王城にて 〜転機〜


「来月に舞踏会を開く」
 朝食の席で言った国王の言葉。その言葉に、三人は三者三様の反応を見せた。
 妃は目を輝かせて手を叩いているし、息子は特に驚いた様子もなく平然と食事を続けようとしているし、息子の嫁(むすめ)は珍しく驚いてフォークを取り落とすという失態を見せている。
「本当ねあなた!」
「………」
「……は?」
 身を乗り出してくる妃、水を飲もうとして失敗している息子、やや間があって、呆然と口を開いたむすめ。
「そろそろお披露目でも済まさないといかんのでな。外交上」
 エルディスは、バーミリアン大陸の西側の諸国と領土を所有する国だ。他の国王と領主を無下にするわけにはいかない。
「嘘でしょう」
 呆然と呟いたむすめ。
「まぁこれでも減らしに減らした結果だが」
 それでも、そろそろ限界と言うところだ。
「これを乗り切れば、当分はない」
 逆に言えばこれを行なわなければ、下手をすると夜会ばかり開くようになる。
「嘘でしょう」
 今度は、違う意味の含まれた言葉。
「そんなわけだリール。――時に」
「はい?」

 お前は、踊れるのだろうな?



「ありえない」
「何がだ」
 鏡の取り付けられたホールに、一組の男女の影が見える。夜だというのにカーテンは開かれたまま、灯りは壁際に灯された蝋燭のみ。
 城の中に作られた踊りの練習場。今朝、目を輝かせて先生をよこすと言った王妃の申し出を、リールは拒否した。
 曰く、踊れるから、と。
 だがしかし、カイルまでもがその言葉を疑ったのは言うまでもない。今ここで踊れと言われても拒否するリール。切りがないので、誰も見ていなければ一度カイルと踊るということで話はまとまったのだ。
「踊れるのか?」
 珍しく、言葉を疑ったままのカイル。
「“踊り”は“教養”の一部よ」
 苦々しく、言う。今になって使うことになろうとは思いもしなかった。
 十になるまでに教え込まれた教養。それは紙に書いてある文字から始まり、歴史、武術、剣技、舞踊、音楽、刺繍、料理など多岐にわたっていた。もちろん、日常に必要なものから、日常覚える必要のないことまで。
「はじめるか」
「そうね」
 心底面倒だと言いたげなリールの口調。苦笑して、カイルはその手をとった。
 音のない半月の晩。二人には、それでよかったのだ。



「話は聞いたぞリーティール! 舞踏会が開かれるそうだな!!」
 次の日、朝一番に王子妃の部屋に乗り込んでくるこの男。
 それを半眼で睨み付けるリール。その目が物語る。誰よ、口を滑らせたのは。まぁ誰も言わずとも、どこからか情報を拾ってくるこの男には意味がないだろうが。
「そうだな、まずはドレスの色から考えるか」
「……」
「ぁあ。それに宝石も一揃い用意させよう」
「……」
「方はやはり流行のレースがよいか、それとも新しいフリルがよいか」
「……」
「そうだ、線をはっきり映す物で幾重にも重ねた物もいい」
「……」
「よかろう! その方向で!!」
「リール!」
 先ほどとさほど替わらず突然、飛び蹴りでも喰らったのか!? と思うくらい派手に開かれる扉。
「……王妃様?」
 首を振って声を掛けたのは、被服師の男だった。
「もう舞踏会のドレスは……あら?」
「ご機嫌麗しゅう王妃様。相変わらずお美しい」
 よくまぁこんなに態度を変えられる物だとリールは思った。
「そう言わずともお主のお気に入りは目の前におろう?」
 王妃は、楽しそうに笑っていた。
「いえいえ、王妃様にしか持ち得ない美貌が――時に王妃様」
「なんぞあるのか?」
「差し出がましいようですが、王妃様の舞踏会のドレスはこのようなデザインを考えたのですがいかがでしょうか?」
 その絵には、紫のドレスに扇を掲げる一人の女性の姿が描かれている。
「先日宝石(パール)を手に入れたばかりと伺いましたので、こちらにあわせてそろえてみるとまたよろしいかと」
「ほっほっほ。お主の情報の速さと正確さにはいつも驚かされるわ。パール(あれ)は、まだ王にも見せていないというのに」
「ですから、お披露目をなさるには絶好の機会かと」
「そうねぇ〜」
 突然、口調が変わる王妃。
「新しい物を新調するつもりだったのだけど話が早くてよいこと」
「布を送らせます」
「そのようにな」
「かしこまりました」
 ほっほっほ〜と上機嫌で笑いながら去っていく王妃。もと来た目的を果たしていない。
「これで当分は静かだな」
「だから、確信犯」
 あきれて、リールは言い切った。
「何を言う。邪魔を排除するのも仕事だ」
 仕事に集中するためには。
「邪魔してもらって構わないのに」
「私は構う!!」
 そんなこと聞いていない。
「さてリーディール、やはり何色にするかが問題になると思うのだが」
「なんでもいいわよ」
「薄桃色」
「却下」
 そんな桃色は嫌だ。
「黒」
「却下」
 冗談じゃない。
「リーディール?」
「……」
「ほぉ。つまり青でないと嫌だと」
「そうは言ってないわ」
「やはり、青でないと嫌だと」
「だから言ってない」
「わかった。これは王子にでも伝えてくるか」
「言ってないっていってるでしょう!?」
 ばんとテーブルを叩いた。涼しい顔で、アズラルはリールを見る。
「声を荒げるところが逆に怪しい」
「〜〜あ〜もう」
 リールは椅子に座りなおした。侍女が用意していたお茶に口をつける。
「いっそ王妃とお揃いにするか?」
「冗談」
 冷ややかなリールの声と、凍りついた部屋。
「緑があるでしょう」
「どうしても青は嫌だと」
「藍ならいいわ」
 妥協した結果だ。



「「舞踏会?」」
 二人は、同時に頭を抱えた。ただし、一人は警備に関係することを思案し、一人はいつものように抜け出す算段を――ん?
「ずいぶんと、久しぶりですね」
「そうだな。母上がいくら言っても父上は嫁(むすめ)の披露が出来る準備が調ってからだと言い張ったそうだ」
「それで、最近は静かだったんですね」
「そうだな。あの母上がおとなしくしていることも珍しいので、いっそあのままでよかったのに」
「さすがに永遠には無理でしょうねぇ」
 王妃は、娯楽が好きだ。密かに仮面舞踏会に出かけていることなど周知の事実であるくらいに。実は国王も参加しているとか。
「そうだな、お前を永遠に葬れないのと同じくらいにな」
「……あれ?」
 何か、不穏な言葉が……?
「そうだな、試してみるといいんじゃないか?」
「そうですね」
「いや!? まだ何もしてないっすけど……?」
「ほぉ?」
「そうだったか?」
「……」
 セイジュの背中を冷や汗が流れた。あれ? どれのことだろう……?
「そうだ、忘れていた」
 何かを思い出したように部屋を出て行くカイル。その後ろで、激しい物音とあわてた声が聞こえたが、気に止めてもいない。
「王子様!?」
 部屋を出たカイルに焦ったように声を掛けた兵士の動きが止まった。
「どうした? “探し人”か?」
「えっ!? ……はい」
 さすがの兵士も、自分の隊の隊長の断末魔が聞こえてきているのだ、気が気ではない……
(またですかっ!?)
 わけでもなく呆れていた。
「悪いが出直してくれ」
「はっ!」
 礼をとって、走り去った。と、角を曲がって再び驚愕している。
(なんだ?)
 驚いたような声の後に、あわてて走り去る足音。
 隊長も懲(こ)りないなぁと考え事をしていた兵士がリールにぶつかりそうになってあわてて、謝罪をした。そして、何よりもその姿を見て絶句していた。それを気に止めず、気にしないでと(やさしく)声を掛け、角を曲がって部屋に向かってきた。
「なに? 何事――」
 あくびを噛み殺したリールは、カイルの先の部屋から聞こえた叫び声を聞いて言葉を止めた。
「行くぞ」
「はいはい」
 その左腕をつかんで歩き始めると、されるがままになってついてくる。

 たどり着いた先は、見慣れたホール。調べを奏でる楽師も、指揮をとる指揮者も、まして踊りの指導者(せんせい)もいない。
 今日は窓が開かれていて、風のそよぎ声が、聞こえてくるようだ。
「手を」
 短い言葉に、伸ばされた手、つながれる。
 高いヒールを履いたリールは、少しだけ視線が高い。二人の間を流れるのは風。二人の中で流れるのは一つの曲。
 夕暮れの踊り。
 リールはすでにドレスを着ていた。青い布の薄手のものを。仮縫いに乗じてアズラルが持参した物だ。足首まで伸びた裾が回るたびに広がる。袖に飾られた石が夕日に反射する。
 しばらく、二人は踊っていた。そして、それが止まる。息を乱した様子もなく、手はつながれたまま。ひとたび手は離れて、腰を折って挨拶。曲調が違う。
 再び踊る。静かに、足音もしない。ただ影だけが重なって見える。
「……基本だな」
「基本を叩き込まれたから」
 それは不変。
「基本しか叩き込まれなかった?」
「踊る必要がどこに、いつ、なんであるのよ」
「一月後か?」
「最悪だわ」
「まぁまぁ」
「楽しそうね」
「そう見えるか?」
 傍目にもわかるくらいカイルの口元が笑っている。セイジュが見たら顔を引きつらせるだろうが。
「見えるわね」
「怒るな」
 あえて、足を踏みつけている。器用な物だ。
「だいたい、私に、踊れと? 人前で、真ん中で、ドレスで、ヒールで、王妃の目の前で、あんたと二人で?」
 そんな滑稽(こっけい)な話、今までに一度だってない。
「別のことをしているほうが楽だと?」
 それは、なんだと言うのだろうか。
「そうね。人殺し?」
 あっけらかんと言う。
「殺しても死にそうにないのが目の前にいるのよね」
「レランだろ?」
「………」
「それともあっちか?」
 窓の外を、何かが横切った。かすかに見えたのは風に飛ばされそうなほどなびいた金髪。続いてもうひとつ。黒い影。
「……選び放題ね」
「もう三人いるぞ」
「時々同情したくなるわ」
 リールに同情される男達……
「誰に?」
 突然、ぐいと腕を引かれる。腰に回された手が熱い。腕を回す暇がなくて胸に押し付ける。もう手を取り合って回り続ける踊りではない。見上げると視線があわさって、ふっと笑う。
「おしえてあげない」
「……なら本人に聞いてみるか」

 踊りだけは優雅なのに、会話は不穏だ。



Back   Menu   Next