一人旅 〜遭遇2〜


 閉ざされた視界の中連れ引かれて歩く。背後で扉の閉まる音と共にはずされた目隠し。前にある手首の枷(かせ)。膝を突くように床に座らされると、周りの兵士は壁際に移動する。

 小さくも、大きくもない部屋。

 リールの目に相変わらず不機嫌そうな男が入る。黒い服に、巨大な剣。黒いマント。この部屋の中で一番偉いだろうレランには、前よりさらに疲労が見て取れた。

(苦労〜しょ〜ぅ。)
 同情? ――――――――いや、この後に及んでいやみだ。

「なぜお前がここにいる。」
 尋問か、あるいは……。いずれにせよ、リールは不法侵入者だ。レランの問いに対してしばし考える。答えるべきか。だが、相手の意図がわかるまでは従ったほうが無難だろう。まさかここで斬り殺される事はない。

「簡単に? それとも事細かに?」
「簡略に。」
「ん〜〜〜。そうね…………。肉斬って沈めて、のろけ話聞いて、嵐越えてきた。」
「―――詳細を述べろ。」
 もともと低いレランの声がさらに険悪になった。
(チッ。)
「注文多!」
 ボソッと呟いた声は、静かな部屋に伝わる。

チャキッ
 レランの手が剣にかかった。

「はぁ……。」
 リールは盛大にため息をついた。

 部屋の温度はリールが入ってから確実に下がってきている。

「―――――コリーク島。」
 はっきりと響く声に、ひとまずレランは手を離す。
「海に怪物が出るって知ってる?」
「報告は受けた。」
「……とある新婚夫婦が『怪物がでたらどうしよう。』って心配してたから、出る可能性の低い怪物なんて相手せずに、身分のありそうで世間知らずそうな夫婦だったから護衛分相場の二割り増しくらいで報酬をいただこうと思って近づいて〜」

 レランの口元が引きつったのは無視だ。

「失敗したわ。あの時前金をふんだくっとくんだった。」
 とても残念そうにリールは話す。その言葉に、レランは頭を抑える。

(やはりこの娘は疫病神だ。)

「なんでも怪物が百回に一回現れるとか言う話で。まさか大当たり! って事はないっしょ〜〜。って思ってたら出てくるんだもん。ありえないわよ。まぁそれはそれで、軽く怪我でもして治療費上乗せすればいいだけだけど。っていうか怪物つーわりには何かの失敗作って感じだったわね。ああ、まぁたたっ斬って、沈めたけど。まずそうだったし。」

(((((((まずそう!!?)))))))
 おいしそうだったらどうするつもりだったのか。周りの兵士の心は一つだ。考えたくない。

「で、本当に現れて退治したんだし、報酬に上乗せしようと新婚夫婦に会いに行ったら、何を血迷ったか、雇われ先が変わっちゃって、はぁ? 勘弁してよ!? って感じだったんだけど、なんでも護衛分…怪物退治分、も新しいほうが払うってことで、夫婦が契約取り付けたらしく。………ん? そういう条件をだしたのか、新しいのが。ほんっとに前金をふんだくっとくんだったわ。最初に〜〜」
「それが何だと言うんだ。」
 苛立った声がする。聞いていると、リールのたちの悪さがよくわかる。
「だ・か・ら、その新しい雇われ先が問題なのよ。」
 思い出したのか、疲れたようにリールは言う。

「船が着いたのはエレンド領の港町マランタだと気づくべきだったわね。………それは置いといて。新しい雇い主は私が支払いのことを聞いたら、報酬は自分の仕事が終了したらって言うわけよ。でも、何をするのか言ってない。」
 今も知らない。

「なんか婚約者に会いに行くとか言い出して。あの時も失敗したわ。黙ってればよかったのに突っ込んだもんだから、のろけ話? っていうか暴走してるわけ一人で。金髪で儚い女とかいわれても、ああよくいるよくいる外見ね、みたいな。んなことどーでもいーから、報酬払えと思ってたんだけど。やっぱりあそこで突き落とすべきだったわね。」
 物騒な事を言い出すリール。兵士たちはあきれたり、信じられなかったり、恐れたり。人それぞれだ。

 レランはリールの性格を知ったのか、知らされたのか。そんなに驚いてはいないが、考えが時々犯罪風味であるたびに、この場で斬り捨てたい衝動に駆られていた。
(落ち着け。)
 セイジュはそんなリールの後ろ。扉の端で面白いものを見るように、レランとリールのやり取りを眺める。――時には笑いを噛殺して。

「って前ふり長いなぁ〜。」
(((((((お前が勝手に話したんだろ!!!)))))))
 エルディス国兵士の団結力は強そうだ。
(だからさっき聞いたが。)
 さらにレランの眉間のしわが増えていく。

「――――でまぁその婚約者とやらの家に行ったら、その女の子は、どうやら親に裏切られたらしく、別の所に嫁いでいたと。」

ピタッ
 リールが話し出して、始めて皆が次の言葉を待った。
「私の新しい雇い主はそれを聞いて怒り狂い。嫁ぎ先に単身?乗り込んだと。――その女の子の名は、ティアイエル・レティシャ・エレンド。……話はつながった?」

 周りの兵士がざわつく中、レランは、納得していない。それもそのはず。
「なぜおまえがここにいる。」
 また、レランは同じ質問を繰り返す。
 それで、おとなしくこの娘が従っただろうか。

「………領主の邸で話を聞いたとき。新しい雇い主はここに乗り込む気だった。私は来たくなかったからさっさと逃げようとしたら、嵐が来ているから、町の門は閉じられていたのよ。」

 マランタは、港以外場所は高い山に囲まれていて、町を出る道は限られてくる。そこには門があり、嵐が近づいている中町民を外に出す事などしない。たとえ、旅人であろうが。

「宿に入れば、町人たちは領主の行動に非難的なのか、脅されているのか、関わろうとしなかった。……泊めてもらえずうろついていたところを、捕まったのよ。―――まぁ雇われの身だからね〜〜。―――まさかあの嵐につっこんで行くなんてね。ただでさえ嵐で大変なのに、裏切り者が船を沈めようとするし。な〜にが『貴方はエルディス国に行きたくないのでしょう。この船沈めますから。願いは叶います。』よ、そのために死ねるか。――――そして、船は嵐の風の力で港に到着。普段の倍は早かったんじゃない。」

(この国のために海に沈んでくれ。)
 レランは切に願った。

「陸に着いたら今度こそ逃げようと思ったら、………油断してた。気絶させられた上に睡眠薬。やることこってるわよ。ドコに着いたのかは知らないけど、馬車を飛ばして半日で行ける範囲。取り戻しにきたのかどうしたいのかは知らないけど。気がついたら馬車の上。エルファンはすぐそこだった。――手首と足の紐と、人の剣突きつけてくる奴がいなければ、飛び降りでもしたんだけど。―――とにかく今度こそ脱走図ろうとしたら、速度あがってね〜まさか城の正面から強行突破するなんて。――とまぁこんな感じ。」
 真面目に話し出したと思えば、最後はあきらめの声が聞こえる。


 しばらく、誰も声を出さなかった。………静かなものだ。

(あ〜〜〜早く帰りたい。)
 帰る場所がどうこうではなく、ただエルディス国にいたくない。
(―――――――会いたくない。)
 リールの心に広がる不安。

 レランは何かを考えていた。閉じた目を見ても、考えている事がわかるはずもない。


「…………あの男は何者だ。」
「飲み物。」
「……………あの男…」
「ケーキ。」
「…………質問しているのはこちらだ。」
「しょーくじ〜〜。」
「……………………。(ただではおしえないと。)」

 部屋の中は猛吹雪。一介の兵士はこの場から去りたくて仕方ないのだろう、皆顔が引きつっている。



「いっただきま〜す!!」
グサッ
 目の前にやって来たテーブルに並ばれた約二人分の食事を前に、リールは機嫌よく食事の挨拶だ。
ぱくっ

「………………。」
 突然訪れた女の影響力を兵士は感じている。レランは初めから穏やかでない。
(…………こういう娘だったな。)
 哀れレラン。諦めが肝心だ。―――いまさら?

もぐもふ……
 相変わらず周りの存在を無視してリールは一番手前の皿をきれいに食べる。
ごっくん

 給仕が皿を片付けると、二前目の皿を引き寄せる。

サクッ
「名前は、ヨクト・ノーザン。ノーザン家は現エレンド一の貿易商。ノーザンは次男ながらも知識と才能と行動力を評価されている。」

カチャ
 話しているのは実際にリールとレランだけだから、レランが話を聞いている今、リールが黙れば食器とナイフ、フォークのこすれる音しかしない。

「一時期、時期当主が次の当主は次男だともらすぐらいだから、能力とそれに見合うだけの仕事もできるんじゃない。家族は五人。父と母と、兄と弟。」

 もとより並ばれた皿と運ばれる皿。並ばれた皿はほとんどさげられた。

「性格は温厚で、真面目。人望も厚い。今の船員は…ああヨクト(かれ)の船は[ファンドリス号]。すべてヨクトが集めたようね。はたすべき仕事はこなし、他国でも自分の才能を発揮できる。功績(こうせき)としては、アストリッドとの宝石、香辛料の貿易海路を一つ増やした。」
 エルディス国の特産品は水晶。そして温和な気候のため、香辛料の栽培には適していない。

「ノーザン家は代々貿易商で、前に一代事業を成し遂げてから飛躍的に地位を得た。周りがあまりの発展の早さに警戒して、いつ没落するか計っているうちに、ノーザン家は安定した地位を確立し、今ではエレンド一となった。誰しもが急激な発展を懸念する中、まったく落ちぶれる事なく今の地位を落とさなかった事は、一族の努力の賜物(たまもの)でしょね。」

 とある料理を口にする。リールはかみ締めたあと少し満足そうに微笑んだ。―――どうやら気に入ったようだ。
 これだけ見れば、普通の娘に見えなくもないような気もしなくもないようで、まるでしない。

「ティアイエルとは、始めてあったのがそのままお見合いみたいなものね。領主と当主間で話は終わっていたみたい。―――あ! これおかわり!!」
 給仕が皿を下げる前にリールは空皿をつきつける。
(食べるのか!?)
 兵士はリールを前に動揺しない事はない。
(小娘。)
 レランは、予想が当たる気がしていたが外れてほしかった。

「まぁ本人。あああの船長……ヨクトのほうは、どうやら一目ぼれらしく問題ない、みたいね。ティアイエルも押しに負けたのかどうかは知らないけど、町で評判になるほどのバカップル…ゲホゲホッ! え〜〜〜激甘?  まいいわ。のろけ話も出会いから語ってくれたわよ。ちなみに、ヨクトはティアイエルが関わると暴走するそうな。これには全員賛成意見だったわよ。一番治してほしい事だと。っっっとにはた迷惑な。」

(お前が言うな。)
(((((((お前が言うな!!!!!)))))))
 王がいなくてもやっていけそうだ。――――実際にやっていける。さすが団結力。

ザクゥッ
 そろそろ二人前は軽く平らげただろうか。リールの手を動かす速さは、むしろあがっている?
「それでもおちがつくところは尊敬してもいいわね。言ってしまえば捨てられた。」
 誰が。誰に。
「ノーザン家の仕来りとして、能力を持ちえた時点で、船の船長として他国で貿易・商売を行う。ってのがある。」

 手に持つナイフをつきつけて言った。―――行儀悪い。

「ノーザンは異例の若さで自分の船を持ち、アストリッドの商人との貿易経路確保と、販売。……あまり細かくなってもしかたないわね。とにかく、二年間船で商業人として大半を船の上ですごしたと。ようはこの時に貿易海路を増やしたのよね。」

ゴクゴク――――コト
 グラスの中身を飲み干すと、すぐに次が注がれる。

「さてさて、一方そのころエレンドの領主。エルファンからの書状に目を輝かせていた。自分の娘が王子に嫁げば、エレンドンの繁栄はますます広がる。―――――権力者の欲望は絶えないわね。」
 あきれ返って、冷ややかに。リールは言う。
 その冷ややかさに含まれるもの、レランは何か今まで聴いたことのない響きを感じた。

「しかし、目の前には恋人の帰りを毎日毎日祈り続ける娘!」
 ビシッっとレランにフォークを突きつける。今度は口調に力が入った。
「さてどうしたでしょう? 答え!! 殺した。―――――――ご丁寧に墓まで作ってね。」
 質問したと思えば、考えるまもなく正解を言う。最後の一言は冷め切っていた。兵士はその言葉に身が凍る思いだ。
「いったいこの国の花嫁を選ぶ基準はなにかしら? 実の親に抜け殻と言われた女が……関係ないわね。」
(私に。)
 静かに問いだした疑問を飲み干す。

「おいしいわねこれ。」
 半分に減った三皿目。おかわりした皿を指し示す。
「………………。」
 周りの兵士が落ち着いてきたのは、リールに慣れたのか飲み込まれたのか。
 ふとレランは食料庫の在庫の量を思う。心配する。

「実際に本人を殺す予定だったんだけど、刺客はすべて返り討ちにあったらしく。そうこうしている間にご帰還〜。強引に怪物退治に行かせて時間を稼ぐ。本人が言うには『愛の試練』だと。試すも何も捨てられて殺されてっるての。」

 身も蓋もない。

「やっとノーザンの近くの者を、自分側に引き寄せた領主が息をついたのもつかの間。怪物は倒され、ノーザンがやって来た。」

(…………お前の所為か。)
 レランはリールを刺した。―――――向ける視線だけ。

「ていよく追っ払おうとした領主の思惑はあっさりつぶされ、開き直って邪魔者あつかいだからね。」

(お前の所為だろう。)
 レランは確信している。

「で、暴走してやってきたと。―――こんなもん。はい、質問は?」
「いったい誰からその話を聞いた。」
「話? まぁ何人かに聞いたけど……え〜となんだっけ? あの、ティアイエル……様のお付の……?」
「レレル嬢。」
「そう! それ!!」
(((((((それ!?)))))))

「彼女の双子の姉がいて、なんでもヨクト様がティアエル様をおいて死ぬわけがない、と一人で熱く語っていたわ。質問する手間ははぶけたけたし、置いてきたけど。」

(((((((置いてきた!?)))))))
 情報提供者に対してあつかいがかなりひどい。
(双子。そのような報告は受けていないが、)
 そこまで詳しく調べるべきかどうか。――――――主と相談するとしよう。
「領主の館で働く者と、町の者。六、七人かな。」
「………………。」
 レランは考え込んでいたがふと思う。
(いつの間にこんなに調べた。)
 話を聞く限り、短い間にめまぐるしく話が変わっている。


「まだ何か?」
 どうせ黙っていても状況が変わるわけではない。頼んだデザートを食べながら、リールは聞いた。
「この女を牢に戻せ。」
「はぁぁあ???」
 容赦ないレランの一言に、リールはあわてた。
「ちょっ……ちょっちょっと待ちなさいよ!!」
 リールの話など聞いていない。わきからやって来た兵士に腕を捕まれながら、リールは叫びだす。テーブルクロスを引っ掛けグラスや皿がひどくきつい音を立てる。まるで、出迎えの鐘のように。

「情報提供者にそういうあつかい?」
「不法侵入者。」
「…………………。」
 レランのすっぱりとした訂正に、リールは怒りに震えた。

「こっ……こっ……この! ………………この人でなしーーーーーーーー!!!!!!」

 部屋の外に引きずられて行くリールの絶叫が、騒がしく人の動いていた城の中に響き渡った。その様子を見ていたセイジュは肩の振るえを抑えられなかった。


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