〜出会い編3〜乾杯


 目指す部屋は階段を上がったすぐそこにあった。

「「…………」」
 男の手にも女の手にも、同じ色の紐に通された鍵が握られている。

(「よくあるんですこういう事」)

 女性の言葉がよみがえる。はたしてフォローしたつもりなのだろ うか? 一人部屋は空いてないのに、二人部屋の鍵は二本用意してあ るなんて。


キィ
 年期の入った、悪く言えばぼろい扉を開けた男は、女が右のベッ ドを選んでから左のベッドに座った。
ぼふっ!
 体がベッドに沈む音がする。
 ねっころがった女は、ゆっくりと自分に背を向けて剣の手入れを している男を眺めた。

(………見ているな。)
 剣の手入れをしつつも、背中に視線を感じて男は思った。
(当然か。)
 しかし、宿の女性はよくある事のように話していたが、二度と御 免(ごめん)だと男は思う。
(まぁいい。明日にはここを発つのだから。)
 背中に感じる視線を、気にしないように男は手入れに集中する。
―――――つもりだった。

す―――
(!!! っっっっっ!!)
 突然の事態に、剣を取り落とさないようにするので精一杯だった。

 取り落としそうになる剣をしまい、なぜか、恐ろしいものでも見 るように、男は固まった首をゆっくり戻すように振り返った。
 「………………は?」
 初対面の男の前で眠るとは、いったいどういう神経をしているのか。

 こちらに背を向けて、女は眠っている。
 昼寝と呼ぶには遅い時間。窓から射す日は長く、赤い。就寝する のも早すぎるだろう。
「…………」
 男は、最低限必要な荷物だけもって、鍵を掛けて部屋を後にした。




「ん〜〜!」
 空もう真っ暗だった。そんな中聞こえてくる人々の話し声。通り の照らされた明るい光が窓の外に広がっている。

「…………………」
 伸びながら、ベッド脇の棚の上にあるランプに手を伸ばす。
―――――――部屋の中心のテーブルにあったはず………?

 ぼおっと明るくなった部屋。壁に備え付けてある灯(ひ)には灯(とも) さず、部屋を出た。―――――残してある荷物を視界に受けて。





「こちら合い席でよろしいですか?」

「「………………」」
 はたして、断ったらどうなるのか? 一品のつまみに飲んでいる さっきの同室の男。下に降りていった女が案内された席はそこだ。

「「……………」」
 何も言わないので、案内した女性は呼び声にテーブルを離れた。

「………………」
「………………すわらないか?」
 立ち尽くす女に男は声をかけた。―――――――もし、本当に 嫌なら席を替わってもいい。どちらにしろ、食欲はない。とりあ えず、二杯目のグラスはもう終わりそうだ。さめたつまみの半分 は、食べる気にならない。

ガタッ
 四人座りの四角いテーブル。男との対角線上に、女は座った。

「すいませんーーー!!」
「はーーい」

「レモンサワーと、から揚げとチーズと後それから…………」
 注文の書かれた紙が二枚目に入った。

……………本当に、そんなに食べるきか?

「これも、追加で。」
 女の注文がすんだところで持っていたグラスをあげる。
「はい」
 絶対に二人分だと思ったであろう女性は、笑顔でテーブルを離れた。 遠くで長い注文を入れる声がする。

カラカラ
 水の入ったグラスを口に運ぶ女。空のグラスはテーブルの端に 置いといた。

「「……………」」
 どちらとも、あまり正面を向かないように視線をそらしていた。


「お待たせしました。」
 頼んだビールと半分に切られたレモンの付いたグラスが置かれる。 あいたグラスを下げた女性がテーブルを離れると、女はレモンを 絞ってグラスに入れる。

 もとから入っていたマドラーで中身が混ぜられて、女がグラスを 持ち上げた瞬間に言った。

「乾杯」

 一瞬面食らった女は、それでも言った。
「…………何に?」
「なぜかよく会う偶然に。」
「……………」

 同じ事を考えていたはずだ。

「乾杯」
「乾杯」
 カチンとグラスがなって、離れた。

 グラスの中身が半分へって、次のお酒をどうするか、女がメニューを 手に取った。

「お待たせしました!」
 次から次から女が注文したものがやって来て、テーブルの上は埋まった。

「あ!! そうだジントニックも。」
「はい」
 忙しく、女性は去ってゆく。それを目で追っている間に、

「いっただっきまーーす!」
「…………」
 なぜだか、あっという間に空の皿が横につまれる。

――――――その数………

「すいませーーん!!! これも追加!」
 口にフォークをくわえたまま、メニューを見てさらに追加。

――――――しばし、呆然と眺める。

「…………? 食べたの?」
 一向に手の進まない減らない皿を見て、女は言った。
「いや、食欲が………」
「お待たせしました。」
 ない。ということもないようだ。持ってきた酒と皿を受け取って、 食べ始めた。
「……」
 今度は、女が沈黙した。

 それ私が頼んだのに――――――
 目が言っている。

「…………おごるから。」

――――――――女の目は絶対に光った。

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