王城にて 〜来客と〜


 旅をしていた頃は、この城での生活など忘れていた。常に誰かに敬意を持たれているなど、つまらないものだった。
 ようやく城での生活を思い出して、前のように書類をさばけるようになった頃だった。書類整理の合間に、謁見の時間を設けられていたのは。
 だいたい、人々は王に会うために城に来る。しかし、自分に回された書類に関係した商人、貴族、民間人。はては関係ない老人まで来た。――そんなに暇じゃない。
 専用の謁見室に、順番待ちの列ができたというのだから、驚きだった。

 リールは相変わらずだ、まるで流されるようにこの生活を続けている。まさかいきなり何かしでかすとも思えないが……思い出したように暗い表情を見せる時がある。
 覇気(はき)がない。部屋の模様替えは滞りなく終わったが、まだ、旅をしていた頃のほうが――
「王子様?」
「……あ、ぁあ。なんだ?」
 いつの間に、謁見に来ていた商人は帰ったのか。ぁあ、見送ったな。確か。半分以上、違う事を考えていたが、なんとかなるものだな。
 そう思いながら、目の前の商人を相手にする。こちらはお妃様にいかがでしょうと言い出した時点で、追い返した。
 これで最後だったかと、席を立つ。半分も立ち切らないうちに、兵士が駆け込んできた。
「は? リールに客?」
「なんでも、王子妃を出せと言ってきました」
「物好きだな」
 それは、貴方でしょうと、うしろにいたレランは言葉を飲み込んだ。セイジュは笑っていた。
ズガンッ
 壁に亀裂が入る。カイルの手元にあった短剣が消えている。ついでに口元も笑っている。
「連れて来い」
「……どちらを?」
 引きつりながら、セイジュは答えた。
 レランが背後の通路に消え、セイジュは城門に向かった。
 しばらくして、座る椅子のうしろに作られた通路から人がでてくる。
「なんなの?」
 今日も相変わらず、アスラルの趣味なのだろうが、ほとんど軍服に近い格好のリール。うしろで侍女に止められたらしい。一応謁見室だから、ドレスを着てくれと。振り切ったそうだ。
「お客だ」
「私に?」
 問い返してくる言葉に頷く。互いに、顔を見合わせる。――誰だ?
「リーレイン嬢!」
 連れてきましたという兵士の声と同時に、大きな音を立てて開かれた扉。入ってくるのは、体格のいい男とその執事らしき者。
 ずいぶんと、横に長い男だ。金の亡者と言えそうな感じだ。
「……あーー追い返して」
 遠めに顔を確認して、リールが呟いた。
「リーレイン嬢!? なんということを! ようやく見つけたのですよ!?」
 聞こえたらしい。
「あーーそう」
 手間がかかるわ〜ね〜本当に。
 やる気が失せたというように、興味のない返事。態度。そんなのはどうでもいい。気になるのは、
「リーレイン?」
「ぁあ。エアリアス・リーグラレル・リロディルク・リーレイン――正式には、ね」
「長いな」
「人のこと言えないでしょ」
「そうだな」
 だが、その名は知らない。
「当たり前よ。飛び出してからは、変えたんだし」
「どこから?」
「そこの、主の屋敷からよ」
 リールは首を振った。そこには、無視されつつも気長に待っている男。
「誰だ?」
「っと、そうでした。名乗るのが遅れて申し訳ありませんワイク・グランシャと申します」
「グランシャ? あの花屋か?」
「はい。王子様もいかがですか? 二人の愛の節目に送る花は大変喜ばれ――」
「――知り合いか?」
 “知り合い”ほとんど関係はないといった言葉だ。カイルは男の話を聞く気はまったくなかった。
 グランシャの青い花、二人の愛を永遠に。という謳(うた)い文句がある。レテ国の花屋で、その花を恋人に送ると愛の証明になるとかならないとか。送ると恋が成就するとか、言われている。エルディス内でも有名な花屋だ。
 なんでも、某領主は妻にその青い花を贈るために資金を費やしたとか。
「シャフィアラを出て、一番長くいた滞在所よ」
 と言っても半年と少しか。
「なんのために?」
「青い花と、薬草の知識が関係したからよ」
 正確には、薬師の毒草の知識が。
「そうなのです。あの鮮やかな青を出すのに、それはもう貢献してくださって」
「で、何しに来たのよ」
「リーレイン嬢! あれから私の事業は大成功。青い花は世界的にも有名になりまして、あのハウスはいつも花でいっぱいです。しかし、なんですかあの薬は!! 十倍に薄めて使っているのにもうなくなりましたよ!! しかも、今では青色が濃くなりすぎるのです!」
「十倍?」
 ふと、リールが繰り返した。しかし、男の言葉は続く。
「――あなたがいなくなってから問題が――ですから、あなたを探していたのに見つからないし。困ったところに、エルディスの王子妃の噂を聞いて飛んできたというわけです」
 リールは、聞いていなかった。一つだけ、引っかかった単語意外。
「十三倍にして、使えって、言ったわよね」
「……は?」
 低い声に、まくし立てていた男の動きが止まる。ちなみに、真横にいるリールの顔が暗い、黒い。
「おい」
 と、男が執事に合図を送り、その薬を取り出す。一緒に取り出した小さい紙を目で追った男の顔が、だんだん青くなる。
 それを見たリールは確信した。そして笑った。
「使い方を間違えれば、失敗するにきまってるでしょうがーー!!」
 ぎゃーと、断末魔が響き渡った。

 さて、いつまでも謁見室にいるのも(兵士が)かわいそうだし。と言うことで移動する事にした。リールにこてんぱんにされたグランシャも一緒に。
「で、なんだって?」
 ぇえ? と、不機嫌なリールはお茶のカップを持ち上げた。
 空は良く晴れたいい天気。鳥がぱたぱたと飛び去っていく。風は心地よく、花壇を色取る花をなびかせる。
 集まった人間は、応接間の窓の近くのテーブルを囲む。
「そっそれがですね、リーレイン嬢。薬がなくなって……花が枯れだして……」
 そりゃぁ。薬を濃く使えばそうなるでしょうね。
「強い効果を表し、一時栄える。そして、それはすぐに失われる。同じだけの強さを持たない限り」
「はい〜いやぁ〜こちらも有名になったものですよ」
 はっはっはと、笑う男。
「で、効果が強かった分、その後の影響も強いと言わなかった?」
「そうだったか?」
 再び、執事を振り返る男。
「はい。仰いました」
「………」
 ぴきしと、リールの持つカップが揺れた。
「リーレイン嬢!? せめて熱湯は勘弁してほしいのですが」
「――ぁあ、真水が良かった?」
 いつの間に持ったのか、花瓶を抱えてほほ笑むリール。
「お気遣いなく」
「いっそ何か混ぜてもいいのよ?」
 飲み物とかに。
「遠慮します」
「で、取り扱い説明も遠慮したと?」
「いえ……もう見たことあるし、軌道に乗れそうでしたしー」
 つい、と、指をあわせてもじもじしながらグランシャは言った。
「それで、見なかったと?」
 どんどん、リールの言葉と目つきがけわしくなる。
「いやぁ。まさかこんな事になると思わないでしょう」
 あっはっはと、頭に手をやっている。
「だから言っただろうが!」
 ついに、花瓶が投げつけられた。
「リーレイン嬢!? 鈍器は死にますから!?」
 男は必死だ。
「花畑の下に埋めてやるわ!」
 こっちは本気だ。
「おい」
 それなりに大きなポットを、リールが持ち上げて振り上げた瞬間だった。
「何、邪魔しないでよ」
「話が見えん」
「だーから。私がシャフィアラから海を越えてついた大陸はバーミリアンで、最初はお金がないし。まぁ拾われたけど」
 そこは、医師も薬師のいない村。お礼と言って、薬草を使って病を治療した。もちろん、簡単な事しかできなかったが。そこに数ヶ月滞在し、やってきた行商人と一緒に、村を出た。
「必要なものはそろえていたし、野宿でもなんでもしたわ」
 時に、奪った。
「で、なんだったっけ?」
「そこからは私がお話しましょう! そうあれは……」
「省略して」
「省略しろ」
 息のあった厳しい一言に、男は撃沈した。
「ですから、リーレイン嬢がその頃植物にかかっていた病気を治したのですよ」
「そーだったかしら?」
 こーんな小娘の話し、誰がまともに取り合ったのかしら。
「裏で手引きしたのはあなたでしょうに」
 宿屋の娘を味方にして。
「ミラは元気?」
「ぇえ。もう一児の母ですよ」
「早い物ね」
「あなたが乗り遅れたのでぎゃ!?」
「なんだって?」
 ふくれた男の足が、容赦なく踏まれている。
「痛いな」
 冷静なカイルの声。それもそのはず、足はさらにぐりぐりと踏まれている。
「ででで、で、私が屋敷に招待したんですよ」
「あの屋敷の庭。ひどかったわね」
「それも、リーレイン嬢のおかげで元通りに!」
「通り越して全部枯れるわよ」
「リーレイン嬢ーー!」
「泣くな! ひっつくな!」
 かちりと、剣が鞘から抜ける音がした。グランシャがリールの腰にしがみついた瞬間に。
「さて、どこから切り落とされたいか?」
 どこでもいいぞ、とカイル。
「話をさっさと進めれば?」
 投げやりなリール。
「どうしたらいいのか、是非お力添えを〜〜」
「主は、あなたを必死に探しておりました」
 お願いしますと、執事。
「人事だけど?」
 特定の場所にいること、に対する危惧。その一、ね。私に心当たりのある人間がやってきてしまうこと。――できることなら、会いたくない人も。
 行きずりの関係とわかっていたから、だからこそだったのに。
「なんたって、異例な豊作のあとには凶作が来るのよ」
「リーレイン嬢〜!」
「えーい! あきらめなさいよね往生際の悪い!」
「どーしてくれるんですか!?」
「私のせいだとでも!?」
「すみません」
 ………弱いな。カイルはお茶を飲み干した。
「だいたい、場所を変えればいいでしょう! 同じ所で同じ花を作り続けるなとも言ったでしょう!」
「………」
「まさか、同じハウスで青い花を作っているわけじゃないわよね。同じ土で同じ薬を大量に含ませて」
 みるみる、グランシャの顔が青ざめる。口をパクパクと開いて、閉じた。
「何か、言い残す事は?」
 反対にリールは、笑顔だった。
「その場合、どうすれば元のように戻りますか?」
 執事が、問いかけた。
「元のようにしたいなら、数十年はほったらかしにしとくといいわよ」
「ほったらかし?」
「そう。草が生えて花が咲いても摘まない。実がなっても採らない。高く高く草が生い茂っても刈らない。木が生えてきても切り倒さない。人間の事情で、立ち入らないことね」
「そうなると、花は……」
「今の稼ぎの半分でも育てば、いいほうでしょう?」
「リーレイン嬢!? 三年先まで花の予約はいっぱいなのですよ!?」
「私の知った事じゃない」
 ばっさりとリールは言い切った。
「ご主人様。ここは今ある土地を元に戻すことにして、新しく土地を買いましょう」
「むむむっしかしだなぁ」
「バランスの崩れた土地を元に戻すのは自然(時間)――私が行った所でどうにもならないわ」
「とにかくご予約のお客様のご要望にお応えしませんと」
「次から、仕事がなくなるわよ」
「リーレイン嬢〜〜」
「人の話聞いてた!?」
 騒がしいさなか、再びリールにしがみつくグランシャ。カイルの額に青筋が浮かび、やっぱり剣が引き抜かれていた。

 物騒な集まりは、やはり物騒なまま進んでいった。過ぎ去る時間を、忘れたように。

 とうとう日が暮れてしまった。謁見の時間から、こんな時間になるまで時間を無駄にしてしまったと、カイルは後悔していた。
 客室を用意して、夕食までの間。悠々と客に与えられた部屋の長椅子に王子妃は陣取っていた。
 かちゃりとお茶を用意した侍女が下がる。部屋には、王子妃の正面に座る花屋の主と、その後ろに立つ、執事のみ。
「リーレイン嬢」
「何」
 静かな部屋に、堅い声が響く。薄暗い室内に、男の顔は陰を落として見える。先ほどの様子とは打って変わって、口調が違う。もしかしたら、こちらが男の本当の性格なのかもしれない。
 だが、それはめったに表に出てこない。それを知っているからこそ、リールはなんだろうかと顔を向ける。
「こちらは――リーレイン嬢のでしょう」
 男が懐から取り出して、コトリと置かれた、小さな小瓶。リールは目を見開いた。
「これを――どこで!?」
 リールは、身を乗り出して小瓶を掴んだ。
「流れてましたよ、裏で」
「なんで、すって……」
 これが? あの塔の薬が?
「どういうこと」
「リーレイン嬢?」
「どういう事よ!?」
 答えて――ザイン。



「待て!」
「何者だ!?」
 松明の火に照らされて、煌々と輝くグランディア城門。そこで、一人の男が捕まっていた。落ち着いたオレンジ色の髪に、茶色の目。
「リディロル――王子妃はどこだ」
 彼の目に、槍を向ける兵士は映ってはいない。



「また来客? こんな時間にか?」
「通さないと後で首にするように頼むぞと脅されるそうです」
「はぁ?」
 いったい、あのリールにそこまで言わせようとするのは、どこのどいつだ?
 そう思ったが、いちおう通させた。すると男は、開閉一番に言うのだ。
「お前じゃ話にならない。リディロルはどこだ?」
「いったい、なんだ」
 いつになくせっぱ詰まった男が、二人目か。



「リディロル」
「ザイン!?」
 感動の再会――なわけがなかった。突然客室に押し入った男――手に持つ短剣を投げつけなかったのは、ここが客室だから、か、それとも頼むから再び貴重な骨董品は壊さないでくれと侍女に懇願されたからか。
 それでも殺気を放ったまま、リンザインを睨みつけるリール。
「どういうこと」
 リンザインはまだ何も言っていなかった。だが紡がれた言葉は、ひどくいらだった口調。なんだ? いったい、何を知っている?
 テーブルの上を見ると、この部屋には存在しないはずの、小瓶。それは、あの塔で見たものによく似ていた。――まさか、な。
「すまない、リディロル」
 ただの空似だろうと思う気持ちを、かき消すような言葉。
「どういう事なの!?」
 ごたくは、いいから。
「あの塔に、――賊が入った」
 全部、盗まれた。
 それはリールがリロディルクであった時の、エアリアス家での働きの証拠。――薬であり、毒。


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