一人旅 〜悔い4〜


「………どうすればいいのよ。」
 リールは気絶したワンドを前に、誰かに聞かせるように問いかける。

「―――――――! 驚いたな、気付いていたか。」
 扉が大きく開き、廊下の蝋燭の明かりがいっそう光る。低い入り口を潜り抜けて入ってきたのはベイズン。凱旋の合図と、リールをワンドと一緒に捕まえに来た者だ。

「さすがだな。」
 ベイズンは二人のやり取りを初めから見ていたのであろう、リールの腕前に感心している。

「眺めるぐらいなら助けろっての。」
 今の事ではない。甲板での怪物退治だ。小さく、しかし近くに来たベイズンには聞こえる声で呟く。

「気づいていなかったのか?」
 何を、リールは不機嫌そうにベイズンを眺める。
「援護しようものならこっちが殺されそうだった。」
「は?」
「お前は何に対して剣を振っていたんだ。まるですべてが気に入らないかのごとく、すべてが敵であるかのごとく、怪物に向かって剣を振っていた。邪魔をしようものなら、こちらが食われるのではないか、と。俺たちはただ立ち尽くした。」
「なによそれ。」
「まるで、何かを振り切ろうとしていた。」

「―――――っ!」
 リールのベイズンを睨む視線が、いっそう険悪になっていく。
「原因は、この船の行き着く…」
「黙れ。」
 ベイズンはおっと驚いたが、軽く受け流す。
「そうカリカリするなっての。別に俺は喧嘩を売っているつもりはないから、剣を握りなおすのはやめてくれないか。」
「…………………。」
 リールが剣を鞘に収めると、ベイズンはワンドの手と足を縛り肩に担ぐ。リールは斧を箱に戻し蓋をする。

キィー パタン
 扉が閉じると、二人は上に向かい歩き出す。上に向かえば向かうほど、船の揺れは相変わらず嵐の激しさを物語っていた。
「なんだって、あんたの所の船長は私を雇ったのよ。」
 この船に乗っているのはただの船乗り達ではない。剣でなくとも、戦う術を持つものはいる。例えば、目の前の人物。ただの船員にしてはまとう雰囲気が重い。

 その言葉にベイズンは、目をしばたたせた。
「やっぱりお前さんただの旅人じゃぁないね。うまく隠したつもりなのに。」
「そんだけ隠していれば上出来でしょ。それに私は、旅人でありたい。」

 それは、どの旅人を指すのであろうか。


 船の上ではいまだ止まない嵐の中。進むべき道を目指して船員は皆苦戦していた。

「こっちだ〜こっちを持ってくれ!!」
「おい! 窓が割れたぞ!!」
「浸水が起こった〜!!!」
「早く留めろ!」

 上にあがればあがるほど、人の声はせわしない。船の揺れは一段と激しく。波は壁となり、渦となり、船を飲み込まんと口を広げる。

 ワンドを物置に突っ込み、ベイズンが向かったのは甲板。そこでは、力のありそうな船員たちが風になぎ倒されそうなマストを、必死に支えていた。
「気を抜くな〜!!! 俺が来たからにはもう大丈夫だ! なんとしても死守するぞ!!」
 ベイズンの呼びかけに、疲労の見て取れる男共はおうぅ!!! という声のもと、もう一度力を振り絞った。――――力強く、紐が引かれる。

ぐいっ
 後ろから力の加わった事を不思議に思いベイズンが振り返ると、リールが紐を引いていた。

「お前。」
「……………。」
 リールは空を見上げたまま何も言わない。
「いいのか?」
 ベイズンの問いにリールは顔を向ける。そういえば、こいつはワンドとの会話を聞いていたんだっけ。リールは気づかうような視線に納得し、答える。
「たとえこの先に行きたくなかろうと、嵐を乗り越えないと進めないの。」
 その答えを聞いたベイズンは、さっきのリールの言葉を思い出した。

(「お前があがいたところで、この船は目的地に着くでしょうよ。」)
 あきらめたような口調だったが、実際にあきらめているのだろう。
(…………なぜだかわからないが、彼女が言うと本当になりそうだな。)
 大雨の中薄く笑う男を見て、リールが不審に思ったのは無理もない。

 空の先の雲の切れ間の一筋の光は、何を照らし始めたのだろうか……


 エルディス国は、もうすぐそこだ。



(……………で?)
 一晩。嵐の相手をしたと思えば、リールは馬車に乗らされている。

 嵐のおかげか、いつもの倍以上の速さで船はエルディス国内に入ることが出来た。そう、エルファンにさほど遠くない港だ。着いてすぐ、今度こそ脱出を図ろうとしたリールは、一部屋の中に十人の船員が見張り、なおかつ外にも見張りがいるという状況におちいった。

「…………どういうこと。」
 雨に濡れた服を着替えて、部屋を出ようとした瞬間だった。
 入り口にもたれかかるベイズンに低い声で問う。
「船長の命令でね。お前を連れて行くそうだ。」
「ドコに。」
「お前のほうが知っているだろう。」
 息が止まり、顔が青ざめるリールを見て、ベイズンは少なからず動揺した。
「おっおい! どうしたんだ!?」
「邪魔だ。」
 息を吐き出し、リールが剣を抜こうとしたとき、

ビシッ すっ カタ 
 リールの手に糸が絡みつき、剣を抜くのを遮る。
「何するのよ!!」
 堪(たま)らずリールは叫んだ。
「何って…お前はわかっていたんだろう。」

 この船には、戦人が乗っている。それは、戦人であった者だったり、戦人になれる者だったり様々(さまざま)だ。

「だったらどうして私がいるのよ!!」
「それは、―――――船長に聞いてくれ。」
「はぁ?! ………―――。」
 リールが声をあげるのと、首に手刀をくらわされるのは、同時だった。



ガラアアアアァァァ
「?」
 ふと気付くと、揺れる台の上に横たわっている。頭がくらくらするのは何か薬のせいだろう。かろうじて起き上がることが出来るように縛られた腕・足。奪われた荷物。どのくらいの間、気絶していたのだろうか。
 荷物を積み上げるのに適した馬車は、おそらくこれから二度と出す事のない速さで進む。

(嵐の中の徹夜明けだからな〜……。)
 よく眠れたことだろう。
 見ればヨクトと目が合った。すぐにそらされたが。荷台の端と端に二人はいる。手綱を握るベイズンの声のみが聞こえる。

 いるのは、三人。
「(………………で?)―――何で私が?」
 問いに答えることはなく、馬車は進む。
周りを流れる木々の間から、夕日に照らされるエルファンの人々の声が、聞こえてくるようだった。

 エルファンを守る西方門。サザレンド門をくぐる時には、口をふさがれ布をかぶされた。取り上げられた二本の剣。足と手首を縛る紐は、片方を馬車の下の台に、もう一本をヨクトにつかまれたままでは、飛び降りる事もできない。
 何の問題もなく門を潜り抜けた馬車は真っ直ぐ、城門に向かった。

「………っちょっと待ちなさいよ!」
 だんだん近づいてくるグランディア城の開かれた門。白い壁の城全体が夕焼けに染まり、つかの間の幻想のようだ。と、風景に感じ入っている場合ではない。
「いったいどうするきよ!!!?」
 リールは叫んでいるに等しい。
 ヨクトは見据えていた城から目をそらす。ゆっくりリールに近づく。
 馬車は、門が近づいているにもかかわらず。

――――――――どうやら、スピードを上げたようだ。


 リールの叫びに対して容赦なく、馬車はグランディア城城門に最大のスピードで突っ込んだ。

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