一人旅 〜変化3〜


「王子!」
 一人勝手にさっさと準備して先を急ぐエルカベイルに、レランはあわてて着いて行く。
「どこに行くと言っていた。」
 いきなり止まったかと思えば質問だ。
「は?」
「もういい。」
 振り返ったエルカベイルはまた歩き出す。

「王子!! どちらに!」
「追う。」
 あっさりと紡がれた言葉にレランは呆然としてしまった。こんなにも本音で話されたのは何時以来か。そうだ。あの時以来だ。
 追いかけるのが誰でとかいったい何処まで行くのかとか、聞きたくなければ忘れたい。

「待ってください!」
 無理やりに引き止めた。
「おい。」
「私も行きます。」
「………………。」
 どこかで聞いたようだった。
「王妃様公認ですから。」
 国王もいたぞ。
「とりあえず落ち着いてください。お願いですから。」
「………………。」
 止めるつもりはないようなので、エルカベイルは従った。どうせ止まるはずもない。


 レランに引き止められた所で、城内にいたのは一時間くらいだろう。部屋に来たティアイエルと会話もしなかった。ただ無言で、セレアのクォーツを差し出した。

「これはお前に。」
「いりません。」
 ずいぶんとはっきりものを言うものだ。顔つきから変わっていた。幸せそうに笑う姿は、エルカベイルに安堵をもたらした。
「これは本当に渡したかった人へ。私とは、もう会うこともありません。」
「………すまなかったな。」

 ティアイエルは驚いて目を見張った。――――二人にとってのこの一年は、長くつらく影のあるものでしかなかった。

「もういいですわ。――――こちらこそご無礼をお許しください。」
 ティアイエルは去る。エルカベイルはその背中を見送った。



「王子!!」
「今度はなんだ。」
「歩いていかれるのですか。」
「他にどうするのだ。」
「この国にいる間は馬のほうが速いと思われますが。」
「……………。」
 必要なくなったら、誰かに城まで連れて行ってもらえばいい。
「それもそうか。」
 すっかり高くなった日を浴びて、エルカベイルとレランは城を出た。

 出て行く二人を見つめる視線は、一つではない。



「王子! それでどちらに行くつもりなのですか。」
 あまり、質問したくない内容だ。レランは思う。結局、あの女の行き先を追うのだから。
 いくら出て行ったのが昨夜遅くであったとしても、広い世界中のどこかを旅する女を何の手がかりもなしに見つけるなど、いくら時間がかかろうが難しい。

「アストリッドに行くはずだ。」
 ほぼ確信のある口調で言う。

「たぶんな。」
 どっちだよ。
 確信を持っているようで持っていない。とりあえず行き先は決まっているようなので、レランはそれきり口を閉ざした。
 二人は今、馬を走らせながらエルファンから一番近い港町ミガユールに向かっている。


 エルファンは海に近い。ミガユールに向かう道を半分進んだ時は、もう昼を回っていた。
 林の中で馬に水を飲ませて、エルカベイルは木に背をあずけている。

「………反対すると思っていた。」
「貴方がまた行かれるのならば、死んででも御留めするつもりです。」
「なぜここにいる。」
「貴方が行かれるから。」

 止めても停まるものではない。―――ならば

「貴方が止(とど)まらないのなら、私が追います。」

それは――――
 エルカベイルが口を開きかけたその時

「何者だ!」
 レランは引き抜いた剣を木々の間に向ける。

――――何か、いる―――

ザザァッ!!
 突然、レランに一番近い木から大きな獣が下りたと思えば、それは一瞬で人の姿になった。

「………タキスト?」
 レランの後ろでエルカベイルが声をだす。レランはその声を聞いたが剣を構えたまま下ろさなかった。

 しばらく、誰も何も言わなかった。
 ただ林の中は緊張であふれていた。二頭の馬は今にも逃げ出しそうにおびえる。鳥は飛び立つ事が許されていないように立ち尽くす。林の生き物は皆、逃げたい、しかし動く事ができない。
――――木々はざわめく。

「……あの娘はアストリッドに行く。」
 破られた沈黙の先の言葉は、エルカベイルとレランを驚かすには十分だ。
「なぜおしえる。」
 あんなに、リールと仲が悪かったのに。
「あの娘を困らすならこの方法が一番いい。」
「……………」

 どうやら、リールとタキストの仲は悪いままのようだ。

(俺が行くと困る。……そうかもしれないな。)
 タキストの言い分だとだ。それでも、タキストの真意をすべて理解する事はエルカベイルにはできない。

「アストリッドに行く用向きは我等が王の依頼だ。」
 エルカベイルが何も言わない事を不審に思ったのか付け足す。
「……………。」

 信じるも信じないも、エルカベイルしだい。そうタキストは判断を下した。

ヒュッッッ ザッ!
 その瞬間、また獣に戻ったタキストは走り去った。
 言うだけ言ってあっという間に消えた男。レランは構えていた剣を下ろす。

「あれがルチルクォーツだ。」
 説明を求めたそうなレランに言う。

――――なるほど。
 レランは緊張の解けた林を仰ぎ、剣をしまう。

「行くぞ。」
 休憩は、もう十分だ。



「なぜアストリッドだと。」
 馬上でレランは質問する。主の言葉を疑ったわけではないが、よもやルチルクォーツに同じことを言われようとは。
「行ったことない国について話をすれば、行ってみたいと思うだろう。」
「……………。」
 それで、リールの素性にアストリッドという項目を加えたのか。たとえ行く事はできなくとも、行く先を知れる。

 主の人を操作する術を、すばらしいと賛美すべきか、それとも………
 考えこむレランの表情とは違い、エルカベイルに迷いはなかった。



 さあ、旅を始めよう。………あの時のように―――――


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