一人旅 〜悔い2〜


―――――船はその後、順調に海路をとり、目的地の港へと入った。

 船の整備や次の航海の準備、乗客の降りた船の中で繰り広げられる戦争に突っ込むことはしない。リールは一人仕事の報酬をもらってないので脱出しようにもできず、とんだものに捕まったと思っていた。

「どうしたんだ。不機嫌そうな顔をして」
(いやあんたのせいだから)
 新しいリールの雇い主、そしてこの船、ファンドリスの船長。ヨクトはリールに飲み物を持ってきたかと思えば、出かけるからついて来いという。
「…………」


以下、二人の会話抜粋
「あのさぁ、報酬は?」
「お前何も仕事していないだろうが」
「怪物退治をしたんだけど」
「それは前の仕事だ」
「あんたが払うって話だろうが!(とっとと払いやがれ! この男!!!)」
「ああ。俺の用事が住むまでは無理」
「何しろってのよ?」
「―――今はおしえられないな」


「…♪…♪…♪」
 隣を歩く男は、歳の割には子どもっぽいところがあるのだろうか。さっきから、「うきうき」だの
「わくわく」だの。様子を一言であらわすなら浮かれていると言える。
「ドコに行くのよ?」
 そんな男の行動にさらに怒りを覚えながら、棘(とげ)のある言葉で問う。

 二人は今、町の大通りを歩いている。さすが港の大きさに比例してか、通りの活気具合はエルファンに勝るものがある。船でエルディス国に向かう者達の仲介地点として、この島には多くの人が入り乱れ、広く他国の文明、文化。狭く道具、方言、生活などにふれられる。いろいろな国の住人が住まう町は、それぞれの国の者同士が決まった区域で生活をしている。

 生まれ育った国を遠く離れ住む人に、自国のような安らぎを与えられることから、仕事、学業、研究など、さまざまな事情で自国を離れ暮らす者が、時に足を運ぶ場となっている。もちろん、文化意識の違いから、争いが起こることがある。しかし、それを解決し、他国の文化を受け入れてなお島の状況を健全に保つ領主がいるからこそ、人々の生活がなりたっている。
 そのため、ここの領主は一目おかれている。もちろん、エルディス王にも。――――そう、まさにエルディス国と深い友好関係にある。

 記憶を起こして考えれば、他に方法を考えられる最後の機会となっただろうに。突然の主の変更と、払われない報酬。仕事の内容ですらまだ告げられていないリールはいらだっていて、冷静な判断を失っていた。………いや、あれから、リールは冷静な判断を下しきれずにいた。――――いつも、よぎることは同じ。


――――――エルディス国・エレンド領。そしてその島一の港町マランタ。
 リールがいるのは、そこだ。


 二人は相変わらず大通りを歩いていたが、ヨクトはこの港に詳しいのであろう、途中で裏道に入った。人気のない道は寂しいというよりも、大通りとは違う雰囲気で、この町の本質を表しているようだった。―――穏やかな町。

「彼女に会いに行く」
 そんな道を歩きながら、ヨクトは特に話すわけでもない。呟きと言ったところだろうか。口を開いた。
「恋人」
 しかし、しっかり聞いていたリールは言う。
「恋人〜」
(は!! やば!)
「そうなんだよな〜」
(のろけ話が〜〜!!)

 遅かった。語りだした恋人の自慢話は止まらない。

「キレイな子なんだ。なんだこう〜儚(はかな)いっていうか、けなげで」
(ああ、はいはい)
「始めてあったあの日、彼女と僕は親の決めた結婚だったけど。僕は彼女に恋をした」
(多いな〜政略結婚)
 これで関わるのは三回目だ。
「細い金色の髪、伸ばしてたたずむ姿はまさに女神のようで」
(あ? 金髪? よくいるよくいる)
「彼女の藍色の瞳はおびえゆれていたけれど、もう僕の思いは決まった。僕は彼女を誰にも渡す気はない。」
(ってじょうだんじゃない。関わってたらろくな事にならないじゃない!)
「頻繁に彼女の元へと通い。僕の心を打ち明ける」
(どっかでとんずらしないと。ああでも、報酬が! あんなになってまで怪物を叩きのめしたってのに)
「だんだんと僕にも心を開いてくれたアイエは、ついに、ついに僕と一つに!」

 いつの間にか大通りの先の領主の邸に足が向かっていて、裏道よりも人通りの多い道に出ていた。周りにはいかにもこの町の住人しかいない。その住人達はヨクトを見ると、決まり悪そうに視線を外していた。
 しかし、一人自分の世界を語っている男。いらだち、どうやってこの男から報酬をひったくろうかと考えている女には、周りの住人などまるで目に入らない。

「………ならなかった」

ガッッッ!!
 おちつき!?? 古風に階段につき落とすか〜などと、殺人でもおこしそうな事を考えていたリールは自分が階段を踏み外した。
「はぁ???」
「正確には愛の試練! 僕たちを待っていたのは、悲しいかな家の仕来りだった」
「あっっそっう」
「両家の間では、始めから僕が仕来りをこなしてから彼女との婚約をとり行うつもりだったらしい」
「………」
「僕は彼女に帰ると約束し、船を持ち旅に出た。そして二年後、帰ってくれば今度は怪物退治をせよとの命令が。それが終えるまで帰ってくることは許さないということだった」
(それってもしや………うわ! やな予感)
「前者は僕の家の仕来り、後者は僕の実力だめし。あわせて愛の試練!」
(ああうるさい)
「君のおかげだ」
 突然リールのことを見る。
(あっちゃ〜余計な事しちまったよ)
「怪物はなんだかわからない肉の塊という外見。いつ何処に現れるか見当もつかない。しかし、船が襲われることは事実。僕らはどんな手がかりも逃さず、怪物を探した。しかし、現れるのはいつも違う所ばかり。しかし、ついにチャンスが!」

(ただの偶然じゃない)

「僕はチャンスをものにしたんだ」
 なにか、自分に言い聞かせるような響きだ。
「…………」
 どうやらそれ以上続かないようだ。
(終わったよのろけ話)
 興奮していたのか、緊張していたのか、まくし立てて少しは落ち着いたようだ。立ち止まって手を握り締めながら、前を、先を歩くリールを見る。

「会えるんだ。彼女に」
 さっきまでの暴走っぷりはどこへやら。
「ありがとう。君がいてくれてよかった」
「……………」
 おいて行くわけにいかないリールも立ち止まる。

「正直、あんなのが相手で立ち向かって行けるか不安だった」
「…………いいんじゃないの。退治すればいいんだし、私は貴方に雇われてるんだし。貴方の手柄でしょう?」
 ヨクトは驚き、リールを見つめる。

「さあさあ。会いに行くんでしょ。立ち止まらない立ち止まらない。胸張ってればいいのよ。船長さん」
 言いながら、振り返って前を歩く。
「…………そうだな」


「―――――で、ドコに行くわけ?」
 リールは目的地すら知らなかった。

 そして、たどり着く先は、領主の邸だ。




「ヨクトがやって来ている!?」
 とある部屋の一室。自分の前の男の情報に領主は動揺を隠せない。
「なんと! あの怪物を倒したのか?」
「いえ、報告によると、倒したのは女剣士と……」
「女に倒せるわけがなかろう?」
 扇で顔を隠しながら、奥方は報告をする男を睨む。
「だから殺しておくべきだった」
「あの怪物を倒すと。食われてしまう事を期待していたが」
「追っ手を差し向けろ! とにかく、時間をかせぐ」


 わかっていない。確かに、ヨクト自身は船員で陸の戦いには慣れてはいない。が、一緒にいるのは怪物を斬り捨てて沈めたリールだ。



「お久しぶりです」
 領主の執務室の中。ヨクトは机の向こう側で、立ち上がり背を向ける領主に声を掛ける。
「…………」
 ヨクトはまだ頭を下げたままだ。リールは入ってすぐの扉の脇に立っている。
―――――部屋の沈黙は、まだ破られない。



「もう、やってきたというのか!?」
 足止めはすんだとばかり思っていた奥方は、庭園のテーブルで飲む午後のお茶を気に入らず、召使に入れなおさせに行かせていた。椅子に座り、優雅に持っていた扇が、黒い手袋をした手からおちる。
「なんと」
ガタッ
 立ち上がり、足早に領主の執務室に向かう。



「会わせていただけませんか」
 一向にこちらを向かない、何も言わない領主を前に、ヨクトは思いを口にする。―――期待と不安と願いを込めて。
バンッ!!!!
 急に固く閉まっていた扉が開いた。
(あ、あぶなっ!)
 もう少しでつぶされるところだったリールは、ドキドキしている。

「貴方!」
 そんなリールに目もくれず。いや、リールの存在に気づいたかどうか。入ってきた奥方は領主に走りよる。そして、そこで二人はひそひそとささやきあう。
「奥方様?」
 ヨクトは、自分に目もくれず領主と話す突然の来訪者に驚きを隠せない。
てくてく
 ………リールは静かにヨクトに近づく。

 話がまとまったらしく、領主がかすかに頷いたとき。

「アイエに会わせてください」
 ヨクトは二人に聞こえるように言う。―――返ってきた返答は非道だ。

「「やれ」」
 低い声と高い声がきれいに融け合った。

バンッ
 天井が開き、二人の男が全身を覆う格好で降りてくる。―――持つ剣はヨクトに振り下ろしながら。
ザンッ!! ザシュウゥゥ!
 男が剣を振り下ろす瞬間、重力に従い地に足を着く前に、リールは二人の男の腕を切り落とした。
キンッ
 軽く響く音をたて、剣を鞘に収める。痛みに唸る男を静かに見おろして言う。
「早く治療なさい」

「何者だお前!!」
 奥方はヒステリックに声を荒げた。
「私は彼に雇われたものです。もっとも、彼を前に剣を振るのは二回目、ですけど」
 二回目を強調した事により、奥方の顔色が変わったのは領主にもわかった事だろう。

「お前か」
 領主は震える奥方に冷えた視線を送ると、腕を組み、口を動かした。どちらかといえば、非難的な雰囲気をまとって。目の前で痛みに唸る男に目もくれず、リールに視線を向ける。いや、役立たずと言いたげに見たことは見た。
「海で怪物を退治したのは」
 奥方ははっと驚きの顔を見せた。リールは否定も肯定もしなかった。

「ただいま帰りました」
 ヨクトは、一歩前に進み頭を下げる。
(殺されかかっても、まだそれ?)
 リールは表情こそ冷たいものの、ヨクトの礼儀正しさにほとほとあきれ返っていた。

「たいした戦力だ」
「恐れ入ります。領主様の命令を遂行いたしましたので、帰館の挨拶に。それと、」
「あの子はいない」
 その言葉は知っているというように。ヨクトの言葉を遮(さえぎ)り領主は言う。

「……………」
 いないとは、どのような意味だろうか。

「……それは。…………それは私をティアイエルに会わせたくないという事ですか」

「ティアイエルぅ?!!」

「!!!?」

 リールは、周りが驚くほど素頓狂(すっとんきょう)な声をあげた。

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