王城にて 〜祝福者達〜


 外の者に部屋に入るように促す鐘がなる。
 兵士に言われたので、とりあえず、席に座りなおしたリール。
 服は儀の時と同じ白のドレスで、ヒールも高い。
 こんなものこんなに長い時間着ていることですら全くもってないのに、その上、口上の長い貴族の話を聞いていなきゃならないわけ?

 リールは知らなかったが、挨拶に並んだ人々のうち、最初に来た者達は皆エルディスの領土の領主たちだった。
 治める民達よりも先に、我先にと出世を狙う者達でもある。
 時代の王の妃に、今からでもいい印象を持たせておこうと言うのは、納得できなくもない。
 相手がリールでなければ。
 当面の問題は、領主達に相手を選ぶ能力がないことにある。

 だが、これからは少しだけ変わった。
 喜びを伝えに、末永く、と。結婚した二人を前にして、当たり前におこなわれる祝福を、人々が贈る。
 祝い事(こんなこと)がなければ、城に足を踏み入れることもない民、城を離れたはるか遠くの地に住む民。普段は海の上で暮らす民。
 みんな、祝福を贈る――

 しかし、だ。人間には限度と言う物がある。

「あきた……」
「そう言うな」
「無理」
 次の物が来るまでの一時、後ろに控えているレランには聞こえるかもしれないが、他のものにはほとんど、何も聞こえない。
 例え気がついても、おそらくどちらかが相手に耳打ちをしている図にしか見えない。それはもう、独身者には目の毒にしかならない光景。である。

 もったいぶって待たせるのが趣味の領主とは違う。
 一言、二言話すのが精一杯な民達はひっきりなしにやってくる。あるものは農作物を、あるものは花を。あるものは自分の腕から生まれた品々を、持って。

 それこそ、喜びが――多すぎてリールの手から溢れたころ、その人は来た。

 鐘が鳴る。
 入ってきた人物に、こそこそと話していたリールとカイルはほとんど注意を払わなかった。

「――ここで、私が名乗らなければ、不敬罪に当たるでしょうが。それでもあえて、名乗らないでおきたいものです。お覚えですか?」
 私を。
「は?」
 低く、よく通る声にリールが目の前(下)の人物を見て――目を見開いた。

「ラバリエ――さん?」
「呼び捨てで結構です、王子妃殿下」
 それ、言いすぎ。
「久しぶり! で、なんで?」
 身を乗り出したリールに、あれからまた貫禄をつけたラバリエが笑う。
「またとない祝い事の知らせは、あっという間に広まりますが。花嫁がオレンジ色の髪をしていると聞き、足を運びました」
「それだけのために?」
 私かどうかなんて、わからないわよ?
「何を言われますか、当の本人が」
 ただ、足が向いた。あの時の少女と同じ髪の色をした娘なら、見てみたかったから。
 ほんの一握りの、可能性。
「ははは、まぁそうね。で、どうだったのよ? あのあと?」

 あの時、セラセニアの結婚式に出ていれば、あの船に乗らなければ、今ここにいることはなかったのだろうか?
 今と違う未来があったのか。
 それとも、それでもこの場で、この時、カイルの隣に座っていたのか?

 ラバリエは、一瞬何か不吉なものでも飲み込んだように顔をしかめた。
 まるで、思い出したくないかのように。
「………花嫁が悪酔いしまして……」
「最悪ね」
「返す言葉もないと言いますか」
 一口では語りつくせない。
「しかし、本当にお目にかかれるとは思いませんでした」
「はぁ?」
 「祝い事であるから、王子様もお相手も人目に姿は現すでしょう! だから拝見しに行くのよ!!」と言った、村娘を思い出す。
 しかし、だ。
「普通、門前払いを食らうはずなので、よくて遠めに拝見……」
 リールが眉をひそめると同時に、カイルが噴出した。ついで、笑い出す。
 なんとなくではあるが、“事情”を察している兵士達の目も泳ぎ気味だった。
ガスッ
「………リール?」
 ひどく鈍い音だが?
「今はどうしてるの?」
 カイルのわき腹に肘鉄を食らわせて、そして満面の笑みでリール。
「前と特に変わりないものです。用兵家業をしながら転々としております」
「そう」
「お幸せに」
「……ありがとう」
 知り合いにそんな事言われると嬉しくもくすぐったくなる。

 それを知ってか知らずか、ラバリエはそれだけ言って去って行った。
 なんでも、これからおこなわれる立食パーティに出るらしい。


「誰だ?」
「少し前――“あのあと”、知り合った人よ」
「――そうか」
 空白の時間。
「まだいるのか」
「まだいるわよ?」

 カイルの心中は穏やかでなかった。


 それからまた、少しだけ喜びをそのまま受け入れていた時間――

 それから、数十人を見送った。またまたリールがあきてきた頃に入ってきたのは、若い恋人かと思えば夫婦のようだった。
 それが誰だか、見ればわかった。
 うつむいたまま、顔を上げない。そのまま頭を下げた状態で、緊張してうまく言えない言葉を綴ろうと、奮闘していた。

「――顔を上げて頂戴“セラセニア”。あなたに敬語で話されると調子が狂うわ」
「?」
 名を呼ばれたことに疑問をもったセラセニアは、しかも聞いた事のある声の正体見たさに、今の家で徹底的に教え込まれた作法を横に置いた。
「……!!? ぁああーーー!!! リール!」
「リール?」
 夫が言う。
「リールって、もしかしてあれか?」
「そうよ! 私をネイまで連れてきてくれたうちの一人のドケチ女よ!」
「………」

 何がかわいそうって、この国の兵士では?
 だって、リールの認識を改めないといけないから。

「(誰が、なんですって?)」
 かろうじて、体裁と言うものを思い出したリールは頬を引きつらせるだけに留めた。
 しかし、不穏な空気を察したのは悲しいかなレランだけだ。
「ひどいのよ! 閉じ込められるし! 頂戴っていったのにくれないし!」
 誰が閉じ込めただ。あれは、非常事態だ。第一、誰がくれてやるものか。
「しかもすぐ行っちゃうし! どうして式に出てくれなかったのよ!」
 “式”と言う言葉に、セラセニアの隣にいた夫の行動が止まる。何かを思い出したらしい。
「……覚えてないの?」
「なんのこと?」
 首をかしげたセラセニア。その夫は、正気に帰って、ふと今の自分の立場を思い出した。
「まぁ、そうでしょうねぇ」
「なんなのよ!」
「――セラ?」
「? なあに?」
 リールに食って掛かったセラセニアが、夫の切羽詰った声に引き戻される。
 セラセニアの肩に手をおいて、真剣な表情で男が言う。
「本当はこんなこと確かめたくもないんだけど、僕達は何をしに来たんだっけ?」
「何を言っているのよ? ネイとオルの領主として――」
 そこまで言って、セラセニアも“異変”に気がついた。
「エルディスの、王子の婚儀のご挨拶に……」
「そうだったよね」
「そうだったわ」
「ならやっぱり、あのやっぱりここは確認しないといけないと思うんだけど、彼女――あちらの方はセラの知り合いなのかい?」
 声からして、顔からして誤りであってほしいと言うようだ。
「………」
 セラセニアは、再び振り返った。後ろで夫が、頼むから“これ以上”事を荒げないでくれと祈っている。
「あなたが王子妃なの!? どうやったのよ!?」
 祈りは届かない。
「――は?」
 対して、リールはまぬけにも聞き返した。もう今更だ、い・ま・さ・ら。
 なんで入ったときに気がつかない――セラセニアだものねぇ。
「あ〜〜そうね。……成り行き?」
 カイルが椅子からずり落ちそうになったのは、どうやら誰も気がつかなかったらしい。
 レランはもう首を振った。疲労した頭をこれ以上酷使(こくし)させないでほしかった。
「成り行きでできるはずないでしょう!」
 あ、まともな意見が出た。
「説明しろと? だいたい、そっちこそどうなのよ?」
「え? 私?」
 途端に、視界が桃色に染まった。
「それは〜〜その〜」
「……」
 リールは、賢明にも黙した。
「だって、彼がすばらししすぎるから」
「セラ……」
 男はがっくりと肩を落とし、こめかみを押さえている。
「何!? どうして! あなたは私のこと愛していないの!!?」
「そうじゃなくてね……」
 ぁあ、王子妃様の後ろが暗い。黒い。暗雲が。

 “そうだったわね。”
 ふと見た、王子妃様の口が動く。
 “こういう奴だったわ――”

「………」
 寒い。
「聞いているの!?」
「ぅわ!?」
 セラセニアが、自分より高い夫の袖をつかみ、引っ張る。

「――そういえば、ラバリエさんが来ていたわよ」

「ラバリエ!!? どこに!」
 しかし、セラセニアには食いついた。格好の餌だ。
「さぁ、さっきここに来たけど――これから祝杯でもあげるんじゃないの?」
「逃がさないわ! 行くわよあなた!」
「へ? なななにっ!?」
 結局名前を言わなかった男を引きずって、セラセニアは部屋を出て行く。遠くで、ちょっと待てーー謝罪をーーと叫んでいるので、あとで文書でもなんでもくるだろう。

 ラーバーーリーエー! 逃がさないわよーー!!
 かすかに、そんな誓いが聞こえ、その声とばたばたとした足音が遠ざかっていく。

「静かね」
 しみじみと、リールが言う。
 さっきから下を向いていたカイルは、どうやら笑っているようだった。
「……彼は生贄か?」
「さぁ? 専属シェフにでもするんじゃない?」
「は?」
 彼は、用兵だろう?


 しかしカイルの問は、次に入ってきた男に消された。


「やぁやぁやあリーディール! 元気だったかい?」
「……アズラル?」
 重いはずの扉を自ら左右に開いて、颯爽(さっそう)と入ってくる男。いっそ胡散臭(うさんくさ)い。
 後ろからイーザス、セナとユアが続く。
「何しに来たのよ?」
「なぁ!? ひどいリーディール……どうして! 婚儀の事をおしえてくれなかったのかい!!?」
 よよよと、泣き崩れる大人。
「面倒くさそうだったから(むしろ自分で嗅ぎ付けそうだったから)」
「なんとっ!? 確かに君のことは闇市で噂に聞いたよ。それで来たんだが」
「……これに聞いたんじゃないの?」
 リールは、カイルを指差した。
 しかしアズラルは、肩をすくめただけだった。
「誰も敵に塩は送らないだろう?」
「は?」
「シャフィアラの王子も知らないだろう?」
「――ぁあ、なるほど」
 いくらなんでも情報操作を徹底させすぎだろう。
「いずれ耳に入る」
 しれっとカイルは言ってのけた。

「でだリーディール」
「何よっ?」
 リールの声が裏返ったのは、気がつけばすぐ傍までセナとユアが来ていたことだ。
「そんなに“似合わない服”を、いつまで着ているのかな?」
「「さぁ行きましょう! リーディール様」」
「え゛?」
 あっという間に両腕をつかまれて、セナとユアに連行されていった。

 ガタッと兵士に緊張が走る。カイルはそれを制して、眼下の男を見れば――?

「さすがイーザス、水が変わってもお前の腕前は変わらん」
「恐れ入ります」
 優雅に、お茶の時間。しかもいつの間にか運び込んだテーブル、椅子。ティーセット。

 いつの間に……?

 兵士達が思い浮かべせたもっともな疑問を無視して、カイルはアズラルに問いかける。
「どのくらいかかる?」
「半刻程度か」
「ならばそれまで休憩とする」
 カイルは、自分もお茶を頼もうとして――

「茶の準備ならここにあるが?」
「――頂こう」





「まったくもうリーディール様!」
「アズラル様はともかく! 婚儀の事を私たちにおしえないなんて!」
「「許しがたしですわよ!」」
「ごめんなさい」
 ここは下手に刺激しないほうが得策だ、檻につかまった猛獣のごとく扱おう。
「しかもなんですか! その似合わないドレス!!」
 お気に召さないらしい。
「同感よ」
 それに関しては。
「ちゃんとおしえてくだされば……」
「「アズラル様が構想に五年! 制作に五年かけたこのドレスが!!」」
「そんなにかけるな!!」
「何をおっしゃいますか。アズラル様が無条件で御作りになるのはリーディール様のお着物だけですのよ」
「そうですわ。なのに、私たちに手紙の一つよこさないなんて!」
「そのドレスも着ないなんて!」
「「裏切り行為ですわ!!」」
 そこにアズラルがいないことが前提らしい。

 怒り狂ったままの双子と、やってきたのは客室。……いつの間に王城の客の地位を得たのよ?




 兵士の手前、レランに毒見をさせて飲んだお茶は、シャフィアラでローゼリアリマと名乗った少女の淹れたものに近い感じがした。

「なつかしいか?」
「いや」
 しかしアズラルの問を、カイルは否定した。
「まぁいい」
 腕を組みなおしたアズラルは、カイルを見ていた。しかしカイルは、目を合わせようともしない。
 奇妙な沈黙だった。休憩のはずが休憩にもならない兵士達がかわいそうだった。
「――ぁ」
「どうした? イーザス」
 執事のほんのわずかな呟きでさえ、聞こえてしまう。
「いえ、別に」
「? なんだ」
 この執事が、言葉を濁すのも珍しい。
「――リーディール様に、またお茶の調合をしていただくことを依頼すべきか、悩んでおります」
「頼めばよかろう?」
「ですが……」
「そんな暇がなければ断るさ。誰に何を言われようと」
「……」
 まるで、カイルがリールの行動を制限すると予言するように。
「止まり木は“止まり”木であって、永住する場所じゃない」
 いくら、引きとめようとも。
「それは体験談か?」
「――人の親切は素直に受け取っておく事だな」
「あいにくだが押し売りは受けない」
 何もないのに、カップの中に注がれたお茶の水面に波紋が浮かぶ。

 再び、とても暗くてどろどろした感じの沈黙が下りる。誰もが願ったのは、王子妃の再来?

ガァァン!
 と、そこへ、ひどく怒りのこもったやり方で扉を蹴破る音がする。ずいぶんと派手な登場をしてくれると、カイルが目をやって、驚いた。
 そこにいたのは、エルディスの王家専属被服師。
「誰だ! 私の作ったドレスを侮辱するのは!」
 顔を真っ赤にして叫んでいる。
「……」
 そして完璧に無視をするアズラル。
「――お前かぁーーぁあ〜ああぁ?」
 ずかずかと歩いてきて、よくよくアズラルを見る被服師。その語尾が、いぶかしむように小さくなる。
「ぁぁ〜〜〜あ、ああアズラル・ランゴッド様!!?」
「知り合いか?」
 狼狽(ろうばい)した被服師に、カイルは声をかける。
「知り合いも何も!! 被服師たちの間で知らないものはいません! 彼の異名は希代の縫術師(ほうじゅつし)! その黄金の手で作られる斬新なドレス! 服の数々!! 私達の永遠の憧れ! しかし彼は孤島の島の住人、誰も招き入れる事ない道の場所でその腕を発揮し、時折ふらりと現れては新作の服を売っていく……その店は反映するそうです」
「………」
 それがどうした。
「ランゴッド様! ここで出会えたのも何かの縁。どうか、どうか私を一番弟子に……」
 ついでにアズラルが弟子を持たない事も有名だ。
「私は、弟子は取らない主義だが――そうだな。一人くらいなら」
「本当ですか!」
「まずは、私の弟子に相応しいか試験を受けてもらおうか?」
「は! もちろんです!」
 一枚の封筒を、アズラルは取り出してテーブルに置く。
「シャフィアラの王家だ、そこの王妃を満足させてみろ」
「かしこまりました!」
 恭しく封筒を受け取って、男は部屋をさて行った。
 そしてそのまま、荷をまとめてシャフィアラに行ったらしい……どうやってだ?

「……」
 呆然と、カイルはその光景を見ていた。
「さてどうする? これでエルディスの被服師はいなくなってしまったな」

「何してんのよ、この確信犯」
「ぉおリーディール!」
 ふわりと、白いドレスの裾が舞う。幾重にも重なったスカートは、床に届きなびく。
 一瞬にして、現れた白の色。――その、リールのためだけに作られた婚礼衣装。
 カイルですら息を飲んだ。
「? 大丈夫?」
 声を失ったカイルが、かろうじて頷く。
「で、何しに来たのよ?」
「ご挨拶だねぇリーディール。まさか、約束を違える気かい?」
「………」
 それは、十年と少し前にさかのぼる。


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