王城にて 〜舞踏会〜


 四人がかりでようやく開く大きな扉。開場した時は開け放たれていただろうが、今は閉じられている。
 それが、こちらの歩みにあわせてゆっくりと開かれる。聞こえてきたのは、国王の口上。
 視線はみな王座の王に注がれていてこちらに気が付いたのは王と横の王妃ぐらいか。
「……いいのか?」
 再び、問いかけ。
「どういう意味?」
「逃げるなら、最後だ」
「どこへ?」
 例えば、逃げ込んだ場所は、正しかったのかもしれない。
「……逃がさないんじゃなかったの?」
「後悔するなよ」
「どうして?」
 逆に問いかけた。国王の口上は終わりに近づいている。集まった領主、諸国の代表。これで、公となる。今まで何を隠してきたのかと問われるとそれも怪しいとは思う。
 だけど本当に、後には戻れない。もう戻らない。
 今度は、力をこめて手を握り返した。
「何も変わらないわ――私は」
「……そうだな」
 たぶん、変わったとしても、それは自分が選んだ方向に変わるから。もう誰かに、道を決めさせたりしない。
 国王の口上が終わる。最後に、呼ばれる。
「みなに集まってもらったのは他でもない。すでに聞き及んでいると思うが――」
 さぁ、私達が呼ばれている。



 開かれる扉の音が通りすぎて、すべての視線が集中した。どこも見ていない。見すえるのはこの場ではなく先。
 客人が左右に分かれて道ができる。真っ直ぐに国王のいる玉座の下に向かう。
 顔を下げることも、足取りが止まることもない。繋がれているのは手、並んで向かう。
 国王と王妃の玉座の下で一礼して、振り返った。広がっていた道はふさがれて、周囲が円形に広がっている。ゆっくり微笑んで、誘われるように頭を下げた。
 重ね合わせるように国王の言葉と、ついで広がった祝いの声。どこからか、音楽が聞こえてきた。
 それはしずかに、ただし確実に。
 今度は一歩進み出たカイルのうしろに続いてホールの真ん中に進む。
 開いていた手を首に回して、カイルの手が腰に回ったその瞬間、一段と大きな音が響いて音楽が踊りだした。


 ほぅっと、感嘆のため息が漏れた。ホールの中央で踊る男女は、先に国王に紹介されたものだ。
 この国の、第一王子の婚姻。二度目のそれは領土と諸国に驚愕をもたらした。なんといっても、あの王子の評判は……いいとか、悪いとかいうレベルではないから。
 むしろ、得体の知れないものだ。
 あわよくば、と、娘を送り込む領主がいないように、妾にと送り込む国王もいない。詰まる所変人だ。
 そして、その相手の一風変わった噂。まことしやかに流れているものだが、真実を知る物はいない。
 だからこそ、人が集まったともいえる。


 流れている曲は三拍子のワルツで、定番である。二人が回るたびにスカートの裾がふわりと舞い、袖口が揺れる。緩やかな中に起こる流れに人々が見ほれているのを、にやりと笑いながら見つめるこの男。
「ふっふっふっふ」
「もうアズラル様」
「口元を押さえて笑う癖はおやめにならないと」
「まるで誘拐犯ですわ」
「……ぉい」
 それは聞き捨てならないのだが。
「駄目ですわよ。連れて帰ったら」
「まず捕まえられませんわ」
「「ねぇ」」
 首を傾げて、笑う双子。
「………」
「いつも大人げのないことばかり」
「まぁ、気持ちはわからないこともありませんけどね」
 いま、リーディールはこちからかは影となっていて見えない。――あの男の。ただ風においていかれるようにスカートが揺れるのが見える。
「本当に、ああしていると別人みたいですもの」
「あの島は安息地ではないのだよ」
 あの島の、どこもかしこも。問題は場所ではない。関わる人と、あの獣達。
「ですけど」
 思えば、いくつもの顔を持つ娘だった。どれもすべてが、作り物だとしても。
「お手並み拝見、か」
 手を離れていった。最初から留まってなどいなかったのだから。だからこそ、行く末に興味がある――



 高いヒールに、舞い続ける布地。ふわりと、身体が浮いた。見世物にしてはサービスしすぎだと思った瞬間、指揮者が動いた。遠くで、王妃の笑い声を聞いた。
((曲が変わった!?))
 ホールの中央に戻って、流れる曲と共に手を離す。次瞬間の早いステップは左足からはじまる。

 一糸乱れぬ同じ足の運びに、再び招待客の口からため息がもれる。
 そん中、玉座に座った王が隣に声を掛けた。
「――王妃よ」
「あら、何かしら?」
 はぁと国王は隣にしかわからない程度にため息をついた。曲が終盤に差し掛かった途端、まったく違うテンポの別の曲に変わったのは偶然ではない。他意だ。
 にこにこと微笑む王妃。むしろ怪しい。

 左右で、同じステップを踏む。最初は玉座に向けて、顔を上げずに。次は、広間に向けて。今度は顔を上げて、一度、目を合わせた。それが合図。
 走り出したリールに驚いて、道が開ける。一歩遅れたカイルが追う。追いついて、手を取る、その瞬間が曲の山場。
 重なった手と、指揮者の棒が一段と大きく振られたのは同時。
 今度は手を取ったまま進む。また同じようにステップを踏みながら。軽快に流れる音楽と同じように、靴とヒールの音が響く。
 そして、合間。一段と速い曲調の後に曲が落ち着くのを知っていたかのように、リールは長椅子に座り、カイルはその手を取ったまま後ろに回る。
 その様子を追うように首を傾けていたリールの左後ろから、カイルが口を寄せた。
 一瞬、唇を奪われたことにリールが反応する前に強く手が引かれた。
 そして再び、二人はホールの中央にいた。長い曲が終わりに近づき、次の曲が始まる。
 もとより、最初のダンスを勤め上げれば、次からは招待客も踊り始まる。
 カイルは静かに視線を送った。一組、もう二組と、手を繋いだ客人たちが中央に並ぶ。

「ほぉ?」
 国王は、ただ見守っていた。王妃は、にこにこと微笑んでいるが、事実もっと悪質な笑みに近い。
 そしてホールが踊る人々でいっぱいになる。
 曲が終わり、再びワルツが流れる。早いステップを踏む踊りはまたそれから。
 指揮者が、再び大きく棒を振った。それは、はじまりのお辞儀。
 次に、手を取って男女が踊る。まさにその時。
「あの子!?」
 王妃が、驚愕の声を上げた。幸いにして、国王と側近の兵士にしか聞こえていない。
 それは、国王の視線にも入っていた。
 ホールの中央で多数の男女が手をとりあう中、左右の手をつないだままホールを去る影を。
 よりにもよってその二人は、閉じ行く扉が閉じきるその瞬間、一度玉座を振り返ったのである。――晴れやかな、笑顔で。
 今やホールはダンス会場と化している。この合間を潜って、兵に伝令を伝えるのは大変である。それに、伝えた所で、おとなしく帰ってくるような二人ではない。
「確かに踊れとは言ったが、最後までとは言っていなかったな」
「あなた!? そういうことではないのですよ!」
「まぁまぁ」
 そう言って国王は立ち上がり王妃が持っていた扇を取り上げた。講義の声も聞かず、傍らの兵に預ける。
 一向に収まらない王妃の手を取って唇を当てて、ダンスに誘ったとか。

 当分の間、リールは王妃に捕まるたびにこの時の話を延々と聞かされることとなる。



「二曲も踊らされるはめになるなんて思わなかったんだけど」
「っおい。わかったから踏むな」
「だいたい、なんてことしてくれるわけ」
「だから、踏むな」
「〜〜〜!」
「わかった! ……すまない」
「………」
 ここは城内でも有数のテラスだ、下に見える庭には噴水と、花壇。空を覆う物は何もなく、今はテーブルと椅子も片付けられている。
 広間から聞こえてくる静かな音楽に、二人は身を任せるように寄り添って揺れていた。
 のだが、足下をよく見るとピンヒールの下に何かが踏まれているのが見えるかもしれない。
 流れる音楽に任せるまま、立て続けに二曲踊った二人は広間を抜け出して(こっそりではない。むしろ堂々としたものだ)ここまでやってきた。
 正確には、本当ならすぐにでも帰りたがるリールを無理やりカイルが連れてきたとも言う。
 リールはあの踊りの最中の行為に怒っているのだが、手を取り合って曲と相手に身を任せながらいくら怒ったところであまり効果はない。
 ので、実力行使に出てみた。踏まないようにすることができるということは、踏むようにすることもできる。しかも力いっぱい。
 こんな時、セナとユアならどうするだろうか。というよりも、あの二人も当然あの場にいたはずであって……
 考えれば考えるほど頭にくるらしい。ステップを踏むはずの足が動いた。
 ところが、今の今まで見過ごしていたはずなのに、今回は違った。
「んぐっ!?」
 急に引き寄せられて態勢が崩れる。あごと頭に手がかけられて動けない。淡く薄い布を重ね合わせたドレスから、体温が伝わる。
 熱いのは同じ。
 ふとセナとユアがあんなに頑張って着飾ったものも、一時の瞬間のものかと思うと、次はもう少し協力的でいようかとも思う。
 だけど、最初からあんなに着飾らなければいいと思うんだけど。



 さて、その頃……
「暇だなぁ〜」
「いいことですよ」
「なんか面白いことしろよ」
「それは、隊長の専売特許ですから、私が奪うわけにはいきません」
「隊長思いの部下でいいこったなぁ〜」
「そうでしょう」
 笑顔で、壁際に張り付いた対の隊長と副隊長の会話を傍らで聞くことになった兵士は冷や汗を流していた。
 寒い。心が。というか空気が。
 なぜ、セイジュとその副隊長が共にいるのかというと、セイジュが警備に回るなんて誰も考えてなかったから、場所を確保してなかったんだ。ついでに、余計なことをしないように監視も含めて。
「……あれが見たかったんですか」
「ん〜なにが?」
 どこ吹く風で、頭をかきながらセイジュはいう。
 警備のものは、ある意味では見晴らしのよい場所に立つことができる。広間を見通す二回の渡り廊下とか、玉座の後ろとか。あとは壁際、窓際。
「さぁ〜てと、帰るか」
「どういうことですか」
「俺の護衛の対象はもういないから」
「……隊長?」
 にっこりと効果音の後に、あてつけの様な疑問符。兵士は逃げた。
「あなた、自分の仕事理解してます?」
「昼寝」
「いい度胸だな」
「!?」
 タイミングよく、見回りに来た影。彼は一所には留まらず、全体を見通す役目だ。
 セイジュの背後に立って、低い声。セイジュの背中を冷や汗が流れた、
「……あれ?」
「調理場のほうで料理を運ぶ係りが忙しすぎるので手を貸してほしいと言われたところだ、行ってこい」
「食べ放題!?」
 ひくりと、レランの頬が引きつった。
 広間を多い尽くすように踊る招待客のうしろで、蛙がつぶれるようなうめき声がしたとかしなかったとか。


「ん〜おいしいけど、これならうちの料理長の料理のほうがおいしいわぁ」
「ねぇアズラル様。料理長も呼びましょうよ。こっちの料理もまずくはありませんけど」
「自分達で作ったらどうだ?」
「「まぁ」」
「日々アズラル様にこき使われて、」
「身も心も削る思いのわたくし達に、」
「「仕事が終わった後も働けと?」」
 そろいも揃って、口もそろえて。一人ならまだしも、二人分、四つの目が非難の色で見つめてくる。場所が場所なのだから、もっと違う視線があるだろうにとアズラルは考えている。
「嫌ですわ。染め布をしてただでさえ手が荒れているのに水にさわるなんて」
「指の先が固くなるまで刺繍をして擦り切れそうな手なのに火に近づくなんて」
 ちなみに前アズラルのエルディスの住居では、食事はイーザスが作っている。洗濯はセナとユアの仕事だが。
 実は、セナとユアが料理ができないわけではない。させないだけで。
 イーザスが昔二人に調理場を任せ、そして激しく後悔したからこそ料理長を雇ったのだ。そんな二人を調理場に入れるくらいならと彼は食事の支度を買って出たのだが……いかんせん味は普通だ。アズラルは、朝は彼の食事を食べ、昼は簡単に済ませ、夜は双子と共に食事に出ることが日課になっている。
 そう、双子の料理は壊滅的であるのだが、いまだアズラルはその事実を知らない。
「……踊るか」
「「そうですわね!」」
 そう言って、双子は立ち去った。――相手は自分で見つけろということらしい。
 数分後、新しい曲で踊る双子の姿と、いまだに相手を探すアズラルの姿があったとか。


 王妃はご機嫌だった。さっきまで息子とその嫁に怒り狂う寸前だったのも忘れている。
 なんといっても、彼女はこういった場が好きだ。今でこそ王妃となって見下ろす立場にいるが、若い頃はこういう時は夜通し踊り続けた物だ。
 それにおしゃべり好き。これは今でもお茶会を多く開いていることからも窺える。
 そして国王が共に踊ったのだ。若い頃この王は自分の身分を偽って仮面舞踏会などに出席していた。フレアイラは領主の娘であったが、舞踏会に王子様が来ているという噂を耳にすることはあっても、目を輝かせることはなかった。
 普通の娘なら憧れてもよさそうな物だが、フレアにとっては大事だったのは身分よりいかに自分を満足させてくれるかどうか、だったのだ。
 確かに身分だけ見れば申し分ないだろうが、地位が高いだけで役立たずの男達を見てきたとも言える。一番は、自分の父であった。領主という肩書きに溺れた、何もできない父。ただその力を欲した母。一時の満足は長く続かない。
 そんな中であったのは今の夫――
 突然、侍女に飲み物を運ばせて、しばし沈黙していた王妃の顔が輝いた。
 国王はあきらめたようにグラスを戻した。そう、曲が変わった。
 国王と王妃は、この日踊り明かしたらしい。



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2008.06.16