■ 変わらぬ日々 ■


 城に帰ってきた。――最初は、正直、信じられなかった。
 何がと言われても、この顔ぶれで、この城の門をくぐるなど――気が重い。
 王は今謁見の時間ではないが、王子は小娘を連れていった。自分はその時がくる前に兵舎に戻ることにした。
「お帰りなさい隊長。お元気そうですね」
「ああ。変わりないか?」
「はい。暇すぎて死んでしまいそうにならない限りは」
 まぁ王子がいないんじゃ仕事の半分はなくなったようなものだ。その分負担が全部自分にかかってきたのだがな。
 何が負担て――
「で、あのお嬢様は噂の?」
 あの小娘だ。と反射的に言うと、苦笑された。
 そもそも、あの小娘が突飛な行動に出るから負担なるのであって……いや、そうともいい気えない時は、
「隊長?」
「あ、ああ」
 そろそろ時間か。ひとまず陛下への謁見をすませなければ。


「ご苦労だったな」
「いえ」
「まあ言うだけ言っておくが」
 このやりとりが始まったのは、いつからだろうか。
「長期の休暇を取るなら、今だ」
「いりません」
「本当に、頼りがいがあってよいと言うべきか」
 そう言って国王は背後を振り返る。そこには従兄が、いる。
「……そうですね」
「それだけか?」
「当然です」
 これまでの功績すべてが。この王家に使えることなった、グライン家では。
「まぁ数日は身辺整理をしておけ。その間あれの護衛はアニバス家にやらせる。向こうの奥方は特にヒステリーだと聞いているが、あの男はまるで気にした様子もないな」
 そう、ふと思ったかのように国王は最後に言って謁見は終了した。
 いや、疑問に思ったのだが、そうか、あの男は陛下に言われないと仕事をしていないのか。

「どぎゃーー!?」
「……」
 いつも思うのだが、逃げかたがずいぶん派手になっていくな。
「しっ死ぬ!!」
「平気だろう」
「なんで!?」
「まだ加減している」
「生殺し!?」
「日頃の行いを悔やめばいいだろう」
「することもないーー!?」
「――ほぉ?」
 そうだな、こちらがあの小娘に振り回されてやっている間は、さぞかし暇だったろうな。


「………」
 数ヶ月越しの自室は、何ひとつとして変わっていなかった。違和感を感じたのは、おそらく、数ヶ月の前と今の自分が同一でないことからくる差違。
 ずいぶんと変えられたと言うべきか。互いに。
 窓は開いていた。おそらく侍女の一人が開けていてくれたのだろう。
 風が、吹き込んで、花の香りが運ばれてきた。……そろそろ、小娘が城を抜け出すかもしれない。そんなことが頭をよぎった。
 反射的に動き出して、止まる。別にわざわざ面倒を見なくても帰ってくる。それだけが確実で。
 突然暇になってしまったのと同じで、手持ちぶさただ。まさか、本物のうちでも獣王を見る機会など、一生起き得るはずもなかった。だと言うのに。
 王子があの小娘に関わったときから、自分もあの瞬間に立ち会う道を進んでいたのかもしれない。
 それは、可能性のひとつ。もっとも遠いところにあって、もっとも近かった可能性。


 数日間は、しずかにできるかと期待は、していなかった。なので本当に大きな問題が起きていないことには驚いた。どういうことだ?


「レラン様!!」
「さわがし」
 今日は、待ちに待ったというのが城下での評価だが、王子と小娘の――
「リール様がいらっしゃらないのです!」
 逃げた、のか。島にでもにげたのか? ……そんなことになったら、王子に左遷される。
「いつからだ」
「一時間は前かと」
 正直舌打ちしそうになった。そんなに前なら、もっと早くに伝えるべきだろう。
「王子に知らせろ」
「え? でも」
「早くしろ」
 ここまできたら知らせておくのが得策だ。さて、王子がくる前に見つけなければ。
 まったく、おとなしいならおとなしいままの方が気味が悪いが、何も今日でなくとも。
 どこに行ったか、城内? いや――
「隊長?」
「見つからないか」
 そうだろうな。隠れるならどこに、ということだ。所詮日の浅いあの小娘が安心して行られる場所などそうそうない。
 部屋の中か? 違う。閉鎖された塔の中を拒むように。あの森に。そこまで考えて、はっとして走り出した。
「たったいちょ!?」
 あの小娘は独りだ。肉親も何もいない。頼れる人もいなければ、王もいない。まさかシャフィアラに帰りはしないだろう。
 ふとよぎった。“シャフィアラ”あの、広大な海に浮かぶ緑の島。獣王が存在した大木の下。

 走り続けた、木々の先――いた。これ以上は、違う。その姿は、すぐに現れる。
 これ以上は違う。踏み込んでこないかわりに、踏み込んだりしない。

「王子!」
 王子のいる場所は知れ渡っているので、侍女たちの連絡は早くたどり着く。回廊を走る姿が、すぐに見えた。
「どこだ?」
「木の上に」
 必要なのはそれだけ、それ以上伝えることは何もない。
「木?」
 王子の疑問はもっともなのか、当然そうなるべきだったのか。どこか、納得したように王子は進む。あとには、ついていかなかった。
 それより侍女に連絡をしておかなければ。


 “儀”とは名ばかりのものだと思ってはいたが、ここエルディス王家の城では意味合いが異なる。
 二度目だというのに盛大すぎて、王子はともかく小娘はかなり退屈そうにしていた。動き辛い服を着ていたのが幸いしたのか、おとなしくしていたが。


 驚かされなかったのは、来客の訪問だろうか。あの王子が小娘をだしにして政務をサボろうことなど考えられる範疇だった。
 まして、これで公然と共にいられるのだろうから。
 籠に鍵をかける必要はない。それが家ならば、家主は帰ってくるのだから。
 だから、目の前で口論が繰り広げられていても口は挟まない。しかし、哀れな犠牲者(へいし)はそこに乱入しようと必死だ。今から慣れておけばいいだろう。


 小娘の知り合いが来た時は、みるみる王子の機嫌が悪くなった。しかも、小娘の一言。
 いつもの癖のように、剣の柄に手をかけていた。
 しかし、あの騒がしい娘は不穏な空気を察せないようで、相手の顔が青ざめていたな。
 その後小娘が連行されて、王子がシャフィアラの被服師とお茶を飲んでいる時はなんとも言えず。冷え始めた空気に逃げ腰になる兵士をにらみ続けていた。
 注がれたお茶の香りに、あの島のことが思い起こされる。なつかしいというには、最近の出来事。御伽噺(おとぎばなし)とは、言えない現実。
 それからまた再開した来客の訪問。暇だ、暇すぎる。慣れていたはずの仕事がかなり暇に感じる。みれば小娘も暇そうにしていた。互いに暇だというのは、それはそれで気に入らないが。
 最後に登場したのは曲芸団で、よくやってくるものだった。王家にささげられる演技も演舞も、すべて見れる。特権といえば特権だが。気が抜けないことも――
 祝い事(こんなとき)に帯刀を許されるものは、限られる。王子はもちろんだが、王子妃は例外に含まれない。まぁこの娘であの被服師の男なのだから、武器がないとは考えられない。
ガキイィン!
 まさか、こんなことになろうとは。後にも先にも、小娘をかばうことなどこれっきりにしてほしい。こちらの命が足りなくなるから。私は王子ではないから。
 小娘も、王子も申し合わせたように動かない。ため息を隠すことなく飛来した物体を手渡した。
「――リールさん!?」
 正直、助けなくてもよかったのかもしれないと言葉が頭をよぎった。



「お茶」
「次」
 あれから、数週間。途中で休暇をはさんだり、小娘に訓練にまぜろと言われたりと、いらだちを感じることはあったが、日々は過ぎていく。
 そして、儀の時に騒ぎが起きたことなど、幻であったかのように思わせてくれる小娘が、そこにいる。王子の執務室に。
 たまにお茶だのお菓子だの要求してくる。ついでに王子の書類の続きも要求される。
 部屋を出て帰ってくれば書類の進みは滞っている。ついでに邪魔だと言わんばかりに追い払われる。
 王子に言われたとおり出て行けば小娘に睨まれて、しかし小娘の要望に逆らったと王子が不機嫌になる。
 だがその場にいたとしても王子は機嫌を損ねる……どうしろというのだ。
 ここでやってきたのが教授や先生であればまだ態度は穏やにしている。小娘がいなくなって不機嫌になったあとの矛先が向いてくるのは自分だが。
 一番ひどいのは、小娘が城を抜け出すときだ。王子は昼間政務に追われ、城下に行くのは朝ばかりだ。だが、小娘は朝は寝ていて、昼頃出かける。
 行きたいが行けない王子の代わりに後を付ければ捕まって引っ張り回される。ほかの兵士が犠牲になるよりは安心していると口では言うが、自分がついて行けないといういらだちの矛先も同じように向かってくる。だから、どうしろというのだ。
 ほかにも、あの被服師の男の所に小娘が行くことがあるのだが、王子は必ずと言っていいほど政務が終わると馬を飛ばして迎えに行く。それが、日が暮れたあとでも。そうでなければだいたい小娘は帰ってこない。まぁあそこには双子の女性もいるし、あの被服師と小娘の仲はよい。泊まってくるのも納得は行くが…… それが続く前に王子が馬を走らせている。
 しかも、そのまま城に帰るわけじゃない。寄り道はいつものことだ。


「おなかすいた」
「城で食べればいいだろう」
「せっかく、食事があったのに」
 確かにテーブルの上には軽食がおいてあった。手がつけられていなかった所を見ると、食する寸前だったのだろう。が、美しく盛られた果物はその姿を崩されることはなかった。
「そうだな、で?」
 相変わらず、王子は不機嫌だ。決して気分がよくなるわけじゃないのに、迎えに出る。あの被服師は小娘と王子で遊ぶのが楽しいらしいからたちが悪い。
「もうちょっと遅く来ればいいでしょう。だいたい、そう言ってあったでしょうに」
「……? 誰にだ?」
「レランに」
 確かに、確かに出かけるということは聞かされていた。ついでに遅くなるとも。そんなことはいつものことで、だいたい、すれ違いざまに言われて、そのまま窓を乗り越えて去っていく。
 両手に書類を抱えたままでどうしろと言うのだ。しかも、遠くから「王子妃様ー!」と怒声が聞こえてくるのは気のせいではない。
「なにを?」
 しかし、王子は問い返した。なにか、よくない空気が流れている。
「だから、遅くなるからって」
「そうなのか?」
「――はい」
 確かに、いつもなら「出かけてくる」の一言だが、今日は「遅くなる」とも言っていた。
「なぜ俺に言わない」
「付いて来るから」
「……」
 いやな予感がした。
 そうか、そういう重要なことは俺じゃなくてレランに言うのかと物語る王子の表情。私の明日の仕事は、徹夜になりそうだと思うため息を飲み込んだ。


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