業火 〜帰る場所〜


 さくさくと進んでいくカイルの背に担がれたまま、ゆれる自分。ちらりと視線をあげると、黒が見えた。
 運ばれてくるのは塩のにおい。海の音。
 おそらく海岸に現れた船を見てジオラスもやってきたのだろう。相変わらず、抜けている。小さく笑って、目を閉じる。
 深呼吸は、一度。
「ちょっと待って」
 これまでと違い、はっきりと言葉を言う。ぴたりと、動きが止まった。
「なんだ?」
「行きたい所があるの」
 またかと、レランの呻きが聞こえた気がする。



 がさがさと茂みをかき分けて進む。進みなれた道。見慣れた景色。違うのは、自分の心と、その場所にいるはずの者たち。
 たどり着いた場所。開けた場所で、彼がひざを付いていた。
「お久しぶりです」
 言葉に、返事はできなかった。再び、この場所に足を踏み入れることができた自分に、一番衝撃を受けていた。
 ラーリ様はいない。
 見渡しても、この場所の空気の変化は、好ましいものだった。
 ただ静かに、たたずむ時間。そして、
「タイム王は?」
「いいえ」
 ざわりと、風がゆれる――
「……そう」
 そうよねと、頭の中であきらめる言葉が浮かぶ。そうだろう。そうでしょう。でも、少しだけ、期待していた。
 自分に都合のいい期待を。
 平気なふりは、うまくいっていただろうか。――思い出せない。
 森の木々が風にざわめく、大木が立つ森。この場所で、なんど、時を過ごしたのだろう。
 あの獣の背に身を預けて眠り、泣いていた。小さい頃。知らなかった頃。知った時に、戻った時。
 残ったものと、残されたものがある。
 だけどただ、その場所にいないことがひどく寂しい。
 せめて――
 風が、動く。歓声を上げるように歌う。空を飛ぶ姿が、見える。
「……おう?」
 シーンの声が、聞こえた。
「タイム王」
 自分の声が、ひどく、遠くに聞こえた。
「……どうしたの?」
 目の前に下りた王の姿が子供になると同時に、ひどく怯えたように聞いてくる? 何のことかと首を傾げた。
 そこで、気がついた。
 ほほを伝う、涙に。



 なぜ泣いているのか、自分でもよくわからない。
「……?」
 ほほを手のひらで包んで、目元をぬぐった。やっぱり泣いていた。
「ごめんなさい。やっぱり――」
 空に戻ろうとしたタイム王をひざをついて腕を伸ばして抱きしめた。
「……リール、さん?」
「少しだけ、このまま……」
 風が、やんだ。



「ごめんなさい」
 どうしてないたのか、わかったような気がした。静かに口をついて出た言葉は、謝罪。謝っても、謝りきれない、ものだった。
「リール?」
「ごめんなさい」
 小さい手がこちらの服をつかんでいる。その震えていた手に力が入ったことを、感じた。
 木の下、太陽の光の下。気がつけばその場所には、リールとタイム王しかいなかった。



「で?」
「なんでしょうか」
「暇そうだな」
「そうです……か?」
「ああ」
 場所を少しだけ離れた場所に、カイルと、シーンと、レランの姿があった。
 二人だけ置いて来た。あの二人は、大丈夫だろうと思っているから。
「王は、ひどく恐れておいででした」
 現実を。
「リールもそうだったな」
 過去を。
「二度とこの森に足を踏み入れてはくれないのかもしれないと思っておりました」
「もう帰れないからこそ、捨てることはできないのだろうな。王も元気そうで何よりだ」
「……ぇえ、そうですね」
 カイルの言葉に、一瞬シーンの表情が翳った。それは、主従という関係で“従”についたものの……嘆き。
 先を進むカイルはまったく感づくとなく、残された二人の従者が視線を交し合った。
 奇妙なもので、ここに何かが生まれようとしていた。



「遅い」
「……タイム王は?」
「こんにちは……」
 森が切れた海岸の入り口で、リールが仁王立ちで立っていた。別段あわてることもなく、カイルは問いかけた。
 問いかけに、リールの後ろからタイム王の姿が現れる。なぜかリールの腰にしがみついたままだ。
 その様子に、ある言葉を思い出したカイルが言う。
「……人見知りなのか……」
「一応は、そうです」
 答えたのはシーンだった。
 なんだ、一応って。
「もういいのか?」
「いいわ」
 今度こそ、カイルはリールに問いかけた。泣いたとは思えないほどはっきりした言葉でリールは答えた。
 森に背を向けて、二人が歩き始める。送れてレランが進みだして、シーンは森の影に残ったまま。
「また……」
 言いかけて、タイムは口を閉ざした。動かした手が、落ちた。
「……また来ても、いいですか?」
 すっと、リールが振り返った。不愉快そうにカイルが振り返る。
「うん!」
 まってるから!
 いつか、どこかで聞いた言葉だったと、リールは思い出す。
 それは、自分を待っていてくれる、受け入れてくれる場所だったから。





 所変わってエルディス場内では……
「あ〜ひまだわぁ〜」
「アイラ、何を遊んでおる」
 エルディスの王妃が、ふてくされていた。
「だって〜私の玩具がなくなってしまったのですよ〜」
「一度くらいは名で呼んでやったのだろうな」
「リールは私を敬うという心に欠けているんですもの。つまらないわ」
「自分で言うことか?」
「あなたっ! あなたは私の憂いになんの感慨ももたないのですか!!?」
「持てと言われてもなぁ」
 ひどいわっと、王妃が持っていた扇を落として長いすに突っ伏す。
「ま、そろそろ帰ってくる頃だろうな」
 国王は知っていた。自分の息子が元影武者と働かない護衛にすべてを押し付けて海に出たことを。
「結局、待ちきれなかったのか」
 炊きつけたのは父上でしょうと、カイルは反論したはずだった。





「ねーねーねー」
「なんだ」
 ごりごりと薬草をつぶす間に、ちょこまかと動き回る姿。いつ覚えたのか髪の結い方を日々変えている。
 簡単な二つではなく、みつあみだったり、お団子だったり、ただし、笑顔でローゼリアに言うのだ。これがいいと。
 この計算のない純粋さに逆らえない。
「遊びに行こう!」
「……仕事だ」
「やぁーーだぁーー!!!」
「……」
 思いっきり首を振ったのか、くらくらしているようだ。
「やだぁ」
 くっと笑った。おかげで、明るくなったではないかと考えていた。
 ちょっと驚くような無理難題をふっかけられるローゼリアも、もともといたずらが得意なジャスティも。
 変化を、運んできた。ウィアが。
 それはあの海の向こうの国で、過ごしてきたからなのだろう。
 もう、誰も誰かを病ませるために働くことはない。
 相変わらず用意周到なリディロルは、新しい家を用意していた。言ってみると、これがまた地下室が広かった。
 もう、暮らしていくだけの金はあった。輝きを失った、黒いものだ。
 もう、地位も名誉もいらない、こだわらない。ただ、日々を平穏に、あるべき家族と、共に。
「ねーねぇーーザイン〜」
「ちょっと待ってろ。これだけ終わらせたら」
「ホント!?」
 言い出しておいて、嬉しそうに飛び跳ねる。
「跳ねるな。準備して待ってろ」
「うん!」
 とてて〜と走っていく姿を見つめる。廊下の向こうから、もう一人誘う声がする。
 きっとローゼリアは、お昼のお弁当をあわてて作るのだろう。あるものをとりあえずバスケットにつめて。
 それをジャスティが、文句を言いながら運ぶんだ。
 自分は、しばらく見てから手伝うか。
 そこまで考えて、口元に笑みが浮かんでいることを自覚する。変化は、場所でもあり、人でもあり、自分でもあると自覚する。
 ただ悲しみにくれるだけだったあの頃。
 この島の中だけで、一番だった頃。
 もう誰も望みはしない。特別なこと。
 ただ、平穏に生きることを。
「ザインおそいの!!」
「はいはい」
 戻ってきて、こっちに向かってむくれる。王都の町を少し外れたこの場所に用意されていた屋敷には、診察台と、いく人かの入院患者とを迎える広さの一階と、その上には個別に部屋を取るだけの広さがある。
 目の前は森、その先は王都。裏は、山だ。
 泉はきっと、明るい光を反射して輝くのだろう。
 三人が遊んでいる間、本を読むと取り上げられる。共に遊ぶことを受け入れ、そして、日が暮れるまで眠ろう――
 ただの島人と同じように、死を離れて生を生きよう。



・・・ 帰郷編 ・ 終 ・・・


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 帰郷編はこれでおしまいです。
 暗い上にだらだらと続くのであきるだろうなぁと自分で思いました。
 余談ですが、編題を考えるのが好きです。舞台が変わるので編題も変わります。ちなみに次の編題も決まってます(でもないしょ)。
 エアリアス家のみんなのその後が気にいってます。
 ジオラスがあわれキャラになっている気がする。←今更だ。
2009.03.03
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