業火 〜迎え〜


「相変わらず、徹底しているな」
 広い部屋の中に、自分の声が響き渡る。
「当然でしょう」
 向かい側の人と、こちらの前に置かれた熱いお茶の湯気が立ち上る。
「だが、この島の人は生きてはいけないだろう」
 静寂を邪魔するのは、向こうが自分の分までさっくりとした菓子を噛み砕く音だけ。無心に噛み砕く姿は、まるで何かを追い払おうとしているかのよう。
「いいのよ、外から余計なものが来なければ」
 空になった器、飲み干されるお茶。戻らないもの。
「これから、この国は外交をせねばならぬだろう。あの国王が、どこまでできるものか」
「期待してないわ。でも、島人の協力は、固いでしょう」
 それは、これまでの歴史の、時間の積み重ねの結果。
「嘆きも激しいらしいぞ」
 特に、第二王子とか。
「敵を欺くには味方からでしょう」
「味方と思われていることを喜ぶべきか、信用されていないことを嘆くべきか」
 相変わらずだな。
「あんな口が軽いの、相手にしてられないわ」
「ローゼリアも、シャジャスティも呆然としていたぞ」
「さっき言ったじゃない」
 敵を欺くには味方からなの。と、繰り返す。
「しつこいわ」
「怖い怖い。で、リーディール」
「……なに」
 口調を変えたことを敏感に感じ取っている。だからこそだ。
「パーティドレスのことなのだが」
「誰がいつ着るってのよ!!!」
 バンとテーブルに手を付いて立ち上がる姿。その手が握り締められる。やはり、何かがおかしいと眉をひそめる。
「何を言う、戻れば夜会三昧だろう?」
「王妃といつの間に仲良くなったのよ!!?」
「ふっふっふ、持つべきものは話のわかる権力者だ」
「やな奴」
「私の過去の作品が見たいというので、こうしてはるばる帰ってきたのではないか!!」
 この部屋の中にいるものは二人、ドサクサにまぎれて、シャフィアラに帰ってきた被服師。
「帰れ」
 そして、もう一人。
「ここは私の館なのだが?」
「どこにでもあるわよねぇ、ぇえ?」
 いい加減で、リールは切れた。
「リーディール、言っているだろう。リーディールに来てもらう服があと三百はあ」
「増えてるから!!」
 怒声が響いた。だが、勢いが最初より衰えている。
「騒がしいぞ。何を叫んでいる」
 部屋の扉が開いて、三人目がやってくる。
「ザイン、黙って」
「お前、元気だな」
「そう?」
「リーディールには愚問だろう」
「どういう意味よ」
 リールはアズラルを睨みつけた。
「いい加減で、落ち着け。王都島に行ったものが帰ってきた」
「なんだって?」
「第二王子を筆頭に、まだ遺体の捜索が続けられてはいるが、そろそろ打ち切られてもおかしくないと言っていた」
「なら、せいぜい派手に葬式を行ってもらわないとね」
「派手にねぇリーディール、死者の弔いは厳かに行うものでねぇ」
「アズラルは黙ってて!」
 叫んだ後、こめかみに手を当てている。やはり、頭痛だろうかとアズラルが思案する。
「あの……」
 騒がしく、どこかぴりぴりした空気を感じ取ったローゼリアリマがこっそりと中をうかがう。いち早く察したあげくうさんくさい笑顔でアズラルが振り返る。
「なんだい?」
「やっぱり幼女が趣味なのか?」
「変わってないわね」
「そこの二人。こんな時だけ息を合わせるのはやめてもらいたいが」
 言われた二人は、とても嫌そうな顔をした。一瞬にして砕けた空気にローゼリアリマが笑う。
「夕食のことなんだけど、シャスがまだなの」
「魚、取ってくるように言ったけど?」
 リールは無慈悲だ。
「私も、何か木の実を取りに行きたいのだけれど。だめ?」
「いいわよ。よろしく」
 にっこりと、笑顔でリールは横を向く。
「……はいはい。現当主」
 疲れたように、リンザインが答えた。誰も、疑問に思わなかったことがひとつある。ここにレランがいない事。
 その理由は、その頃ひとりで海辺にいたシャジャスティが知っている。ひとりで、もくもくと魚を銛で仕留める姿は、なかなかにさまになっている。
「だぁ〜から。リーは人使いが荒いんだよ……」
「そうだな」
「ぅわぁ!?」



「ただいまリー!」
「早かったわね」
「うん。近くにベリーと胡桃の木があったの!」
「そうなの」
「そういえば植えていた」
「もっと早く思い出して」
「そこら変はユアとセナの管轄だ」
 アズラルは、言い切った。リールは舌打ちした。その会話を聞きながら、二人の様子を見ていたローゼリアリマは言う。
「リーは、大変そうね」
 リールはメジャーと、布に埋もれていた。
「ホントよ」
「だから動くなリーディール!! 直感が崩れるだろう!?」
 デザインを紙に書きながら、アズラルは声を荒げる。
「台無しにしたいわ」
「それで、いつもどるつもりだ?」
 シャフィアラの王都に。
「すぐにでも」
「その時間は、ないだろう?」
 言葉を、遮る声がした。リールと、アズラルと、ローゼリアリマが視線を向けると、扉を三人の影がくぐる。
 ひとりはまっすぐ入ってきて、ひとりは後ろにつきしたがって、ひとりは隠れていた。
「……カイル」
「ただいま!」
 ぴょこっと、二つに結わえた髪を揺らしてウィアが姿を現す。たたた〜と走ってリールに飛びつく。
「おかえり。元気そうね」
「うん!」
 そう言って、ウィアは次にローゼリアリマに向かう。
「ウィア……」
「ただいまー!」
「よかった」
 ほっとしたように、ローゼリアリマがひざをついてウィアを抱きしめる。
「?」
「よかった……」
 涙ぐむローゼリアリマに首を傾げながら、その様子に言葉を失ったウィアが手を伸ばす。
「ローゼ?」
 問いかける声に、ローゼリアが涙を流した。
「シャス?」
 リールは、扉の向こうに隠れている影のことも見逃さなかった。
「ごめんなさい!!」
「何も言ってないんだけど」
「日ごろの行いだろう」
 扉をくぐって、リンザインが現れた。
「悔やむことはないんだけど?」
「それが一番の問題だろう」
 はぁと、リンザインはため息をついた。
「どうい――ぁ?」
 講義しようと声を大きくした、その時だった。勢いよく振り返った頭が、重い。ぐらりと傾く。それまで沈黙していた影が動いた。
 リアス家と呼ばれた者達が目を向いた。ゆっくりと倒れていくリロディルクなど、彼らは初めて見るのだろう。
 いや、本当に驚いたのは声だけじゃなくて。その状況に、も。
「ちょっと!?」
「帰るぞ」
 カイルがリールを担ぎ上げて、部屋を出てようと足を速める。
「おろせ!?」
「一年だ」
「は?」
 前にも言ったと、カイルがつぶやいた。
「まだでしょうが!?」
 リールが振り上げた腕がカイルに掴まれた。
「行って帰って一年だ」
「……」
 あきれたように、リールはカイルに視線を送った。
「あのねぇ」
 移動でどれだけつぶれると思っているの!?
 叫ぼうとした瞬間、その顔がこちらを向く。無駄に近い。
「……なに」
「軽い」
 言葉に、はっとしたのはリンザインとローゼリアと、シャジャスティだった。本人は無表情に言う。
「それが?」
 今度ため息をついたのはカイルだった。
「行くぞ」
 静かに、レランが後ろにつき従う。その姿が見えなかったことを、はじめて疑問に思うべきだったとリールは舌打ちした。
「おろして」
「嫌だ」
「おろして!」
 大きな声をあげると、脳が悲鳴を上げる。相手に向かっているはずの言葉が自分に返ってくる。頭が痛い。
 だからか、気が付かなかった。その後ろで会話する三人に。
「うるさい。だいたいお前がいないせいで俺が、小言を聞かされるんだぞ」
「知らないから」
 ぎゃーぎゃーと騒ぎ出した二人に、レランは深い深いため息をついた。
「リー!」
 高い声に、言い争う二人の意識が動く。リールは顔をあげて、カイルは首だけふり返る。
 ちょこんと、ウィアが廊下の真ん中に立っていた。その後ろに、リンザインと、ローゼリアリマと、シャジャスティも。何事? と、リールは首を傾げる。
 真ん中にいることになったウィアは、しきりに首をふって左右を見ている。彼女もまた、どうしたのかと首を傾げる。
「ありがとう、リー」
 そっと、アリマが頭を下げる。
「俺の仕事は、まだ終わらないけどなっ!」
 ふんっと鼻を鳴らしたシャスの目が、心なしか潤んでいた。
「もう、当主は必要ない」
 淡々と、ザインが言う。
「ただの人として生きていくのに、肩書きは必要ない」
 きっと、彼らは。
 リールが口の端をあげて笑った。だんだんと顔が笑みを形作る。だけどまた、顔は舌を向いている。
 ここまできて、もはや特技となりつつある、自前の結論に至ったウィアが言う。
「ばいばいリディ!」



 一変しておとなしくなったリールを担いだまま、カイルは迷うことなく屋敷の廊下を進む。後ろに付くレランは、リールがカイルのマントを握り締めていたことと、雫が一滴落ちたことを見てはいなかった。
 そう、彼は何も、見てはいない。



 人気のない廊下、出口の傍で、声が聞こえた。
 その声の主に思い当たったリールとカイルは同じ顔をしていた。そう、面倒ごとに巻き込まれたくない顔。
 館の入り口にあわてて走りこんできた影が、三人の姿を見て固まる。口をあけたまましばらく、震える指は三人を指差したまま。
 カイルは、迷うことなく足を進めた。
 そして、すれ違う瞬間だった。
「おいっリーディ!?」
「じゃぁね〜」
 ここに来てはじめてリールはにこやかに手をふった。カイルに担ぎ上げられたままで。
「ぉい!?」
 あせったフォトスが手を伸ばした頃には、すでに三人は館の入り口をあとにしていた。
「リーディーーー!!?」
 喜びのような、非難のような叫び声が、遠くから響き渡るかのようだった。


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