王城にて 〜流れる時間〜


 国に帰ってくるのは、久しぶりだった。いつになったら帰れることかと心配していたが、案外早かったと思える。
 王子と、あの小娘。
 人々が祝福する中、あの関係は不自然だと思ってしまったのは、なぜだろうか。
 ……そうだ、不自然だと思うのは、あの娘が――


 少し風が吹いて、窓のカーテンをなびかせた。王子は、執務室の机に座って、ずっと書類を読み、印を押している。この光景が、当分続く物だと思っていた。あの頃とは、かなり違う。だがもう、この光景が中心に生活が回ってほしい。

「っと」
「どうかされましたか?」
「昨日、頼み忘れたな」
 処理した種類は、物によっては家や各機関に届けなければいけない。いつもは、機嫌にあわせて運び手に頼むのだが――
「やはり、腕が鈍ったな」
 剣の腕は上がったが、ペンのほうは逆に落ちる。当然といえば当然の結果だ。旅に出ていて書類の整理などしてられない。
「届けます」
「頼んだ」
 レランに書類を手渡して、部屋を出る背中を見送る。こんなことで、ふと、ぁあ日常だと思ってしまった。


「あれ王子? レランは?」
 ノックと同時に入ってきて言う事が、それか。
「今出かけている」
「そうなんすか」
 そう言って、セイジュはカイルの前にある長椅子に寝そべった。
「あ〜〜疲れた……」
「隊の訓練をしてきただけだろうに」
 淡々と、カイルが話しかける。
「俺がいなくてもみんなやってますよ」
「いなくて当然にしたんだろうが」
 また、書類の山から一枚手に取る。
「まぁまぁ、いいじゃないですか」
 そう言って、セイジュは寝た。カイルはため息をついた。まさか、また、この見慣れた光景を目にすることになるとはな、と。

 しばらく、部屋の中にペンを走らせる音と、印を押す音だけが響いていた。そこに、ふわっと、風が吹きぬけた。
「いい風だな」
 書類に没頭していた頭を、上げる。日が傾いている。
「まだ、かかるな」
 レランが向かったのは、王都のはずれの史書管理塔。夜になる前には、帰ってくるか。
「――ぉい」
 ぽいっと、机の上のゴミを投げつけた。
「? なんすか?」
 眠そうな目をこすって、セイジュがおきた。
「運んどけ」
 書類の山を指した。
「終わったんですか?」
「ああ」
 はいはいと言って、セイジュが書類を運んでいく。レランなら同時にお茶の準備をさせるところだが、どうだか。
 椅子から立ち上がって、カーテンを開く。少しだけ開いていた窓を全開にして、ピタリと止まった。
 驚いたまま、手を伸ばす。同じく伸ばされた手を取って、引き上げる。
「丁度いいわね」
「そうだな」
 服の埃を払うようにして、次に手を叩く、その女性。
「何をしている」
「逃亡」
 窓の下から、シャーメル女史の声が聞こえてくる。
「相変わらず、か」
「そうね。そっちは?」
「今、一段落した所だ」
「そう。誰もいないのも、珍しいわね」
「そうだな」
「ま、丁度いいか」
 何か納得したようなので、次の行動を待つと、セイジュが眠っていた反対側の長椅子に寝そべった。
「おやすみ」
「ああ」
 そう言って、すぐに眠りにつく。寝息が聞こえてくるまで、そう間もなかった。
 傍によって、外していたマントをかけてやる。……何しにきたんだ?


「王子〜なんでもこれを……?」
 また、ノックと同時に部屋に入ってくるセイジュ。それを睨みつけた。
 セイジュも、長椅子に眠るリールを見て止まっていた。
「それがなんだ」
 抑えた声で聞く。はっとしたようにセイジュは顔を上げて、静かに扉を閉じた。
「これを、明日までにお願いしたいそうです」
「なんだ……ぁあ、南の診療所の件か」
 そう言って、また机につく。おそらく急いで用意されたであろう書類。その、走り書きを読む。
 カイルが書類に集中したのを見計らって、セイジュは壁側に立った。
「――もう寝ないのか?」
 からかうような、主の声がする。その意味と含み。こんな行動、自分らしくないのもわかる。だが、
「そんなこと、できませんよ」
 それだけ、言った。

 部屋に響くのは、静かな寝息と、紙にペンを走らせる音。


 日暮れと言うよりは、もう暮れた日を見送る。すぐに夕食の時間になりそうなころ、扉をノックする音がした。
「入れ」
 入ってきたレランの持つ盆の上、乗っているお茶のカップが二組あった。



 人の気配に目覚めると、すごい目で睨まれていた。レランに。まるで、どこでもよく眠ると言いたげな視線。――悪い?
 カイルが正面に座って、暖かいお茶を飲んでいる。見れば自分の分らしき物まである。
 コクコクと、ぬるくなったお茶を飲む。すると、侍女が夕食の準備が整ったと呼びにきた。
 王と王妃と同じ食卓につくのも、なれてきた。そう、いつも――
「そうよ! 今度夜会を開きましょう」
「ご自由に」
「ご勝手に」
 突拍子もない事を言い出すことにも。
「エルカベイル! リール! あなた達も出るのよ!」
「「遠慮します」」
「だ、そうだ。中止だな」
「あなた! なんてことを!?」
「開くのは構わないが、誰を招待する気だ?」
 夜会は延期になった。中止にするといいのに。



「ん〜……ん?」
 お風呂に肩までつかり、大きな浴場を見渡す。だいぶ前にぶち壊した装飾が元通りになっていた。これも税金かと思うと、もったいないわね。
 壊さなければいいだろうにと、誰も言わない。



「よいしょっと」
 部屋の本棚にならぶ歴史の本をとりだして、寝台の傍のテーブルに乗せる。そのまま寝台に寝そべって、一冊を読む。
 煌々(こうこう)と照らされた部屋の中、紙をめくり寝返りをうつ。そうしてしばらく、本を読んでいた。



「……? リール?」
 食事のあと急に政務が入って、また執務室に逆戻りだった。やはり、父上の仕事が回されている。どうしたものか。
 夜も更け気って、このまま執務室で寝るよりはと寝室に帰った。寝室の隣の部屋の続き間は、侍女たちが控えている。しかし、この寝室には、部屋の主がいるうちはよほどのことがない限り近づいてこない。控える侍女に声を掛けてから、寝室に向かった。
 部屋の明かりがついているので、妙だと感じながらも扉を開けた。そして、
「そのまま、か」
 どうやら、本を読んでいたまま寝入ってしまったようだ。右を向いて、本を支える腕は力を失い、手は本に載っている。掛布は、足に絡んでいる程度だ。
 また、風邪をひくきか? 病み上がりだろうに。何をしているのか。
 近づいていって本を奪い、開いているページに栞(しおり)を挟む。煌々と照らされた灯りを順々に消して、残したのは一本の蝋燭(ろうそく)が入っているランプ。
 火が燃える音が聞こえる。
 寝返りをうつ体を、しばらく見つめていた。それから頬に口を寄せて口付けした。
「おやすみ」
 その声は、夢に届くだろうか?



「――ぁ?」
 何か、夢を見ていた。それが動いた瞬間に目覚めた。でももう、夢で何を見たのか覚えていない。
 いつの間にか消されていた灯りに代わって、外から差し込む光が部屋の中を照らしている。
 起き上がって、自由にならない体の一部。腕がとられている。
 一瞬、揺さぶって起こしてやろうかと思って、やめた。深く寝入っているのと、疲れの見える顔。距離が近い。
 そっと耳に口を寄せた所で、
コンコン
「……誰よ?」
 のろのろと起き上がって、寝台を下りた。向かうのは隣の間に繋がっている扉。
 ノックされたあと、開けるのを躊躇(ちゅうちょ)するような間。その間に、扉の前まで来て――
がちゃ
 向こうから、開かれた。
「「………」」
 目の前には、レランがいた。いつもの代わり映えしない黒い格好で。そのうしろには三人の侍女と、二人の兵士。兵士達はあわてて、目を逸らし、侍女はレランを止めようとしたままの格好で止まっている。そういえば、夜着のままだったりもする。
「……何?」
 なんだか、自分から話さないと止まったままっぽいので聞いてみた。
「王子が、この時間に起こせ、と」
 レランは、顔を引きつらせたまま言った。どうやら、私が起きていて扉の前にいるなんて、想像してなかったらしい。
「起こせばいいのね」
 そう言って、扉を閉じた。
 てくてくと寝台に戻る。さてどう起こしてやろうかと、思案する事数秒。とりあえず、枕を引き抜いてみることにした。
「えいっ」
 効果音つき。
 がくりと、カイルの頭が落ちた。効果絶大? と、思ったが、動く気配なし。
「ちょっと〜? おきた?」
 屈んで、覗き込んだ。その時、伸びてきた手によって引き寄せられた。
「っ!?」
 ぼふっと、柔らかい布に顔から突っ込む。
「〜〜何するのよ!」
 がばっと、起き上がる。
「眠いんだ……しずかに」
「レランが来てるけど?」
「もう、そんな時間か?」
「知らないけど?」
 ひたすらに眠そうなカイルが、起き上がる。そのまま私を見て、一言。
「元気だな」
 そりゃぁ。昨日あれだけ寝ればね。
「朝からなんなの?」
「視察に……そうだ」
 やな予感。
「一緒に来い」
 昨日アズラルがおいていった服を着ると、なんの嫌がらせかまたお揃(そろ)いの服だった。
 冗談じゃない、着替えると言ったのに、そんな暇はないと無理やり連れて行かれた。扉を開けた時のレランと侍女と兵士の反応ときたら……もう最悪。

「で、どこに?」
 馬にゆられながら、うしろにもたれかかる。馬を歩かせて、どこかに向かっている。朝だからか、馬を疾走させることはない。
 脇にはレランがいて、うしろにも兵士が数人。
「今日は南だ。診療所の件もあるから、丁度いい」
 まぁ、勝手にして。
 と、思ったのに簡単にその南の診療所の話をされた。聞いてないのに。



 目的地に着いたらしく、左記に下りたカイルの手を借りる形で馬を下りる。その拍子に、一番上に羽織っていた茶色いローブのフードが落ちる。
 スタンと地に足をつくと、建物から出てきた人影が声を上げた。
「お嬢様?」
 驚いている、その声。聞きなれない声に、振り返る。初老の男性が、呆然と立っていた。何、その、信じられない物でも見るような視線。
「どちらさまですか?」
「妃だ」
 カイルの答えに、男性は絶句した。揃いの服を着ているので、なんだろうかとは思ったが、まさか。
「はじめまして、リールです」
 またまた、シャーメル女史仕込みの挨拶をしてみた。そこにドレスもないのに。って、なんで口を開けたまま固まってるのよそこの兵士。
「差がありすぎだろうに」
 ここに来るまでの態度と、今ほほ笑んで挨拶をする態度に。
「だって、ねぇ」
 どっちも私だ。
 怪訝(けげん)な顔をする男性に、レランが話しかけた。
「お気になさらず。まともな神経の持つ者には、勤まらないというだけですので」
「どういう意味だ?」
「どういう意味よ?」
 その言葉に、同時に問いかけた。すると男性は、何か納得したようだった。だからなんでよ。
 ここを診療所にしたいと言う男性は、ダンと名乗った。


 カイルとダンが会話を交わし、書類を眺めていた。なんどか暗くなり、それでもとりあえず納得いのいく状態になったらしい。
 それからまた城に帰る頃には、もう朝食の時間はとうにすぎていた。
 城に帰って、広い食堂で二人食事をする。静かでいい。朝からあのキーキー声は聞きたくない。とそこに兵士がやってきて、カイルに耳打ちする。そのまま途中の食事を置いてカイルが席を立った。そして、リールが食後の果実の皿を二つ空にしても、帰ってこなかった。ので、
「まぁ、いいか」
 リールは席を立った。

 今日は、歴史と美術の講義だけだ。

「さて、先日の復習をしましょうか」
「よろしくお願いします。ノーザイス先生」
 歴史は、好きな時間。

 お昼になって、食堂に行けば誰もいなかった。なんだかんだ言っても、王も王子も、王妃も、多忙だ。暇なのは私だけ。
 もくもくと食べていると(それでも大量。朝より食欲が戻っている)、兵士が入ってきた。
「――中止?」
 午後の授業? 絵画と彫刻の授業だけどね。作るのではなくて、見るもの。たまに芝居に行く事もある。
「はい。なんでも、知人が急病だそうです」
「……突然ね」
 午後、全部空くのか、暇だーー

 歩くたびに、侍女が何人かついて来る。振り切って外に行ってもいいけど。今日はしつこいのよね。

 のろのろと城の中を歩き回る。扉を潜ったら、外に出た。

 いかにも、計算して作られた風景。城の庭。芸術性を求めるなら、すばらしい“作品”になるであろう事はわかる。でも、“自然”そのものとはまるで違う。
 それでも、それが芸術だと評価される。
「別に、いいか」
 ただ、ひどく、シャフィアラと違うだけ――
「未練がましいわね」
「何が?」
 聞こえてきた声に、振り返りもしなかった。すると座っていた長椅子をうしろから乗り越えて、カイルが隣に座る。
 いつの間にか、侍女たちがいなくなっている。兵士達も。物陰から窺うように、レランがいた。
 長椅子に座って、正面を向いていた。二人して。後ろから見れば、さぞや妙な……
 私のわき腹に向かってきた手をつかんで、止めた。二人してまた沈黙する。
「わっ!?」
 反対の手で腕をつかまれて、引っ張られた。
 動いた視界、倒れこんだ体。もとから、ぶらぶらさせていた靴が落ちた。
「……」
 カイルの膝に頭を乗せて、横向きに寝転ぶような格好。足を長椅子の上に上げて、曲げる。完璧に膝枕だ。
「……」
 さらさらと、髪を撫でてすくっては放した。指の間を、オレンジ色の髪が流れていく様が心地よい。

 しばらく、そうしていた。視点の変わった庭を見つめる。それから、ごそごそと仰向けになった。空を見て、穏やかな金の目と視線があった。その口元が、笑う。同じように、自分も笑っているのだろうか。
 のろのろと手を上げる。頬に届きそうになる前に、その指がとられて、カイルの口元に運ばれる。触れるように口付けが下りて、そのままこちらを見つめてくる。
 目が合って、逸らせない。
 手と指は取られたまま、カイルの口元が笑っている。どこか不敵に。似た表情で、笑った。



 少し離れた場所で、二つの影が長椅子の二人の様子を窺っていた。
「なんだ、あれ?」
「知らん」
 恋人達の甘い語らいと言うよりは、悪巧み中にしか見えない。ぁあ、できることなら、侍女か兵士たちのようにこの場から立ち去りたい。
 にやりと笑う、主と小娘――今度は、何をしでかす気だろうか?




久々更新!
不思議な所(?)でぶった切りますが。
なんと、何ヶ月ぶり?(考えたくない)と言った状況です。
今回は「日常編」です。なかなか書き進まないかった・・


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2007.11.29