最後の仕事 〜真実の姿〜


「どうなったのでしょう?」
「知らん」
 気がついたら、数隻の軍艦に囲まれるように陸地に向かっている。すべては、自国で王子妃と呼ばれるあの女性の行動。
 その小娘は向こうの島の男と会話している。情報収集だろうが、ほとんどが王子に聞けと断られている。
 機嫌が悪くなるだろうが。――そう思った自分は、ずいぶんとリールが王子妃という(さいきんの)生活に順応していると自己嫌悪が襲った。




「フォトス王子!」
「なんだ」
「海をご覧ください! 船が帰ってきます!」
「あれは……海軍は何をしている」
 警備に回した船が、一隻の船を守るように向かってくる。
「緑の旗……」
 双眼鏡から目を離して、第二王子は呟いた。
「いかがいたしましょう」
 沈めますか?
「まあ、待て」
 まさか、“来た”のか――!?
「馬車を、用意しろ」
 声が震えた。


「いったい、何事?」
 そうやって、目の前に着地する姿。相変わらず……船の上が騒がしいのだが……気にしてないな。うん。
「リーディ……アンダーニーファに会えたか?」
「……あんたが?」
「海に、出しただけだ」
 それ以上はできなかった。逃げ出してきたあの子を、送り出すことで精一杯。あの泣き声は、止められないから。
「今は、……城にいるわ」
「それなら、何よりだ」
「質問に答えてない」
「それなら、見てもらったほうが早い」
 うしろを振り返った。
「何を」
 リーディは、相変わらず腕を組んだまま。
「馬車を用意している」
 乗り込んだ影は、三つあった。



 沈黙の馬車が進む道。ぼんやりと窓の外を眺める。感じたのは違和感。
「変ね」
「そう思う……よな」
「誤魔化そうなんていい度胸ね」
「助かった」
「まだ何もしてないんだけど。だいたい、助ける気ないから」
「だろうな」
 三人目の言葉に、二人は顔を向けた。
「――ぁあ」
 そうだ、船は置いてきたけど、レラン(こいつ)はついてきたんだった。
 がたんっ! 馬車が坂を上り始めた。もうすぐ、目的地――




「―――な、に」
 それが真実。

 シャフィアラは周りを海に囲まれているおかげか守りという意味では甘いと言わざるを得ない。
 強固な高い城壁も、深い堀も必要ない。
 だって、海が守るから。それで安心。
 だからこそ――
 ひとたび進入すれば、た易い。忘れてはいなかった。忘れたかった。
 その、知名度。
 不死を、求めた。彼らは、

 家の周りを固める人の姿に目を細める。粉々に割れた窓、穴の開いた壁。響く、怒声、叫び声。
 窓から出入りする人、誰かを踏みつける人、泣き声、破壊音。
 ぐらりと、足元が揺れた。
 「いっぱい、人くる……」そうね、ウィア。略奪者も患者も権力者も野望を抱いた大人も来るわね。
 エルン大陸は再び海に沈んだ、四獣王は力を持った。――海は、もう荒れる理由がない。
 シャフィアラまでの海路が開かれれば、人々は不死を求めてエアリアス(ここ)を目指す。
「……いつ、から」
「わからない、気がついたら、これだ」
 密入国が増えた。もともと外から人が来ることなんてなかったから、対応が遅れた。その間に、こうなってしまった。
「いい加減にしろ!?」
「出て来い!!」
 誰かの声が響く、耳に痛い怒声。
「早くしろ!」
「この子を助けて!」
 不死を求める人、病を治そうと訪れた人。押しかけた人の、およそ好意とは言えない行為。屋敷の入り口をふさぐ者たち。
「助けたらどうなんだ!」
「お前達は不老不死なのだろう!」
「子供の病を治して!」
 ――勝手なことばかり、言う。
「いい加減にしたらどうなのよ」
 低く、呟いた。
 そうやって、ここにきたのか。力があるものなら、病床に伏したものなら、許されるとでも?
「……戻って、兵を連れてきて。それとギミックを呼んで」
「わかった」
 頷いたフォトスは、道を下った。すっと、前を見据えた。
 ――邪魔をしないで。誰にも、ここに侵略することは許さない――

「どきなさい」

 息を吸って一度止める。森中に響かせるために発した声は、目の前の人々を振り返らせるには十分だった。
「なんだ!? お前!」
「邪魔をするな!!」
「退けと言っている」
「なっ」
 ざわりと、気配がゆれた。ささっと扉を潜ろうと進むと、裕福そうな身なりで、丸く肥えた男が立ちふさがった。
「ふざけるな! 順番を飛ばす気か!」
 その手に抱かれた、少女は――
「私の番なのだぞ!!」
「違う!」
 何を激昂したのかわからない男の声に、高い声が邪魔をする。
「僕の番だったのに!」
 現れたのは、擦り切れた服を着て、靴も履いていない少年。
「うるさい! お前にその権利があるというのか!!?」
「妹を助けて!!」
 すがり付こうとした少年は、男に蹴り飛ばされた。
「ふざけるな! お前達がその恩恵に授かろうなど愚かな考えよ!」
「なんで!!?」
「黙れ」
「……なに?」
「黙れ」
 睨み付けると、男は押し黙った。
 少年の指差した先――危ない。周りは、病人を連れたものばかりだ。不老不死、病を治す薬師。
 今まで、海流に阻まれて来られなかっただけだ。その海が落ち着けば、世界中で病に悩むもの不死を願うものが押しかけてくることなど、考えられないことじゃなかった。
 だけど、忘れていた。そしてこのあり様。
 ふと窓を向けた先にローゼが見えた。何か――!?
 立ちふさがる男達に剣を向けて道を切り開いた。

 迷わない。中にいる人間など目に入らない。階段を上がって、左の廊下。あの突き当たり。声が聞こえた。
「やめて! やめて!!」
「うるさい! これさえあれば――」
「違うの! それはあの患者さんにっ」
「売れば儲けるぞ!」
「今までどこに隠してあった!」
「返して!」
 長い髪をまとめた少女の持つかごを奪う男達。抵抗する少女を張り倒す腕。誰も助けはしない。みな、思いは同じだ。
 勝手に住み込み、不死の力だけを頂こうとする人間達。彼らは、ある一定以上の力と金を持ち得ない人を踏み越えてここに居座った。その薬も、ここにあった薬も、今いずこ。誰の手に渡ったのだろう。
「離せ!」
 男の手が、振られた。
「きゃぁ!?」
 小柄な体が衝撃に揺れる。飛ばされて、床に崩れるローゼリアリマ。
 一瞬たりとも、迷わなかった。
「ぎゃぁ!?」
 光る剣に滴った血が床に花を咲かせる。こんな男でも血が赤いかと思うと吐き気がする。
「なっなんだお前!?」
 一歩後ずさる二人の男。誰が、逃がすとでも?
「リー……?」
 呆然と見つめてくる瞳。少しだけ、待ってて。
「さよなら」
 三人の男を切り捨てて、窓からほうった。下が騒がしいが、無視した。
「大丈夫?」
 すっとしゃがんで、床にしゃがみこんだローゼに微笑んだ。自分でも驚くくらい穏やかに笑っていた。今まさに三人の男の血で汚れた剣を持ったまま。
「リー……ディル……?」
「なに?」
「リーディル!」
 飛び込んできたローゼを抱きしめながら、あたりを見渡す。客室は荒らされて、勝手に居座ったであろう患者でいっぱいだ。騒ぎを聞きつけた人々が何事かと現れる。
 ――よくも。
「リーディル……」
 結い上げられた髪は無残に散って、顔には疲労と恐怖の色が濃い。細い体は、こんなに痩せ細っていただろうか。
「ウィア……は?」
 こんな時でも、妹の心配は忘れないのかと笑った。
「大丈夫、今はエルディスにいるわ。少しだけ、おやすみ。ローゼ」
 持ち出した薬は少量で、だけど十分眠りに連れて行った。
 眠り込んだローゼを抱えあげようとすると、突然横から腕が伸びてきた。
「………」
「さっさと先に進めろ。私は、早く城に戻りたい」
「そうでしょうね」
 行くわ。まずは二人を。
「ザイン! シャス!」
 いい加減で出てこないと、怒るから。足早に叫ぶ人や恐れる人を追い越して先に進む。こんな時にこの屋敷の広さを呪う。迷うことはないにしても。
 すると、正面からひときわ甲高い声が聞こえてきた。
「助けて下さい! 突然やってきた女が主人を――」
 続けて、さほど重要そうでもなく、軽い声がした。
「今更流血ごと? まぁそうだよね〜いっそ……」
「いっそなんだと言うつもり、シャス」
 聞いた声が信じられないと、少年は一度びくりと震え、恐る恐る振り返った。震える指がこちらを指差す。泣きついていた女は怪訝そうに首を傾げる。
「リー!?」
 青い目を大きく見開いて、それだけ言った少年はそれ以上の声を失った。
「シャス! ザインはどこ!!」
 そんな驚きに、かまってる暇はない。
 ザインの居場所を聞き出したら、シャスにはローゼを部屋に連れて行くように言いつけた。ついでに合流したフォトスと一緒にくっついてきたエルディスの兵士にローゼの護衛を頼んだ。連絡係だろうがなんだろうが、知らない。
 ばたばたと廊下を走る人間が増えたので、廊下に顔を出す人々も出てきた。どいつもこいつも、我が物顔で部屋に居座っている。しかも、家族で。
 今の時間は検診だというザインのいる階は一階。階段を駆け下りて、片っ端から扉を蹴り開けた。
「ザイン!!」
 たぶん、十かそこらだったと思う。
 容赦なく蹴りあけた扉の先にいたのは、同じ瞳の色の従兄(いとこ)。彼もまた、驚きに固まった。だが彼の反応は早かった。静かに立ち上がって言う。その前の寝台に眠る老人はもう、事切れていた。
「ウィアに、会ったか」
「あんた、何してるのよ?」
 互いに口を開いて、違うことを言う。
「……あっちに、来たわ」
 ウィアがあんなにおびえるまで、ローゼが倒れるまで、何をしているのだ、こいつは。
「まいったな。完璧じゃなかったか」
 その言葉にリールはひっかかりを覚えた。まさか、情報の操作? 誰と、誰が、どうやって。
「あんた、まさか」
「助けてくれと、言うわけにはいかないだろう」
 気がついた時にはもう、アンダーニーファはいなかった。それに、正直ほっとしたのも事実だ。
「せめて、アンダーニーファだけはここから逃がしてやりたかった」
 あの子は、エアリアスを継ぐ者(われら)と同じ道を辿ることはもうない。だからこそ。
 知っているだろう。あの子があのまま十歳の誕生日を迎えたらどうなっていたか。
「知ってる。だからこそ、もう」
 もう平穏がきたのだと、勝手に安心していた。
「いいんだ。俺達は今まで何もしてこなかった。これが、報いだ」
「それでローゼを過労死させるつもりだとでも?」
「………」
「今この状態をどうにかできるとでも?」
 たった三人で。
 あの溢れかえった人間を相手にできるとでも?
「リディロル」
 リンザインの声は、まるで何かをあきらめているようで、何かを期待しているようだった。
「私は、ウィアだけが助かればいいと思っていない」
 だけど確かに、みんな死ねばいいと思ったことはある。あの昔。なすすべもなく死んでいく人間の相手をし続けたあの頃。
 だけど、今は違う。ひとりであがくことすらできなかったあの時と違う。
 黙りこんだザインの意見はいらない。まず今、すべきは――
「全員、追い出す」
「ご意向のままに、現当主」
 静かに、ザインが頭を下げてくる。
「……どういう意味かしら?」
「俺は、代理だ。一生な」
「誰も継ぐと言ってない」
「知っている。だが、今この場ではお前が一番濃く血を受け継いだものだ」
 初代に近い外見を持っているということで、血の濃さが決まるのだから。そして自分の「親父は死んだ。だから、お前がここにいる限り、エアリアス(この)家で一番力を持つのはお前だ。リディロル――いや、リーグラレル・リロディルク」


Back   Menu   Next