一人旅 〜変化2〜


「よっ……と……。」
スタッ
 城の塀を乗り越えたリールは暗闇の中を目的の場所まで移動する。

 ここはまだグランディア城。闇夜は降り立った。時はもうすぐ、エルカベイルが城の門をくぐる所だろうか。


スタスタスタスタ……
 荷物は外に隠してある。一本の剣を持ち、リールは早足で進む。

 ふと、リールが顔をゆがめた先、

「何をやっているのかと思えば。」
 開かれていた扉から、セイジュが現れた。

スタスタスタスタスタスタスタスタスタッッッッッッ……
 心なしか、さっきより足早だ。

「……ここの兵士だからお前を捕まえなければならないんだが。」
 自分の前をあっけなく過ぎ去った女をあわてて追いかける。それにしても、警備の兵士はどうしているのか。
 この女の前では、完璧な警護を誇るグランディア城の名は簡単に破壊された。セイジュは逃げるのは簡単と言っていたことを思い出した。逃げるのが簡単なら進入するのも簡単。――――警護状態の見直しを明日にでも提案しよう。とセイジュは心に誓った。

 セイジュの言葉など、リールを止める事に役立ちはしない。
「あんたは不法侵入者の処理係じゃないでしょ。」
「…………。(それはそうだが、)」
 セイジュは少し口を噤んだが、あきらめず話しかける。
「いったい、あんなに帰りたがっていたのにどうしてまだここにいるんだ。」
「……………。」
 もう、逃がされた事は知っているようだ。
「また見つかれば、今度こそ殺されるな。」

 奴(レラン)は容赦しないから。
 ――――まるで人事だ。

 ふとセイジュは思う。あれだけここを出たがっていたにも関わらずまた帰ってきたのだから、よほどの理由があるのだろう。ここで問い詰めても、口を割りそうにない。質問の傾向を変えよう。

「で、何をする気だ?」
 進みが変わらない女は口の端を吊り上げて、不敵な笑みを浮かべる。
「………あの二人じゃいつまでたっても話は終わらない。」
 驚いた。まさか答えが返ってくるとは。真っ直ぐ前を見て歩く女の話された言葉に疑いはない。
「………。」
 この女は、来訪者の用向きを知っているのか。
「だから、戦局を変えるものがいるわ。それに、ゆるぎない権力を手に入れて自信満々なところを、容赦なく叩き落すのも面白いじゃない。」

 前者は城にある部屋の中、沈黙部屋で一晩過ごす二人に、後者は自分の娘を抜け殻とまで言ってのけるエレンドの領主に。

「…………何を送り込む気だ?」
 セイジュは一つ理解できたが、もう一つはなんだ。いったい誰を叩き落すのか。容赦などしそうにない。聞かないほうが身のためだったか、自分より年下の女に不安を覚えた。目の前の女は何をしでかすきだろうか、それは、確かにはたから聞けば面白そうな事である。しかし、やってのけようとする意思が恐ろしくもある。

 この質問はお気に召したらしい。うつむいているのでセイジュには良く見えなかった。屈(かが)みこんでのぞいたら、リールの顔が何かを企むように黒くなっているのが見たのに。

「それだけじゃ話がこじれるのが落ちだから、おさえる物、仲裁が必要ね。あれの権力を持てばヨクトを切り捨てるのは簡単だから、あれよりも発言権のあるもの………。」
「今、王と王妃のいる場所は違う。」
 なぜこんな事を言ったのか。ただ、あれと称されたのは誰かわかったから。
 隣に人がいることなど微塵も感じていなかったリールは驚いた。

(………そんな今存在に気付きました風な目で見るなよ…。)
 王子の護衛として、仕事もこなし、メイドの間でも評判のいいセイジュとしては軽くへこんだ。しかし、この女の前では自分の存在がまるでないようだとも思う。

「ふぅん。」
 リールが思案したのは一瞬の事だったが、セイジュにはとてつもなく長い長い沈黙のように感じた。

「王妃……ね。」
「―――――何をするきだ。」
「簡単よ。ティアイエルのほうは[あれ(エルカベイル)が呼んでいる]の一言ですむわ。王妃様は……そうね。見せたいものがあるとでも。
 リールが足早に向かった先、情報を伝える早馬がいる。鳥を送る事もできたが、あいにくリールは鳥小屋の場所は知らない。

 だんだん近づいてくる小屋を見ながら、リールは考える。
(さて、どうするか……。)
 いかに自然に情報の伝達を図るか。
 選択肢はあまり多くない。それに、誰かに話されでもしたら厄介だ。それにティアイエルは別にしても、一国の王妃がそうそうだまされるとは思わない。

 ――――――小屋を前に足取りが遅くなったリール。
 城からは見えない死角の場所に立ち止まり小さく火の揺れる小屋を見る。

「ここにいろ。」
 声に驚くと、セイジュは一人中に入って行ってしまった。
 ――――――数分後。話し声が止むと同時に走り出した二頭の馬は、ひそかに暗闇に消えていった。



「どういうこと。」
 小屋から出てきたセイジュに、木から下りてきたリールの声が聞こえる。
 セイジュは突然振ってきたリールに驚く。それに気がついたのか、リールは言う。
「警備の兵士が回ってきたのよ。」
 それで、木の陰から上に移動したのか。
「なんで手伝ったのよ。」
「さぁ?」
「…………………。」

 簡単にはぐらかす。――――そういえばこいつは何なのか。しかし、服装から判断するに、たぶんレランと同じ役職であろう。―――それでか。えたいの知れない所や、ともすればこちらを見透かされそうになるのは。ここで時間を食う事も、あまり首ばかり突っ込むのも得策ではない。第一の目的を果たそう。

「……ありがと。」
 大きくも小さくもない声。何の含みもない声。歳相応の声をリールはセイジュに感謝として送る。

 セイジュはふと初めて彼女が城を訪れた時の事が頭をよぎった。城を前に王子に食ってかかる女。まるで何も知らない女。――――まさかここまで謀(はか)る女だったとは。人は見かけによらないというか、さすが王子が連れてきただけあるというか。

 くるっと背を向けて、リールは塀に向かう。ゆっくりと、乗り越えてきた位置へと戻るリール。その背中を追っていたセイジュは、闇に消える様をずっと見ていた。

(……敵に回さないほうが、いいみたいですよ。)
 誰に言っているのか。

(あれが――――エアリー・リール。)

 ―――――そろそろ自分の主がやって来ている事だろう。もし、彼女の言うとおりなら、面白くなるのは二人が来てからだ。セイジュは闇に背を向け、歩き出した。




にっこり。
 穏やかに微笑む王妃は心の中で何を考えているのか。
(エレンドの領主も爪が甘いのか。)
 カイルは領主の思う所をほぼあてた。
 権力ほしさに娘を売ったのだから。
(………よくある事なのかもしれないな。)
 エルディスだからこそ王は側室を取らないのであって、他国では王一人に十人以上側室がいる王もいる。小国が国の存亡をかけて、娘をせめて側室にと考える事も、あるはずだろう。
 それを知ってなお取り返しに来た男。――――すべて納得がいったエルカベイルが男を見る目の中に、今までとは違う感情が混じっている事など、後ろの護衛にも、ずっとティアイエルを放さない男にも、ともすれば涙が流れそうに笑う女にはわからない。

「そうだ! アイエ。会わせたい者がいるんだ。」
 すでにヨクトには王妃とエルカベイルの存在など無視している。ティアイエルのほうも、無礼とはわかりながらも話を聞く。ヨクトと会えた、それだけで十分だった。
「私(わたくし)に?」
「そう! おい!! あの女はどうした。」
「女…?」
 レランはその時、この状況を作り出した女に対する怒りに燃えていた。レランが感情のままにいることなどめったにない。………そのためだろうか、たとえリール一人逃がしても、連れてきた男がいる限り、話に出てこない事があろうか、まして、いまだになぜ雇ったのか知らされていなかったのだから。
「!! あれは、」
「短いオレンジ髪に二本の剣を持った女剣士だ。何処に連れて行った?」

(((オレンジ髪の女剣士?)))
 それは、少し前場(グランディア城)を騒がせた女だろうか。

「ヨクト……それは、ど……どの……いえ、なぜ、女剣士が…?」
 心なしか声が震えているのは、ティアイエルもまたある女の顔が頭にあるからに違いない。
「アイエ。君の護衛にいいと思ったのだが。」
「私の……。」
 なんとなく、ティアイエルの声が沈んだ気がして、ヨクトはあわてた。
「いや、無理にとは言わないが。」
「私は、ヨクトが守ってくださるのでは?」
 女剣士が誰だかわかったティアイエルは必死だ。あまり、好ましい相手ではないし、会いたいとも思わない。
「アイエ……」
 涙を溜めたまま上目ずかいに自分に視線を向けてくるティアイエルを見て、ヨクトはまたティアイエルを抱き寄せる。

 はたから見れば、ただの幸せカップルだ。

 エルカベイルは今度こそレランを睨む、どうやら、今度こそきちんと説明してもらう必要がありそうだ。

 ヨクトの口から出た女の外見を聞いて、王妃は初めて口のはしを歪めた。しかしそれは、抱き合っている二人にも、主の視線を受け流せず困っている護衛にも、冷ややかに護衛を睨む王子には気付かれず、ベイズンただ一人が、凍るように身を震わせていた。

(この方が、この国の王妃……。)
 首は突っ込まないのが正解だ。王妃の内面を垣間見たベイズンは後悔した。


キィー
 そんな中。静かに、扉の開く音がする。

「ティアイエル。」
 王妃はゆったりと微笑みながら嬉しくて、嬉しくて泣いて笑う娘に声をかける。
「はい。王妃様。」
 驚いたティアイエルは、ここが何処で誰がいるのか、改めて認識して顔を赤らめた。
「貴方はどうしたいのかしら。」
 そんな娘にほほえましいと言いたげな視線を送って、王妃は尋ねる。
「私は……。」
 自分を抱きしめていたヨクトから身を放し、ティアイエルは王妃を見つめる。
「私は、」
 ふと視線を外し、エルカベイルを見る。この数ヶ月間の間、変わったことといえば同じ部屋に住むようになっただけで、彼はいつもティアイエルより早く部屋を出て、ティアイエルが寝入ったころに部屋に帰るだけだった。前より話す機会が増えたにしても、どちらとともなく打ち切れる。
 ティアイエルはヨクトのいなくなった場所の穴埋めにエルカベイルを求めた。エルカベイルは初めからティアイエルを見ていない。
 絡んだ視線はエルカベイルのなんともいえない表情に立ち切られた。
 そのままヨクトを見れば彼は笑っている。「会いたかった。」小さく、声にならないほどに呟く。

「ヨクトともに帰ります。」
 それは、本人も気付いていないだろうが、ティアイエルがエルディス国に来て初めて突き通した意思だった。

「…………ティアイエル。」
「! はい。」
 静かな沈黙にティアイエルはおびえていた。まぁもちろん、ヨクトが腕の中に収めていたが。
「手を。」
「…? はい。」
 王妃に左手を示され、王妃の前に出す。
 スルッと抜かれたのは、エルディス国の紋様の刻まれた指輪だ。

「おいきなさい。貴方の本当にいたい場所に。」
「!」
 また涙を流しだしたティアイエルを抱きしめるヨクト。
 ありがとうございます。と、何度も言っていた事は王妃に届いたはずだ。

「よし!! 帰るぞアイエ!」
「はい!!」
「無理です。」
 ベイズンのあっさりとした声は、二人を現実に引き戻すには少し意地悪だった。
「おい!」
 あせったような怒ったようなヨクトの声。
「昨日の嵐の影響で、波は高く帰るのは危険です。」
 船長の突然の行動にも驚かない船員は、いつでも冷静にいたようだ。
「ですから、帰るには明日がよいのでは。」
「………確かにそうだな。」
 納得したようにヨクトは言う。

「でしたら、今日はぜひこちらにお泊まりください。」
「王妃様。」
「せっかくですもの、お話を聞かせて頂戴。いろいろと、ね。」
 にこにこと嬉しそうに王妃は言う。――嬉しそう? ――――なぜ…?


「エルカベイル。」
「…………………。」
「どうやら貴方は、まだ、勉強不足のようね。」
 何の。とは聞かないほうが無難だった。
「母上、」
「だから、貴方は勉強していらっしゃい。操りきれない人の気持ちを理解するためにもね。」
「母……上?」
「王妃様!!」

 あわてたのはレランだ。王妃は、エルカベイルに外へ出る許可を与えている。
「今度は、お主も行けばよいでしょう。」

ガタッ
 エルカベイルはもう用はないという風に立ち上がり、扉に向かう。

 扉に近くの王と絡んだ視線は、一瞬にしても内容は重かった。


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