王城にて 〜翌朝〜


 ふと、まどろみに目が覚める。
 部屋に差し込む日差しの量と明るさで、何時だかわかる。
 ここでの、いつもの、起床時間。

 ――ぁあ、こんな時でも、この場所でいつものように、こんなにも朝早く目覚めるか――

 閉じられたカーテンの隙間から、細く細く柔らかい光が差し込んでいるのをぼんやりと眺めた。
 腕を敷布から取り出して、額に当てる。こみ上げてくる笑いを噛み殺してしまう。
 はっとして、ふと、隣を見れば――眠るその姿にほっと息をつく。
 今まで、それこそ何度も――この姿が手に入らないことを嘆いたのだろうか。

 だが、もう。

 手に入れたわけじゃない。共にいてくれる。
 だからこそ、今ここに。

 こちらに背を向けているのが癪(しゃく)で、近寄って自分に体を向ける。
 そのまま抱きしめて――抱きとめて再び、この腕の中の温もりが目覚めるまで眠ろう――



「……ん?」
 目覚めがすっきりしない。原因を思い出して、顔をしかめた。
 そして、暖かい。
 まさに目の前にあるのが胸板で、その両腕が背中と腰に回されている。
「………」
 無言で、向こうに押しやって抜けようとするも――びくともしない。
「――起きているでしょ」
「ばれたか」
 呆れて見上げれば、その目が片方だけ開かれた。
「邪魔」
「そういうな」
 そう言ってまた目を閉じた。
「ちょっと!」
「うるさい。俺は眠いんだ」
 今日は朝から睡眠を邪魔するやつも来ない。政務もしなくていい。――しなくていい?
 父親に押し付ける気だ。
「あのねぇ」
 自分一人で勝手にして。
「ぐー」
「おい」
 なんとか伸ばした手で胸板を叩いた。
「……ぁあ、そうだ。セイジュの奴を捕まえておかないと……」
「……は?」
 そのまま、カイルは寝てしまった。
(で、私は?)
 抱きしめられたままで、動けない。
「……」
 リールは不貞寝をする以外ほかになかった。

 本当は、怖かったのかもしれない。
 朝起きて、その温もりが、この手を離れていってしまうことが。



 そしてなぜか、今日の朝レランは休日を押し付けられた。しかも国王に。
「なぜですか」
「エルディスではそこまで労力を酷使しているのかと思われたくない」
「私は構いません」
「ぁあ構わないよ、レラン。君が君の休日に、どこで過ごそうと、何をしようと」
 有休を取れとは言わない。だからこそせめて普通に休暇くらい取れ。
「給料が変わるわけじゃないのでな」
「そういう問題ではありません」
「……わかっている」
「陛下?」
「だがここはエルディス国内だ、そんなにも、何を緊張している?」



「い〜いい天気だね〜」
 よいしょっと、セイジュは木に上る……
ザシュッ
「ぅぎゃあ!!?」
 そこへ容赦なく飛んできた短剣。避けたセイジュの上、一振りの枝を切り落としてセイジュを襲う。
「いってぇ……」
 地面に落ちて、起き上がって座り込んで、頭をさすっていたセイジュが絶句する。
「――何をしている」
「いやっえとーー」
「なんだ?」
「………覗き?」
 なんだそれは。
 ジャキンと、剣が突きつけられた。レランに冗談は通じない。いや、セイジュの冗談は通じる事はない。故意に無視される。
「お前、まさかよりによって王子――とあの小娘の部屋を覗こうとしたんじゃないよな?」
「そんな命知らずじゃないです!!」
 失言にあわてたセイジュ。だがしかし、この木を上ってみれば確かにあの二人の眠る部屋に近い。
「で、お前」
「はい!?」
 ひくっとセイジュは引きつった。
「いったいここで何をしている!!」
 ぎいやぁーーー!!? と、セイジュの声が空に響いた。



(何をしている、あいつら?)
「うるさい」
 カイルが目を覚ますのと、リールが目を覚ますのは同時だった。
「……んっ……ちょっと!」
 後ろに回されていた手が意思を持って動き始めるのを留める。
 睨み付けるように見上げればかち合ったのは穏やかな瞳で、放れない。
 上を向かされたと思えば口付けが降ってきて――長い。
 それが名残惜しげに離れると、笑ってしまった。
「……っく……けほっ」
 喉が渇いていたのか、笑いが途中でかすれ、咽る。
 すっと起き上がってカイルが寝台を降りる。確かに、暖かさは半減した。
 起き上がるのも億劫で視線だけ追う。
 少し離れたテーブルの上にあった水差しの水をグラスに注いで、帰ってくる。
 その膝が乗って、ぎしりと寝台が沈んだ。
「ん……ぅ……」
 口移しで飲まされた水はかすかに柑橘類の味がした。
 だがしかし、それだけですまない。
「………も少し……」
 離れていく唇に水を要求する。
 再び唇が重なって、飲み込みきれずに溢れた水が、頬を伝った。



「あ〜ぶねぇあぶねえ。死ぬ所だった」
「この国で一番死に近いのはあなたですから」
「ぅげっオークル……」
 真後ろからかかった声に驚いて、セイジュは飛び上がった。
「何を逃げるのですか? いったい?」
 切るに切れない長い髪を後ろでまとめて、不思議そうに首を傾げている――この白々しさ。
 ちなみに三つ編にしている。似合うような、似合わんような。
「その顔でいったい一般市民をいくら騙してきたんだよ」
「なんのことでしょう?」
「うるさい! 俺は人外パーティにかかわってる暇はな」

「で、昼寝の暇はあるのか」

「それは心の癒し〜げぇ!?」
 セイジュは固まった。
「それはいい度胸だ。叩き潰しがいがあるな」
 逃げようと一歩進んだセイジュの足に、なぜか絡んでこけさせる物――それは縄。どこかで怨念でも拾ってきたとでも言うように、所々血が滲(にじ)んでいる。そして、今、そこに新たな鮮血が……
「うぎゃぁーー!!!?」
 本日二度目だった。



「何? また」
「熱心だな」
 レランが。
「おなかすいた」
「起きるか。湯の用意もしてあるはずだから」
「だる……」



「んん〜〜」
 のんびりと足を伸ばして、むしろ寝転がっても有り余る広さの湯につかってきた。
 やってきた侍女達は全員追い払ったあとで。

 さて、問題はこれからだ。
 ここまではカイルに連れてきてもらったが――上がる時は?

 いまだに自由になりきれなず、気だるい体を持ち上げようと……

「やあやあやあやぁリーディー……ぐげっ!?」
 向こうから近づいてくるふざけた影には、置いてあった飾りを引き抜いて(破壊して)投げつけた。



「で、あなた達どうしたのよ」
 リールは肌着を着て、鏡の前。その後ろで世話しなく動き回る二人の女性。
「あ、もうリーディール様! 動かないで下さい!」
 追い払ったアズラルのあとから、セナとユアが入ってきた。手馴れた手つきでリールを湯から上げて、今は髪を念入りに拭いている。
「そうですわ。それが、アズラル様が国王様に交渉したらしく、私達リーディール様付になれました!」
「……まぁ歪んだもの同士話があったのかもね」
 国王とアズラルは。
「新しい方を雇わなくてすみますし」
「知り合いが数人いたほうがいいだろうとおっしゃりましたよ?」
「……」
 妙な所で気を回されている気がする。
「「で、リーディール様」」
「……何」
 二人がわくわくと構えている。嫌な予感。



「はっはっは」
 なぜか、額を押さえつつ入ってくる呼んでない男。冷めた目つきで、なんだお前と睨みつけた。
 ちなみに、今ここで服を着せているのはこいつの執事だったか。
「追い出された」
「さすがに、状況が状況ですので」
 静かに、イーザスが手を止めて、振り返って言った。
「今更文句を言うようなものでもないだろうに」
 何か、不可解な言葉を聞いたが?
 カイルの不穏な空気を察したのか、アズラルの執事、イーザスは主を振り返った。
「なんだ? 嫉妬か?」
 そして、あっさりとアズラルは言ってはいけないことを言う。
 ひーーと心の中で平穏が保てないのは、レランとセイジュの代わりにいる護衛達。



「却下」
「「なんで!?」」
「なんでじゃないわよ!」
 そんなに大きく胸の開いた服が、着れるわけないでしょう!!?
「ぇえ〜」
「ひどいわ〜」
 ひどいのは貴女達。
「せっかく用意したのに〜」
「「アズラル様が」」
「………」
 あいつか。
 さすがのリールも、今日は言うならばむしろ首の詰まった服が着たい。
「ではこちらは?」
 胸の大きく開いて、肩から腕も剥き出しになる服をしまって、次を用意するセナ。
「なんでもいいから」
 とにかくこの首筋に残されたあとが隠れる服にして。
 と、突然、扉が開かれた。
「おはよう。リール? 昨晩はよく眠れた?」
「………」
 寝たのは朝方だ。
「お気遣いなく」
 なんでそんなに必要なんだ、と問いかけたくなるほどお供を連れた王妃がやってくる。
「ぁあ!? リーディール様動かないで!」
「わかった……」
 セナとユアにここぞとばかりに遊ばれていて……どうしたものか。
 なぜかにこにこと機嫌のいい王妃は、その様子を少し眺めてから去っていった。
「……あやしい……」
 呟く。そして、セナもユアもひどかった。
「「変な王妃様!」」
 そしてまた、閉じたはずの扉が開く音。今度は振替らかなった。
「おい……まだか?」
「こっちが聞きたい……」
 支度が一段落したのを見計らって、遠慮なく部屋に入ってきたカイルを振り返る――驚いた。

 二人とも着ていたのは、同じ鮮やかな青の服。

「さぁリーディール様!」
 最後に、カイルが着ているのと同じ羽織をかけられる。銀の刺繍(ししゅう)の模様も同じで、合わせ目だけは逆になっている。
「セナ!? ユア!?」
「「いってらっしゃいませ!」」
 そういって突き飛ばされる。その予想外の出来事に足下が崩れた。
「あぶっな――っ」
 目の前のカイルに向かって倒れこめば受け止められる。
 自分で顔を上げるのと、こっちを向けと言うようにあご先に指がかかったのは、どちらが先かわからない。
 ただ顔が近づいてきてそれにあわせるように目を閉じるのと、これを狙ったアズラルに悪態をついたのは同時だったように思う。

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