王城にて 〜剣と日常〜


 青い空に、白い雲。一変して響き渡る、金属音。

ガキーン!
 剣と剣がぶつかりあう音を、耳の間近で聞く。風が通り過ぎて、頬を傷つけた。
 はらはらと見守る兵士達の視線の先。黒の護衛と青い服の妃が、訓練用の剣で切りあっていた。
 リールが、レランの隊に混じって剣の訓練をするようになって、もう幾月。

 それは最初、ほんの一言からはじまった。


「ねぇ、一緒に混ぜてよ」
「………」
 呆れた顔で、見下ろした。いきなり近づいてくるので、何かと思えば。
「だって、鈍るんだもの」
 それは、そうだろう。運動量が旅をしていた頃の半分にも満たない。だから自分は、日々鍛えているが――この娘は違う。
 礼儀作法だの、歴史だのを学ぶ時間が与えられている。気に入った物は真面目にやっているらしいが、そうでなければ王子の執務室に入り浸っている。もうなれたもので、侍女もお茶を二組用意している。
 そして、今の言葉。冗談のようだが、本気だ。

 傍目には、それが王子妃だと到底思えないような格好。侍女には間違えないだろうが、簡素なドレスを着ている。
 だが、これはあの男が作った物だ。証拠に、剣を刺す場所と、不自然にならない程度の切れ目。
 一つため息をついて、訓練用の剣を差し出した。
「……?」
「私は、暇ではない」
 今一度、お前の実力を見せてもらおうか?



「リールと、レランが?」
「そうなんですよ、王子。訓練場で切りあっているそうで」
 何してんだか、とセイジュ。
「止めに入ったほうがよいのでは?」
 たまたま居合わせたオークル。
「これ以上ない見世物だな」
 立ち上がって、歩き出した。



 体力も体格も圧倒的に違う。ただカイルのうしろにいるだけのお飾(かざ)りじゃないと知っていても、現実味がない。だからと言って、油断した、のかな。
ガキッ!
 鈍い音。重苦しい一撃を受け止めて、すぐに剣をすべらせて離れた。痺(しび)れの残る腕、近づいてくる足音。
 一呼吸置く間もなく、走り出した。
キィン!
 狙って、弾かれた己の剣。顔の真横を跳んで言った剣に目もくれずに、腰に刺してある剣を引き抜いて相手の剣を手から叩き落した。
 相手が、背に背負ったままの自身の剣を引き抜いた。
 ――まずいと、思った。さすがにその剣の攻撃は、重すぎる。
 早々に、仕掛(しか)けないと、と考える暇を、もつ暇なんてない。体が、動いた。

「十分だろう?」

 はっとした時には、レランは剣をしまっていた。空の下に響いていたのは、ただ一人、自分の荒い息使い。
 あごの下を、右の手の甲で拭った。緊張が解けたのか、体が酸素を求めた。背に流れていたのは、冷や汗。
 相手の手加減がなかったこと、それは、きちんと私の相手をしているから。だからこそ、無数に傷を負うことになっても、カイルは何も言わなかった。
「そろそろ、言い出す頃だとは思ったがな」
「当然でしょう」
 王子妃(この地位)じゃ、一人で勝手に出かけることすらままならない。表向きには。だから、外に走りに行くのもやめた。とりあえず、今は。
「で、どうなんだ?」
 カイルは、自分の護衛を振り返った。一瞬戸惑ったあと苦笑したように見えたレランは、それでも言った。
「明日、午後の初めに、ここに」
「わかった」
 手の痺れに、鍛(きた)えなおさなきゃ駄目ねと思いながらも、しっかりと頷いた。
「今日の訓練はここまで」
 その一声に、呆然としていた兵士達が動き出した。レランは、着替えるのか自室に向かった。
 私は、振るえて地面に座り込みそうな所をカイルに支えられていた。
 危なかった、もしあのままだったら、私は毒を持ち出していただろうし、レランは本気で私を殺しにかかっていただろう。
 ――殺されるかと思った。



 昨日の格好は、ズボンの上に長いワンピースを着ているようなもので、紐を解けばスカートのふくらみはなくなり、切れ目から足が覗くようになっていた。肩口は膨らんでいて、でも肘から先にかけて、腕にぴったり合うようになっていた。
 今日は、藍色で、軍服に近い型の服。それでも襟(えり)が丸かったり、袖(そで)口(ぐち)と裾はレースで飾ってあったりと、細かい。ズボンには大輪の花が刺繍(ししゅう)してあった。――どうせぼろぼろになるけどと言うと、むしろそれで構わないと言われた。

 訓練は、最初は体力をつけるために走り、体操や反復運動から入った。
 それから、二人組、もしくは三人一組で剣を構え交じり合う。私は、レランでなく隊の一人が相手になった。
 はじめは動く事ができなかった相手も、こちらが容赦ないのと鋭いレランの視線を受けて真面目に切りかかってきた。その、型にはまったような剣を受けるのも久しぶりだった。


「しかし、ずいぶんと寛大(かんだい)だな」
 反対すると思ったのにと、カイルはレランに問いかけた。
 レランは、立ったまま皆の様子を窺っていた。近づいてくる主の気配を感じながら。遠めに、切りあう娘と兵士。他の場所でも幾人もの兵士がいる。
「あの娘の剣は、兵士として教育され、剣を握る所からすべて型にはまった剣ではありません」
 騎士はこうであるべきである。握り方は、試合の申し込み方は。すべて、兵士には叩き込まれる。
 だけど、
「世の敵はすべて、対等なものではありません」
 名を名乗るわけでもない。まして、平等な試合を仕掛けてくるとも限らない。
「あの娘の剣は“生きるため”の剣です」
 生きるためなら、なんでもやってみせる。
 この国は、平穏だ。民にとって国にとってよいことでも、兵にとっては悪いとも言える。
 実践の経験が少ない。形通りの動きしかない。だがいつでも、どこでも、相手が理に叶った方法で仕掛けてくるとは思わない。
「多少は、刺激になるでしょう」
 視線の先に、舞い上がる土の煙と風によって、姿をくらました娘の姿が見えた。
「まぁ騙(だ)まし討ちに関しては、上手だろうな」
 そう言っては身も蓋(ふた)もないかと、カイルはふと呟いた。

 それから、数日。いつも決まった時間に抜け出す王子妃を、探す影は――

「王子妃様ーー!」
「……ばれたっ!?」
「ばれないわけないだろう」
 遠くから聞こえてくる声に、すざっと飛び去ったリール。呆れて、カイルは言った。
 リールは、あれあんたいつの間に来たのよそんなに暇なの? とでも言いたそうな視線を投げかけて、言う。
「じゃ、あとよろしく!」
 前も見ずに、走りだそうと――
「リール!?」
「ぅわきゃ?!」
 とても暖かい物に、抱きとめられていた。
「王様?」
 見上げて、目が合う。
「元気だな」
 いきなり、飛び込んでくるな。
「……えーーっと〜」
 言いよどんだリールに、国王が首を傾げた。
「王子妃様!!」
 ぎくりと、身を震わせて、さっと国王の後ろに隠れた。
 国王は一瞬リールを見て、走りこんできた女性に声を掛ける。
「シャーメル、いったい何事だ?」
「陛下! 王子妃様がいっつもいっつも礼儀作法の時間を抜け出されるので!! 探しに参りました!」
 ぁあ、その時間なのか。なんでも訓練場に現れるらしいから、覗きにきたんだが……
 ちらりと見れば、その噂の娘はあさってを見ていた。こちらに、興味はないらしい。
「リール、シャーメル女史にご挨拶は?」
 いたずら小僧のように笑って、言った。するとリールは、にこり……いや、こちらの意図を察してにやりと笑った。
 すっと体の影から抜け出して、笑った。
「ごきげんよう。シャーメル女史」
 膝(ひざ)を折って、あたかもそこにドレスの端があるように指でつまんで。頭を下げる。
 服装と、さっきの笑顔に目を瞑れば挨拶は完璧だ。
「………」
 シャーメル女史は、ぽかんと口を開けたまま固まった。
「完璧だな。シャーメルの指導の賜物(たまもの)だろう?」
 国王が、顔を上げたリールの肩に手を置いて言う。
「……っいえ、そんな……」
 国王の思いもよらない言葉に、しばし呆然としていたがかろうじてそれだけをかえす女史。
「それで、何しにきたんだ?」
「そうなのです! その王子妃様の態度をいつもそうさせようと……」
「気持ちはわかるが、ここはリールの家だから多少は……」
 多少か? と、カイルの口が言っていた。
「そういう問題ではありません!」
「場をわきまえてもらえれば、問題ないぞ」
「陛下は甘すぎます!」
「……そうだろうか」
 国王が息子の嫁に甘いことなど、周知の事実だ。とくに、リールに関しては目を瞑ることが多いらしい。
「そうきりきりする事でもなかろう。基本はできておる。それに応用も」
「ですが……」
「何か粗相(そそう)があればお主がきっちりと指導してくれるのだろう?」
「もちろんですわ陛下!」
「ならば、今は問題なかろう?」
「……わかりましたわ、陛下。ごきげんよう」
 言いくるめられたとわかっていたが、シャーメル女史はその場を去った。何かあったらきっちりとお時間いただきますと、言い残して。
「だ、そうだ。まぁとちらないようにするんだな」
「わかってます。あの人、……方。しつこいのよね」
 女性は、常に男性に敬意を払うべきです! だの。歩く速度はもっとゆっくり! だの。常に敬語で話せだの。
「まぁ少しは、聞き入れてほしいものだがな」
「これからは、いつもこの口調でお話ししますわ。 陛下?」
「そんな背筋が寒くなりそうなことはいらないんだがな」
 国王が、リールの髪を撫(な)でた。そのまま頭を撫でるように。愛しむように。
「父上、こんな所で時間を売っている暇があるのですか?」
「お前はどうなんだ? ナクテスが探していたぞ?」
 追い払うつもりが追い払われる。舌打ちして、カイルは城内に向かった。
「誰だって?」
「ぁあリール、会いに行ってくるといい」
「?」
 国王に言われるまま、剣を置いてカイルを追った。まぁ行き先はわかる。



「ただ今、戻りました」
「よく帰ったな」
「……王子」
「なんだ」
「……(ぅおい、なんだあの棘は!?)」
(知りませんよ。対象は私ではないようですし、問題ないのでは?)
(そりゃお前が睨まれている訳じゃないからいいだろうよ!)
「お前達――」
 聞こえているぞと、カイルが言うより先に、扉が開いた。そりゃぁもう、盛大にバタンと開いた。
 ノックもせずに入ってくるなんて、いったい誰だと二人の護衛の視線が映る。その手が向かうのは武器。
「「「………」」」
 眼鏡をかけた男と目があった。紫色の髪が、四方に飛び出すように立っている。閉じてへの字にあげられた口、驚いて私を凝視する紺色の瞳。
 もう一人は――
「お初お目にかかります“王子妃様”。オークル・ファッションと申します」
 リールと目があった瞬間、オークルは膝をついた。
「――っナクテス・ディムです」
 完璧に出遅れた……と焦りながら、ナクテスが続いた。
 目の前に膝をつく男二人を見て、リールはカイルに声を掛けた。
「誰?」
「俺の護衛だ」
「ぁあ。“まだ”いるって言ってた」
「これで最後だ」
「そう」
 リールはまだ膝をついたままの二人を見た。
「立ったら?」
 そう言いながら、二人の横を通ってカイルの横に向かう。
「知っていると思うが、リールだ」
 自身を紹介する挨拶に、シャーメル女史仕込みの笑顔で答えてみた。それを見たカイルの顔が引きつった。なんでよ?
「……ずいぶん、多いのね」
「ぁ? ああ。もう手足の変わりだ。あと妃の護衛もすることになっている」
「誰の?」
「お前の。だがこの二人は、主に国内の情勢の調査に向かわせている」
「行かされているのね」
 この一言に、ナクテスが拍手を送っていたことは想像がつくだろう。
「まぁそんなわけだ」
 あっさりと、カイルは聞き流した。
 どんなわけでよ。と、リールはため息をついた。護衛が何人いようと目を瞑るけど、監視が多いんじゃ困るのよね。



 そしてまた、次の日。
「王子妃様ーー!!!」
「きた……」
 がっくりと肩を落としながら言うと、レランの表情が少し動いた。
「来る予定だったのか」
 そうだろうなと、カイル。
「そうなるだろうと思っただけよ」
 今日の朝から窓を飛び降りたのが問題かしら? それだけかとカイルが突っ込んだ。
「王子妃様!」
「はい、何か?」
 逆らうのは労力の無駄。無駄無駄。と心に言いきかせて、おとなしく話を聞く。
「昨日の――」
 昨日? 何かしたかしら? ――何もしでかしてない日なんてないだろうと、カイルなら突っ込んでいる。ちょっと黙れ。ん? いない。

「リール! ぁあいたわ」

 と、遠くから声をかけられた。振り返って、振り返る。隣にいたはずのカイルの姿がもうない――逃げたわね。
「「王妃様?」」
 今度はなんなのよ? と首を傾げた。シャーメル女史も同じく不思議そうな顔をしている。
「もう、今日はお茶を一緒にしましょう。なかなか来ないのだから」
「そんな予定は……」
 ない。あったとしても認めない。
「あったでしょう? やぁねぇ」
 わざとらしく扇(おうぎ)で口元を隠す王妃。
「さっいくわよ。今日は外に用意させて見たの」
「おっ王妃様!?」
「そうだわ! シャーメル、あなたも一緒に」
「いえ、あの今――」
「それがいいわ! さぁ行きましょう!」
 何か言いかかったシャーメル女史の言葉は無視して、王妃は私と女史の腕をつかんで(逃がさない)歩き出した。



「さぁ。これで全員ね」
 急遽(きゅうきょ)増えたシャーメル女史のための準備が整って、席につく。丸いテーブルに四人。
 左隣には王妃で右隣はきっと王妃の友達。正面はシャーメル女史……え、何これ。尋問配置?
「はじめまして王子妃様。ロダディア・アニバスと申します」
「アニバス?」
 どこかで聞いたような……どうでもいいような。
「息子が、迷惑をかけていなければいいのですが」
 ぁあ、“あれ”か。しかし、口調と見た目に差のある人ね。まぁ王妃の友達だとすれば……
 頭の中で考えている事は黒いのに、お茶会(と称した茶番)が開始する。
 そう、会話の内容は詠めている。

「それが、うちの息子達ときたらいい歳して結婚もしないで……」
「……」
「あらまぁ。困った物よねぇ」
「ぇえ、早く結婚して、元気な子どもを生んでもらいたいものだわ」
「そうよねぇ」
「安心した老後と……可愛い孫を……」
「ほしいと思うわよねぇ。――リール?」
「……(知らん)」
 と思いつつも、無視するわけにもいかないらしい。ちらりとシャーメル女史を見れば……われ関せず……ちっ。
「綺麗なお嫁さんなら、用意できなくもないのですが」
「でも、やっぱり本人の意思がねぇ」
 ものすごく、残念な声でもある。
「……」
「そこを主張していて、今があるのですわ王妃様」
「そうよねぇ」
「……」
「やっぱり、次は女の子がほしいわぁ」
「いいわねぇ〜お嫁さんもいいけど、可愛い女の子。ね、リール」
「……」
「リール?」
「何か、王妃様」
「何か言ったらどうなの?」
「言いました」
「もうリール! あなたのことなのよ!?」
 リールは「余計なお世話だ!!」と、叫びテーブルをひっくり返した(想像の中で)。
 しかし実際は、シャーメル女史に対する嫌がらせのように、優雅にお茶を飲んでみた。
 ゆっくりとした動作でカップを戻して、一言。
「あら、わたくしの話でしたの?」
 リールの心の中は、“怒らない、怒らない”と“つくり笑顔、つくり笑顔”と言う呪いのような言葉が繰り返されている。
「そうよ、何を言っているの」
「てっきり、セイジュ……さんのお話かと。あの方は、(見た目は)よい方ですし、(さぼり九割残り一割で)仕事もされていますし、そういえば、噂一つ聞きませんね」
 いや、正しくは、“特定の一人”といい仲になったという話は聞いたことない。
「そうでしょう!? このままじゃ、どうなってしまうのかしら」
「さぁ?」
 そんなことに興味はない。だいたい、大きなお世話だ。
 というか、不特定多数と日々噂の的になっていることは無視していいのか?
「そんなことよりもリール!」
(そんな事? 本音が出てきたわね)
 脱線するのは許さないらしい。しかも、アニバス家の奥方は聞いていない。
「――王妃様」
 とそこに、今の今まで黙っていたシャーメル女史の声がした。
「? シャーメル?」
 なんでいるのとでも続きそうな、王妃の問いかけ。自分で呼んだんでしょ!
「ああ! で、何かしら?」
「子は、授かり物です。いずれ時がくれば自ずと。そう強制することでも、せかす事でもありません。生まれてくる子が哀れになるだけです」
「……シャーメル、あなた確か、」
「出すぎたことを申しました。王妃様」
 言葉を、ピシリと遮ったシャーメル女史。しばらく沈黙した。
 結局、話がわからないリールは、疑問符を浮かべるだけだ。が、目の前の菓子をつまんでいた。
 気がそがれたのか、それからすぐに王妃はお茶会をお開きにして城内に帰った。アニバス家の奥方も。
 そして、残されたのは――
「王子妃様」
「……はぃ?」
 え、何?
 にこりと、シャーメル女史がほほ笑んだ。
「お時間、ありますわね?」
 説教は忘れられなかった……

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