一人旅 〜悔い3〜


「ちょっと待って。おちつけ」
 開いた手、腕。二つをうろうろさせながら、リールは情報の整理だ。

(は? え? なんだと? まったまったまった)
「金の髪……藍色の目……」
 ヨクトの言った特徴をあらためて思い出す。
(健気で儚い? ……………まさか!)
 リールの中に該当者が一人。
(――――そりゃ言えないわな)

 すでにここにいないうえに結婚している。

「お前! アイエを知っているのか!」
 ヨクトはリールの胸倉をつかみ引き寄せる。
「知らないわよ! 第一、金の髪で青い目なんてありふれてるでしょうが!」
 とりあえずしらばっくれる。

「ティアイエルの名を持つのはこの国に一人しかいない!!!」

 そう、エルディスでは王族などある身分以上の子に名づけられた名は、以下民は名乗ることを禁じられている。
 それは仮に同じ名を持つものに起こった事が、誤って、別人の事として広まるのを防ぐためだ。そのため、民はいくつかの予備の名を持ち、万一名がかぶった場合はその名を名乗れない。

「私じゃなくて、あっちに聞け!」
 軽く息苦しくなったリールは、領主を指して言う。

「船長!!」
 またもバンッと扉が開かれた。
「大変です!! せ、せ、せ、船長の墓が!!!!??」

 閉じた扉を押し開けやって来た少年は、息を切らしながら妙な事を言う。



     ヨクト・ノーザン
        眠る思いは愛する人にこめて

 墓石に刻まれた文字をヨクトは何度も目で追う。リールはこの言葉を考えた奴の顔が見てみたかった。
 ここはマランタの教会にある墓地だ。領主の家からさほど離れてなく、皆でやって来た。リール、ヨクト、領主、奥方。それに部屋に飛び込んで来た少年、名はワンド。

「―――どういうことですか」
 見つめている墓石から目をそらすことなく、ヨクトは冷ややかに言う。言葉の向けられた先は、領主だ。
「お前が行った後、エルファンより王子の相手を選ぶとの書状がきた」
 奥方はカタカタと震えていたが、領主は思い出したことに興奮を抑えきれない。
「王子の相手は決まっていたと思っていたが、まさかまだだったとは。次の王妃となれば、エレンドはさらに繁栄を増すだろう」

 自身の繁栄。すべて富を私中に。権力を追うものに、欲が尽きる事などない。

「しかし、ティアイエルのお前への思い入れは、特別に深かった」
 ヨクトは何も言わない。ただ、聞く。リールは丘の斜面にある墓地の眼下に広がる海を、まぶしそうに見つめた。その方向の先が、エルディス国であった。

「だから、お前には死んでもらった。抜け殻となったティアイエルを送りつけるのは簡単だった。そして、私が望む地位についた。そしてお前は実際に、殺すつもりだった。ああ。怪物は私が用意したわけではない」
 さすがに、そんな事は出来ないな、と領主は笑う。―――――楽しそうね。そう思ったリールが視線を向けた先。
 どうやら奥方が震えているのは、ヨクトがここに現れただけが原因ではないようだ。

(ここに来て怖気付くくらいなら、最初からしなければいいじゃない)
 リールは奥方への興味を失った。目線をはずし、領主を見る。
(これが――――(あれ)ティアイエルのね)

 いつの間にか、辺りは暗くなっていた。雲の流れは早く。まるで悪夢を運ぶような雲が、どんどん重なり合い、厚く空を覆う。雨こそ降らないものの、いつ降ってもおかしくなかった。

(雨か……いや。これは……)
 吹きつける風は激しさをます。

――――――嵐が、きていた。


スタスタスタ……
 領主の語りが終わると、ヨクトはさほど興味も示さず領主に背を向けて歩き出した。リールはここにいる理由もないのでついて行く。おたおたとしていたワンドだが、領主に挨拶をしてヨクトを追いかける。
―――その時、領主の目が怪しく、何かを期待するまなざしをワンドに向けていた。 



 一人で勝手に先を急ぐヨクトを追いかけながら、リールは空を見上げた。………島に嵐が近づいている。それは空を見ていればすぐわかった。ヨクトは黙ったままだった。顔は下を向き、手は握り締められている。一歩一歩進むたびに、まとう雰囲気が険悪になっていく。真っ直ぐに船を目指すヨクトから少し離れた場所を歩きながら、リールは港の様子を観察する。港に近い民家の住人はすでに避難したようだった。ドアに木を打ちつけた家ばかりが並ぶ。

「船長〜〜」
 リールの乗っていた船。ファンドリス号の船員は、なかなか帰らない船長の帰ってくる姿にほっと息をついたが、どこか違う雰囲気に戸惑うしかなかった。

「船長?」
「出航までどれくらいかかる」
「今からですか!!?」
 船員は皆驚いた。しかし、ヨクトのただならない雰囲気に、皆行動を起こす。
「出航の準備はほぼ完了です。しかしながら、この中に出て行くのであれば、外装を補強しなければなりません」
「それはわかっている。どれくらいかかるか」
「…………これまでの中でも、かなり規模の大きいものと予想されますので、少し念入りに補強いたします。………二時間ほど」

「そうか」
 今から来る嵐を前に出航する準備を進める船員。少し離れたところで眺めていたリールは、すっと路地に消えていった。



 二時間後

「出航」
(……………あれ?)

 出航するファンドリス号の船長席の隣に、リールは立つ羽目になっていた。
 港町の住人は、ヨクトに関わりたくないようだった。それは、一緒に歩いていたリールにも同じ事だ。まるで、いや確実に領主のせいだろう。ヨクトはすでに存在のない人物として、この町で扱われていたのだから。
 町の中で宿もとれず、激しい雨風の中、リールは、ヨクトの命令でやって来たワンドとベイズンに捕まった。

 暗黒の嵐の中、船は一路エルディス国に向かっていた。



(勘弁しろっての!)
 左右に揺れる船の中を、リールはなんとか体制を保ちながらあるく。波は荒く風は強く。ときおり雷の音が響き、光る。その光が周りを照らす唯一の手段だというのだから、感謝すべきかもしれない。

 操縦室は修羅場状態で、リールがいても邪魔なだけだ。しかし、そこを抜け出したからと言って、リールがこの船を降りられるわけではない。外は嵐だ。小さな船はあっという間に飲み込まれるだろう。それがわかっているからこそ、ヨクトはリールが部屋を出る事を止めなかったのだろう。明かりといえば雷。揺れる足元に気をつけてリールはあてなく進む。

(チッ仕方ないわ、船が陸についた時点で逃げないと)
 普段なら船で三日はかかるだろう海路は、嵐の風を受けて、普段とは比べ物にならない速さで進んでいる。
(いい人材が揃っているのね)

 船は嵐の中を確実にエルディス国に近づいていた。


 あてもなく、狭い廊下を歩いていたリールは、前方に感じた違和感にふっと気配を殺した。
 目線の先の通路を、一人の少年が進んでいる。薄暗い中でも足取りはしっかりしていた。
――――あたりまえか、この船で暮らしているのだから。リールはそう思う。
(あれってワンド………?)
 少年は、狭い階段を下っており、船底へ向かっている。手にはランプがを持つ。しかし、照らしているのは足元のみで、表情まではわからない。

キィ
 少し古びた扉、それが、この船の年齢を表しているようだった。あちらこちらへと続く道。階によって違う場所にある階段。ワンドは迷わずこの船の底の階へと降りてきた。この階は海の中だ。窓もなく、ところどころに扉があるだけだった。

ぼぉっ
 暗闇でかろうじて足元を照らすランプを持ち、ワンドは部屋の中に入り進む。薄くあいた扉の影となる向こうに、リールはまるで亡霊のように立っている。外は激しい雨風に船を左右に揺らされているが、船底はおとなしいものであった。ただ、波に上下される事はあった。ワンドは今だけといわんばかりに、廊下の蝋燭(ろうそく)に火を灯(とも)していた。

 小さめの部屋で、ワンドはランプを左右に動かし照らす。………――――何か、探している?

 ―――目的の物を見つけたのだろう、低く積みあがった木箱の上にランプを落ち着ける。
ギギィィィィ
 真新しい木の箱の蓋(ふた)をずらし、中にある……

「それでどうするつもり」

バッ!!!
 ワンドは後ろを振り返った。まさかつけられているとは思いもしなかったのだろう。しかし、廊下の蝋燭に照らされているのがリールだとわかると、肩の力を抜いた。
「お前……」
「それで、どうするつもり」

 ワンドの言葉を遮って、リールは薄暗い中、見た箱の中身を指して言う。ワンドは口を噤(つぐ)み、不満そうにリールを見たがすぐに明るい調子で言う。
「見ればわかるだろう」
 少年の体とはおよそ不釣合いの斧を、箱から出す事に成功する。
「お前は、エルディス国には行きたくない。そうだろう」
 ワンドは、斧を引きずり横の壁に向かい移動しながらも、確信のある口調で言う。

「その願いは叶うよ」

 ちょうどよい場所を見つけたといわんばかりに頷いて、重心が下の斧を右下から滑らせるように前に振る。

ガキィィンーーッッッ
 リールの剣が床に刺さり、斧の軌道を遮る。リールの剣と斧の刃のすぐ下の柄(え)が交差する。
「…………邪魔をするんだ」
「ここに穴が開いたら船は沈むでしょう」
「領主様に言われたんだ。今度こそ殺してこいと。ティアイエル様に会わせるわけにいかないからね」
「やっぱり、貴方は領主と関係があるのね」

 裏切り者。

「あるもなにも。……………なぜ願いが叶うのに邪魔をするんだい?」
 不思議そうなワンドの声が響く。
「何を……」
「きみはエルディス国に行きたくない。よかったじゃないか、船が沈めば誰も国に着かない」
 リールの言葉を遮って、ごくあたり前に少年は言う。
「………死ぬき?」
「死ぬんじゃないさ、捧げるんだ」

 誰に、何を。

「………今度こそって、前にも何か貴方が手引きしたの?」
 捧げると言った少年の言葉に驚きながらも、平静を装って言う。
「いちおできる範囲で殺してくるようには言われていた。でも、まさか怪物を倒して帰るなんて思いもしなかったんだ」

 襲われた船はほとんど沈んでいるからね。
 まるでそうなる事がすべてというように、楽しそうに言う。
「この嵐じゃどっちにしろ無理だとは思うけど、念のためね」
 斧を持つ腕に力が入ったことなど、リールにはお見通しだ。

ガッ
 リールはいきおいよく斧の柄に足を下ろし、ワンドの手を離させる。ついで腹にひじをくらわせ気絶させる。

「お前があがいたところで、この船は目的地に着くでしょうよ」
 暗くなる視界の先に成る音は、―――聞こえていたはずだ。

Back   Menu   Next