* 午後のお茶会 *


 最近、城下を中心にとてもはやっていることがある。
 今日もまた、お揃いの服を来て手をつないで歩く男女の影が見える。
 さてここでお話したいのは、そんなはやりの火付け役になったのがこの国の王子と王子妃であるということ。
 もちろん、民が直接彼ら二人が並ぶ姿を見ることはほとんどない。しかし、城内の侍女はと兵士は? 目を引く彼らの姿を、外で人々に自慢するくらいのことはしてのけるだろう。
 それくらいに、彼らの衣は見事なものであった。寸分違わずお揃いの時もあれば、上着の合わせ目が互い違いの時もある。胸元に金糸で刺繍された模様だけがお揃いの時もあれば、首に下げる銀の装飾が同じ時もある。
 例えば王子妃の胸元から覗く布と、王子の上着の色が同じであるとか。例えば王子の上下を占める布と同じもので腰元のと胸元を飾る王子妃とか。
 それもすべて、いつもお揃いになることをどうにか阻止しようとする王子妃の裏をかいた行動。幸か不幸か、その内情を知らない人々にはほほえましい限りの美談になるらしい。
 そして、忘れてはいけない。その洋服を作る、被服師の存在を。

「帰れ」
「朝からご挨拶だねぇリーディール」
 いまだ寝台から降りていないリールは不機嫌だ。
「呼んでない」
「そんなに、昨日の服は気に入らなかったのかい?」
 そう言うと、枕が飛来した。
「せっかく、その左腕を飾る石は東から取り寄せた翡翠だというのに」
 それをまた、ご丁寧に二つに輪って同じ型にはめ込んで銀の輪につなげて寄越したのだ。こいつは。
「ついでに、あの男が着るという軍服に浮かない程度に緑色の服を用意しただろう?」
 何を考えたのか知らないが、ワンピースの袖は手首まで届いていなかった。それだけでは何を考えたのかわからない。ただ石がよくはえると思ったくらいで――
 ひゅっ! ドゴン!
 風を聞る音、ひとつ、ふたつ。地面に、落ちた。
「あぶないあぶない」
 見えてしまった。腕を上げたカイルのその腕にある石がまったく同じもので、それをはめ込み、腕を飾る銀飾りも同じものであると。
 あちらは、こちらの姿を見た時にはもうわかっていたはずだ。それも腹立たしい。
 なんというか、自分が気にいったものだけに余計にいらだつ。叩き壊せないではないか。宝石に罪はない。あるとすれば――
「まあ落ち着かないか」
 お前のせいだと、睨みつけた。手元に投げるものがもうない。ちっ
「舌打ちしない。まったくこれが本人だと民が知ったら、泣くよ?」
 そう言いながらも、笑っている。
「夢は壊れるものよ」
「それは体験談か?」
「どうでもいいでしょう!!」
 だいたい、なぜアズラル(こいつ)はここにいるのだろうか。侍女でさえ部屋の主がいればまったく入ってこようとしないのに。緊急事態以外は。
 しかし、兵士が入る前に侵入者が切り捨てられていることは多々ある。これでは武器庫じゃないのかと思うほど持ち込んだ武器のおかげでもあるが。
 なのになぜかここにいるこの男。おかしい。神出鬼没にしてもおかしい。誰か何か言えばいいのに。――私が?
「いつもいつも寝起きにやってこないでちょうだい」
「仕方ないだろう、今人手不足なのだから」
 今現在、セナとユアは織物の調達に出かけている。イーザスが行く場合もあるが今回は双子だ。確実に観光が目的だ。
「別に二人がいなくても服くらい着れるわ」
「同じものか、着回しても二着だろう!? 信じられるか!」
「十分だわ!」
 ぎゃーぎゃーと争いの声が聞こえる。部屋の外に控えている侍女達はくすりと笑った。最初こそあわてたものの、もう聞き慣れすぎてしまった。
 なんだかんだと騒ぎながらも、王子妃は最後には美しく着飾って部屋の扉をくぐるのだ。その服のどこが王子様と同じで。また違うのか。それを探し言葉を運ぶのは、彼女たちの役目。
「却下」
「はいはい」
「〜〜〜」
 先に部屋を出たカイルの服装を、リールは見ていない。起きることができないというのは嘘だが。寝れることなら寝ていたい。という習慣を身につけてしまったのがまずかった。向こうも、特にたたき起こすことはしないし。
 とにかくリールは、アズラルの掲げる服の中から、カイルとお揃いの箇所が極力少ない服を選ぶことに力を注げるのが日課だ。
 しかし、まったく違う服は、用意していないと気が付いた。どんな服でもどこか同じであると気が付いた。服を出す順番も何も関係がないときがついた。
 着る洋服に関しては文句を言わないと言った。言ったが遊ばれてやるとは言っていない。
 だからいつも何かしら文句を言って次の服を出させる。そこに関しては所詮掌の上なのだから。言うだけ文句は言って困らせる。
 本当に困っているかどうかもわからないが。
「はぁ〜」
 その顔を見て、残念で仕方ないというようにため息を付いた。
「おや、幸薄そうなため息だねぇ」
 アズラルは、まるで気にしていない。
「リーディールが幸せでないとすると、この国一番の幸運の持ち主と呼べなくなってしまうぞ」
「望むところよ」
「しかし、この国の王子妃――次の王妃の幸せが薄いというのは、問題だろう?」
 わざわざ自分の所まで引き寄せて、顎に手をかけていうのだからそれらしい。
「問題ないでしょう」
「一人だけ、幸せなのは気が引けるか?」
「……どういう意味」
「ここは島じゃない」
「知ってる」
「誰に命令されなければ何もできないわけじゃないだろう? むしろ、逆だ」
 本当に、すべてを動かすことも可能。
「やめて」
 そんなものは、いらない。
「だが手の中だ。人は生まれる場所も両親も生別も外見も選べないが」
 リールは、聞きたくないと首を振った。
「天は名と力を与えるものは選ぶのかもしれない」
「なにを」
「考えたことはないか?」
「だからなにを」
「必要としていない力を持ち続けるのは、なぜか」
「……」
「それは必要とされているからだ。誰でもない自分が保持するように生きている」
 この時点で、与えられたものはすべて自分のものだ。
「目に見えるものなどほんの一区切りだ」
 そんなものいつか消える。だがどうだ、歴史に残るのは黄金でも宝石でもミイラでもない。それらはすべて風化しそこなっただけだ。
 もっとも長く、人の間で残るもの。それは名前。
「紙も、布も、跡もいらない」
 ただ歴史に流されなかった者の名前は人々に受け継がれる。口から口へ、言葉から言葉へ。
 名前とは人で、人は名である。
「これも、アズラルを飾りたてる、いや目をくらます道具でしかない」
 それは、服装。
 本当の力は、蓄えられる。真の出番が回ってくる。その時まで。
「まだ必要とされている。それだけだ」
「それがなんなの!」
「だから、その時が来たときに悩め。今は、ここにおぼれても大丈夫だ」
「……人事」
「そうだな、しかたないだろう」
 その時、その場にいるのは私ではない。それだけは確かで。
「いつか、くるのだから――今を楽しめ」
「隠居したじじいみたいよ」
「隠居しそこなってしまった」
 本当は、しずかにひっそりと生きていたのに。
「引っ張り出したのはリーディール。お前だ」
「自分からしゃしゃり出たんでしょう」
「何事にも、その場にいやすい地位がある」
「ぁあそう」
 そうですか。
「おもしろくないのは、面白くしないからだろう」
 ずいぶんな言いようだ。
「こんな所で悲劇の主人公を演じるのは無理だな」
 四大大国のひとつエルディス国内。王城の一室。地位は王子妃。
「演じてないから」
 ばさっと、置いてあった布を取り上げる。
「リーディールが服を着て外に出るたびに城下は大騒ぎ。商売繁盛と言いたいところだが……」
「……」
「リーディール、ここは問い返すところだろう?」
「……が?」
 心底面倒そうにリールは言った。つまみ上げていた布から手を離す。
「舞踏会が日々あるわけでもない。つまらん」
「いいことね」
「どこがだ」

コンコンこんっ

「おはようございます、王子妃様。アズラル様。お食事をお部屋にお運びしますか?」
「そうしてもらおうか」
「食べてないの?」
「朝から疲れてしまった。お茶でも飲もう」
 まったく、リーディールが暴れるから。
「いや、あんたのせいだから」


 遅い朝食をとって、部屋を出る。執務室に顔を出して、講義を受ける。歴史を聞いていたらあっという間にお昼になった。
「やはり、大陸の味付けはなぜこうも濃いのか……」
「「………」」
 なんでお前までいる?
「おや? 食事が進んでいないようだが。まさか残すわけじゃあるまい?」
「何してんの」
「招待した覚えはないぞ」
「リーディール、昼から採寸をしよう」
「は?」
「そのためだ。何も問題なかろう?」
「「………」」
 この一言で、午後の予定は全部潰された。


「相変わらずよね」
 半眼で相手を睨んでも、
「そうかそうか。もっとか」
 相手は気にした様子もない。
「いらない」

コンコンコン

 細められた二人の視線が。扉の向こうに流れる。部屋に入ってきたのはイーザス。
「リーディール様、アズラル様。お茶を」
「そんな時間?」
「そうだな」
「まぁ、今から行っても同じね」
 なら、お茶を飲んで行くわ。

 そうやって、午後の一時は過ぎていく。

 連絡を受けなかった王子妃の作法の教育の婦人は、今日も城内を走り回っていた。


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