王城にて 〜盗賊団〜


 くすりと、笑い声がもれた。それは女の声で、薄暗い部屋の中。人一人横になるのに十分な寝台の上。雨は、まだ止まない。
 女は寝台に座って、手を伸ばす。最初は、髪を撫でるだけ、それだけでは飽き足らず、頬に、首筋に手が移る。最後に唇が寄せられて――
「香水臭い女はお断りだ」
「っ! 起きていらっしゃったの?」
「さっきだ」
「もっと眠っていられるといいのに。いい夢を見ましょう」
「断る」
「なぁぜ?」
 髪の長い女は笑う。
「お妃様は、ずいぶんとわがままだと伺いましたけど?」
「どこが?」
「………」
 ひくりと、女は頬を引きつらせた。いや、自分の耳に入ってくる情報だけ聞いても、今の一言ではプラスに浮上するはずない。なのに、
「お前と比べる以前の問題だ」
「まぁ」
 くすくすと、気分を害した女が笑う。口元に手を当てて、楽しそうに。それは、敗北を知らない女の笑い。
「誰に頼まれた? リャンか、タドアか、センシレイドか?」
 それは、領土外の国の名前。
「さぁ? なんのことですか?」
「それか、大臣」
 女は、口を開くのをやめた。
「東のほうの、な」
「そんなの、どうでもいいわ」
 そういって、寝台ににじり寄る。けして広くない上に二人。脆い木が悲鳴を上げる。
「簡単なことでしょう?」
「断る」
「あら、まだ何も言ってないわ」
「妾を取れと言う話しか? それとも金銭目当てか、地位か、権力か、領土か、情報か。どうせろくな話じゃない」
「ひどいわ」
「何がひどい物か。お前達の悪行よりましだ。いい加減、ここを去ってもらおうか」
 きょとんと、女は首を傾げた。
「なんのこと?」
「気が付かれないとでも思ったのか。盗賊団(フィーレイト)」
 女の顔色が変わった。そして、部屋に現れる人影。天上は一部落ちて、扉は開く。
 部屋を埋め尽くす黒い影が五つ。それと女が一人。距離を取った女を見送って、カイルは立ち上がる。窓を、背後に。
 回りを埋め尽くす刃物。一歩進み出た影が口を開く。
「こちらとしても、穏便にすませたいものですが」
「誰の差し金だ?」
「あなたを相手にしたいと言う物は五万とおります。取引先には、苦労しませんよ」
「ずいぶんと回りくどいことをする。こんな危ない橋を渡るよりは、もっと確実な方法があるだろうに」
「あいにくと、貴方の身柄を捕らえるより困難ですよ」
「それは、甲斐あったということか」
 本人は、嫌がるだろうが。これを片付けるのが先だ。まったく、潰しても潰してもはびこり始める。今日視察を入れたのはこのためだ。
「警告は一度だ。お前達はこの国の人間ではない。一度目は許そう、国に帰れ。だが二度はない」
ガッシャーン!
 突然、カイルの言葉に続くように窓ガラスが割れた。正確には何かが窓をぶち破って入ってきた。
 飛び散るガラス片、木片。
「誰だ!?」
 男たちは一斉に警戒する。女も同じ。剣を向けられたままのカイルですら、目を丸くして言った。
「何をしている」
 驚いたように、だがどこか平静なまま。
「暇つぶし」
 ぱんぱんっと、埃を払って立ち上がる。
「レランは」
「呆れてる」
 カイルの視線より目の前をぐるりと一周。一人の女と、武装して剣を突きつける影というか男たちが五人。その中で剣を突きつけられているカイル。
「知り合い?」
「違う」
 結論を一言。答えも即答。
「盗賊だ」
「盗賊団? にしてはずいぶん貧相ね」
「盗むのは現金じゃない。地位と権力と、領土だ」
「うまい商売ね」
「そうか?」
「そうよ。そのためにはお金に糸目をつけない輩にとってはね」
「だ、誰だ!?」
 しばらく呆然と立ち尽くしていた男たちがわれに返る。
「王子妃……」
「これが!?」
 だが、それも女の一言で事足りたようだ。
「何。文句あるの?」
 そう言ったリールに向かう。剣先。そう認識したのは一瞬。
 リールの口元が、笑うように上がる。その腰に差してあったはずの二振り目の剣が消えている。
ガキン!
「言っただろう、――二度はない」


 部屋の中は乱闘状態に突入した。しかし、この場所は対照的に静かだった。
「飛び込みましたけど……」
「飛び込んだな……」
「……いいのか?」
「放っておけ」
「しかし隊長」
 リールとカイルのいる部屋の窓の外。隣の建物の屋上から様子を窺う影。先ほどまで、その場にもう一人いた。オレンジ色の髪の娘が。
 その娘は屋上にやってきて場所を確認するなり、隣の建物の屋上に縄を引っ掛けて目的の部屋に向かってダイブした。
 それも、ちょっとブランコで遊びますぐらいのノリで。一度死んだほうがおとなしくなるのではないだろうか。
「それより、一人も逃がすなよ」
 それが、あの小娘――引いて王子の命令。
 なぜここにレラン達がいるのか、それはつい先ほどまでさかのぼる。



「おとり?」
 今回の視察の理由と、王子の行方の簡単な説明を聞いた王子妃の感想はそれだった。
「……そうだ」
 ついでに言うと、隊長は口が裂けても囮と言う言葉は使っていない。
「まぁ手っ取り早いわよね。で、どこなの?」
 この方は、結論しか話さないのかといぶかしんだ。
 しかし、それからの王子妃様の行動は早かった。さくさくっとアジトになっている建物に案内を求めた。――誰も止めない。
「よろしいのですか?」
 道もわからないのに先頭を歩くのは王子妃、その後ろにいる隊長に副隊長が声を掛けた。
「何がよいとでも?」
 振り返った隊長が、怖い。
「いえ――それは」
「小娘! そっちではない」
 唐突に、言葉が遮られた。やはり隊長の目が怖い。
「あそぅ?」
「だいたい、なぜ先頭を歩いている」
「遅いのよ」
「案内をしてもらっているという立場を理解しろ」
「だって、遅いんだもん」
 ふいっと、首を逸らす小娘。その姿だけ見ればいつもとは違う感想を持つだろう。
 だが、それには少々共にいる時間が長すぎた。
「わがままを言うな」
「そう?」
「第一、われらは王子の命なしで動く気はない」
「おとなしくしてろって?」
 それを素直に聞くと思えないんだけど。
「ようは、邪魔だったんでしょ」
 レランの中で、何かが砕けた。
「いい加減でおとなしくしていろ小娘」
「機嫌悪いわね」
「お前のせいだ」
「失礼ね」
 まわりは、冷や汗を流していた。王子が単独で行動に移ったことですら隊長が怒るには十分なのに、それに加えてこの方は……
「いいのよ。後始末は任せられるから行動できる」
「――あれだ」
 角を曲がろうとする腕を捕まえて、角から少しだけ顔をのぞかせる。
 向かい合うように立ち並ぶ建物のこちらより、四番目。
 リールは建物の入り口に目をやって、それから顔を上げて見上げる。上の様子。下の様子。
「何人いるのよ」
「七人は確認済みだ」
 しばらく、リールは考え込んでいる。
「ねぇ」
「……なんだ」
「あの向かいの建物、占拠して」
 そう言ってリールはアジトとされる建物の真向かいを指した。

「何をするかと思えば」
 屋上から突入。突撃。強行突破。
「よろしいのですか?」
「よくない。――が」
「が?」
 小娘(あれ)が入ったことによる変化。簡単なことだ。
 王子がいて小娘が傷つくはずがない。単独で自身の身を省みないよりは、あの小娘を守るために生きるだろう。そのほうが王子の身は安全ではある。
 小娘がいる限り、王子は死なない。自身が多少でも不利になる行動は選ばない。
「まぁいい。行くぞ」
 視界に移った窓の中から、派手な音が聞こえてきた。



「あっけな」
「そうだろうな」
「どういう意味――!」
 ザンッ! と風を切った。二対六は二対三になっている。
「このあま……」
「なんのこと?」
 少しだけ、首を向ける。
「止めておけ、挑発するのは」
 仲間三人を切り捨てられた男たちがうめく。囲まれたリールとカイルは背中合わせで剣を構えた。
 息を乱した様子も、焦る様子もない。だが、相手が多いことに変わりない。
 息を合わせて向かってくる男たち。正面の相手の剣を受け止めて、にらみ合う。長引くと分が悪いのは自分。カイルは一人目の剣を弾き返して、二人目の剣を受け止めている。同時に狙うのに、狙いやすいのはどちらか。
 笑って狙いを変えた男をカイルは視線の端に捕らえたが、別の男が剣を振るう。相手は六人ではない。あと一人。女はどこに行った?
 一瞬の焦りを付かれて頬の横を剣が掠める。
キィン――
「リール!?」
「ギャ!?」
 剣がはじかれる音の次に、肉が切られる音。リールが割れたガラス片を投げつけて切りかかったらしい。
「この女!」
 目に破片が入ることを免れた男が腕を振るう。
 危ない!
「っ!」
 姿勢を低くして逃げるが、室内は狭い。
「消えろ!」
 目の前で剣を振るう男が、邪魔だと言わんばかりにカイルが剣を振るう。が、
「おっとっ! あぶねぇなぁ」
「なっ!?」
 リールの真後ろの壁が、開いた。ざっと、リールが逃げるが、その足は途中で止まる。
 進む先の床に短剣を突きつけられて、リールの足が止まった。――あと三歩。
「まったく、なんなんだよこれは」
 声の感じを見る限り一番年上らしき男は、体中を黒い布で覆い隠しマントを羽織っている。その男の目の前には二人の客。倒れた三人の仲間。剣を持ったまま息の荒い仲間が二人。女は、いない。
「容赦ねえなぁ」
「招かれたのだが?」
 カイルは、剣の血を振って落とした。
「招かれざる客は?」
「私ね」
 リールが、一歩進みながら振り返る。
「失敗したねぇ」
 と言うより、話を聞いていなかった結果だ。もし、あの場でリールに危害を加えなければ、あるいは“二度”は適応されなかったかもしれない。
「わりにあわねぇなぁ」
「何を頼まれた」
「“首”か“権力の一端”と言ったところだ。もしくは、“真実”」
「あいにくだな」
「噂が真実なのか。一個人の興味もあってね」
 一瞬、男の視線がリールに向かった。それをカイルは好ましい物と取らなかった。
(噂?)
 はてと視線を感じたリールは、カイルに目を向ける。
「あなたの――」
「そのためにわざわざ目立つまねをしたのか」
 まるで諭すような声を遮ってカイルが言う。男は笑っていた。
「そうだな。そうであると、考えて間違いはなさそうだな」
 ちっと、カイルが舌打ちをしたのをリールは見逃さなかった。
「どういう」
 こと、とリールが言う前に階下から女性の悲鳴が響いた。それは、先ほど言い寄ってきた女の声。
「イレ!?」
 男が驚いて叫んだ。その振り返った瞬間を逃さなかった。
「まさか、単独だと思ったのか?」
 動いたリールにあわせて近づいて、すれ違う。後ろで動いた男たちを一人ずつ切り捨てた所で振り返った。
「リール!」
 名を呼ぶとすぐに反応する。伸ばされた手をとって男と向かい合う。丁度、レランが部屋に入ってくるところだった。




「で、えーとこれはどういう状況なのでしょうか?」
 呼び出しを喰らって、あわてて飛び起きて、それから。指定された場所にくれば……
「見てわからないの?」
「見てわからないのか」
 いや、むしろわかりたくない。
「後始末が面倒だ、任せた」
「よろしく〜」
「え〜と、どちらへ?」
「「関係ない」」
「……」
 玉砕、撃沈、二度目。
「仲良きことは美しきだな」
「……そうね」
 そして、二人は歩き去る。呆然と立ち尽くしたセイジュに後ろからレランがポンと手を当てて、追い越していく。
「え〜?」
「隊長……」
 がっくりと、残された自分の部下がうめいた。
 今いるのは、破損と破壊のひどい建物の正面、紐で縛られたあげく気絶している女性に、死屍累々とつみあがる男たち。話には聞いていたが、フィーレイトという盗賊団らしい。
 各国の上層部の以来を受け、隠密行動が多く、暗殺なども行なっているらしい。
 全体を率いる物は素性がわかっておらず、いくつかの群に分かれて行動しているらしい。
 それの一端が、今目の前で伸びている。
「……はぁ」
「隊長」
「ぅわ!? なんだよ」
 ため息をついたセイジュの後ろから、まるで呪ってくるかのように低い声。
「どういうことですか?」
「内密に処理して恩売っとけってことだろう?」
 どう処理するかが、問題だ。
「まぁそんなわけなので、無駄な抵抗はやめましょうね」
 そう言って、セイジュは男の一人の背中に足を置いた。まだ息があって、動ける者だ。
「……殺せ」
「残念だけど、いくらこっちが殺したくとも命でない限り無理なもので」
「なんなんだお前!?」
「そう言われても、もう少しうちの王子の性格を知った上で行動に移したほうがよかったんじゃね?」
 ぐ……と男が言葉に詰まった。
「まぁ、その途中でこうなったのなら。自分達の腕の悪さを嘆くしかねぇだろうけどな」



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2008.07.18