王城にて 〜長い一日〜


 もう待ちくだびれていたはずなのに、そんなこと微塵も感じさせない。そんな祝福に来た人々の姿。

 もう何度目かわからない鐘の音。あれからまた、幾人も幾人も見送って。

 ふっと、リールは扉に視線を向けた。
「ら?」
 今度入ってきたのは、場違いなほど小さな女の子だった。
 これまで子どもがいなかったわけではないが、親の付き添いがあった。
 一人で、来たのだろうか?

 少女はきっと口を結び、一歩一歩進んでくる。この兵士や護衛、高貴とされる人という威圧感に負けないように。
 しかし、
がっ
「ひゃぁ!?」
 分厚い絨毯(じゅうたん)に足をとられたのか、少女は前のめりに転んだ。
 手に持っていた花束が転がって散る。

 さっと立ち上がったリールが、すばやく階段を下る。
 そんなに早く動けるのも、足に絡む生地をできるだけ少ないドレス、ヒールによって足のとられることない作りの履物を作ったアズラルのおかげだ。さっきのドレスだったらおっくうすぎてやっていられない。
 体が動いたのは、その子の姿がウィアを思い出させたからかも、しれない。

「大丈夫?」
 一向に顔を上げようとしない少女を立ち上がらせる。
 膝をついて視線を合わせると、少女の顔が赤く染まっている。
 ぁあ、これは――

「ぅわぁあぁん!」

 泣くなぁと思った時に泣き出されて、抱きつかれる。
 実はドレスが汚れると、兵士達がはらはらしていた事をリールは知らない。
 立ち上がって階段を下った時も、実は少女はどこかの間者(かんじゃ)ではないかと、兵士達に緊張が走ったくらいだ。
 その警戒は、カイルによって解かれたが。

「ルティ!」
 閉じられていた扉が、無理やりこじ開けられる。
 いきなり入ってきた老人を捕らえようとした兵士が、またカイルによって制される。
 突きつけた槍を下ろせば、老人はリールのもとに走りよる。
「申し訳ありません、この子が」
「違うのぉ!」
 突然、女の子が老人に抱きついた。
「ルティ!」
「だっておじいさんのお花!」
「だからと言ってここまでくることないだろう」
 老人の声は、穏やかだった。まるで、あきらめてしまったかのように。
「だって! 誰でもご挨拶できるって聞いたもん!」
「今回は例外なのだよ。普段であれば、私達がここまで入ってこられるはずもない」
 よく、わかっている。
 はははと、リールは乾いた顔をしていた。
「だって、お花」
「――渡せたのかい?」
「!」
 さっきこけた時に床に叩きつけられた花は、その姿を散らしていた。
「わぁぁん!」
 すっと、リールはその花束を拾った。
「ぁ」
「王子妃様!? お捨て下さい」
「やっぱり、それなのね」
 はぁっと、リールはため息をつく。
「は?」
「なんでもないわ。――もらっておくわね」
「ぇ?」
 さくさくとリールは戻って、侍女に花瓶を持ってくるように言う。
 その花も手渡して、少女の前に戻る。

「ありがとう」

 言葉を失った少女に微笑んで、戻って椅子に座った。
 しきりに感謝を告げる老人とリールを見つめたままの少女は、その部屋をあとにした。


 散ってしまった花びらは集められた。そしてその花びらで香り袋を作りましょうと、侍女が提案した。

 その声に答えて、ふとリールは呟いた。「まるで本当に、ウィアみたいだったわ」と。




 次に入ってきたのは、背の高い男性。すぐに、わかった。
「久しぶりね」
「お元気そうで、リール様」
「タイム王は?」
「さぁ? こちらに来ておりませんか?」
 少しだけ意地悪く、シーンは言った。
「何、復讐?」
「これぐらいは、特権かと」
「いいけど、後悔しないようにね」
「……ただ少しだけ残念なのは、もう二度とラビリンス王とあなたが一緒にいる所が見られないことです」
「……」
 何も、言えなかった。
「もしも、機会があれば再び、あの木の下にいらっしゃいますか?」
「――必ず」
「王も喜ぶことでしょう」

 どちらの、王が? いや、どちらの王も。




 それからも、気が遠くなるほどたくさんの人がやってきた。そして響く、喜びの声。



「こんにちはといいたい所ですが、もう夜になってしまいますわね」
「そうね」
「自分の時も、こんなにも人がいたのかと思うと驚きます」
「アイエ、そんな過去の事はどうでもいいだろう?」
「だけど」
「今に何か不満でもあるのかい!?」
「そんなことないわ」
 二人は見詰め合っている。完璧に回りのことは視界から削除されている。

「「………」」
 この時、リールとカイルの心は同じだった。
 “帰れ”と。

 少しだけ膨らみ始めたおなかを押さえたティアイエルと、最初から最後までティアイエルしか見ていないヨクト。
 もう帰れといいたくなるのも頷ける。

「お幸せに」
「そちらも」
 微笑んだティアイエルの表情が、妙に印象的だった。



 そして、今日は次で最後だという。もう他の人々には城のバルコニーから手を振ってくれといわれる。
 あまりに多すぎて、収集がつかないらしい。


 最後は、曲芸団の登場だった。



 たった二人のために来たのだというのかから、ずいぶんと豪華なものだ。
 普段なら城からでる報酬も受け取らないらしい。
 こんなにも喜びの日に、いただけないそうだ。

 軽快な音楽と共に、窓のカーテンが引かれる。
 暗くなった部屋の中に炎が浮かび、動物が鳴く。
 音楽と共に舞う人。ロープを渡る人。
 兵士達ですら楽しめる、曲芸。
 時折手を叩いて、リールは観覧していた。

 と、簡易舞台の袖から座長が出てくる。

「はじめまして、座長のスライルです! さぁ、今日のメインはお次の演技!」
 ――短縮?
 と、黒いフードを被った五人の人が出てくる。
 その下に光るものを見つけ、兵たちに緊張が走る。
 始まった音楽に合わせて踊る人影。大きな太鼓の音にあわせて、そのフードが取り払われる。
 現れた五人の人物のうち、一人と目が合う――
ガキイィン!
 その一瞬の出来事のおかげで、部屋は曲芸の余韻も残らなかった。

 リールに向かって飛んできたチャクラムが、レランの剣によって叩き落される。

 一歩間違えば、首が飛ぶ。
 緊張が走って、兵士が剣を構える。

 視線のあった人物が投げる場所を間違えて、自分にチャクラムが向かってきたのはリールも気付いていた。
 しかし、一歩たりとも動かないし、椅子から立ち上がる事もないし、まして自分で剣を取り出すこともない。
 それは今の地位を考慮していたからに他ならない。そして、必ず助けられると知っているから。
 飛んできた物を拾ってリールに渡したレランは、しかしため息をついていた。

「――リールさん!?」
 そのため息をも吹き飛ばす声が響く。
 チャクラムを飛ばす場所を間違えてリールに当てるところだった男が、そんなことを言った。
 また知り合いなのか!? 部屋の中には驚愕が走った。

「お久しぶりですね! こんな所で、何やっているんですか?」

 男の声は、明るく、思いがけず旧友にあっているといった感じだ。
 だがしかし、その質問にピッキーンと、部屋の中は凍りついた。

「……ここにきて、その質問は初めてね」
 リールは呟いた。

「れれれレステッド!!」
「ぅわ座長!? なんでしょうか?」
「なんて事してくれるんだ!!!」
 お前は俺の首を切り落とす気か!?
「は?」
「用兵はどうしたのよ?」
 レランから受け取ったチャクラムを手で持て遊びながら、リールは問う。
「あのあといろいろ考えたんですけど、どうも僕には向いていなかったようで」
「転職?」
「天職です!」
 それで間違って王子妃を殺しかからなければね。
「しかし驚きましたよ。こんな所にいらっしゃるので、危うく手が滑って……あれ?」
「レースーテッド〜〜!!!」
「だから、どうしたんですか座長?」
 ここまできて気がついていないのだから、もう賞賛すべきか?
「ふぅん。それで曲芸?」
 シュッとリールはチャクラムを投げた。丸い軌跡を描いた輪は、少しだけ伸びをしたレステッドの手の中に納まる。
「そうなんですよね。でも知り合いがいるのは初めてで」
 いやぁ〜修行が足りませんねと、言う。
 根本的に頭が足りていない。
「で、何しにきたのよ?」
 ここまでくれば、リールは確信犯だ。
「あ、そうなんですよ〜なんでもエルディスの王子様が結婚するとかで、そのお祝いに駆けつけよう! と座長が張り切っていまして」
「へぇ」
 座長も他の曲芸師たちも、ここまでくれば何も言えなかった。
「やってきたわけです!」
「大変ね」
 これから、あとが。
「そうでもないですよ?」
 なぜそんなことを言われるのか、いまだにわかっていないレステッド。
「って、リールさんは何して……」
 ようやく、一息ついたらしい。
 ふっと前を見て、今“自分”が言ったことを思い出して。
 レステッドは目をゴシゴシとこすった。
「………」
 何度見ても変わらないから。
「ぁの〜〜……」
 語尾が弱い。
「何? そういえばさっき、ラバリエさんとセラセニアが来たわよ」
「なっ!? セラセニア嬢が!? 座長! お願いします! 夜の芸は僕なしでお願いします!!」
 このあと、一般市民の前でも公演が決まっていた。
「ふざけるなっ!」
 座長一喝。
「そんなぁ〜」
「そんなに会いたくないの?」
「だって、“セラセニア”嬢ですよ……」
 大丈夫よ、きっとラバリエさんか夫以外は目に入らないから。
 と言うよりも、覚えていてくれるのかすら、謎でしょう?
「ざーちょ〜ぉ〜」
「えーーい! 離れろ!!」
 大の大人が……

「まぁ、関わりたくない気持ちはわかるな」
 あの娘に。
「でしょうね」
 カイルの言葉に、リールは答えた。

「さて、申し訳ないがもう時間のようだ」
 あっけらかんと、カイルは退出を促した。
「ぁっあのっご無礼のほどは……」
 座長は、何か罰があるのではないかとびくびくしている。まぁしかたない。無礼極まりないのだから。約一名。
「気にするな、俺に関係ない」
 レランがいるからこそ、飛来する凶器を放っておいたのだから。
「………」
 座長は、あんぐりと口を開けたまま、固まった。いくらなんでも甘すぎるだろう!
「そんなことおっしゃらずに!」
 首を切られたいのか?
「外ではみなが曲芸団を待ちわびている。ここで生かしきれなかった技を、そこで披露してやれ」
「この失礼極まりなき非礼に対する、寛大なお心に救われる思いです」
「気にするな、どうせ“こんな状況”だ」
 さっきから。
 ぴしっと、リールの顔に怒りが浮かんだ。
「本当に申し訳もありません!」

「……あれ?」
 ようやく現実を認識したレステッドの呟きは、全員が無視した。

 退出していく曲芸団。閉じる扉。

「……ぁあーーー!!?」
 扉が閉じる瞬間、振り返って叫ぶレステッドの顔が見えた。


「騒がしい」
「もう来ないだろうな?」
「あんなにボケた知り合いは……これないようにしたんじゃないの?」
「当たり前だろう?」
「………」
 そこまで独占欲を披露しなくてもいいでしょうに。




※ ※ ※




 祝賀に出ると言ったカイルと別れて、準備万端で待っていた侍女達に囲まれる。
 お世辞にも傷一つないとはいえない肌を念入りに洗われて、髪に花が飾られる。

「これであなたも――そしてエルディスの」
 そしてやってきた王妃に、ありがたくもない説教を聴かされる。
 内容は、まとめるとエルディスの王子妃として恥ずかしくないようにしろってこと。
 心配なのは、自分の体裁でしょう?
 まだ孫がどうとか言っていたけれど、ほとんど聞いてる振りして聞き流した。



「ぁあーーもう」
 ぼすっと、寝台に仰向けに寝転がる。
 おかしいことに、眠る方向を横切るように寝転がってもまだ頭の先が余っている。
 どれだけでかいんだ!?

「眠い……」
 薄着越しに触れる布の感触。
 いつの間に取り入ったのか、夜着でさえアズラル作だ。

 もう眠気に襲われて、うとうととまどろむ。高校と照らされた部屋の明かりの色が、ぼんやりと目に映る事もなく揺れて――

『リール』
「え?」
 呼び声に体をおこせば、開いていた窓のカーテンがはためく。

「「「「こんばんは」」」」
 はためいたカーテンの向こうに現れたのは、四人の新獣王。

「四獣王?」
「おいわいよ!」
「お祝いに」
「祝いだから」
「祝福を」
 一言ずつ呟いて――そして、
「待って!」
 かき消されるように消えた。姿。
 現れた時と同じ、空気に溶けるようだった。

「勝手に消えるな!」
「――なんのことだ?」
 うしろから、驚いたようなカイルの声が聞こえる。
「あんた、来るの早すぎ」
「……これでも、いつまで放っておくのだ? と言われてきたんだが」
 心外だ。

「今、獣王が来たわ」
「四人?」
「四人」
「珍しいな」
「本当よ!」
 苛立ち紛れに、リールは寝台の横にあった水差しの水を飲んだ。
「食事は?」
「もういいわ」
 実は、ひっきりなしにくる来客の合間に、二人はいろんなものを用意させてつまんでいた。
「そう、か」
 風もなく、穏やかな夜。
 カイルは窓際に行って窓を閉じ、カーテンを引いた。
 再び眠いと言い出したリールは、寝台に腰掛ける。

「ぁ〜〜〜疲れた」
「そうだろうな」
 リールは、カイルが近づいてくる事にさほど興味を示さない。

 そして、一瞬の出来事だった。

「――は?」
 気がつけば天井が見えて、長いカイルの髪が頬にかかっている。
「………」
「疲れるだろうな」
「あのさぁ」
「なんだ?」
 ――どいてくれない?
 寝台に縫い付けられるように、押し倒されているリール。
「いやだ」
 カイルの顔が首筋に埋まる。
「ちょっちょっと待って!」

「――俺が何年、待ったと思っている?」

「〜〜〜っ!」


 リールに取っても長い一日は、まだ終わらない。





書いてる本人も長かった。
いやぁ、よく進む進む。おそらく今までで一番多いアップ量です。
長いし!エピソード多いし!!
今回は別名、「キャラ再登場!」です。
ちなみにガドルさんはニクロケイルで王宮の兵士やってます。
センは相変わらずあの性格で用兵中。
さてこれからまたエルディス編。この編名気に入っています♪

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