王城にて 〜日常は非日常〜


「なんだって?」
 それが、王子の第一声だった。予想した通りとは言え、かなりいらついている。
「国王陛下と王妃様がいまだに起床されません」
「で?」
「見送りは頼んだと伝えるようにと」
「何をしているのだ。あの二人はいい歳をして」
「昨晩は踊り明かしたようでした」
「だから、歳よりは引っ込んでいろ」
「そう? 骨になるまでこき使ってもいいんじゃないの?」
 後ろから声が割り込んでも、会話は進む。カイルは振り返っていった。
「それは、相手が自分より劣る場合だけだ」
「勝てないんだへーそう」
「お前、どうしてほしいんだ?」
「王子、支度をしていただきませんと遅れます」
「………だるい」
「頑張って……ちょっ!?」
 面後臭いといわんばかりに髪をかき上げたカイルに、人事だと適当に声を掛けて寝室に戻ろうとしたリールが捕まった。
 暴れるリールを無視して担ぎ上げて歩き出したカイルの後ろから、レランが付いていった。



「それでは」
 がらがらと馬車が去っていく。王と王妃の様子は見知っているのか、見送りに来たのが王子と王子妃でも誰も何も言わない。むしろ微笑ましいとでも言わんばかりに笑顔で去っていく。
 まぁ送る側も笑顔だから。見た目は。
「……踏むな、いい加減」
「い、や」
 朝から、寝起きから借り出されたリールは不機嫌だ。嫌がらせなのか、長くてずるずるとしたドレスを着込んできたと思えば、それの裾で隠してカイルの靴を踏んでいた。
 はたから見れば、かなり近い位置で立ち並ぶ新婚夫婦。だれも近づかない。さっさと帰っていく。
 それは、新婚だからと遠慮したからなのだろうか、それとも何か不穏な空気を感じ取ったからなのだろうか……例えば、首筋がピリピリする、とか。
「これはこれは王子様、見送りはよいと申し上げましたのに」
「気にするな、父上の代理だ」
 近づいて声をかけきたのは、リールの知らない男だった。いや、知らない人のほうが多いが。こうやって親しげに近づいてくる人間は貴重だ。
「メジュルの宰相だ」
 疑問に思ったリールに対して、カイルが説明する。男性は顔のしわをさらに深くするように微笑んで、口を開いた。
「はじめまして王子妃様。グウェル・カーナーと申します」
「はじめまして」
 暇を持て余していたので、こちらで習ったとおりに礼をした。
「知っているな――リールだ」
「ぇえ聞き及んでおりますよ。お綺麗な方で」
 なんとも言えず、リールは曖昧に笑った。
「そうだろう」
 迷わず答えたカイルの足を踏みつけた。


 そんな様子を、傍目から一歩引いた所で立ちながら見ているのはレラン。
「……十二か」
「は? なんの事です?」
 隣に立つ兵が呟きを聞きとがめて問い返した。
「いや、なんでも。あの小娘も大概に――無理か」
「王子妃様ですか?」
 その王子妃と王子は、一人の男性を見送っていた。




 舞踏会が終わって帰る人々にもいろいろいる。朝一で発つ人もいれば、せっかく王城まで来たのだ、存分に世話を焼いてもらおうと考える人間もいる。ここに、
「あんたの場合、常にでしょう」
「おやリーディール。見送りは終わったのかい」
「終わり――朝の分はね」
「その服はどうだい? 古代の女神を――」
 そう言ってアズラルが振り返るとすでにリールはドレスを脱ぎ捨てて違う服を探していた。
「もう少し労わったらどうだね」
「何を?」
「もちろん、私を」
「冗談」
 そして、洋服ダンスからワンピースを取り出すと鏡の前で体に当てていた。
「今日はその格好か」
「……まだいるからね、お客が」
 ちなみに、セナとユアはまだ休んでいる。彼女達も、夜の舞踏会で躍り明かしたくちだ。
「ならばこちらのほうがよかろう。これなら靴も隠れるし、胸元を締め付けることもない」
 ヒールを履かないことが前提で、上は首まで覆うこと。さらに言うなら、次は遅い朝食だ。
「そうね」
「それと、上着と石を見繕おう」
「邪魔だからいらない」
「……しかたないな」
 そう言いながら、アズラルは続きの間に消えた。何を探しているのやら。
 背丈を越える鏡の前でリールが着替えを済まし、自分の姿を見ているとアズラルが戻ってきた。その手には淡い色の布地がある。
「こっちを向け」
「?」
 くるりと振り返ったリールの後ろに布を回し、手早く結ぶ。丁度胸元で大きなリボンが結ばれた。それから短いボレロ。合わせ目は作られておらず、金の鎖で繋がっている。
「助かるわね」
「はっはっはもっと重要視してもらっても構わないが」
「いつもしてるでしょ。行ってくるわ」
「そうだな」
 部屋を出る寸前、リールは扉から顔だけ出して言った。
「ぁあそれから、食事はきちんと取るのよ。おじいちゃん」
 彼女はいつも、一言余計だ。



「しかし、こんなことになると思わなかったな」
「そうです、か?」
 何か苦々しい物が含まれた言葉だった。一緒に剣が引き抜かれている。完璧だ。
「まぁ待て、さすがにここで流血沙汰は控えろ」
「なぜです?」
「気持ちはわかる。後始末もいい。だ、が、俺がここに座った時思い出したくない」
 見えるのは玉座。視界に入れたくないのは寝そべって眠る影。床に、そのまま。どうやら酔いつぶれたらしい。昨夜の間に。
 無言で剣を引き抜いた護衛に声をかけたのは王子。うしろには、引きつった顔の兵士がいる。
(たいちょーまじっすかぁー?)
 隊長(セイジュ)は昨夜、護衛対象が広間から姿を消した瞬間からお酒を飲み始めたらしい。
「給料から天引きだな」
 招待客意外は自腹だ自腹。おれ? なぜ支払う必要がある。



「で、なんなのよ」
「何かありましたか?」
「なんなのかと聞いているのよ」
 この料理の量について。いや、いつもこれぐらい食べるけどね。そうじゃなくて、なんで最初からこれだけあるのかってこと。
「それが、朝食をご一緒にと申し上げたのですが、みなさま」
「そういうことじゃなくて」
「はい?」
「まぁいいわ」
 危ない、ため息をつきそうになった。ここでため息でもつくと侍女と給仕と料理人が固まる。それでもずいぶんなれたものだと思うけど。
「カイルは?」
「王子様は、まだ」
 言いかけたうしろから扉が開く。リールはフォークを手にとって、赤いトマトに突き刺した。
「遅い」
 そう言って、ぱくりと食べる。
「ああ、悪い」
「何疲れてるのよ?」
「いや、ちょっと」
 まったく、あの男には悩まされてばかりだ。
「いただきます」
「頂いてます」
「……」
「なに」
「いや」
「嘘付け」
 何を笑っているのよ。
「怒るだろう」
「当たり前。……だから、何笑っているのよ」
「だから怒るだろう」
「聞いてないけど」
「いや怒るだろう」
「どういうことなのよ」
 “このやり取り”が。
 まったくと、リールはフォークを持ったままの手を頭に当てた。
 これでも侍女の一人も卒倒しなくなった物だから成長した物だ? いや、彼女達はもともとならされているはずなので――
 ほら、いまも壁の端でくすくすと笑いが漏れる。
「気にするな、たいしたことじゃない」
 そう。たいしたことじゃない。共に食事を取ると決まった日に送れた時のこと。遅れるから先に食べろと言っても部屋に来る直前までは待っていることを。
 それでいて、部屋に入った時には食べ始めている様子を装っていることを。
 ほんの些細なこと。



 とっても重要な感じ?
「あのですね、」
 目が覚めて、あくびをする暇もなかった。
「質問はひとつだ」
 最後の言葉は、何になるのだろうか。
「えっとですね」
「二秒しかまたん」
「なんで死にそうなんでしょう!?」
「自業自得だ」
「どうして!?」
「質問はひとつだ」
 びりびりと空気が震えている。相変わらず顔が映るほどよく磨かれたレランの大剣をセイジュは両手で挟んでいる。頭の上で。
「死にますよ!?」
「願ったり叶ったりだ」


「どうするんですか?」
「止めに行きたいというなら止めないが」
「そんな命知らずは副隊長じゃないんですか?」
「王子様とその妃で十分だ。お二人は?」
「朝食です」
「……俺達も行くか」
「そうですね」
 そう言ってセイジュの隊の隊員は皆、目の前の危機的な状況(セイジュが)から目を逸らした。

 夜のなごりは、昼の日差しにかき消されて行った。




 それから数ヶ月。

「……ん」
 ふと、寝台の上でリールは目を覚ました。雨が降っているらしく水の音がする。
「さむ」
 冷え切った寝台の上で掛布を引き上げる。すでに一人だ。ずいぶん前に出たのか、それとも寝坊したのか。気が付かなかった。
 鈍くなっている。前ならすぐに気配を感じたのに。それだけ居心地がよいことを警戒する。だが、その中に浸っている。
「おはようございます」
「おはよう」
 侍女が数人入ってくる。これでも減らした結果だ。
「あいにくのお天気ですね。王子様は大丈夫でしょうか」
「なにが?」
 そう問い返すと、一瞬侍女の顔が強張った。
「……王子妃様」
「はい?」
 そう呼ぶなと言っても、無理だとあきらめたのは最近の話。
「今日は町の巡回範囲を広げる日ですわ」
 そういえば、何か昨日誰かが言っていたような。
「王子妃様。わたくし達から申し上げることは何もありませんが、お気をつけいただきませんと。大臣や先生方にお聞かせしたら大目玉ですわ」
 朝、カイルは朝議か町の視察に行っている。それぞれ日によって異なる。まぁつまるところ先に起きて先に出かけているだけだ。
 町に出るなら連れてけと行ったが、カイルにしては歯切れ悪くまだ叶っていない。
「……レランは」
「レラン様は王子様とご一緒ですわ」
「そうよね」
 そうなのよね。着替えと洗顔用の水を置いていく侍女を目で追いながら、扉の先に視線を向ける。今日はカイルが朝食の席にはいない。
 一度目を閉じて、開く。心は決まったようだ。



「あ、いたいた」
「小娘……」
 回りの兵士が、自分の声音と、その言葉の意味するものを見て絶句する。気安く軽い足取りでこちらに向かってくる、その姿。
 雨を避けるためか、深くローブをかぶっている。色は薄茶色。細身の影であるが、一見しただけでは誰だかわからない。兵士には。
「なんていうか、目立つわよね」
 それをその人だと一瞬で見分けたことにだって驚いているのに、その人は自分の知名度は棚に上げてこちらを見てそういう。
 ここは、町の裏路地の角。細い道。住宅街の多い一角。
「………」
 これでも密かに行なわれるはずの視察だ。軍服にマントを羽織り、目立たなくしているつもりだが、あまり意味がないこともわかっている。
 だから、この視察の日程を行なう間隔は定まっていない。
 旅をしていた時と同じような身軽な格好に剣。これが舞踏会で踊っていた娘だというのだからおかしい。絶対におかしい。
「なぜここにいる」
「探したのよ。まぁ特徴を言えば町の人たち察したみたいで目撃情報があったけど」
「なぜここにいるのか聞いている」
 普通なら、王子妃の話を遮ってまで意見する物はいない。本人がやさしいならともかく、普通はうっとうしがられるだけだ。
「連れてけって頼んだんだけど置いてかれるから」
 レランは、カイルのその行動に激しく同意していた。
「邪魔をするな小娘」
「邪魔しないけど」
「存在が王子の邪魔をしている」
 そこにいるだけで、十分だ。
「なにそれ?」
 わかっていない。この娘。そこにいるだけでどれだけ王子に影響を与えるかわかっていない。
「小娘」
 低い低い声に、それまでどうしたらいいのかわからずにハラハラしていた兵士達が震え上がる。
「見て回るだけよ」
 気にした様子もなくリールは言う。
「一人で行け」
「下手についてこられるよりましだわ」
 うしろから、護衛が。城を抜け出したことはあるが、やはり独りきりと言うことはなかった。
 はっと、幾人かの兵士がリールの言葉に耳を傾けた。
「慣れろ」
「……慣れろねぇ」
 しばらく、リールは考えた。そして、一言。
「カイルは?」
「………」
 今頃か? レランは怒りと呆れを隠すつもりはなかった。そして、どうした物かと考えている。
 兵士達に、一番の緊張が流れた。
 繰り返されない、一時。
「王子は、連れて行かれた」
「……私の指揮下?」
 唖然と口をあけて、リールは閉じる。そして、沈黙。しばらく思案した後言った言葉がこれだ。しかも、その王子の直属の部下の前で。
「調子にのるなよ小娘」



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