王城にて 〜下準備〜


 ガラガラと馬車の引かれる音がする。城下の通りを進んで行く馬車の目的地はみな同じ。エルディス国グランディア城の城門前にたどり着く。
 正装した男性。そして着飾った婦人が、手を引かれて下りてくる。彼らの横に立ち並ぶ兵士、今日のために飾られた城内に足を踏み入れ感嘆の声を漏らす。
 一方その頃、本日の主役は別の部屋にいた。


「ねぇ、いい加減にしない?」
「「なんてことを言いますの!?」」
 大きな鏡の前に座らされたリールは、うんざりしていた。身を包んでいるのは、一見すると水色か緑か区別の付きにくい色のドレス。少し伸びた髪は上方を軽く結われている。その左右を編みこんでいるのはセナ。
「いや、もう十分でしょ?」
「まだですわ」
 リールの爪を薄桃色に装飾しながらユア。
「まだ爪が終わってませんし、」
「化粧もしてませんわ」
「……」
 リールは、ちらりと台の上に視線を送る。その上に置かれた、これでもかと言うほど置かれた化粧品類。
「普通、化粧からでしょう?」
「「例外です」」
 いきなり例外が当てはめられるのは、どうしてなのだろうか。



「ん〜やはり花がなさすぎる」
「なぜ俺に期待する」
 本来であればリールの服を着せているはずの男は、なぜかここにいた。単純にリールの肩書きの問題のせいだが、その代わりとカイルに服を送りつけていた。
 というか、持ってきた。
 正装であればそれでいいので、カイルは文句を言わなかったが、ここに来て疑問を口にした。
「やはり華やかさにかける。というかその面白みに欠ける顔はどうにかならないのか?」
「生まれつきだ」
 静かに、火花が散った気がする。
「はぁ、リーディールも時に平凡な所を好むから」
「平凡?」
 エルディスの王子も、この男に言わせれば平凡の一言で尽きるらしい。
「王族など有り余っている」
「お前の主観か」
 それは職業柄と言うか、知名度の問題だ。
「イーザス」
 まるでカイルの言葉など気にした様子もなく、アズラルは執事を呼ぶ。入ってきたイーザスの手の中にあるものを見て、カイルは軽く目を見張った。
「洒落ているだろう?」
「………」
 その手に移ったのは、レテ国で有名な花屋の花――



「ふふふ〜」
 リールのドレスの裾を直すセナ。少しふくらみを持たせたデザインはリールが好む物ではないが、押し切った。色の付いた生地の裾から覗くレースが細く細かい。
「帰りたくなるわね」
「もう帰っておられるではありませんか」
「そういう意味じゃないから」
「知ってます」
「踊ってくださるのでしょう! このドレスで!!」
「なんで?」
 なんでそんな事をしなければならないのか、なんでそんな事を知って――いるわけだ。
「はぁ」
「まぁ。世界で一番幸せであるはずなのに!」
「これぐらいではなくらないでしょうねぇ」
 何その、残念そうな口調は。
「というか、邪魔」
 目の前においてあった宝石をつまみ上げた。これをつけで行けって言うのか?
「そんな趣味の悪い物を」
 嘆いたのは双子。王妃の置き土産だ。
「………私の趣味でもない」
「「こちらですわ!」」
 化粧を終えて、ドレスの裾を直したセナとユアが一抱えはある宝石箱を取り上げる。
「へぇ」
 リールは半眼でそれを見た。
「さささ!」
「開けて下さい!」
 え〜面倒とでも言いたそうな視線を送って、リールは台の上に置かれた箱に手をかけた。
 重みを感じる箱の中に入っていたのは、銀色の台にはめ込まれた石。
「ラリマーですわ」
「ペクトライトですわ」
 同時に言った双子の言葉が、違う。
「どういうことよ」
 双子は、静かに視線を交わしていた。
「「ちょっとしたミスです」」
 なんだそれは。
「だいたい、同じ物でしょう」
 はぁっと頭を押さえる。
 大きく開かれた胸元に飾られたのは、銀の台にはめ込まれた青い石、それを囲むように細いチェーンを編みこんでさらに銀の宝石。
「……あの男」
「アスラル様ですか?」
 ふふふと、セナが笑う。
「ですわ」
 くすくすと、ユアも笑う。
 別に、この二人を敵に回すつもりはないけど、ね。
 箱の中の石の青さに引かれて手を当てる。静かに持ち上げてかざす。小さく、笑った。
 すぐに、その笑みに気が付かれないようにと顔を下げる。それと後ろの扉が開かれるのが重なって、双子は意識を逸らしていた。
「遅い」
 ノックもしないで押し入ってくる影。それは、
「もう、王子様」
「ちょっとリーディール様を借りたくらいで怒らないで下さいまし」
「そうですわ。今日や明日や明後日の夜と朝のリーディール様は王子様のものなのに」
「本当ですわ。それに関して不満でもあるならそれはご自分のせいだと考えるべきですのに」
「………普段から、こうなんだろうな」
 どこか呆れたような響き、でも口は挟まない。そのことを疑問に思っているようじゃ、まだ駄目ね。
「さぁさ王子様!」
「姿が見れて安心したでしょう!」
「「女性の身支度には時間がかかるのです!!」」
 そう言って、まだ何か言い足りないであろうカイルを部屋から追い出したのは双子。
「ぉいっ!?」
 手を伸ばしかけたカイルの目の前で無慈悲に扉は閉じられる。
「……はぁ」
 額に手をついて、ため息をついた。
「「愛されているんですねリーディール様!」」
 互いにこの双子に遊ばれているようじゃ、駄目ね。



 数時間は廊下に放置されていた。確かに始まりの時間まではある。あるにしても、だ。
「だから言ったであろうに、無駄だと」
 颯爽と現れた、いつの間にか礼服に着替えた男が言う。
「出席するつもりか」
「当たり前だろう」
 何を言うのかと言わんばかりだ。
「せっかくの着飾る機会だ。あの双子が燃え上がらないはずなかろう?」
「婚儀の時があっただろう」
「あれはあれ、これはこれだ」
「………」
「ぁあしかし、ずいぶん念入りなことだ。まぁ、私は楽しませてもらうとするよ」
 意味深に言い切って、男は登場した時と同じように颯爽と廊下を進んでいってしまう。部屋の前に取り残されたのはカイルと――もう一人。
「警備の守備は」
「万全ですと、申し上げたい所なのですが」
「なんだ?」
 なぜ今の今まで万全にやってきているのにここに来て、今日、問題があるんだ? ぁあ?
 どこか不穏な、いや不機嫌な主の空気を感じ取ったのかレランが頭を下げる。そして言った。
「あれが、警備に当たると宣言しまして――」
「あれが? あの男がか? 頼んでも逃げ出して料理を食いつくしてるか婦人と踊ってるか一目散に逃走して木の上で寝てるあの男がか?」
 いつになく口数が多い。
「はい。どう致しましょうか、どこかに閉じ込めておきますか?」
「そんな事のために無駄な体力を使うな。……いいだろう。少なくとも邪魔をするわけではないのだろうからな」
 邪魔をしたら、その時は――
 むしろ奴を警戒すべきか――
 この時に主従の心で交わされた会話は、どこか似通っていた。ある一点において。
(邪魔をしたら、)
(不審な真似をしたら、)
 即刻切りかかるまでだ、と。

 さてその頃、カイルとレランにぼろ雑巾と同等の扱いを受けているセイジュは――
「ぶぇっくしょぃ!!?」
 大きなくしゃみを一発。近場にいた兵士に一歩退かれている。
「なんだよ」
 後ずさったままの兵士の視線を睨み付けて、問いかける。
「隊長。ほんとーのほんとのーほんとーに警備に参加するんですか?」
「遊ぶんでなくて」
「毒見と称してツマミ食いをするのでなくて」
「眠気を振り払うためと踊るんでなくて」
「どういう意味だお前達。まるで俺が警備に参加せずに遊んでたほうが正常だとでも言いたいのか?」
「そうですよ」
「………」
 トドメと言わんばかりの副隊長の声に、兵士一同がうんうんと頷いている。
「お前達、俺をなんだと思ってる」
「サボり魔でしょうか?」
「逃走常習犯?」
「昼寝常習犯だろ?」
「お前ら……」
 脱力したセイジュはそして、怒った。
「しかし変ですねぇ。今日は隊長が自ら参加するほどの大行事が起こるということなのでしょうかね?」
 部下と言い争う隊長を横目に、副隊長が呟いた。



 外の会話など、聞こえるはずもない。数時間前から部屋にこもりっきりのリールには新鮮な会話になったであろうが、聞こえていない。
 最後の仕上げといわんばかりに立ち上がって裾を調節する。くるりと回って――動きやすさは上出来。身体を締め付ける危惧を徹底的になくしてデザインでカバーしただけに。
 しかしそれも、万が一の時は一早く戦いに投じられるようになっているのだからおかしい。絶対におかしい。
 腰を縛る大きなリボンの皴(しわ)を伸ばして、肩口と袖を繋ぐリボンの捻れを戻す。肘の少し上は細く、手首に向かって大きく開いた袖。スカートは踊りで舞い上がるように……そして絡むことないように。

「できましたわ!」
 だが、完成ではない。そうなのだ、この双子の終了の合図を見極めるのは難しい。
「そうね。もう時間だし」
「ぁあもっと時間があれはここを……」
「そうね、こうしてもいいでしょうし」
 果てない感じだ。とにかく、今だ。
「終りよ! おーわーり! さぁ行くんだから離して!!」
 一歩進み出て、二人から距離を取った。
「もうリーディール様」
「会場は逃げませんわ」
 どうしたらこんなでかい城の中の会場が逃げるんだよ。
「あ、間違えました。逃げるとしたらリーディール様ですわね」
「……この後に及んで?」
 おかしくなって、笑った。
「「はい」」
「そうしてきたわね」
 ヒールを履いて、颯爽と部屋を歩いて扉に向かう。手をかけるとすぐに開かれる。
 ゆっくりと、振り返って言う。
「ありがとう。ユア、セナ」
「「いってらっしゃいませ」」
 うしろで頭を下げる二人を見送って、差し出された手を取った。

 廊下を進んでいく。こちらは、招待客の道ではない。あとは私達が通ることだけを待っている廊下。
 今から華やかな舞踏会に向かうと思うと、気が思い。しかも、向かうのは、戦いの場所。そう、もう戻れなくなる。
 これまでの自由を奪う戦いの場所。
「いいのか?」
 静かに、聴いてくる。最後のさいごまで。
「いいのよ――?」
 ふと顔を上げて、視線の先。胸のポケットに刺さった一輪の花。
「趣味が悪いわね」
 一度摘み上げて、もとに戻した。
「お互い様だろう?」
 丁度いいとばかりに、髪に口付けられる。仕返しとばかりに、胸倉をつかみ引き寄せながら背伸びをした。靴の踵を覆うヒールのおかげで、背は誤魔化せている。
 唇は触れるだけ。ほんの数秒。
「ストップ」
 一時呆けて、返そうとする行動を制す。そうでもしないと、飾り上げられる時間おとなしくしていた意味がなくなる。すでに、髪の中に差し入れられた手に乱されているのだから。
 かなり不満そうにしているが、無視した。簡単に髪を整えて、なお食い下がるのでその手に爪を立てた。双子は抜かりなく磨いた後、長い付け爪をつけてくれた。食い込んでいる。
 だがカイルは平然と、警備の兵士を振り返っている。もう人目がある。手の力を抜くと、今度は逆に強く捕まれた。
「いいだろう、」
 続きは、耳の中に吹き込まれた。――最悪。



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