最後の仕事 〜掃除〜


「リーディル?」
 騒ぎの合間、眠っていたはずのローゼの声が聞こえた。
「ローゼ? 何をしているのシャス」
 細い声の先を振り返って、ローゼに声をかけた。そしてシャスを睨む。少年はぎくりと身を固めた。
「シャスに怒らないで」
 震える声で、ローゼは言う。
「そう? もう少し休みなさい、顔色が悪い」
 そう言いながら近づいて、ほほをつねった。くすぐったそうに笑ってから、ローゼは言った。
「私も……薬は効かないから」
 ここにいる、エアリアス家の者(だれも)が。
「……そうね」
「それに、私にできることはするから」
「ならまずは休みなさい」
「でも……二人は?」
「いいのよ、気にしないで」
 にっこりと微笑む。たぶん、男二人は青ざめているかもしれないが、無視した。
「人使い荒いよねーー……」
「あきらめろ」
 ほら、何か言ってる。無視無視。
 ふと顔をあげると――ってそこでなんでため息ついてるのよ。レラン。
「あなたに頼みたい仕事は、人手がいるから。集まるまで時間がかかるの」
「本当?」
「あなたに嘘をついたことはあるけど、それは本当よ」
「でも……」
「今度は、違う薬で眠らせてもいいのよ?」
「……」
「そのうち日が暮れるでしょう」
「うん」
「森には、日が昇ってから行ってもらうから。朝早く薬草をとるように、教わったでしょう?」
「……うん」
「だから休みなさい。こいつらはその時に休んでもらうから」
「ぅわあ、休めるって」
「素直に喜んでおけ、取り上げられたくなければな」
「ごめんなさい」
「でもそれじゃぁ、昼と夜が逆になってしまうわ」
 会話がおもしろかったのか、くすくすと笑ったローゼが言った。
「私じゃないから、いいの。さぁもう行きなさい。日が昇るまで誰もいれないこと、いいわね」
 ローゼの背を押してから、見知った兵士に声をかける。返事を確認してから、ローゼを送り出す。
 最後に、ローゼは振り返って抱きついてきた。
「ローゼ?」
「ありがとう、リーディル」
「それは、まだ早いわよ」
 ひらひらとローゼを見送って、一瞬目を閉じた。次に目を開いた時にはもう感情はいらない。そう、エアリアス家(わたしたち)以外に、情けはいらない。
「全員、追い出す」
 手段なら、問わない。


「兵を二つに分けて。半分は、屋敷の人間を追い出して、二度と入れないように屋敷の警備を」
 場所を変えて、叔父上の部屋にやってきた。ここは強固な鍵で守られているから、人々の侵略は受けていない。
 屋敷の見取り図とザインとシャスに、フォトスとレラン、ギミックを加えて作戦会議だ。何人か兵士が部屋の扉の近くに集まっている。
「ならそれは」
「あんたは、物資の調達」
「……はい」
 口を開いたフォトスを黙らせた。
「ウィディア様、久しぶりですがいったい私は……」
「人間を陸に送り返してもらうわ。抵抗しないように脅しかけるけど、面倒な作業になるわよ。それから、海軍も動かして」
「それは別にかまわない、けど」
「何?」
「海の警備が手薄にならないか?」
「沈めればいいだけの話よ」
「………」
 怒ってる……
「それで、私達は?」
 もうつくため息も切れたのか、先に聴いてくるこの男(レラン)。
「兵士は一緒に来てもらうわ。全員追い出すのに人手がいるから」
「部外者だが」
「だからよ。こっちの住人はこっちの人間しか知らない。進入してはいけない場所まで入ってくる人間の扱いなんてわからないのよ」
「ひとり残らずか?」
「そうよ。子供だろうが老人だろうが女だろうが病人だろうが全員よ」
「どうする気だ?」
「整理する必要があるでしょう。薬師が必要なのか、そうでないのか。その間に屋敷の修理と、寝台の整理。持ち込まれた私物は全部捨てて。――質問は?」
「あの〜俺達は?」
 恐る恐る声をかけたシャスの後ろで、リンザインがこの馬鹿と額に手を当てている。
「あんた達?」
 リールはにっこりと振り返って言った。
「あるだけ全部薬草と薬持って来い」
「あるだけ全部!?」
 レランにも、ギミックにも、フォトスにも、シャジャスティの驚きの大きさに首を傾げた。
「だから、余計な事を……」
 この荒らされた家の薬の隠し場所と地下室が、いくつあると思っているんだ……
「外も、忘れないでよ」
「まじで!?」
「薬草は明日とりに行かせるけど、とりあえず手持ちを確認。あんたは、こっちで一緒によろしく。邪魔するのは捨てて頂戴」
「死ぬ〜」
「まったく」
 嘆くシャジャスティに、リンザインはため息で答えた。
 レランには別仕事を頼んだ。また、ローゼのように取り上げられては面倒になる。この二人には仕事を徹底してもらうから周辺に気を配ってる暇はない。
「そうだ、あの副隊長も一緒に」
「その他の兵がすべてお前に?」
 先に言いくるめておく必要があるな、たとえ非常識でも緊急事態だと。逆らって王子に睨まれたいなら止めないと。
「私は上から行くわ。朝までに終わらせて」
 細かいことを決めて、質問をまとめた。集合場所と、連絡方法。交代の順番。急がないと、日が暮れる。一度掃除したら、今度は整理しなおさないと。
「まずは日暮れ前までに、始末するわよ」
 ……何を?
「さあ、ごみ掃除よ」
 連絡が、屋敷の中を駆け巡った。


 数十分後……
「邪魔するわよ……っていうか私の屋敷よ! 出てけ!」
「なっなんだお前!?」
 計画が実行に移って、屋敷の中はいっそう騒がしくなった。――特に破壊音が。


「騒がしくなっ」
 なったと言おうと思ったら、天井が揺れた。
「……」
「黙って働け」
「はい」


「なんだお前!?」
「――関係者よ」
 とりあえず。部屋の中を見渡す限り、趣味が悪いとしか言いようがない。まったく、家族で何をしているのか。
「出てってもらうわよ。この不法侵入者」
「なにっ!?」
「娘がいるんです!?」
「そっちの都合でしょ」
「そんなっ病を治してもらえるんじゃ」
「不法侵入者の世話をするつもりはないわ」
「助けてください! 娘はまだ十にもならないんですよ!?」
「それと引き換えなら、この家に居座っていいとでも? 残念だけど、私の優先順位はあなたと同じじゃないのよ。さぁ、出て行きなさい!」
「おいっ! お前達!」
 男が声をかけると現れたのは、黒服の男達。
「準備がいいわね。いくらか、支払ってもらおうかしら」
 剣を引き抜きながら、リールは呟いた。
「殺れ!!」
「おっ――リアス様!?」
 ついてきていた兵士を睨みつけ、剣を受け止める。――王子妃と呼ばせるわけにはいかない。
 それから数分後、黒と赤で真っ赤に染めた床を見つめながらリールは舌打ちした。しまった、掃除の手間が増えた。
 剣先の血を払って、青ざめた男に一歩近づく。男は立ちふさがり、女は娘を抱いていた。
「待て! 何が望みだ!? いくらでも支払うから!」
「お金でつれると思ってるの?」
 リールは笑った。
 兵士は苦笑した。確かに、この方を釣るには、お金ではあまりに……
 必要なお金なら、貯蔵庫にある。全部使ってフォトスに物資を補給しに行かせたのだから。だが狭い島の中だ、限界があるだろう。
 だからこそ、城の中からよこせと言ったのだ。どうせ、余っているのだから。
「さっさと、出て行け!」


「なんだ?」
 屋敷に入りきれなかった人々は、その様子を呆気に取られて見つめていた。金にものを言わせた金持ち達が、あわてて――というか何かに追われるかのように屋敷から出てくる。ついでに窓から大量に家具や私物が落ちてくる。
 代わりといってはなんだが、王家の紋章の付いた馬車が何台もやってきる。
 何が、起こっているのかわからない。また、ひとつ、泣き声と怒声と叫び声が響いた。話を聞こうにも、みなあわてて走り去っていく。
「ふざけるな! 私を誰だと思っている!?」
 またひとつ、怒声が響いた。
「あんたがどれだけお金持ちで権力者かなんて知りたくもないわ。――少なくとも薬師(わたし)の前ではその患者(ひと)がどんな服を着ていようとひとりは一人よ!」
 患者としての重さは、同じ。なんて、言うことになると思わなかった。殺してきたのに。
 あっけにとられた人々と屋敷の間、屋敷を囲むように兵士達が立ち並ぶ。もう簡単に近づけない。追い出されたもの達ももう戻れない。


「フォトス? 突然帰ってきたと思えばいったい何をしておる」
「リーディが戻りました」
「あっあの娘か!?」
 そこまで驚かなくてもいいと思うが、そう驚きたくなるのもわからなくもないと言うか。
「邪魔をするとあとでどうなるかわからないので、従っておきます」
「知らん。わしは何も聞いておらん」
「父上。そんな嫌わずとも」
「あの娘に関わると、ろくなことにならん」
 いつの間にか帰ってきたのだ、聖魔獣を従えて。


「思うんだけど……」
「余計なことは考えるな」
「あれでどうやって城で生活してるんだ?」
「それは……」
 何か言いかけたリンザインは、口をつぐんだ。なので、シャジャスティの視線はレランと、その後ろにいるヴェリーに向けられた。
 たらりと、冷や汗を流したのはヴェリー。え? あの王子妃について考察しろと?
「聞かれたものが困ってるぞ」
 助け舟を出したのはリンザイン。
「ジャスティ、ここからは二手に分かれる。お前は外だ」
「えーー!?」
「ヴェリー、お前も付いていけ」
「はい」
「ぇえ!?」
 外まで付いてくるの!?
「他人にかまってる場合か、ジャスティ? 少なくとも刻限までに仕上げなければどうなるか想像も付かないのか?」
 ざーっと、シャジャスティは青ざめた。え? リーに逆らうの?
「それに――見たところ一介の兵とは違うようだし。わざわざこちらの不利になることをするとは思えないからな」
「この人たちもリザインと一緒でリーに頭が上がらないのか?」
「……ジャスティ、相変わらず一言余計だなお前は。――直結してリディロルというわけじゃないだろう」
「どういうことだ?」
 その時、屋敷の中から先ほどから響きっぱなしだった破壊音がひときわ大きくなった。
「いいから、あとにしろ」
「いってきまーす!!」
 あわてて、逃げるようにシャジャスティは外に向かって走り出した。
「――頼むから、道を塞ぐなよリディロル」
 これから行く場所を考えて、リンザインはため息をついた。


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2008.10.10