王城にて 〜白の衣装〜


『申し訳ない!』
『だから! 森に行く時は着古しで行きなさいって言ったでしょう!』
『………』
 ルフォールとフィーレアの声が重なって、アズラルはどうしたものかと呆れている。
『フィア! そういう問題じゃないだろう!?』
 一呼吸置いて、ルフォールが言った。
『わかった? リール?』
『はーーい!』
 二人ともルフォールの言葉は聞いていない……

『『失礼しまーす! お茶をお持ちしました!』』
 ノックはなかったような。アズラルが双子を見るとそ知らぬ顔だった。
『どうせだ、お茶にしないか?』
 とりあえず、休憩しよう。
『いえ、お構いなっ』
『お菓子〜〜!』
 リールが飛びついた。
『『……』』
 両親は嘆息した。



『本当に、この子の服を作るおつもりなんですか?』
『そうですが』
『何もこの子でなくとも、あなた様ほどの腕があれば、ほかの方――王妃様の専属では?』
『いえ、一応王家専属ですが』
『なにっ!?』
『知らなかったの? あなた。最近有名になった方ですわよ』
『それどころじゃなかった』
『……そうね』
 亡くなったのは、二人の王女様。
『ならそんな人がどうして』
『他の誰に着せても、例えば王妃ならもう二度と着ない。贈ればショーケースに飾られる。服がですよ。私の服はあるべき、似合う人に着てもらいたい。それに、あそこまで私の服をズタボロにできるのはご息女だけでしょう?』
『返す言葉もありませんわ……』
『それこそ、私が望んでいた事かもしれないのですから。気に病む必要はありません』
『そう言って頂ける事ですら申し訳ありませんわ』
『お転婆もここまでくると賞せるな』
『んにゅ? むにゃにゃにゅ?』
『食べてから話しなさいリール』
ごっくん コクコク ことん!
『なぁに?』
 父親の視線を感じて、さっきからお皿の上のお菓子を食べていたリールは顔を上げた。
『なんでもない』
『ねー遊んできていい?』
『『………』』
 この流れでそれか?
『どこで?』
『わかんない!』
『探検?』
『うん!』
『あのね、ここは人のお家なのよ?』
『構いませんよ』
『ほら!』
『ほらじゃない! ランゴッド様、申し出はありがたいのですが、この子は何をしでかすかわかりませんし。何を壊すかもわかりませんし』
『ひどいのーー』
 むーと、ぷくーと頬を膨らませるリール。
『大丈夫です。ここにあるのは骨董品ばかりですし。人もほとんどいませんし』
 その“骨董品”が危ないのだが。
『いってきまーす!』
『『リール!?』』
 たたたーと、リールは走り去った。
『廊下は走らないの!!』
『やーーーだーーーっ』
 遠くから声が聞こえた。

 呆然とした両親の前で、アズラルは笑っていた。楽しげに。
『――ぁあ面白い。セナ、ついて行け』
『畏まりました』
『本当に申し訳ない』
『いえ、こちらのわがままに付き合ってもらうのですから、これぐらいは構いません』
『あの、仮に――本当にあの子の服を作ってもらえるとして、こちらに招待した理由は?』
『ご両親の方にご挨拶をと思ったのですが、幾分、城の中では不都合なもので。こちらまでご足労いただきました』
『そうだったのですか』
『――当主と仲が悪いのか?』
 王家専属なら、城の中であうこともできたはずだ。
『お察しの通りです』
『あの当主ですもの』
『そうだな』
 それから数時間。子どものいない部屋で大人は語り合った。



 さて、唯一の子ども、リールはと言うと……
『わーーーきゃん!?』
 人にぶつかった。
『おっとっ』
 リールの突進を食らった人物は、持っていたものをすべて落とすことになったが跳ね返ったリールを抱きとめた。
『う……ごめんなさい……』
『いや、怪我はないか?』
『ううう……』
『え゛!?』
 ぶつかった人物。アズラルの執事であるイーザス・バルアは主人の気に入った少女が突然泣き出しそうなことに焦っていた。
『どっどうした!?』
『バルア様!? ――何を!?』
『知らん! どうにかしてくれ!?』
『どうしたの? このおじさんにいじめられたの?』
『おい』
 どさくさに紛れて何を言う。
『……ぉかあんが怒るの……』
 えっと? 二人は話しについていけなくて立ち往生した。
『廊下を走ったから?』
『それはいつもの事なの』
『『………』』
 あえて“たくましい”とでも表現するか?
『前を向いて走りなさいって怒られるの……ほんでもって夕食がないの』
『『……』』
 あの婦人、あんがいスパルタ?




『もうこんな時間か』
 もう少したてば日も暮れる。
『すっかり長いしてしまいまして。そろそろお暇(いとま)しようかと』
 フィーレアが焦ったように立ち上がる。
『よければ泊まっていってください』
『そこまでご迷惑を……』

ガッシャーーン!!!

『もう遅かったようだ』
 ルフォールの呟きを聞く前に、フィーレアは早足で音のした方向に向かった。




『………!』
 こそこそっと、リールはカーテンのうしろに隠れようと……

『リール!!』
ばぁぁん!!
『何隠れているの!』
 ばさぁーっと、迷いなくカーテンを開くフィーレア。さすが母親。
『あの、あのあのっあのお母さん』
『なぁに?』
『ごめんなさい……』
『だから廊下は走らないように言ったでしょう』
『フィア、ここは廊下じゃないぞ』
『あなたは黙ってて!』
『はい』
 粉々に砕け散っていたのは、リールと同じくらい背丈はあろうかと言うほどのガラス細工。
 もとがなんなのかもわからない。

『派手にやったなーー』
『本当ですね』
『ぁあよかった。これで掃除の時に緊張しなくてすむわ』
『……セナ?』
『なんですかアズラル様』
 そんなに、これ邪魔だったんだーー
『申し訳ない』
『申し訳ありません!』
 リールの頭を押さえつけて、両親が謝罪する。
『――まぁ、そんなわけだから気にしないでください』
 どうせ、邪魔扱いされていたらしいし……
『怪我はないか?』
 ぽんぽんと頭を叩いて、アズラルはリールと目線を合わせようと屈みこんだ。
『ごめんなさい』
『面白かったか?』
『うん!』
『『リール!』』
 両親の言葉に、リールはさっとアズラルの後ろに隠れた。
『さぁさぁ皆様! 危ないですから』
『こちらの部屋は出てください〜』
 掃除用具をもった双子が部屋に入ってくる。
『いえ、ここは私が』
『『え?』』
 さっとフィーレアは道具を借りる。
『さぁリール。お掃除よ』
『は〜ぃ』
 あっさりと、リールは母親の手から箒を受け取る。

『けっ怪我でもしたら大変ですわ!?』
『そうですわ!』
『大丈夫です。指の先を切るくらいならいつもの事ですし――リール! ガラスを直接触らないの!』
『わっ!?』
 ガシャンとガラスがなって、また粉々になる。
『しっかりと掃いて、細かい破片があると危ないから』
 母親に始動を受けながら必死に箒を動かすリールを、残りの大人達は微笑ましく見ていた。
 掃除が終わる頃には、夜になっていた。




『重ね重ね申し訳ないです』
 結局、宿泊。夕食になった。
『お気になさらず』
バァン!
『久々のお客様で!』
『料理長も大喜び!』
 歌いながら双子が部屋に入ってくる。
『『アズラル様は食に興味がないから!』』
『お前達』
 静かにしろと、視線を向ける。
『ようこそお客様。食前酒は何がよろしいですか?』
『ぁあ――?』
『執事のバルアだ』
 いぶかしんだルフォールにアズラルが声をかけた。
『果実酒が何種類かありますが』
『リールもー!』
『お前は駄目』
『けちーけちぃー』

 和気藹々(わきあいあい)(?)と、夕食が進んだ。




『おーふーろーー』
『だから走らないの!』
『はぁい』
『飛び込もうとしないの!』
『はーい』
『まずは体を洗いなさいっ』
『はいはーい!』




『きゃーーー』
『リール! きちんと髪を拭いて! ぁあ、まったく』
『喜んでいるな』
『久しぶりに広い所にこれて嬉しいのでしょう』
『だろうな』





『きゃーーぁ?』
 ぼすんと、リールはアズラルの腕の中に収まった。
『おっ? お母さんは?』
『あっち。おじさんは?』
『おじさんじゃなくて、アズラル』
『あずらる?』
『そうだよ。リロディルク』
『それ嫌い』
『っ!?』
 一瞬にして、空気が冷える。先ほどまで騒いでいた気配は微塵(みじん)もない。
 低く暗く呟いたリールの言葉に、アズラルは息を飲んだ。
『なら、なんて呼ぼうか?』
『“それ”意外なら、いい』
『そうか……なら“リーディール”は?』

『リーディール?』
『嫌かい?』
『……きらいじゃない』
『なら決まりだ、リーディール』

『リール! どこまで行ったの?』

『ほらお母さんが呼んでいるよ。おやすみ』
『おやすみなさい!』

 またぱたぱたと、リールは廊下を走っていった。

『おやすみ』
『『ア〜ズ〜ラ〜ルさーまぁー』』
 ぼおっと、廊下の影から双子が現れる。
『なんだっ、セナ、ユア』
『まさか、そっちの趣味に走っておりませんよね』
『いくらなんでも歳の差を考えてくださいね』
『なんの心配をしている!?』



 客室の寝台はとても大きく、家族は娘を挟んで眠りについた。



『まーたぁーーねぇ〜』
 母親につながれた左手、開いた右手を元気に振る少女を見送る。
 朝になってから、セナとユアに必要な採寸をしてもらった。
 終わる頃には日も昇りっていた。
 さすがに昼食はと断る夫婦にお弁当を渡して、別れた。

 今度は、できた服を届けると約束して。
 リールは、また遊びに来ると言って。


 だが次に少女がここを訪れた時は、一人だった。――本当に、独りだったのだ――






 それから、数年、数十年。

「私はまだ二十歳すぎだった!」
「“おじさん”って言った事まだ根に持ってるの?」
 リールは脱力した。
「しかも新しい服を作って行ってみれば、着られればなんでもいいと飾り気のない服ばかり!」
 アズラルは、一人力説していた。
「……」
「ようやく趣味に添えたかと思えば島にいない!」
「……」
「帰ってきたかと思えば違う服を着ている!!」
「……」
「私の落胆ぶりを知っているのかい?」
「知らん」
 どうでもいい。
「せっかく君のために服を作ったのに、一度も着られずに仕舞われていくばかり。しかたないから適当に直して王妃の要望に使ったり、時々他国の店に売り払ったり。収入は増える一方。私の服着てくれる人は帰ってこない!」
「〜〜〜わかったわよ! 着ればいいんでしょう!!?」
「最初からそう言っているだろう? リーディール」
「はぁ、もう」
 がっくりと、リールは額を覆った。
「で、本当はどこに居座る気なの?」
「郊外に住居を押さえてある」
 アズラルはイーザスを指差し、彼は少しだけ頭を下げた。
「さすがね」
 リールは賞賛した。
「もったいないお言葉です」
「じゃーそろそろ帰って」
「追い出す気か!?」
「だぁから、後ろ詰まっているの!」
「自業自得だろう?」
「ぐ……」
 なんで知ってるのよ。

「……お前達」
「何?」
 今まで黙っていたカイルは、二杯目のお茶を飲み干して声をかけた。
「どういう関係だ?」
「婚約者候補」
 アズラルが即答した。まるで、それ以外に答えはないと言うように。
「……」
 ピキリと、大きなヒビが入る音がした。
「ぁあ、小父上の“まだ財産を得る気か計画”の一部ね」
 あっさりと肯定したリールに、カイルは目を剥いた。
「――おい」
「でなければザインだったのよ? 閉鎖的な空間(あの島)ではそんなに幅広い血脈は集められないの。ある意味で誰かとつながりがあるんだから」
 結婚相手も限られる。子孫を残すならなおさら。あまり近すぎる血縁同士は禁止されていたが、しかし――
「それに、濃い血を求めていたから。それと財産をね」
 あの当主は。
「あのあとすぐに決まったのね」
 実際は知らなかった。だが起こってもおかしくはなかった。
「そうだ」
 あの時の喜々とした当主の顔は忘れない。
「その時、お前は十足らずだろう」
 カイルが、何か考え込んでいた後に聞いてきた。
「そうよ?」
 それがどうしたのよ。
「………」
「何かな、いったい」
 その場の兵士の視線ですら集めて、アズラルが言う。
「いや」
 カイルが口を閉じたあとも、沈黙は続いた。

 再び、アズラルの少女趣味疑惑が怪しまれていた沈黙だった。

「それでも、私は構わなかったがな」
 それを知ってか知らずか、アズラルはカイルを挑発するように言う。
「そうだろうリーディール」
「嫌いじゃなかったけど?」
 リールは笑った。その笑みに、アズラルは満足したようだった。
「――元気で、リーディール」
 立ち上がったアズラルは、くしゃりとリールの頭を撫でた。
「おめでとうございます」
 イーザスが言う。
「「また、来ますわ!!」」
 セナとユアは一礼した。

 四人が去っていく中、カイルはただ一人不機嫌だった。


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