王城にて 〜過去の清算〜


 その時はもう一瞬だ。ためらう暇も、戸惑う暇もない。ただ、自分の任務を遂行するだけ。
 いくら、その相手が気に入らなくとも。命令を下した人物に忠誠を誓っているから。
 「ぎゃっ」と声をあげて、男の命が尽きる。それは、顔を上げた小娘の目の前。
 死体を目の前に、目を逸らさない小娘。男の背は血まみれで、うつ伏せ。もう動く事はない。
 赤が散った。剣にも、自分にも、小娘にも。死体を見つめる小娘の視線に気がつき、とっさに、マントで視界を遮った。
「いくつ、死体を踏み越えれば、」
 小さな、声を、途中で遮ったつもりだった。だが聞こえた。
『追い求めずにすむの?』
 少しだけ、王子の気持ちがわかったような気がする。この娘の変わりに、剣を振るう王子の気持ちが。
 この場に王子がいたら、この男は王子に始末されるだろう。それだけは、よくわかった。



「止める前に切り殺しているだろうな」
 言葉は、いらない。必要なのは、態度。
 人を殺すなと、ひどく浮いた言葉は意味がない。
「……えっと?」
「別に反応を期待したわけじゃない。聞き捨てろ」
「はぁ」
「ただし、」
「なんですかね?」
「いい機会だ、働け」
 まじでーー?



「ずいぶん溜めこんでいた物ね」
 血の臭いのする広間を離れ最奥の部屋。隠し扉をこじ開ければ並ぶ小瓶。松明の火に揺れて、硝子の中身が反射する。
「これで全部か」
 そうであってほしいと、言っているかのようだ。
「たぶんね」
「曖昧すぎないか」
「……本当なら、これで、シャフィアラでない所(この場所)で何人死のうと、私には関係ない」
 関係ないのだ。
「それがどうした」
 それこそ興味もないという。
「だけど、私の落ち度なのかしらね」
 わかりきった事なのに、わざわざ残していた物。もう使えない使わない。決めたはずなのに捨てられない。いくら過去を否定しようと、捨て去ろうと、消しきれない。
 ひとつ、小瓶を持つ手を止めて光にかざす。
 これがなければ――
「私のあそこでの数年は、ないものと同じ」
 いてもいなくても同じ? 私は、必要ない? 私である必要もない。
 誰も知らない。誰も呼ばない。誰もが要(い)らないと、言っていた。

 眠ったら次の日には、存在がなくなってしまうのかと思って眠れなかった。



「いつまで仕分けているんだい? 第一、リーディールもいないのに勝手に」
 リンザインの背後で、小瓶をひとつ持ち上げて声を掛ける。彼はお茶を飲み干して暇を持て余していた。
「お言葉ですがアズラル・ランゴッド、私も一員ですので」
 同じ知識を持っている。違うのはそれが知識なのか、実際なのか。いや、実際にそれで人を殺すのか、生かすのか。ただそれだけ。
 同じことだ。人は死んで生まれ、生まれて死ぬのだ。死ぬことも生きることも同じ寝台の上で起こる営みのひとつ。
 生かすも殺すも自分しだい。――もう、見慣れてしまった。違和感を覚えないほどに。生かされるものと殺されるものがいることにすら。
「でももったいないですねぇ。こんなにあるのに」
 さらに後ろから、グランシャが声を近づいてくる。
「売れば儲(もう)かるでしょうに」
「もう儲けているでしょうが。まだほしいの?」
 心底呆れた声が聞こえた。兵士に仕事をしてくれと懇願(こんがん)されたカイルは机の上に書類を持ってこさせて、それにサインをしていたが顔を上げた。
 開かれていた扉から、呆れた顔で入ってくるその姿。
「おかえりリーディール」
「リーレイン嬢。物欲に乏しいですねぇ相変わらず」
「うるさいわね」
 余計なお世話よ。
「リーディール、思うのだが」
「なに」
「労働分はきっちりと返してもらうぞ」
「……じゃ」
「言っておくが現金ではない。そう、もちろん、」
「「お帰りなさいませ!! リーディール様!」」
 タイミングを見計らったというように登場した双子に、リールは引きずられて連れさらわれた。


「――で、なによ」
 リールは不機嫌だった。それもそのはず、帰ってきて口を聞くより早く、連れられて着替えさせられる。つまり、答えは。
「そう、私の服を着続けること!!」
「早く帰れ」
「リーディール。恩師を邪険にすると罰が当たるぞ?」
「……恩師?」
 だれが? どこにいるって?
「少なくとも、本当の恩師なら自分から恩師だと言わないと思うわ」
 そう言いながら、視線は違う所に向かっている。一番奥の、机の向こう。目が合う瞬間に、逸らす。その繰り返し。
 一言も発していない。
「これで全部か?」
「――っそう……ね」
 突然ザインに声を掛けられて驚く。振り向けばその先にはすべての薬。これがはじまり。これまでのすべて。
「どうする?」
「どうするも何も、還(かえ)すわ」
 あの島に。もともとはあの島にあったもの。すべて。ただ使い方を誤った。
 そしてまたあの時のように、その実を毒に変える。あの木。
「仕分けはしておいた。あとは」
「四つに分けて、捨ててきて」
「そうだな」
「……」
 しかし、目の前には大量の小瓶。……面倒だ。
「用意は?」
 そう言った言葉と共に次々と運ばれてくるガラス瓶。大きさは、一つ一つが大きめの花瓶と言ったところか。
「緑系と、蒼と、藍と」
 さくさくと、瓶の中身をひとつにまとめていくリール。ためらいもなく瓶の中身を瓶の中に入れ続ける。すべてが混じって、もう使い物にならない。
「ぁあーーもったいない」
 ひょいっと、覗き込んでグランシャが言う。
「自分で儲けなさいよ」
 無視して、リールは小瓶の中身を空け続けた。瓶の中に混じる液体が、どんどんどんどんその色を濃くしていく。
「目の前で大金が消えていくかと思うと……」
「職業病?」
「普通の感覚だと思いますけど」
「自分が普通だと言っている時点で病気よ」
「……リーレイン嬢」
「なによ」
 文句あるの?
 がっくりと肩を落としたグランシャをまたまた無視して、リールは小瓶の蓋を開け続けている。リンザインが仕分けしたものを、端から。だが、四つに分けられた物の一区分しか手に取らない。
「なぜ分けるんだリーディール。すべて一緒にしても同じことだろう?」
 ふと、アズラルが問いかける。確かにそうだ。だってすべて同じ物のはず――
「……まぁ。うまくすれば蒸発させることも可能だけど、」
 そう言って、小さめの瓶を取り出す。そこに赤黒い液体と濃い緑色の液体を空ける――
パァン!
 液体が混ざりあい、空気が膨張する衝撃に耐え切れなかったのか、瓶が割れて破片が散った。
「………」
 リールは手の甲で血の流れる頬を拭った。
 砕け散った瓶、蒸発した液体。――それは、まるで、薬と言うよりも兵器に近い。
「とまぁ。こんな感じ」
 あっけらかんと、リールはアズラルを振り返った。
「下手に混ぜると、何が起こるかわからないからな」
 そう言いながら、リールと共にリンザインが破片を拾い集める。その、なれた手つき。小瓶と破片は同じ木箱に入れられている。硝子があわさって、耳障りな音がする。
「気をつけろ」
 静かに、本当に静かな声が響いた。リールは振り返らなかった。
「そうね」
 二人は作業を再会した。リンザインは物を仕分けて、リールはそれを四つにまとめる。瓶の中の液体の色は、透明に近いものから黒い物まで様々だった。
 ただ無機質に時間がすぎてゆく。誰も何も言わず、手は動き続ける。暇を持て余す頭は考え続ける。
 色づく物、色を失うもの。様々。――そう、すべて、“失ったか”、もしくは――
パァン!
「投げるな!」
「!?」
 はっとして手を止める。気がつけば、手に捕った小瓶は箱の中で砕け散っている。風を切る音は、もう聞こえない。
 気がつけば、息が荒い。
 気が変になりそうだった。薬のひとつ一つが、あの塔で、たった独りで、作り続けた物。外に行って誰かを殺すか――生かすか。殺すつもりだろうと罵(ののし)られて、逃げられなかった。
「………」
 箱の鍵は、掛けられなかった。扉を閉じただけでは意味がなく。封印はいつか、破られるために存在している。
 ――もとを、絶たないから。
 息をついて手元を見つめた。そこに、一瞬血溜まりが見えたような気がする――
「少し休め、顔色が悪い」
 手元からすり抜けていく……
「ずいぶん、親切ね」
 ぴたりと、リンザインの手が止まった。
「そうだな――今更か」
 それでも、離れはしなかった。互いに何も望まなかった。その手も知識も。もしひとつでも何かが違えば、今いる立場は逆転していてもおかしくなかった。
 方や、当主の息子。方や――
「いつ定(さだ)まったのか」
 この道を進むようにと、定められたのか。
「知らないわ」
「だが正式に言えば――」
「黙って」
「……お前達は、従兄妹関係だといったが、本当か?」
 突然だったが、その声に二人は沈黙した。何かを考え込んでいる。
「どうなんだっけ?」
「さて、どこまで突き詰めるかによると思うが?」
「私の父と母の母親が、あんたの母親の母親でしょう、」
「ぁあそうだな」
「で、」
「まて」
 いつになく、焦った声が聞こえた。
「なによ」
「今何を言った?」
「母親の母親?」
「その前だ」
「前――? ぁあ。私の父と母の父がザインの母親の」
 母で――と、続かない。
「父と母の母と言ったな?」
「「――ぁあ」」
 リールと、リンザインの言葉が重なった。まるで、それが問題だとするカイルがいることに気がついたというように。
「あの島よ?」
 小さい、閉鎖空間。海は他人を寄せ付けない。
「島人ですら、遠い親縁のものと婚姻関係を結ばざるを得ない、な」
 アズラルが言葉を引き継いだ。
「それに、初当主の血を重んじて濃い血を引く物を当主に据える――ずっと、それできたわ」
 初代当主エアリアス・リインガルド。オレンジ色の髪、茶色い目――
 いつものことよ?
「認められるとでも?」
「さぁ? でも、それで産まれてきたのよ」

 近しいもの達の、近親相姦。初代の血を色濃く受け継ぐ者を当主に。

「母と父は双子で――黒髪だった」
 静かに、語られる、あの島の日常。
「母は茶髪で、血が薄かった」
 祖母は、自分の子から血を引く物を出したかった。なんとしても。一人は血を引く者に嫁がせ、残りの黒髪同士で先祖がえりを狙った。もとより、兄妹は仲がよかった。引き離すよりも、もっと簡単。
 結果は、目の前に。すべてどこかでつながり、すべてどこかに返る。
「それが、認められていなかろうと」
「それが、何かを狂わせていようと」
 残ったのは、ただ独りで歩く。その名だけ。



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