最後の仕事 〜死が充満する〜


 二階は金持ち共が用心棒と一緒に陣取っていたので、比較的屋敷に対して被害は少なかった。
 問題は一階だ。薬を盗もうとした侵入者の痕跡が多すぎる。窓は壊滅状態だ。
 大工とガラス屋の手配を優先させたから、もう着くだろう。その間に中を掃除しなければ。
「部屋の中の住人を引きずり出して、家具は全部捨てる。抵抗するようなら眠らせてかまわないわ。ああ、そうね、むしろその方が、早いわね」
 二階は、比較的無力な人間が多かったが、こっちは生き残るのに必死なもの達ばかりだ。
「燻(いぶ)りだすか」
 って、そんなことしたらザインに怒られるわね。
「作戦変更ね。あなた達は作業を続けて。死ぬ気で抵抗する人間は、とりあえず放っておいていいわ。私が行くわ」
 数人の兵士を伝令に走らせて、隠し扉の中に向かう。いつものように塔に向かったが、舌打ちする。
 あの時、捨てた薬のほうが多い。塔の上にあった薬のほとんどが出回ってしまった。地下に保存したものの中で、状態がいいもので代用しなければ。
「――っ」
 唐突に、立ち止まった。
 ――あの時、すでに、この島にたくさんの人間がやってきていた――の、か?
 だから、ザインと――カイルも?
「知っていたのか」
 そうだったのか。それでああもあっさり出してもらえたのか。
「――まったく」
 なんというか。無関心な用でいて、一番気を配っているというか。
 そういえばいつも、そうだった。
「………」
 いらだちは、なぜか知っている。だけど、絶対に言ってやらない。


 塔の中は屋敷よりひどい状況だった。扉は半壊。窓は粉々。めぼしいものは全部持っていかれている。家具はすべて壊されているし、所々壁も壊されている。
 屋敷から離れているし、誰もいないからちょうどよかったのかもしれない。
「それで死んでくれるなら、勝手にしろって感じなんだけどね」
 それで儲けようなんて、絶対に許さない。
「――たっ!?」
 柱に手をつけて、とがった木に指を取られた。細い線を描くように、赤が浮かび上がる。
 皮肉なもので、壊されて破れたカーテンと窓から、日の光が入ってきている。
「………」
 この場所では、いろいろなことを思い出す。気が緩むというか、恐ろしくなるというか。
 本当にここで独りだったら、生きていけなかったかもしれない。


「なんだ! お前達は!?」
「なんだと申されましても……」
「なんなんだろうな?」
「さぁ?」
「まぁ隊長と、リアス様と、引いて主君の命令だからなぁ」
「ここでは、エルディスの名は禁止よ。絶対に。私はリアスよ。いいわね」――と王子妃は念を押した。
 隊長は隊長で、「逆らって王子に首をはねられたいというものがいるなら、止めない」なんて。
 寿命が縮まる……
「とりあえず、掃除だな」
「そうですね」
「なに!?」
 手始めに目の前の男につかみかかった。


「壊されたものを修復だ。窓を直すことが最優先だそうだ」
「あれを全部ですか、王子様」
「――ああ」
「リアス様の依頼とあれば、腕のふりがいがありますな。行くぞー」
 おー! と、大工とガラス屋は結束して仕事に取り掛かった。――その視界の端に、泣き叫ぶ人間が見えていたはずなのだが。
「王子!」
「布の準備はできたか?」
「はい、島中の布を集めさせてます!」
 まず、王城の客室のシーツはすべて剥ぎ取られた。
「夕食の準備も忘れないように伝えておけ、彼らすべて、城に収集することになるからな」
 エルディスからやってきた兵士達全員。
 だーー忙しい。
「まぁ、それでも資金があまっているというのだから、恐ろしいな」
 なんで、国庫より多額の金額を溜め込んでいるんだよ。


「こんなものね」
 あるだけのもので眠り薬を作って、鞄に詰め込む。
「忘れ物――なし」
 暴かれていなかった地下二階に押し込んだものは古いものばかりだ、効き目はよくないと思うが、逆にそのほうがいいかもしれない。
 ようは、追い出す間静かにしててくれればそれでいい。


「リアス様!」
「遅くなってごめんなさい。で、どうなった?」
「一階の住民でまだ退去してないのは十組です。それから大工とガラス屋が到着しました。物資は布が届けられています」
「わかった。退去しない人間を追い出す。人手は?」
「ここに」
「修復は二階からはじめているわね。階段付近の警備を一人ずつ増やして」
「はっ」
「布は修復が終わった部屋から運ぶから、まとめておいて」
 一段楽したら、城の侍女がやってくることになっている。そんな時に何かあっては困る。
「さっさと、追い返すわよ」


「まだ居座って、何をするつもりかしら?」
「黙れ! 私は不死になると決めたんだ!」
「迷惑よ!!」
 小瓶からもれた眠り薬の効果はあった。――はじめからこうしていればよかったと思いつつ端から人間を眠らせていく。その後を解毒剤を飲んだ兵が部屋の中を空にしていく。
 一部屋、二部屋、……半分を過ぎたときだった。
「――っ」
 部屋の扉の隙間からする異臭に、後ろの兵士達に入るなと腕を伸ばした。
「これ、は?」
「死んでるわね」
「なんですと!?」
バン!
 迷わず、扉を開け放った。
「誰だ!?」
 奥の寝台に突っ伏していた男が振り返る。部屋の中は真っ暗で、足元を照らす明かりしかない。
「関係者よ! いったい、何をしているの? 死体を持ち込んで」
「違う! ヴィーは死んでない! ここで不死になるんだ!」
「無理ね。死にぞこないと死体は対象外よ!」
 叫ぶと、男が剣を引き抜いた。兵士達に緊張が走る。
「なんのまね?」
 ここに、時間をかけている暇はない。
「ここでヴィーは生き返るんだ。誰にも邪魔はさせない」
「へぇ。で、その彼女は生き返ったの?」
「うるさい! もう少しで!」
「――もう少しで、なんだというの?」
「うるさい! お前には関係ない! これさえ、これさえあれば――」
「?」
 様子がおかしい。その男の手に握られているもの、あれは――まさか!?
「これさえあればラヴィーは生き返るんだ。そうだろう?」
 ぐしゃりと、男の手の中の物がつぶれた。滴る液体を死体の口に運んでいる。
「ヴィー? ほら、飲んでごらん?」
 死体が飲み干すわけないだろうに。
「仕方ないなぁ」
 男は、自身が口にして。寝台に突っ伏した。口移しで飲ませようとしたのだろうが――
「リアス様?」
 舌打ちをして剣を収めた私に、兵の一人が声をかける。
「死体の片づけを、任せられるものは?」
 兵士が、短く息を呑んだ。彼らは、唐突な話についていけないのだろう。だけどあの実が毒であることは、叔父上が身をもって証明してくれた。
「手間を増やしやがって」
 自滅した男に、同情してる暇はない。
 どうしてあの実のことを知ったのか知らないが、そのまま外に出回りでもしたら困る。あれはあくまで、この島の浄化のためのものだ。
 植物がそれを栄養に変え切れなかった毒が再び実となって帰ってくる。自然はすごいもので、薬草も毒草も混在している。数百年ののち、そのバランスを元に戻してくれるだろう。
「それから、兵を二人別仕事に回すわ」
 そろそろ、一回目の交代の時間だった。


 あんなに閑散としていた屋敷がここまで騒がしくなったのもはじめてかもしれない。それも、エアリアスの名を持たないもので溢れかえっているなんて。
 いい加減、騒がしいわ。


「まったく、不法侵入だし器物破損だし、死体は持ち込むし!」
 なんてことしてくれるのかしらねぇ!
 いらいらする。この屋敷から追い出した人間達は、薬師というエアリアス家の立場を利用したのだから。
 来るものを、拒むことはできないように、教え込まれている。そう、彼らには、そんな権限は与えられていない。患者を選ぶ権限はない。だけど、リロディルクとリンザインにはある。
 私たち二人には。
 だから、最後に。これで、最後に――


「ぉいっ! 私を追い出すなどなんの真似だ!」
「子供が病気なのよ!?」
 部屋を追い出されて屋敷の外、中に入ろうとする人々は兵士によって道を遮られている。
 その代わりに行きかう、大工やガラス屋の面々。
 どこからか、大量に布が届いた。
「布は各部屋に運んでくれと言っていた。それと、手の空いた兵は裏へ回ってくれ」
 騒ぎ立てる人間から離れた所で、大量の人に指示を回すフォトスは、屋敷の見取り図に目をやった。
 かつて、この場所には病気の患者が溢れていたらしい。客室のような造りの部屋はすべて病室となるらしい。待遇がいいというか、なんと言うか。
 それも昔の話。
 まだ、前当主の奥方や従兄妹たちがいた頃。ふと思う、彼らはいつの間に亡くなったのだろう。一時に人数が減ったのを、いぶかしむ暇はあまりなかった。
(――まさか、な)
 殺して回ったわけじゃないだろう。
 何が起きているのだろう。広く、この島で。


「来ているの?」
 声が、聞こえる。
「はい」
 肉体(すがた)というものを、今は必要としていない彼の。
「行かなくていいの?」
 衝撃が走った。肉体を持つシーンに。
「私は」
「僕じゃないと思うんだ、必要とされるのは」
 寂しげで、諦めている、だけど望みたい。たったひとつだけ。
「王……」
「僕は、会えないから」
「王!」
 声を荒げたシーンの周りを回っていた風は、空を飛び越えて行ってしまった。


 ばたばたと、廊下を行きかうものたちの多いこと。すれ違うものたちの中から罵声も聞こえてくる。
 無理を言ったのはこちら。でも、やればできるのよ。
 それは誰かで、証明済みだった。
 頭を下げるものたちに笑みを返す。この島の人は、私のことを死を運ぶと罵った人のほうが多いのに。生き延びた人が、手を貸してくれる。
 一通り部屋の住人を追い出して、部屋の掃除をしてもらう。割れた窓壊れた壁擦り切れたじゅうたん壊れた家具。
 たぶん、もとあった傷と今出来た傷は、半々くらいだろう。
 どうせ、最後には――でもそれは、今じゃない。


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