王城にて 〜付いて回る物〜


「……いつ」
 一瞬、の間。リールの手が震えている。手から剣が落ちそうなほど。――恐れ、怒り? それとも、別の何か。もしかしたら、それは、そう恐怖と呼ばれる、もの。
「わからない、だけど数週間は前だ」
 エルディスでお目にかかるくらいだ、そうだろう。
「ジオラスは――」
 そうか、彼がいれば。
「あの方は、最近はほとんど現れない。見つけたのはアンダーニーファだ」
 なぜ最近、来ないのか、答えていない。
「ウィア……」
「偶然だが、よかった」
 窓ガラスが割れていると言った。つまり――
「……塔、ね。あそこは、」
 ふと、あの花は平気だろうかと考える。――心配することが多すぎて、まとまらない。だが闇市に出回っているなら――
「あれは、全部、違うのよ」
「は?」
「見ればわかるでしょう」
 そう言って、リールは小瓶を掲げた。リンザインの表情が硬くなる。
「中身と、ラベルか」
「そうよ」
 しばらく、薬師の二人は思案する。
「それは妙案だが、やっかいだ」
「わかっているわよ。こんな事になるなんて」
「思っていなかった」
 シャフィアラの人間ならわかる。関わっては行けない領域、手を出しては行けないもの。だがここでは、どうだ? 中身も言葉も知らない人間が、勝手に薬を売っている。
「――無事なの?」
「大丈夫だ。それは」
 危険なのはローゼやウィアだ。言葉の解読のために、連れ去られないとも限らない。
「ならいいわ。もうこんな所で話している暇はないわ」
 リールは身を翻した。
「どこに行く?」
「回収するのよ――何軒かは、知っているわ」
 エアリアスの薬を取り引きする店。
「手伝えることは?」
 ふっと、リールは顔を上げた。
「全部、買い占めて。日程は」
「今日明日と、大きな市が開かれますよ」
 お茶を飲み干して、顔を上げた男が言う。
「グランシャ、緊急事態なの」
「何を申しますか、当然でしょう」
 胸を叩いて、グランシャは執事を振り返る。その二人の顔が、あくどく笑った。
「資金は、全部出すわ」
 リールは、カイルを指さした。
「それから、アズラルを呼んで。ザイン、説明しといて」
 兵士が一人、城を走り出した。
「あとは、兵士を貸して」
 最後にリールはカイルに頼んだ。呆れたように、カイルは答えた。お前の、兵だろうと。



 さて、昼に惰眠をむさぼり、夜に熟睡をしていたセイジュはたたき起こされた。誰にって、そこは適任者がいるから。
 キィンと、響くのは磨き上げられた剣。違う用途に使われたかったろうに。
「うげっ」
「やはり」
「うわーーすみません働きますから!?」
「そうか」
「……?」
 ずいぶん、寛大なような――
「じゃぁ働け」
「へっ!?」

 そのまま、向かった先――

がっしゃーん!!
「ぉお王子妃様!?」
 ついて行くよう命じられた相手の、妃について行けば……容赦なく、無惨に、粉々に破壊される、店。
「な、なんだっ」
 店の主人が状況を把握するよりも早く流れる、低い声。

「全部、出しなさい!」
 どこで、手に入れた――?



 王子妃と、その仲間達のおかげなのか、次の日には城の中の一室が薬で埋まっていた。

「まだ帰ってこないのか」
 部屋の中央を陣取るのは、不機嫌な顔のエルディス王子。
「リーレイン嬢は容赦(ようしゃ)ないでしょうからなぁ」
 はっはっはと笑いながらお茶を飲む、花屋の男。闇市での手腕は、カイルですら目を見張るものがあった。
「そう焦らなくても、これが結果だろう? リーディールの方が働きはよい」
 相変わらず執事にお茶を入れさせる、被服師。そんな彼も、事情を聞いた後ふらりといなくなり、どこから手にいれたのか、大量の薬を持ってきた。それも、使用済み。蓋の開いているもの。どこから、奪ってきたのやら。
「………」
 そして、そんな人外パーティの中では存在のかすむエアリアス当主。彼は会話に参加する気はないというように、薬の仕分けを行っていた。
「君もよく働くねぇリンザイン」
「……こちらの、ミスですから」
 アズラルの言葉に、静かに答えるリンザイン。
「そうだな。時に――私はアズラル・ランゴッドと言うが、貴方は? なぜリーレインと言うリーディールの夫すら知らない名を知っているのだ」
 ピキリと、音がしたが聞こえないようだ。問いかけられた男も、平然と答える。
「アズラル・ランゴッド様ですか。どこかで聞いたような名ですね。私はワイク・グランシャと申します」
「グランシャ? なんだったか……」
 名乗りあった二人が、首を傾げる。実は初対面だ。
「――ぁあ、もしや花屋の」
「――まさかっかの有名な被服師の!?」
 互いに、正体を知って手を打つ。納得したらしい。さすがリールのお友達同士、話が会うらしい。会話が弾んでいる。
 反対に凍りついた空気は無視して。
 部屋に薬を運んできた兵士は必死になって逃げた。



 薄暗い室内。狭いが広い建物の中。地下だろうか。壁を背にしてひっそりと進む人影。細身の剣に、天井から差し込む光があたって反射する。
 かつん、かつんと人の気配。――近づいてくる。角を曲がれば、目の前だ。
「なんだっおま!?」
 バシャっと、吹き出た物が地を赤く染め上げた。それを浴びる事になっている事すら厭(いと)わず、進み出る歩み。
 暗闇に、光り、踊る剣。
「だれだ!?」
 ざわりと、警戒が強まる。しかしざっと計算しても、十人はいない。ただ先だけ見て、走り出す。
「っひ!?」
「助け!?」
 容赦なった。背後から切りつけられた男達が倒れる。それを踏みつけて、先に進む。
 長く広い部屋。途切れ途切れに、照らされた松明。
 進んだ先、冗談の上座に座る。人の影。
「――あんたね」
「おっかねぇなぁ」
 さきほど、絶命する瞬間の男に、頭(かしら)と叫ばれた男が言う。
「誰だ? お前は?」
 どこか、からかうような響き。
「俺の仲間をこんな目にあわせた報いは、受けてもらうぞ」
「こちらの台詞だわ」
「何?」
「よくも、持ち出してくれたわね」
 触れては、いけないもの。
「……まさか、お前は」
 女の正体を察して、男の顔が強張る。しかし、遅い。



 所変わって、明るい室内。天井に届くかと思われる大きな窓。足の沈む絨毯。やわらかい長椅子。重量感のあるテーブルの上には白いお茶のカップと焼き菓子。
「ちょっとちょっと、お待ちよ」
「………? 何用でしょうか」
 再び、違う兵士が薬を部屋に運んでくる。数にして十。リンザインの指示によってテーブルの端に置き、部屋を去ろうとした所で呼び止められた。アズラルに。
「いったいリーディールはどこまで行ったのかい?」
「それが、王子妃様はアストリッドに向かうと言い出したそうで」
「何?」
 聞きとがめたのは、その場の全員だった。無言の者も、顔を上げる。
「さすがにそれはとお止めしましたが、どうでしょうか」
「数が足りないという事か」
「はい、こうなったら首を絞めるといって、………」
 そこまで言って、はっとして兵士は口をつぐんだ。
「なんだい? 気にしなくていいよ言ってごらん」
 ふと兵士は、王子を振り返った。懇願(こんがん)する視線を無視して、カイルは首を振った。兵士は心の中で、自分の隊の体長と王子を量りにかけた。
「――いまだ、暗闇に消えた時から、行方が知りません」
「逃がしたのか」
 セイジュ、どうしてくれようか。
「……逃げたのか」
「……逃げましたね」
 リールが、うるさい監視から。
「………」
 ぁあ、早く帰りたい。心のそこからリンザインは思った。



「まさか、お前、エアリアスの――」
「どうでしょうね」
 ゆっくりとリールの顔が形作るのは、笑顔。
「答えなさい、誰に、手引きされた――?」
「はははっ! まさか本物にお目にかかるとわな!」
「っ!?」
 突然飛び掛ってきた巨体を、避ける。きぃぃと細い音がして、気が付くと縛り上げられた、腕。
ガキン!
「無駄だ! 鋼鉄の線は簡単に切れないぞ」
 捕られた、右腕。
 気を抜けば引きずられてしまう。リールは足に力を入れて鉄線を左手で引いた。
 右腕に食い込む鉄線が、肉を割いて割り込んでくる。――血が流れる。
 互いに動かない。しかし、理は男にあった。
 ずるずると引きずられる。右腕はとられたまま、左手で鉄線を持って支える。男は楽しそうに、じわじわと線を引き寄せる。――まるですぐにでも引きずってやれると、言わんばかりに。
 力をこめて引かれる瞬間、それにあわせて、リールが走り出そうと考えた、その時。
キン!
 暗闇から、剣が光った。
「わっ!?」
 突然、自由になる右腕、崩れたバランス。うしろにしりもちをついて、見上げる。
 そして、わかった。
「なんだお前!?」
 リールのうしろから、男とリールの間に立つ男。
「……」
 ため息をついたレランは、一度座り込んだリールを振り返ってから、剣を構えた。あの鉄線を引きちぎった、剣を。
「……カイルは?」
 男共が睨みあっているにも関わらず、リールはレランに問いかけた。なんというか、マイペース? 腕に巻かれていた鉄線は取り払って、今では止血をしている。
「………」
 レランは、青筋を浮かべてリールを振り返る。なんたって、その王子の命令で王子のいる場所を離れてこんな所にいるというのに。
 と、私情の挟まれた(?)思案。一瞬、の、空気の変化。
 敵が待ってくれるはずもなかった。
 一気に距離を縮めて、磨かれた刃でレランを狙う。彼の頭の中では、レランの首が――落ちた、はずだった。
 だが、レランは攻撃を避けた上でその掌を剣の柄で打った。たまらず、男の手から武器が落ちる。そのまま足を払われて、男が前にのめりこむ。
 レランが、剣を構えなおした。
「――殺して」
 驚いた、レランの動きが止まった。



 待ちきれないというように、音をたててカイルが椅子から立ち上がる。
「待つんだな。今動いても行き違いになるだけ、だ」
「そうでしょうな」
 立っただけなのだが、お見通しのようだ。
「心配する事なかろう。お前の護衛がもう一人付いているのだから」
 え? と兵士が口を開けた。だって、王子が王子妃につける護衛と言えば、自分の隊の隊長か、もしくは……そういえば、あの黒い姿を見ていない。
 だが、カイルが立ち上がった本当の理由は、二人にはわからない。
「………リール?」
 何を、している――?
 兵士から帰城の報告を聞いて、部屋をあとにした。



「……情報が聞けなくなるぞ」
「いいの、そうだと知られている事のほうが、問題だから」
 なんとやっかいなものが、一生付いて回る事か。
 レランはあまりの知名度に舌打ちをした。それはまるで伝説のようでいて、目の前にある現実。すがりつく人間が、幾億いることか。
「例外は認めない」
 その声音は、命令しなれた人間のもの。
「お前の命は受けない」
 そう、言っていた。そして、次の瞬間、左手で剣を引き抜いて立ち上がった娘の姿に驚愕する。
「やめろ」
「なんで?」
 きょとんと、問い返してくる。その表情は、歳よりも幼く見えて、ひどい寒気に襲われた。そのまま娘は笑って、剣を持つ手に力を入れた。その姿は、何者にも邪魔されない。まるで止まっているかのように、流れるしかない川のように、少しの躊躇(ちゅうちょ)も、なくて。
「王子は止める」
 ぴくりと、反応する。



「ただいまー」
「帰ったか」
「ひぐっ!? 王子!!?」
 薄暗い柱の陰から、セイジュを睨みつける、その気配。言葉も何もないが、訴える物は沈黙のせいか言葉で言われるよりも居たたまれない。
「あーー……俺は邪魔なようでしたので」
「そうだろうな」
「はっきり言わないで下さいよ」
「他になんと言えと?」
 わざわざ、目を離した奴に。
「殺すつもりでしょうか」
「他に何がある」
「……いいんですか?」
「さぁな」
 だが、もし自分がその場にいたら――



「お前はもう、ただのエアリー・リールではない。エルディスの名を持つものとして自覚しろ」
 お前の行動が、すべて、王子の評価引いては、エルディスをすべる物としての態度。
「………名を持つ?」
 意味がわからないと、リールはレランを見た。その顔は、すべてを憎む、憎しみに染まった表情。
「そうだろう。リール・エアリアス・エルディス」



「その場にいれば、止めるんですか?」
「いや、止めはしないだろうな」
「はぃ?」
 心底不思議そうに、問いかけてくる。意味がわからないと。



 驚いて、口が聞けない。きょとんと、思いがけない事を言われた時の顔。目を点にして、小娘が剣を下ろす。
「そう、なったのね」
 いまだ、信じられないと首を振る。うつむいた顔。その表情が、見えなくなった。
 こんな時、王子ならどうするだろうか。自分の出る幕ではないのに奮闘しなければならない。小娘のために。
 本来なら、力はすべて王子のために注ぎ込めばよいはずなのに。


 『リール・エアリアス・エルディス』その名が、頭の中を走り回る。リロディルクでなかった理由。エアリアスが含まれた理由。
「……ばかみたいね。馬鹿じゃないの」
 言葉がかすれた。目に涙が浮かぶ。嬉しいわけでも、悲しいわけでもない。と、思う。でも何がこみ上げてきたのかわからない。普段、私はどんな時に、泣いていたのだろうか。
 からんと、手から剣が落ちた。
「わたし、は――」

 落ちた剣が拾われて、向かってきたのはその時だった。






いい所でぶったぎったなぁ自分。切りいいんですよね。
読む分にはここで切るの!?って感じですけどね。
夫婦喧嘩は書きたかったネタのひとつです。案はとある映画(知っている人、多いんじゃないだろうか)から。


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2008.03.28