王城にて 〜その言葉〜


 その日が来るのを、人々が待っていた。
 本当は二度目であると知っていながら。祝福を贈った。

 惜しみない祝いの言葉、喜びを受けて、空が輝いた。





「ねぇ、ドレスはどう?」
「王妃様……」
「まぁぴったり!」
 動きにくいと言うのが、リールの感想だった。しかしどこを見ているのか、王妃も侍女達も絶賛している。
 なんの色にも混ざらない、透き通るような白のドレス。
 婚礼衣装の試し着だというのに、すでにリールはぐったりしていた。


 あのあと王に結婚の意を伝えると、待っていたと言うように準備に借り出される。
 いつの間にか書かれていた招待状は山のように送り出され、祝いの品が届く届く。
 服の採寸に始まって、花嫁と花婿は婚約の儀の式礼、作法を叩き込まれる。二度目のカイルはいいとして、リールはシャフィアラとの差異に戸惑った。
 基本の振る舞いはいいとしても、やはり細部は異なる。
 まぁ右から歩き出すか、左かの違いのようなものだが。

 ここ数週間はそれに加えて清め、食事の内容の制限など、いったい何がしたいのか謎なことばかりだった。

 しかしそれも落ち着いて――明日の婚儀のドレスの試着をする。もう準備は万端と言うことろだ。
 裾や丈、縫い取りに不備がないか入念に見られ、明日の準備が終わる。

「まぁまぁまあ! 明日だなんて!!」
 王妃が、手を立ていて喜んでいる。
「はぁ……」
「さ、しっかりして頂戴! 明日は領主達もいらっしゃいますし、エルディスの王家に嫁いだ娘の無様な姿は見せられませんのよ?」
「……はい」
 とりあえずここ数週間でわかったのは、王妃には逆らわなければ事は穏便に済む。

「では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」

 ドレスを持った人々が部屋を去っていく。もう夜も遅い。あとは、眠るだけ。

「………」
 寝台に入る気にはなれなかった。窓際に進んで、ガラスに手をつく。
「明日、か」
 眠りのための寝台は、使われなかった。



 そして朝が来る。
 とても、白い朝だった。



「王子様!」
「無粋ですよ!? 控えなさい!」
「待て――どうした?」
 自分の支度を手伝っていた侍女が怒るのをいさめたのは、突然部屋に入ってきた侍女がリールの支度をしている者だったからか。
「そっそれが、あの方が――」
 これまでは“お客様”だったリールの呼び方が“あの方”に変わったのはいつだろうか?
「リールが?」
「部屋にいらっしゃらなくて! しかも昨日の夜、部屋で眠られた様子がないのです!」
 自分の支度もそのままに、走り出した。




 どこに――行った?
 まさかもう逃げはしないだろうが。


「王子!」
 一足先に様子を聞いていたレランが、回廊を走るカイルを呼ぶ。
「レラン、リールはどこだ?」
 それ以外の、情報はいらない。
「東の庭です。――木の上に」
「木?」
 エルディス(ここ)はシャフィアラとはまるで違う。
 リールには知り合いも、肉親もいない――注意していたつもりだった。

 旅をしていたこれまでと違って、日々必ず共にいられるわけじゃなかったから。



 横に広がるシャフィアラの木々と違って、エルディスの木々は背がとても高くなる。

 東の庭のほぼ真ん中にある木の、一番初めに枝分かれしている幹。そこに、見える――
「リール!」
 びくっと、木の幹の間に収まっていたリールの体が震える。
「――来い」
 半ば強制的に言うと、開いていた腕の中に落ちてくる。
「どうした?」
 走って火照った体に、冷えたリールが心地よい。
「ラーリ様が……」
「ラビリンス王が?」
 驚いて問い返す。かすれていた声に問いかけても、何も言わない。
「――まるで、私が私でなくなっていくような気がする」
「……リール?」
 これがなんだかわからない。でも、怖い。

 まるで人形のように着飾られていくのが。人の望む姿の皮を被らなければならない時間が。
 自分が、崩されていく。
 これまで、どうしていた?

 だって、もう。あの場所にラーリ様はいない。

 ぎゅっと、カイルはリールを引き寄せた。頭を包み込むように抱く。
「聞こえるか?」
「……?」
 心音が、聞こえる。とても、とても、
「早いわね」
「そうだろうな」
「……緊張してるの?」
「他に何がある?」
 大真面目にカイルが言うので、リールは噴出した。
「笑うな」
「笑えるわよ」
 抱き寄せられた腕の中で、リールは体を曲げて笑う。

 誰か一人だけでいいから――傍にいてくれる。

 一向に笑うことをやめないリールを、カイルはさらに強く抱きしめた。
「ちょっ苦し……」

「ごほん」
「「―――」」
 咳払いに二人が同時に振り向いた。リールはさっとカイルの腕から逃げ出したが、その腰には逃がすまいと腕が回されている。
 侍女にもう時間がないのです! と泣きつかれた国王は、その二人の様子を見てあきれ返った。
 何事かと思えば、なんてことない。これからいくらでも存分に愛を語っていればいいだろうに。“今”でなくて。
「お前達、別に邪魔をする気はないが、そういう事は儀が終わってから存分にやれ」
 とにかく、時間に遅れるな。



 儀は滞りなく終わった。





 二つの影が広い回廊を歩いていた。
 光に照らされた影はとても白く、影と言うには相応(ふさわ)しくないかもしれない。

 その二人の会話が、少しだけ聞こえる――
 どうやら、あまり穏やかでない雰囲気だった。

「……いつ」
「さぁ、いつだったか?」
 よし殴ろうと、リールは心が決めるより前に体が動いた。

 ――が。

「王子妃様!」
「――は?」
 目の前に、走ってきて例をとる兵士。のせいで行動が止まる。
 “目の前”に来た兵士に。

「……何、その。破って捨てたくなるような敬称」
「慣れろ」

 ぎろりと、リールはカイルを睨みつけた。

「あの……」
「なによ」
「なんだ。早く本題に入れ」
「はっ! 祝いの挨拶に来ている方々のうち、どの方をお通し致しますか?」
「社交辞令?」
「そうだな」
「面倒」
「そんなことおっしゃらずに!?」
「なんで私が関係あるのよ。大体、全員連れてくればいいでしょう?」
「全員!!? ですか?」
「?」
 何をそんなに驚いているのよ?
「畏まりました」
「ちょっ」
 リールの疑問は無視して、兵士が去っていく。
「くくく……」
 何かに耐え切れないというように、カイルが笑い出した。
「何笑ってるのよ」
「いや、すぐにわかる」
「は?」







「――ちょっと」
「なんだ」
「何よ、これ」
「挨拶だろう?」
「いったい、いつまで!」
 正式な謁見の間よりは少し小さい部屋(と呼ぶのも間違いだ)の中。高い段の上に腰掛けたカイルとリール(今日の主役)。
 もちろん、なんのための挨拶って祝辞でしょ。
「挨拶が長いのはしかたないだろう?」
「それは、わかっているわよ。そ・れ・は・ね!」
 リールが言いたいことは、いったい何百と言う人間がやってくるんだという事だ。
 さっきから列が途絶えることがない。今はほんの少しだけ用意させた休憩。
「さっき、自分で言っただろう?」
「なんの話?」
 王家の婚礼は国を上げての一大事だ。それが世継ぎであればなおさら。
 その祝いに、一言お祝いを述べようと貴族や民がやってくる。今日愛を誓った二人を祝福するために。
 しかし、王家に嫁ぐ姫達だ。自身の婚儀に民など見たくないというものたちばかりである。
 王都にやってきた民達は、城の中に入ることはできず、遠めに姿を望むだけだった。――これまでは。

 さて、ここでさっきの会話を思い出してほしい。

 リールは、なんと言っただろうか?

「あ〜〜ん〜た〜〜ねぇ〜」
「俺は政務の時間が減ればそれでいい」
 婚儀の最中政務を押し付けるほど、野暮な親はいない?
「おいっ待て!? 本気で首を絞めにかかるな!?」
「自業自得でしょう!!?」
「ぁのう……」
 これは止めるべきなのか、夫婦喧嘩(?)には関わらないほうが身のためなのか、よくわかっていない兵士が声をかける。
「だから何!?」
「なんだ」
「次の方をお通ししても、宜しいですか?」
「また!?」
「明日までかかるだろうな」
 ぼそっと呟かれたカイルの言葉に、リールは頭を抱えた。

 なんでそんなに人が来るのよ!!


 すでに別室には、今日贈られた贈り物だけでも山になっているというのに。


 新手の嫌がらせのようだった(リールにとって)。


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