王城にて 〜たどり着いた先 〜


 どんどん深淵に落ちていく。落ちるだけ落ちたら、次の道が開かれようか?
 底に、たどり着きさえすれば――


 奇妙な沈黙が下りていた。誰も、本当のことを言葉にするのをためらうかのように。
 だが沈黙に耐え切れたかのように、グランシャが問いかけた。
「ぇえっと、リーレイン嬢? すっるてぇと、つまり――」
「その通りよ」
 言葉を読んだかのように、言いたいことはわかっているというように続く言葉。
「私の両親は双子よ」
「俺の両親は従兄妹関係」
 そうやって、幾度、その血を初代に返そうとしたのだろう。
 あの閉鎖された島の中で起こる、血の流れ。流れる血はどす黒く染まり、流れていく血は赤く耐えない。
「だから言ったでしょう」
 アズラルでなければ、リンザインであったと。
「そういう意味か」
 本当に従兄妹かと疑いたくなる、引っ掛かりの残る関係。
「その血の流れが濃いままなら、それでいいのよ」
 だから、ある意味では生かされてきていた。初代当主の血を濃く引き継いだ物として。
「気味が悪い」
 内情を知って、震え上がったのはグランシャだった。彼も長く生きてきているはずなのに、寒気のする現状。
「怖いの?」
 それに答えた少女の声。表情。初めて――恐ろしいと思えるほどの笑顔だった。
 本当に怖いのは、それでも平然としているこの女性かもしれない。


 がらがらと台車の引かれる音がする。向かうのは城門。もう用はない、時間がおしいとリンザインは言った。帰りはどうするのかと、問うまでもなかった。
「いいのか?」
「いいのよ。ギミックの船が来ているから」
「なぜわかる」
「それ以外に、どうやってくるのよ?」
 一瞬にして、風の流れが変わった。さっと顔を上げたリンザインの行動は、カイルと向き合っているリールには見えなかった。アズラルとグランシャも、それまでの会話を打ち切った。
「―――」
 カイルは、静かにリンザインの背に目をやった。彼は、歩き始めた。
「そうかもしれないな」
 最後の呟きを、もうリールは聞いていなかった。
 兵士の引く台車の上には、掛けられた布の下に入れられた、四つの瓶。それを封じた、鍵のついた箱。
 仕分けの終わった液体は、リンザインに手渡された。すべて、地に返すために。そして二度と、誰の命も奪わないために。
 去り際に、リンザインはリールの頭に手を置いた。まるで髪を乱そうとするしぐさに、リールがその目を睨み付けたが、気に止めてもいない。
「――無理を、するなよ」
 リールは、ただ睨み付けているだけだった。
 こんなにも小さくて、静かな存在。視て見ぬふりをしてきた。自分に構うだけで他に構う余裕などなかったから。
 それで、よかったのか。それが、よかったのか。今でもわからないまま。
「じゃぁな」
 これで、最後。別れの言葉は。外と、中は関われないから
 どこか様子の違うリンザインの言葉に、ふとリールは眉を寄せたが、その時にはもうリンザインは歩き始めている。
「……っ!?」
 声をかけようとした所で、うしろから抱きしめられた。
「――なに」
「いや」
「だからなに」
「……別に」
「………」
 その力は強くて、振りほどくのは大変だと知っていた。だから、嫌がらせとばかりに後ろに寄りかかってみた。それすらも楽しまれているようだが。

「あ〜あ〜あ〜お熱いことで、歳よりはついていけませんよ」
「そうか? 確かにもう甘いだけでは生きていけないがな」
「まったく〜アズラル様はねぇ〜」
「はっはっは! いやいや、お主には負けよう」
 そのうしろで、何かを含んだ胡散臭(うさんくさ)いだけの笑みを振りまきながら笑いあう二人。――うるさい。

「さて、リーレイン嬢」
 急に、真面目な顔をしていまだカイルの腕の中にいるリールの目の前まで来て話しかけてくる花屋。
「なによ」
「花畑の話ですがねぇ」
 そういえば、そうだった。と、二人は思った。
 そうだ、こいつはそのために来ていたのかと数日前の事を思い出す。思案するように動かした手が、ふっと、リールの右腕に触れた。すると一瞬、リールが身体を強張らせた。カイルは何事かと目を見張ったが、それを振り払うかのようにリールは会話を続けた。
「忘れてたわ」
 強い、口調。そして続く言葉。
「忘れてなかったのね……まだあきらめてなかったの?」
「リーレイン嬢!? ひどいですよそれは〜」
「なんでよ」
 自業自得でしょうが。
「リーレイン嬢〜〜!!」
「あ〜もう。新しい土地を買いなさいよ」
 投げやりに、リールは言い切った。
「ですから! それでは来年の予約分も賄(まかな)えません!」
「知らないから」
「リーレイン嬢〜ぉ」
 ふいっと、リールは首を振った。
「アズラル様〜ぁ」
「おおっと、私はまだ仕事が……」
 今回友達になったはずの男は、ささっと城内に姿を消した。
「「……」」
 逃げたわね……
 逃げたな……
 それを半眼で見送る夫婦。
「王子様!」
 さて、救いを求めて男はカイルに目を向けた。しかもその目がキラキラと輝いている。
「なんだ」
「いえ、実は働きの報酬も頂いてないのですが」
「いつ払うことになったんだ?」
「リーレイン嬢は払ってくれないでしょうから、ここは王子様に!」
「俺はレテ国につてはない」
「使えねぇ」
 ぼそっと、グランシャは呟いた。
「………ぉい?」
 どういう意味だ?
「……はぁ。まったく」
 リールは額に手を当てた。
「リーレイン嬢?」
 もしや、と、グランシャの顔が輝いた。
「質は落ちるけど、花を咲かせる方法ならあるわ」
「ぉお!」
「ただし、青にはならないわ。よくて水色。――水の色とでも偽れば?」
「意味ないじゃないですか!」
「だまらっしゃい!」
 だから自業自得でしょうが!!
「とにかく、中和剤を渡すから、まだ汚染されきっていない土地を選んでまいて、残り半分近くは手を入れないことね」
「それでは儲けが半分に……」
「だから、土地を買え」
「え〜」
 ぴきしと、リールの顔がゆがんだ。花屋の男の後ろで、執事が頭を下げている。あきらめろと。
「ひっ!? ……しかたありませんねぇ〜」
 睨まれた男は、おれた。


 それから、すぐさまカイルの腕の中を抜け出したリール。部屋に帰ったかと思えば持ち出したのは白い粉。
「今度、注意書き読まなかったら刺すわ」
 静かに、リールが呟く。それがいいだろうとカイルは頷いた。
 顔を引きつらせながらもそれを受け取ったグランシャは袋を大切に懐にしまい。執事と供に城門まで見送りに来たリールとカイルを振り返った。
「では王子様! もし私の青い花をお妃に送ることを御所望ならばお申し付けを。一級品を差し上げます。リーレイン嬢もお喜びになるでしょう!」
 その分、御代も弾みますからと言って、花屋の男は去った。まるで嵐のごとく去っていった。
 入り口に残されたもの達。兵士は遠巻きに眺めるだけに留まっている。去り際のあっけなさに呆然と立ち尽くしている二人。しばらくして、カイルが声をかける。
「何をあげたら喜ぶのか、知っているつもりだが――花がほしいのか?」
「……任せるわ」
 いらないとも、言わない。
「そうか」
 その言葉は花屋の背中の向こうで交わされていた。


「意外に早かったな」
 見送りを終え、城内の部屋に戻れば今だその場でお茶を楽しんでいるこの男。リールははぁっとため息をつき、カイルはただリールのうしろにいた。
 すると、そんな二人――いや、カイルを一瞥してアズラルは口を開いた。
「そういえば髪を切ったのだな。あそこまで伸ばしていた物を切るなど、なかなかできることではないが」
「この確信犯」
「なんのことだい? リーディール?」
 あの日のことは厳密に封じられているが、あれだけ盛大に模様替えが行なわれたのだ、何事かと問いかけた者は少なくない。
 しかも、この情報収集が趣味の噂好きならなおのこと。
「おやっ今回はセナの情報なのだが」
「あの二人なら、城の人達とも親しくなれるものね」
「はっはっはリーディールそれはどういう意味だ?」
「主が主なら仕える人も仕える人ってことよ」
 さて、どういう意味だろうねと呟いて、アズラルはお茶を飲み干す。
「さて、帰りますか」
「早く帰れ」
「また呼んでおくれよ。リーディール」
 立ち上がって、リールの髪に口を寄せたアズラル。
「……気が向いたらね」
 その言葉に満足したのか、アズラルは立ち去った。


 ようやく、客間に沈黙が戻ってきた。これですべてが終わったと安心した。その時、
「――っ!」
 背後から腕を捕まれて、痛みにうめいた。服で見た目は隠せても、痛みは隠せない。
 無言で、カイルは上着を剥ぎ取る。現れたのは、赤い筋の浮かぶ、白い包帯に包まれた細い腕。
「誰のせいでもないわ」
 目を細めたカイルに伝える言葉。
「――そうか?」
「そうよ」
 それだけは、納得させないといけない。これは、自分の不注意から生まれた傷。
「当分は、おとなしくしているんだな」
 出て行くことも飛び立つことも、止めることも留めることもできないから。
「そうね」
 どこでなら、休めるのか知っている。
 再び引き寄せられて、考える。そういえば、抵抗しなくなったのがいつからなのか覚えていない。
「あまり、無茶ばかりするなよ」
「いまさらじゃないの?」
「――そうだな」
 ただ違うのは、その場にいるか、いないか。その場にいれるか、いれないのか。
 名前と身体を切り離すことはできないから、何をするにも付いて回られる。望んで利用することは多くあるが、それは、それに縛られるもどかしさのほうが勝っているからせめてもの抵抗なのかもしれない。
 触れ合った体温が混じって暖かい。決して強くもなく、けれど弱くもない腕の力。過ぎ去るのは時間と風。姿は、動かないまま。
 すっと目を細めて見つめる、白い包帯。攻めはするなと釘を刺されたものの、問いただす必要性がなくなったわけではない。
 そこに、カイルの思考を中断するかのように、こつっと、頭がぶつかった。
「ねむぃ……」
 心地よい暖かさ。帰ってきたのだという、その、実感。
 立っていたくないのか、丁度いいとばかりにそのままかかる体重。
「……眠いのはわかったから。立ったまま寝るな」
 言葉は、聞こえていなかったようだが。



「お〜帰ってたのか」
「……」
「いやぁ〜忙しそうだねぇ」
 そう、のんきに声を掛けたセイジュの頭の上すれすれを掠るように何かが飛来する。
「……あれ?」
 壁に突き刺さった、銀色に光る短剣。振り返れば銀色に光る大剣。
「ぎゃ!?」
 一泊遅れた、叫び。
「――ぁあ、いたのか」
 見えてるでしょう!!? セイジュの悲鳴は口をパクパクとさせるだけで音にならない。
「あまり訓練する暇もなかったのでな。腕が鈍ってないか――」
「俺で試すなよ!?」
「なぜだ?」
 兵士じゃ加減が難しい――“これ”ならそうそう死なないし、何より逃げの常習犯ときている。何より、誰も何も言ってくることはない。特に、仕える主とか、その隣にいる女性とか。
「………」
 はぁっとため息を付く。その視線の先には、その間に逃げようと左側にわずかに移動する男。
「おい」
「いっ!?」
 いや、別に逃げようなんて……
「ほぉ?」
 言いたい事があるなら、聞いてやろうか?
「遠慮しときます!!」
 脱兎のごとく、セイジュが逃げ出そうと――
「何をしている」
 ……虎に退路を立たれた兎の目の前には毒蛇……
「ぅわぁ」
 それは、驚きや驚愕と言うよりも、あきらめの混じったため息。
「王子」
「“あれ”は、なんだ?」
「……私の不注意です」
 どこから入り込んでよいのかわからない。あれが王子妃であると思っていないからこそ出た行動の中に。
 レランの言葉に、カイルはしばらく腕を組んで考え込んでいた。それを崩して息をつき。誰に言うでもなく呟いた言葉。
「どいつもこいつも」
 同じことを言う。
「んなっ? なんだ?」
 セイジュは、カイルとレランを交互に見比べている。まぁ誰についての話であるか、は、わからないことでもないが。
「――まぁいい」
 踵を返して立ち去るカイル。一度頭を下げて、その後を追うレラン。
「……?」
 セイジュはしばらく立ち尽くしていた。……実は袖と上着の裾が短剣によって壁に縫い付けられていて、動けなくなっていた。



 ふと目が覚める。周囲を見回すと暗い。もう暗い? まだ暗い? いつ寝入ったのかよく覚えていない。
 伸ばされた腕に抱きしめられて、動きにくい寝台から降りる。すると、夜着越しに触れる空気の冷たさに身体を抱きしめる。
 暖かさがまったく違う。それは、中では一人ではないからだろうか。
 裸足で絨毯を踏んで、窓際に向かった。
 見慣れた星座が見える。昔は、形と位置の違う星々に戸惑った物だ。方向をつかめないから。だが、思い出させることもなかった。
 闇の中、一人で、星の明かりを頼りに歩き回った。森の中。あの時の気持ちを。
 窓ガラスに手を置くと、どんどん熱が奪われる。それでも、置いておきたかった。触れて痛かった。一緒に、心が冷えていかないだろうか。ガラスにならないだろうか。
 だけどガラスは――ひどくもろい。
 窓越しに、近づいてくる姿が見えている。身動ぎひとつしないでいたら、後ろから抱きしめられる。
「……寒い」
「寝たら?」
「……一人では寒いと言っている」
「私、温元じゃないんだけど」
「似たようなものだろう」
「あのねぇ」
 寒くて、目が覚めたのか?
 そう思うほど眠たそうなカイルに連れられて、再び寝台に沈む。もう星は見えない。冷え切った手はつながれて、温もりを取り戻した。
 腕を枕にしろといわんばかりに抱きしめられて、向かい合う。冷め始めた胸板に顔を寄せると、――トクン――トクンと、心臓の音。吸い込まれるように、眠りについた――



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