王城にて 〜綻び〜


 また朝がやってきて、夜がやってくる。いくつ、日々を越えたのだろう。何も知らなかった時、すべてを知らされた時、一人だった時、独り出なかった時、そしてまた、返る。
 まだ夜が明けていないらしく、隣に人影がある。近くに。すぐそこだといえる。
 眠りが浅かったのか、思考が働かない。ぼんやりと、腕を伸ばした。触れる直前で、止めた腕。ほんの数センチ前で指が伸びない。ぱたりと、落とされた腕。その先。
 首を回して、天井を見つめた。どうやら、しばらくするとそのまま眠ったようだ。

 この習慣が狂ったのはこの国の外にいた時で、この国にいる限り狂わない。日の出の太陽の光に誘われるように目覚めたレランは、迷うこともまどろうこともなく寝台から起き上がった。
 自分のスケジュールは王子の行動に左右されるとは言え、一週間のサイクルは似てくる。
 しいて言うなら仕事が増えた。しかしそれは十数年続けてきたこの城での生活で、慣れている。
 この城の外で王子に振り回されていた時のほうが、はるかに神経が磨り減りそうな出来事が多かった。
 それは健在な所が、時にいらだちの要因となる――
 首を振って頭を切り替えた。まずは、隊の訓練を始めなければ。

 夢の中で、何かが動いたような気がした。目を開けると目の前に見えたのは、こちらに向かって伸ばされた腕。これが原因かと納得する。
 中途半端に伸ばされた腕が、遠い。引き寄せて起こそうかと考えて、よく眠る姿を眺めるだけに留めた。穏やかな寝息に、上下する胸。
 ――生きて、いる。
 時折、心配になることがある。まだ、生きる気があるのかどうか。

 目が覚めた時に、ひとりではない日々が幾度続いたのかもうわからない。ただ静かに、そこにあるものが変わったように感じることがある。
 気づいたら、腕の中。ぼんやりと天井を見つめて、起きあがる。寝台を降りて窓に向かう衣。
 昨日荒らしたカーテンの隙間から、日が射し込んでいる。
 結局水色に落ちついた布地の手触りが、やわらかい。ゆっくりと引くと、まぶしい光に目を細める。
 どこにいても、朝は同じだと。どこにいても、朝がくることを変えられない。
 不便なもので、ひどく小さいものだと感じながらよぎる事がある。
 朝を変える事はできなくとも、この手でしてきたことは多々あるのだと。
 小さい頃、蟻を踏みにじったように、飛ぶ羽をもいだように。
 忘れられない。
 うしろで起きあがる気配がする。名を呼ばれたように思うが、振り返る気はない。向こうもそう重要ではないようで、そのまま。再び寝台に沈んでいる。
 なぜ、あわせて休暇にさせられたのか。今日はノーザイス先生(ろうし)が来るというにと、散々問いつけたのは昨夜。
 ……暴れたりない。だけど、この前窓から飛び込んだ時にはあまりに外野がうるさくなったものだから。しばらくおとなしくしておけと言われた。
 これまで、自分がどうしていた、かよくわからない。こんな時どうしていただろうか。
 生きることに生きていた時は、些細なことは切り捨てて来たと思う。――今は?
 やはりよくわからないが、原因なら、嫌と言うほど知っている。
 カーテンを勢いよく開ききって寝台まで戻る。半分眠っているようだが、かまわずのぞき込むと、腕が伸びてくる。
 ばしっとその手を叩き落として、自分との間に剣を刺すと、さすがに起きあがった。
「……どうした」
「あんたのせいよ」
 唐突に理不尽なことを言っているのは百も承知だが、そういえばいつもそんなことばかり言っている。さして問題ではない。
 しばらく、寝起きの頭で考えていた男――カイルは何か納得したように言う。
「そうだな」
 相変わらず、間には剣が突き刺さっている。羽の入った枕を引き裂いても、カーテンを切り刻んでも、花瓶をたたき壊しても、木彫りを台無しにしても、夜には元に戻っている。
 変化のない日常。篭の鳥は餌を待って気ままに鳴くだけ。そしていつか、飛んでいたことを忘れてしまう。
 そんな安穏には浸れない。
 だけど、時折――
「………」
 カイルが口を開いて閉じてしまった。
「また、逃げようか」
 しばらくして、静かに聞こえたのは、誘いの言葉だった。
 ――ああ、ただ静かに、あの家で時を過ごすことは叶わなかった。
 その代わりだと、言えはしない。言えない。
 まだ、終わってはいない。すべてが。置いてきてしまった。
 自分が生きることにすら興味を持てなかった。必要な人間だったから生かされた。きっかけはそこから。
 ひどい、もので。
 力さえなければ、不必要に生き延びることはなかった。ただ、力のなさを嘆いて死んだだけ。
 ぼんやりと、時間が過ぎた。あまりに静かだったのは、どうやら前触れだったようで。

 何がどうということもないけれど、とりあえずどうしようかしらね。
 思うのは、回りの都合ですべてが台無しになることが気に入らないのよね。
「どういうこと」
「つまり、返上しろということか」
「そのようです」
「ちょっと! 昨日日程の変更をさせられて今日また今になって変わるってどういうことなのよ」
「俺のせいじゃない」
「ほかに誰がいるのよ」
「昨日のことは認めるが、今日は関係ない」
「じゃーなんなのよ」
「そっちに聞け」
 と言って、指差す先。はぁと、もうため息を隠すことのないレラン。
「いえ、国王陛下が」
「お父様が?」
 そう呼ぶと、なぜか不機嫌になる男がひとり、いる。
「なんでもいいから、とにかく謁見室に連れてこいと」


「で、その国王はどこに行った」
 カイルの言葉に、不機嫌であることを隠すことなく頷いた。
 言われるままに(しかたなく)着替えて謁見室にやってきた(アズラル大喜び)。曰く、新作のドレスだ、出かける? それはそれで魅力的だが着飾るほうが楽しい。
 なぜか国王はいない。ついでに王妃も。そして謁見に来た客の相手を……どういうことかしら?
 半眼で振り返ると、申し訳なさそうに頭を下げている男が見えた。
「申し訳ありません。ディルム領主婦人がお倒れになったと言う知らせが届きまして、陛下と王妃様がお見舞いに……」
「だれ?」
「お婆様だ」
 フレアイラ・マリア・ディルムが旧姓だと言う。
「お婆様ぁ?」
 そんなことより、カイル(これ)は今なんて? お婆様って言った?
「そんなに嫌そうな顔をする必要があるか?」
「ある」
 気持ち悪い。ということは、
「孫?」
「そうなるな」
 つまり、あの王妃の母親……。
「………」
「普通の人だぞ」
「ホントに?」
「見た目は」
「そうでしょうね」
 そうじゃなきゃ認めない。いろいろ。
「それで、どっか悪いの?」
「もう歳だからな」
 ああ、そうかと何かが流れた。それが自然。いかに不自然であったか思い出させてくれる。
 自然では適正であるように求められる。大量に発生した生物(もの)が生き続けられないのよ同じように。
 そうやって、数を減らす。増やす。いつしかそれは、変わることなく。だけど、それから外れ続けても、生きているけるとしたら?
 それは自然とは言わない。だからきっと――
「見舞う必要もないだろう。次」
 話を終わらせて、カイルは次の客を呼ばせる。別に私は隣にいるだけで、話に参加することはほぼない。いる意味がわからないが、顔を見せておかなければ余計な噂が流れるとか知らないから。
 正面を向きながら、世辞を送る者たちを適当に見送る。急に騒がしくなったのは、そう、今日はこれで最後だと言われた、その時だった。
「王子」
「どうした」
 部屋に入ってきたのは、久々に見る――
「オークル?」
「お久しぶりです。王子妃様」
 こちらにも礼をとる。そのうしろに何人かの兵士がひざを突いたまま動かない。カイルが言葉をかけた後、オークルは話をはじめる。律儀だ。
「それが侵入者が」
「「侵入者?」」
 言葉は同じだったが、意味合いが異なった。
「はい、大変申し訳ありません。現在捜索中で」

「いたぞー!」
「捕まえろーー!!」
 その時だった、扉の向こうから声が聞こえたのは。騒がしさに、オークルの顔が一瞬引きつった。
「申し訳ありません、様子を」
 そういって彼は、身を翻した。
バン!
「……ふぇっ」
 だけど、それより早く扉は開いて、入ってきたのは――
「リディ〜〜!」
「……ウィア?」
 いつもローゼに二つに結われる髪はぼさぼさで、緑色の瞳は大きく揺れている。
 一瞬で剣を引き抜いた兵士をカイルが制するのと、段を下るタイミングは同じ。
「ぅわぁ〜ん。りでぃ〜〜!」
 走ってくる姿を抱きとめると、必死に抱きついて、泣き出した。
「あ〜ウィア?」
 侵入者って、あなた?
「子供一人構えられなかったのか?」
「あなたが捕まえてくださってかまわなかったんですが」
「お前の仕事の邪魔なんかしねぇよ」
「あなたの仕事でもあるんですけどね」
「だいたい、どこに行っていた」
「はっ!?」
 のこのこ入ってきて感想を述べた男が脱兎のごとく逃げていく。それを長剣を振り回して追いかける姿。そしてオークルは兵を下げるべく指示を出す。カイルは椅子に座りなおした。
「……ウィア?」
 腰に腕を回してしがみつく姿に声をかけた。
「やぁ〜もうやなの〜」
 意味がわからない。
「あのねぇ。ウィア?」
「や〜だ〜! やぁ〜〜〜ああ〜ん!!」
 だから、何も言っていない。
「やなの。もうやなの! リザインひどいの〜どっ……なんっ……ふっ……ふぇっ」
「………」
 面倒だ……
「ウィア?」
「やだぁ! 帰らないの! ……ひっ……やだぁ!」
「いい加減で黙らないと、送り返すわよ?」
 縛って、箱詰め。
「っ! うわぁーーー! リディが怒った〜! えぐっやだぁ〜やだぁーー! ごめんなさいーぇっ……うわぁーーん!」
「………」
 予想はしていたが、かなりひどい。そこ、あきれ返った目で見ないでくれる。
 よいしょとウィアを抱えあげて、段を上る。玉座の後ろの道を使うことを強制されているのだからしかたない。
「リディ?」
 視界が変わったからかおびえてか、かすれた声でウィアが声をかける。
「送り返さないから、ゆっくりお休み」
「ほんとうに?」
「本当よ」
 そう言って、玉座の後ろの道を進む。その後を謁見を終了させたカイルもついてくる。それはそれとして部屋に帰ることにした。
 部屋と一口に言っても多々ある。ありすぎる。ウィアをつれてきたのはいつもアズラルを通す部屋。王子妃の客室だ。部屋に着くと同時に侍女がお茶を入れて去っていく。話は届いているのか、ウィアの前には暖かいミルクに蜂蜜が入っていた。
 いくぶんか落ちつたウィアの前にそれを置いて隣に座る。こちらとカップを交互に見ていたウィアは泣いている場合じゃないと思ったのか顔を長袖で必死にぬぐう。
「こら、だめ」
 そう言ってハンカチを取り出して渡す。しかし、布地が余ったからと言って、ドレスと同じ生地のハンカチと言うのもおかしい。あの男のことだ、この布も貴重品であるだろうに。もっと惜しめ。
「い〜の?」
「どうぞ」
 首を逸らしてこちらを見つめる。それが目の前で湯気を立てるもののことを言っているとわかるから言う。
 両手でカップを持って飲み干している。カイルが斜め前に座ったまま視線を上げたが、さぁと両手を上げた。
 だから、知らない。
 しばらく、ウィアがカップのミルクを飲んでいた。その合間、私は置かれていたお茶にこれでもかと砂糖とミルクを入れていた。一瞬カイルが怪訝な顔をして、ずっとこちらを見ていた。
「飲んだ!」
「はい」
 うれしそうに顔を上げたウィアに、お茶を差し出した。泣きつかれてのどが渇いたのか、ウィアはそのままお茶に口をつける。
 たぶん、ここに侍女がいたら大慌てで新しいミルクを持ってきて私のカップに新しいお茶を注ぐだろうが、今はそんな余計なものはいない。
 ……ティーポットごと置いていけばいいものを。しまった、伝え損ねた。ちっと舌打ちをしそうになるが、押しとどめる。レランが部屋を出たので、たぶん伝わるのだろうが。
「飲んだ!!」
 再び、うれしそうに……嬉しそうよね。言うウィア。
「お菓子もあるわよ」
「うん!」
 フォークを握って、ケーキに突き刺している。小父上がマナーを叩き込んだでしょうけど、意味ないわね。それとも、今はいいと思うのか。
 そう思いながら見ていると、突然はっとしたように動きが止まるウィア。
「どうしたの?」
「言わない?」
「だれに」
「リザインに」
 律儀よね。
「言わないわよ」
 テーブルマナーを無視して城内でケーキを食べたことなんて。
「ぇへ〜リディ好き〜」
 どきっとして、動きが止まる。かなり動揺した。そんなことを言われると、思わなかった。だって私は、彼女たちを置いて逃げた。――そう、ただの裏切り者。


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