」
「先生?!」
「いえ、とにかく報告してきます。あなたはもうお帰りなさい」
「そんな!?」
「大丈夫、これまでにもあったことなのですから。事例を読んだでしょう?」
 そういって、先生と呼ばれた女性は飛び去った。
 そう、グラントの見習いの時から、彼女達は学園で勉強する。
 そこで習う、歴史。事例。彼女達が読まされたのは、引き込まれたグラントが成功した事例。万が一それが起こった時、希望を捨てなくてすむようにそうなっている。もとより、そう頻繁に起こることではないから。


「なんと、グラントが引き込まれたと?」
 クリスマスの前には、必ずと言っていいほどトラブルが起こる。たくさんの願いが集まる時間。一年で最も忙しい時間。
 だからこそ、ウィシュの大老達は常に会議室に集まっている。
「はい」
「誰が?」
「エレナ・ティリスです」
 会議の出席者に、エレナの書類が手渡される。
「困ったことじゃの、そんなに強い願いを、そのグラントが果たせるか」
「それに、夢魔、ラバーのこともあります」
「そうじゃな……すぐにグラードを地へ」
「ぁあ、ありがとうございます」
 エレナ、頑張って。



「こんにちは」
 その言葉に、驚いてしまった。真っ赤な帽子に、赤いチェックのワンピース。赤いリボンに、同じくリボンのついた黒いブーツ。その上に赤いボレロ。そのボレロにはふわふわの毛が付いていて――?
 そんな真っ赤な服を着たお姉さんが、目の前にいるのだ。バルコニーの手すりに捕まって、反対側に。
「だっだれ!?」
 怪しい人が着たら、大声を出さないとと思ったのに、お姉さんが口元に指を当ててしーと言うからあわてて口を塞いでしまった。
 ………あれ?
「なんで私が口を塞がないといけないの!?」
 そういうと、あら困ったわねとお姉さんが笑った。
「こんにちはリトルレディ」
 丁寧に、頭を下げられる。それからしゃがまれて、視線が合う。
「こ、んにちは」
 一歩引いたまま、答えた。柔らかい笑顔に、ドキドキした。
「あなた、だぁれ?」
「私は、あなたが呼んだのよ」
 あなたが、サンタクロースに願った事は?
「怪盗さん?」
「ぇえ。何を盗んでほしいの?」

 クリスマスなんて、なくなっちゃえばいいんだ!



「エレナ・ティリス?」
「はい、彼女が願いに引き込まれたグラントです」
 そう言って、書類が手渡される。
「大老から、彼女が願いを叶えるためのサポートと、」
「ラバーからの護衛、だろ?」
 そういうと、依頼書を持ってきた部下はごほんと咳払いした。
「そうです。強い願いを叶え、少女とグラントを守ること、今回の任務です!」



「パーティも贈り物もぶち壊しちゃうの!」
「そう」
 少女の願いは、上流階級にはよくあるものだった。いくら物にあふれていても、心が満たされない子どもによくある願い。そう、学園でならった。事例としていくつも読んだもの。
 でも少女の願いを叶えるには、この少女が自分で伝えないといけない。自分の、気持ちを。だから、この少女の願いに引かれたのかしら。
「わかったわ。ただし、私がそれを盗む代わりに、あなたから報酬をいただくわ」
「ほうしゅう?」
 そう言った少女の顔が、とてもとても歪んだ事に驚いた。
「お金ならいっぱいあるわ。あなたも、お金がほしいの?」
 少女の周りには、お金で動く人間がとても多いのかもしれない。それも、一つの姿だ。
「違うわ」
 でも私が望む事はそうではない。
「?」
「あなたが――」
 私が盗むのは、彼女への思いがつまった贈り物。彼女が叶える願いは、彼女が自分で叶えるの。本当の願いを。
 本当に叶えたい願いを。
 一緒に、叶えよう。独りじゃないよ。私も、一緒にいるから。手伝ってあげるから。それを手伝うのが、私の役目。勇気を出して。



「お帰りなさいませ、旦那様」
「ぁあ。リラは?」
「お嬢様は――」
 執事が、言いにくそうに視線を合わせた。だって彼女は、部屋から出てこないのだ。
「いい。それより、あれを運んでくれ」
 それは、色とりどりのリボンで包装された、一つの小箱。



 ざわっと、空気が変わった。屋敷が主を迎えたのだろう。
「会いに行かないの?」
「行かない」
 父親が帰ってきたというのに、少女の対応は冷たいものだった。寝台にまるくなり、そこから出てくることを拒む。
 椅子に座って、腿に肘を付いて少女を見つめる。かすかに、震えていた。

 首をめぐらせて、広い部屋の中を見渡す。ふと、カーテンの隙間に目をやる。夜空に、輝く月が浮かんでいた。
 輝く満月に目を奪われて、雲が月を覆い隠しそうなので視線を逸らした。――目を凝らせば見えただろうか、月が雲にかげる瞬間、その月に照らされて映しだされた人影を。

 結局、少女は食事に誘うメイドも執事も追い払ってしまった。おそらく、少女の父親も部屋の前まで来ていたが、帰ってしまった。
 ふぅんと息をついて、寝ながら泣いている少女を見る。立ち上がって、薄い緑のハンカチで涙をふき取る。

 エレナが立ち上がったのと、雲間から月が現れたのは同時。もう、あの月に浮かんだ影はない。
 パァッと、左のポケットが輝く。願いの欠片が、願いを叶えようと輝く。もうすぐ、もうすぐだよ。少女の願いが輝く。叶えたい叶えたいと、輝く。
 欠片が願いになる前、願いが叶う直前。一番、輝く時間――

ガシャーン!!
 少女の部屋の大きな窓。そのガラスが飛び散り、カーテンが引き裂かれた。
「!?」
「さて、その欠片をいただこうか」
 口元に笑みを浮かべて、月を背後に現れた人影。エレナは、一瞬、何が起こったのかわからない。腕で顔を覆って、前を見た。
「“願いを奪う者(ラバー)”!? どうしてっ」
 彼らの存在は知っている。子ども達の持つ願いを奪う者。
 願いは、思い。思いは意思となり、強い意志は力となる。叶う寸前の、光り輝く強い力は、人ではないもの達のごちそうになる。
 願いを奪うために地にやってくるのはラバー。彼らは、願いを奪い、夢魔や闇にすむもの達に売りつけるのが仕事。
「おねえちゃん?」
 ごしごしと目をこすりながら、寝台の中から少女が目覚める。
「好都合だな」
 ラバーの上げた手の中に生まれた黒い雷が、収縮してこちらに向かう。
「っ!?」
 両手を伸ばして、掲げる。薄い白い幕を張る。
バチィ!
「きゃぁ!?」
 しかし力の強さが違う。弾き返すことも、吸収することもできない。勢いが落ちただけの雷が襲ってくる。
 とっさに張った結界の中で、少女が震えている。私を、呼んでいた。
 しゅうしゅうと、煙が立ち込める中、ふらりと立ち上がった。
「本当に、初級者だな。だから、だが」
 その様子を、ラバーが楽しそうに見つめている。グラントも、ラバーも、同じように力を持っている。だけど力の強さは、個人によって違う。私は、力を使うことは苦手。だからグラントになった。
 私は、願いを叶えるの。
「お姉ちゃん!?」
「大丈夫」
 少女にほほ笑んで、きっと前を向いた。今度は、笑えているわ。
「ふぅん。頑張るね」
 ラバーも笑った。寒気がするくらい、冷たい笑みで。ラバーが狙うのは、強い願い。
 願いを奪われた子どもは、その願いを忘れてしまう。
 願う事を恐れてしまう。叶う事など信じなくなってしまう。願いは叶えるもの、これから先、自分の願いを叶えられるだけの力を持てるように、希望を持てるように、今は、私達が叶えてあげるの。将来、自分で叶える事ができるように。
 願いを願う事を、叶えられる事を忘れないように。
「いつまで、もつかな?」
 ラバーのお得意の雷が、また集まる。周囲に、キィンと音が響く。収縮して、バチバチと跳ねる雷。
「行け」
 同じように、白い光球を放った。私とラバーの間で拮抗を計ったように見えた力は、ラバーの口元が笑った瞬間に崩れた。
 一瞬にして大きくなった雷に光球は飲み込まれ、私達に向かう。少女を庇うように抱きしめた。
「きゃぁぁぁああ!?」
 そして、すぐに背中に受けた衝撃。もう、何も考えられない……



「まったく、相手にもならない」
 割れた窓ガラスの破片を、ラバーが踏みつける。その視線の先には、少女を抱きしめたまま背に傷を負い、気を失ったグラント。
「まぁいい」
 一歩、近づく。これで願いが手に――赤い唇を、赤い舌が嘗め回す。この願いを手に入れれば――
「動くな」
 首もとにあてられた剣。自身の姿が映るほど磨かれた剣の鋭さに、ラバーは舌打ちした。
「動くなと言っている」
「はいはい」
 手を上げるように脱力して、ラバーはちらりとうしろを振り返る。
 赤と黒でまとめられた軍服をまとう青年。その剣は磨かれていても、いったい今までどのくらいのラバーを切ったのか、わからないくらいだ。
「ずいぶんと厳重じゃないのか?」
「クリスマスにはびこるお前達を一網打尽にするいい機会だからな」
「言ってくれる」
 そんな簡単にいくかなと、ラバー。お前しだいだなと男が言う。彼は“願いを守る者(グラード)”。
 しばらく、二人は動かない。
「……引け」
「何?」
「手を引けば、追わない」
「それでいいのか?」
 面白そうに、ラバーが笑った。
「お前のことは、ラバーの中でも有名だぞ。赤い剣を持つ者ってな」
 その剣は、常に、血で赤く染まる。
「それは、お前もだろう」
 この黒衣のラバーは、見たことがある。前にグラードの隊一つを壊滅させたラバー。
「あの時は、間に合わなかった」
 死体の上に、立つお前を見た。
「今回は間に合ったってか?」
「そうだ」
 互いに、互いの力が強いことが知っている。だからこそ、本気でやりあえば地上がただですまないこともわかる。
「引け」
「まぁいいか。面白い物を見せてもらえたしな」
 そう言って、ラバーはとても楽しそうに笑った。
「隊長!」
 様子を窺いに来た部下に、舌打ちをしたい気分だ。
「来るな!!」
 空気が、ざわりと動いた。まるで、首筋を這い上がるように。

『せいぜい、頑張るんだな』

 雷が光って、目がくらむ。次に目を開けた時には、ラバーは空の上にいた。身を翻して飛んでいく。
「っ待て!?」
 あわてた部下が、飛び立とうとする。
「やめろ!」
 舌打ちをしたい気分と同じくらい、彼女に感謝したいくらいだ。
「隊長!?」
「深追いはするな。とにかく、こっちは……」
 あのままでは、どちらも動けなかっただろう。
 ふと見ると、エレナの下から少女が這い出してきた。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!?」
 倒れたまま動かないエレナ。自分の倍はあろう体を、少女が必死に揺さぶっている。
「気を失っているだけだ、すぐに目覚める」
 ひざをついて、少女の頭に手を置きながら言った。
「……お兄ちゃん?」
「こんばんは」
 少女ははっとして、とても不思議そうな顔をしてこちらを見る。
「お姉ちゃんが……」
「大丈夫」
 すっと、引き裂かれた背に手を当てる。
「本当に、」
 無茶ばかりする……
 あの時、とっさにエレナの張った結界の前に自分の結界を張った。あやうく、間に合わなくなる所だった。それで衝撃は軽減されたが、完璧ではない。
 引き裂いたような背の傷から、血がにじみ出ている。
「マリー。治せるか?」
「このぐらいは」
 そう言って、さきほどやってきたグラードが手をかざす。光がエレナを包み。光が消える。
 血が出ていた背の傷は塞がり、エレナの息使いも穏やかになった。
「……ん?」
 エレナのまぶたが、ゆっくりと開かれる。
「お姉ちゃん!?」
「ぅわ!?」
 暖かい何かに、包まれるようだった。エレナが目を開けて起き上がるのと、少女がエレナに抱きつくのはどちからが早かったのかわからない。
「大丈夫!? 大丈夫!?」
「え? ぇえ……ラバーは!?」
 エレナもほっと少女を抱きしめて、はっと警戒する。
「あのね、お兄ちゃんが……あれ?」
 その場に残ったのは、砕け散ったガラスの破片と少女とグラント。



「隊長?」
「なんだ」
「彼女は……」
 攻撃と治癒の力を持つマリーが、問いかけてくる。二つの力を持つということは、それぞれの力の強さは弱くなる。だけど、強みでもある。攻撃しかない自分は、傷を直すことはできない。
 意味深な、確かめるようなマリーの言葉。答えるようにくるりと振り返った自分の顔。口元が上がるのは押さえきれない。
「エレナが?」
「――いえ、なんでもありません」
「そうか」



「いったい、何が?」
 あったのだろうか。気を失っている間に。ひとまず、危機は去ったと思っていいのだろう。たぶん。
「お兄ちゃんが助けてくれたの!」
「そのお兄ちゃんは、赤と黒の服の?」
「うん!」
「……グラードが来たのね」
 ウィシュのもう一つの役割、それは“願いを守る者(グラード)”。ウィシュの中で力の強い者達のこと。願いを奪う者(ラバー)から願いを守るために存在する。
 私の恋人もグラード。
 このクリスマスの時期は、子ども達の願いが町中に溢れる。それを叶えるグラントも、それを奪うラバーも、町中に溢れる。願いを叶える事に力のほとんどを費やす初級のグラントには、ラバーを追い払うだけの力はない。
 だからこそ、グラードは町の中を見回っている。
「お姉ちゃん? まだどこか痛いの?」
「え? 平気よ」
 心配そうな少女の声に、首を振って答える。ラバーの攻撃を受けたはずなのに、背中は少し傷ついた程度だ。自分の張った結界が、攻撃を弾くほど強かったとも思えない。
「助けてもらったのに、お礼もいえなかったわね」
 時期が時期だ、グラードも忙しいのだろう。

 とにかく粉々に砕けた窓を力で直し、最初にこの部屋に張っていた結界を張り直した。
 一枚だけ無事だった結界によって、屋敷の人々にこの騒ぎは聞こえていない。
「お姉ちゃん。あの人、誰だったの?」
「怖かったわね。もう大丈夫」
 決行は、明日。手に持つ願いの欠片が、再び光を放った。



 昨日まで丸く輝いていた月の位置が、今日はまだ低い。海を隔て、はるか遠く。日が昇る国では十六夜と呼ばれる現象。
「旦那様」
「ああ。時間か」
 月明かりに照らされて、窓際にある小箱が開かれるのを待っている。
「リラは?」
「お嬢様は、まだ、お部屋に」
「……嫌われた物だな」
 屋敷の主人の口元が、歪む。
「ですが、」
 背中を向けたままの主人に、執事は話しかけた。その瞬間、シュっと、風を切る音がした。屋敷の主人の頬を切り裂いた一枚の予告状。
「なんだこれは!?」

『思いの詰まった贈り物、いただきます』

「旦那様?」
「どういうことだ?!」
 するとそこに、風が吹きぬけた。
「――こんばんは」
「誰だ!?」
 見上げると天井にある窓に、人影。不穏な予告状さえなければ、サンタクロースと見間違えない事もない。だが――
「贈り物、いただきます」
 とっさに、懐にしまうこともできなかった。女の姿が消え、振り返ればその女は正面の窓際にいて、娘への贈り物を持ち上げていた。
「捕まえろ!」
 再び、風が吹いた。そして次の瞬間、女は再び天井の窓枠にいた。
「それでは、確かに。でもあなたの、大切なものは残したでしょう?」
 逆行に、小箱のリボンにあしらった雫が光る。にやりと笑って、女が闇夜に消えた。
「なっ」
 屋敷の主人も、執事も絶句した。
「……っお、追えーー!!?」
「パパ!」
 バタンと、うしろの扉が開く。これからパーティだからと、着飾らせているはずだった。だけど、娘は普段着のまま。
「リラ? すまない、今は忙しい」
 だけど、それすら気にならないほど、焦っていた。あれは――
「パパ!」
「うるさい!」
 贈り物(あれ)は大切な――言いかけて、言葉を失った。

『でもあなたの、大切なものは残したでしょう?』

 怒鳴りつけた、自分の娘。その手を振り払い、振り切って、きた。前に、その手を握ったのはいつのことだっただろう。
 ゆっくりと振り返った。いつになく、月が輝いている。月灯りの中、照らされた娘の姿は、自分が思っているよりも、大きくなっていた。
 でも、その大きな瞳に涙を溜めて、でも必死に父を見詰めている。娘の瞳は、母と同じ色。
「お嬢様」
 あわてたように、執事が白いハンカチを取り出した。
「パ、パ?」
 求めるように暗闇に伸ばされた手。しゃがみ込んで、握り締めて。小さな体を抱きしめた。

『あなたのお願いは、私が叶えるわ。でもあなたの“本当の願い”は、自分で叶えるのよ』
 そのために、私がいるから。大丈夫、大丈夫よ。独りじゃないから。

 それが、約束。

「……あ、のね。プレゼントはいらないの。パーティもいらないの。あのね! 嫌いな料理も食べるの! お勉強もするの! 言いつけも守るの!!」

 だから、だから――と、思いが、言葉にならない。願いが思いとなってあふれ出す。

「だから今日だけでもいいの!」
 たった、一晩だけ……一晩だけでいいの。
「置いていかないで! 一緒にいて!」
 一人に、しないで――

「リラ」
 父親は、言葉が浮かばない。何を言ったらいいのかわからない。
 そのまま声を上げて泣き出した娘。見れば、執事はもう部屋の中にいない。震える娘を、もう一度抱きしめた。
「リラ」
 今度は、呼びかけた。
「……なぁに?」
 ごしごしと、目をこすって、赤い瞳で見つめてくる。
「すまなかった」
 寂しい思いを、させていたのか。独りきりで。



ばさぁぁ――
 誰もいない部屋の、カーテンがはためいた。コツリと、靴音が響く。
 そして窓枠に腰掛けた、女性の口元が笑う。



「お姉ちゃん!?」
 少しの時間が経った。誰もいない部屋の主が、帰ってくる。バタバタと慌しく、あわてている。うしろから、穏やかに笑う父親が入ってくる。そのうしろに、涙を浮かべる執事と、遠巻きにほほ笑む侍女達。
 そして少女が見つけるのは、窓際の小箱と、一枚の白いカード。綴(つづ)られた、文字は一言。

『願いは叶えた?』



 雪の降り出した寒空の下。小さな少女の声が響く。そのうしろには、父親が少女を見つめていた。先ほどまでざわついていた屋敷は、今や静かに、二人を見守っている。

 そして、もう一つ。
 屋敷の中庭にあるもみの木の枝に座ったグラントが、少女を見つめていた。
 そして、その隣に、もう一つの影が現れる。女性に近づいて、隣に座る。
「助けてくれたの? レオン」
 問いかけに、答えは帰ってこない。だけど、知っている。何も言わずに、握られた手が物語る。口を閉じて、女性は青年の肩に頭を乗せた。
 二人の吐く息が白い。それでも二人は、動かなかった。
 放れてしまえば、再び、ほとんど会うことは叶わない日々が続くと知っているから。
 二人を多い囲むのは、すべてを白く染める雪。覆い隠すように、逃がさないと捕らえるように。

「そんなに階級の低い女! 認めません!」
 青年の母は、そう言った。自分の息子の恋人を、話に聞いて。
 だからエレナも、レオンも、共に試された。レオンのいない日々をすごしたエレナと、エレナに関わる事を禁じられたレオン。

 二人が、自分達の思うように二人の時間を過ごせる日々は、まだ、未来の日々になるのだろう。

 でも、絶対、その日は来る。
 だって、いくら引き離されようとも、次に会った時に愛しい気持ちが倍以上に膨らんでいると、思えるから。

 静かによりった二つの影、その視線の先、寝台で眠る少女が見える。隣で眠る父親に、しっかりとしがみ付く姿も、一緒に。



「エレナ」
 レオンが呼びかけた。何か言う前に、エレナはその唇に指を当てた。
 話しかけるのを止められて、レオンは不思議そうにエレナを見た。
「……ただ、待っているのは止めるの」
 エレナは、レオンの背に手を回して抱きついた。同じように手が回されて、抱きしめられる。
「私は、あなたと一緒にいたいから」
「エレナ」
 柔らかい呼び声に、顔を上げた。照れたような視線と、嬉しそうな瞳に見つめられる。
「もう少し、だ」
「大丈夫。何があっても」

 未来が、見えるようだった。二人が共に歩む道は、もう作り始めている。入り口の扉の鍵は、かかってはいないのだから。



 日が、昇る。
 父親に抱きついて眠る小さな少女の願いは、光の中に消えていった。
 寄り添っていたグラントとグラードが、その光と一緒に空に消えていく。
 レオンの願いを叶えるためにグラント(エレナ)が、エレナの願いを守るためにグラード(レオン)がいると、言えるのだから。


 また来年、会いましょう。今度は、あなたの本当の願いを、叶えに来るわ。――二人で。



Fin




Free Will 29999Hit リクエストです!
今回、歌夜を悩ませてくれたキーワードは「心温まる」です。心温まる!?それを歌夜に期待しちゃうの!?という心境でした。
いろいろ、ネタは考えたのですが・・ファンタジー路線まっしぐらになってしまいました(汗)最初は、もうちょっと現実に近い感じにする予定が・・(あれ?でもサンタクロースが出てくる時点でファンタジー?)
なんというか、クリスマス関係ないんじゃね(滝汗)という心境になりつつ書いてました。しかも長いし。
ネタを膨らませすぎたので、収集が付かず・・・なんでしょうね。これ(ぅおい?!)
らいとさんへ、こんな感じになりました!


あ、それとこれはおまけです→「落ち葉の妖精
短い上にまったく関係ない話です。リクの時いろいろあったのですが、秋ネタです。


素材「White Board様」
企画部屋