一人旅 〜悔い〜


「なぜお前がここにいる。」
 言葉は、低く、深く、きつく、強く、硬く、重く、その場に響いた。

――――言葉に籠(こ)められたのは、大きな、怒り。

 自身に向けられた。その場の空気おも巻き込む響きに、言葉をはなった人物の大きなる怒りを、女は軽く流して溜息をつく。

 そう、あれから――――――



………セラセニアを送り届けた後。一刻も早くエルディス国を脱出せんがために、次に一番早く出航する船に乗り込んだ。
……ただそれだけ。
 なのに、なぜこのようなことが。

 どうやら、その選択は、決してとってはならない行動だったようだ。

――――――あの時、乗らなければ………

 甦(よみがえ)り始めた思い。襲われる失望感。

 始まりの鐘の音は、すでに鳴り響いている。




 旅人を乗せた船が、海を渡る。
 波は穏やかで、風は甲板にたたずむ人に塩の香りを送る。船の先端に向かい歩く人物は、短いオレンジ色の髪。
 耳から上にあたる部分をまとめ軽く束ね、すっきりとした髪が潮風になびく。

 出航した船は順調に海路を進んでいる。このまま行けば、特に問題もなく進むはずだった。
 真上にある太陽は、乗客を皆部屋へと追いやった。照らされる暑さよりも、海の水による光の反射具合に目を細めたリールは、何処までも続く海を暇そうに眺め、早朝の騒ぎを思い出していた。


「信じらんない。」
 その場にいた全員がセラセニアを見る。
「しかたないわ。お風呂に入れないにしても。でも、なんだってそんな飾り気がないのよ!」
 朝、一番後に起きだしたセラセニアの言葉がそれだ。レステッドが水を汲んだ小さな泉にやって来たまではよかったとしても。
 ビシッ! っとリールに向かい指を突きつける。
「……はぁ……」
 明らかに自分一人にしか言ってない。あきれるというよりは、むしろ何を言い出すのか。見当もつかないことをいきなりしゃべりだすのはやめてほしいが、リールはとりあえず話を聞く。

「あなたね〜もっとオシャレとかしないわけ?」
「………………」
 突拍子もないことを。いったい、どんな基準で人を見ているのか。

「そうだわ!! 試しに髪型でも変えてみましょう!」
(――――勝手に解決?)
 結局のところ、ただの暇つぶしだ。

 ――――――幸か不幸かその髪型は、気に入って。今もそう。クスッっと笑って、髪の結び目にまた手を伸ばす。

 しかしリールの髪の短さに、さらに騒ぎ出したのは言うまでもない。

 ………自然と視線が海に向かう。波に自分が映るように。


 ―――――広く穏やかな海は、どうやらきまぐれがお好きなようだ。
 突然、船は海路を見失う。波を越える船は、今にも大きな海に、うねりに飲み込まれそうになっている。いや、そうではない。引きずり込まれる。すべては―――――――船の正面に現れた怪物のせいだ。

「はぁ!!!!!」
 リールは勢いよく、目の前にひろがるものを斬りつける。
ザァンッ!!
(チッ! なんだってここに〜……にしても本当に出るってどうなのよ!)

 船の甲板には他に人はいない。もとからほとんど人のいなかった甲板で、リールは剣を振るっている。
 この時期、いや、最近この海流では一定の回数で船が怪物に襲われる、そうだ。襲われる船はさまざま、豪華客船だったり、一人乗りの釣り船だったり、漁船だったり。つまり、なんでもいいのであろう。だいたい、襲われる回数は百回の出航に対し一回程度だそうだ。まさか都合よく自分の乗った船には現れないと踏んでいたらこれだ。

(ま、いいわ。軽く怪我でもして慰謝料をふんだくろう)
 船着場でそんなうわさを聞きつけたリールは、そのせいで帰ることをためらっている新婚夫婦にであった。

「は!!」
 腕を斬りおとし、敵の背にあるものを斬る。リールが相手にしているのは、怪物。と、いうだけでは事足りない。大きな肉の塊のようで、かろうじて二本の腕、足があることがわかる。伸び縮みする首、背中に突き刺ささり広がる板状のもの。肉の表面がうごめき、血管のようなものが浮き上がる。急所は何処だろうか。…………首を切り落とそう。
 板状のものと片腕はすでに切り落しとた。伸び縮みする首を斬りつけるのは困難だが、近づく。広い塊の一部、例えるなら腹に当たりそうな所を、剣を深く突き刺し横に引く。その痛みに唸る間に、剣を引き抜き首元まで上りつめ、一気に剣を振るう。

「ぴぎゃぁああああっ!」
 なんだかよくわからない悲鳴? を残して、首を落とされた怪物は沈んでいった。
「ふぅ」
 剣を収めたリールは、甲板を去り、夫婦の元へと向かう。
が、
 甲板には、切り落とされた腕と、板のようなもの。怪物の体液に染まったリールはそれを見て不快だった。

じ―――………ゲシッ!!
 蹴り飛ばして、海に落とした。


(………体流したい)
 体も着ている服も、ぬるつく体液に染まっている。
 理由を話さずとも、リールのなりを見た船員はすぐにリールを真水のあるところに案内してくれた。服も洗っておくというので、行為に甘えることとした。怪物の体液に汚れた甲板の掃除は、船員が行ってくれていると聞かされる。

(………もっと手際よくできたらな)
 甲板に広がった体液のことを考え。リールは自分の剣術の腕を思う。しかし、そんなリールの反省は、案内した女性によるこれで怪物に脅えなくてよい、という感謝によって打ち消された。女性の感謝っぷりにむしろ驚いてしまったリールだが、そんなに自分を崇めないでほしいと言う。しかし、女性の感謝は止まらない。まるで、自分のことよりもほかの人のために感謝しているような。リールが違和感に気づいた時はもう、女性は仕事に帰って行くところだった。



(……………!)
 洗い流した髪を乾かし、前の服に着替える。それから客室の廊下に下りてきたリールは、雇い主の夫婦を見つける。ただ、夫婦は青年と話をしていた。
(お呼びでない〜〜)
 リールは死角でもないが視界に入るか入らないかの所で、壁に背を預けようとした。しかし、怪物を退治したという女が現れたのだ、たちまち、リールは船の船員、乗客に取り囲まれる。いくつもの賛美の言葉を耳にする。

「エアリーさん」
 その騒ぎに気づき、こちらを向くように立っていた婦人はリールの姿を見つけ呼ぶ。その瞬間、話をしていた青年は勢いよく振り返り、リールのほうに歩き出す。夫婦もあわててついてくる。
(なんだ?)
 リールが首をかしげた瞬間。

ガシ!
「は?」
「こい」
 青年は、リールの腕をつかんで引っ張って行く。
「って、え!? なんなの!」
 人々に取り囲まれる状況は脱したが、いきなり引きずられて行くのも困る。困惑したリールはあわてて夫婦に助けを求める。
「それがね〜。この方がぜひとも貴方を雇いたいって」
 婦人の明るげな声がする。
「もし、雇わせてくれるなら、今までの護衛代も替わりに払うって言ってくれているので」
 夫のほうが補足をする。
「だって、貴方が怪物を倒してくれたので、もう襲われる心配はいらないでしょう」
 婦人の声は明るいが、いけしゃあしゃあと、貴方はもう用なしよ。と言っているようなものだ。

「はぁ? 報酬はどうなっ」
「だからその方が全額お支払いになるそうなので」
 にっこり。後ろに花でも咲かす勢いで、夫婦は二人微笑んだ。
(主変更〜〜!??? 失敗した!こんな事になるなら前金をふんだくっとくんだった)
 睨みつけると、さわやかな笑顔でハンカチを振る婦人。そのそばに立つ夫のこれまたさわやかな笑顔に見送られて、リールは前の人物に引っ張られる。……………捕まれた腕。ついていくしかない。


(なぜに?!!)
 呆然としながらも、半分見上げるように男を見る。金色の髪。マントをしているが、船員じゃないのかとリールは思う。
 そういえば、操縦室は甲板の上にあり、リールが怪物を退治するところはよく見えたはずだ。というか、援護とかないわけ?何だって私一人で叩きのめさなければならなかったのだろうか。半ば引きずられるように連れて行かれるリールはだんだん怒ってきている。

――――――しかし、男の歩みは止まらない。



バン!!
 どうやら目的地らしい部屋のドアを、青年は勢いよく開け放った。
 リールの正面に、高い場所に作られた舵がある。半月上にかたどられた部屋は、大きな窓で埋まる。窓の前には同じく半月状に椅子と机が並ばれて、船員が地図を見たり、正面を観察したりしている。どうやら、ここは操縦室のようだ。

「船長!」
 ざわっと部屋の中に声が湧き上がる。
(船長〜〜?)
 そりゃぁもうなんだかよくわからないリールは、あきらかに不信そうな顔をした。
「やりましたね船長! これで準備はばっちりです!!」
 大きな瞳をもった活発そうな少年が走りよる。
「ああ。」

「野郎共! 凱旋だぁ〜!!」
 リールから見て左に座っていたがたいのいい男が立ち上がり、その場の指揮を盛り上げる。

(――――だからなんなの)
 いまだに腕をつかまれたままのリールは、そりゃぁもぅ盛り上がっている男共を、これでもかというほど冷めた目で見ている。
「感謝するわ」
 隣によってきた女性が二人。双子だろう、同じ顔で言う。

(んな言葉いらないから説明しろ!)


 その後もろくな説明もなく、私は操縦室にいる羽目になった。



…………予感はしていた。なんだか嫌な感じ。

――――――たったこれだけの事なのに。


 どうやらその時の不安は、これからくる大きな流れの、ただの前触れにしかすぎなかった。

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