最後の仕事 〜初期化〜


「おい! なぜ私が入れないのだ!」
「そうよ!」
「俺達は患者だぞ!」
「なら、治療費を払ってもらいましょうか」
「なにっ!?」
 悠然と腕を組んで現れた人影。口元が笑うだけの笑みを見せたリロディルク。
「それ、相応のお金をね」
「まだ治ってもいないのに誰が払うか!」
 そうわめく男――くすりと、笑った。
「ならいらないわ。帰って。別に、あなたが患者である必要はないもの」
 お金なんて、有り余っている。
「なっ……病気の人間を見捨てるのか!?」
「そうよ」
「なんだと!」
「ふざけるな!」
「そんなことが許されると思っているのか!?」
「なぜ? 私が誰に許しを請わないといけないのよ」
「なんっ!?」
 はっきりと言い切ったリロディルクの言葉が、衝撃を走らせる。今まで、自分達は患者だとのさばってきたのだ。この場所に。
 不死と、その技術を求めて。
 言葉を失った男を追い越して、無駄な時間を取る暇はないと小さく呟く。歩き始めて、樹の根元に向かった。
 大人に食って掛かった、少年と妹。
「……?」
 呆然とこちらを見上げていた少年が立ち上がった。それは無視して、少女を抱き上げる。やせ細った体は熱く、生きが途切れ途切れだ。――危険だ。
 迷わない。
 かばんの中からいくつか小瓶を取り出して、置く。少女の上半身を起こしてほほに手を当てる。
「飲めそう?」
「……?」
 開かれた少女の目は焦点が合っておらず、ぼんやりとしている。
「死にたいの?」
 一言に、はっとしたように見開かれる。その目。
「……ぁ」
「だけど、悲しむ人がいることを忘れていない?」
「……ぇ」
 見渡した少女の目に、映ったのは一人だけだった。
「飲めるわね」
 こくりと頷いたのを確認して、少年に薬を手渡した。
「南の上、四番目の部屋」
 短く言い残して、少年と少女を兵士に預ける。ふと振り返るその瞬間、近づいてきた男を兵士に取り押さえられる前に切り捨てた。
「――ひっ!?」
「次!」
 囲む人々の列は長く、ため息を飲み込んだ。


 今この島にいる薬師は四人。それも若者。屋敷に居座る患者を診られる数など、たかが知れている。
「帰れ」
「なっ!? 先ほどの少女はなんだというのですか!」
「死にぞこないと死体は対象外よ」
 そう言って追い返した人間の多かったこと。
「なぜ診ていただけないのですか!!
「死ぬから」
「なっ!?」
「ふざけないでください!」
「……何か勘違いしているみたいだからおしえてあげるわ」
 私は、この屋敷にいる中の人間とは違う。そしてエアリアス家(ここ)は、他の国や他の人間の常識を考慮する場所ではない。そこまで考えて、それはそれは楽しそうに、リロディルクは笑う。
「診れる人しかみないわ」
 そして残りはすべて、私に回っていたのだ。あの昔。この島の人ならまだしも、他の国の人間で不法侵入者を数年かけて救ってやる暇は、私にはない。
 だけど今のままでは、彼らを完璧に納得させるには弱い。
「ふざけるな!」
「どっちが? いいわよ。入っても。その薬で、死んでも構わないなら。……そのほうが手っ取り早いわね」
「な、に?」
「殺してあげるわ。喜んでよ?」
「おまえっ――ぎゃぁ!?」
「お父様!?」
「あなた!?」
 引き抜いた剣は、光に反射して光った。切っ先が、男の服を切り裂いたまま。
「一度しか言わないわよ」
 構えた剣は、誰に向けたのだろう。
「見切れる人しか診ないし。死体を積み上げる気もないわ」
 誰が不死だと、言ったのだろう。それを望み、死んでいったものをよく知っている。
「さっさと帰りなさい」
 冷ややかで、静かで、だが何も受け付けないと瞳が言う。静かに怒る何かが見える。
「帰れと、言っているのが、聞こえないの?」
 くすりと、笑う。その腕が動いた時にはもう、彼らは兵士に腕をつかまれているのだから。
「なっなんだっ!?」
「そうそう。忘れていたわ」
 何かを楽しむかのように、リロディルクが言う。
「最近は物騒だから、雇ったのよね」
 お前がそうだろうと、おそらくリンザインは言っただろう。
「邪魔者は――排除しろと」
 それが、教えよ。


 遠ざかる恨み声と叫び声は耳に届けない。聞こえる声と聞く声は別だ。
 あれは、まだここで殺すわけには行かないだろう。
 ぐるりと、怯えたようにこちらを見つめる目を見渡す。多すぎる。
「言ったでしょう?」
 びくりと、空気が揺れ動いた。
「死に損ないと、死体は対象外よ」
 でも一つだけ、いい方法があるわ。



 むりやり押さえつけられて港に連れて行かれる人の恨みの言葉が、何度聞こえてきた事だろう。
 頭を抱えた。
「――リディロル……」
「なぁザイン兄、これでいいか」
 暗闇の中から、シャスが現れる。その手に持つ瓶を確認して言う。
「まぁ――いいだろう」
 隠し扉を開ける。開け続ける。隠し扉も隠し通路も部屋の数も多すぎる。そこかしこに隠してあるものを見つけるだけで一苦労だ。
「さっきからなんか怨念が聞こえるんだけど、やっぱリーなのか?」
「ほかに、誰がいると思っている」
 だよなぁと呟いたシャジャスティも、リンザインも、続く言葉を飲み込んだ。



 夜のうちに始末してしまおうと、さくさくと人を仕分ける。部屋の数も限りがある。限度を越えたら問答無用で終わりだ。それ以上は、できない。
 できもしない事を、ありもしないものを求めてここまで来る。迷惑だ。
 ふっと夜空を見上げて、息をつく。もう月は真上を越えて、沈もうとしている。
 仕分けの終わった人たちは、出航しているはずだ。ニクロケイルに向けて。この際、出身地がどこであろうが、知らない。

「薬の準備がいるわ」
 それと、彼らが二度と足を踏み入れないようにしておかないと。
 そのためには……
「ジオラス!」
 その場にいたシャフィアラの城の兵士が場所を教えてくれたので、探して、回らずにすんだ。
 足早に向かった屋敷の一室の開いている扉を潜る。
「ジオラス!」
「ぅわ!? リーディ?」
 彼はこの屋敷を修復する者達と共にいた。
「リアス様」
「ご苦労様」
 リアスを、畏怖する人たち。時に尊敬して、時に怖れる。踏み込まない存在。
 距離がある。だからよかったのだ。この場所が孤島の島であるうちは。
「どうしたんだ?」
「海岸警備は?」
「……人手不足だ」
「なら今外に出たものを回して。もちろん、休憩のあとに。それから、これからずっと」
「わかっている。父上も、そろそろ警戒を始めていた。だが、すべてを遠ざける事は無理だ。おそらく、外との貿易は公のものとなるだろう」
「そうね。ある程度は、それも必要なのよ」
 その時に、思うままにすべてが運ぶように。
 成功を、すべての失敗要素を取り除いた中に作る。
「とにかく、よろしく」
「ぁあ」
「ひとまず患者の移動は終わったから、半数は休憩にまわして」
「……お前は?」
 ぴくりと、言葉に反応してしまった。こういう時だけ、勘の回る奴だったと考え直す。
「それだけ余裕があるなら、あんたにはまだ働いてもらうわ」
「げっ」



「人使いが荒い……」
「人使い荒いよねぇ……」
 ため息をついた二人が、丁度角で鉢合わせする。
「嘆くのは勝手にしろと言いたい所だが、聞こえようものなら増やされるぞ」
 三人目は冷静だった。
「もう増やされてます……」
 シャスが、ごくりと何かを飲み込んだ。たぶん。わぁとか、この王子まぬけだなとか、そんな言葉を。
「同類だろう」
「違うよ!?」
 リンザインの言葉を力いっぱい否定したシャスのうしろで、フォトスが首を傾げていた。


「これから報告ですか?」
 なごやかにリンザインがフォトスに話しかける。
「いや――逆だ」
 逆、つまり。
「なるほど」
「ぇえ」
 今度も、二人が深々と息を吐いた。
「リーディはいつ休むつもりなのでしょう」
「さぁ。それこそ、一段落してからだと思います」
「どうにかできないのですか?」
「私は、現当主ではありませんから」
「つーか詐欺っぽいよな」
「うるさいぞシャジャスティ」
「でも来ただけで当主になれるんだったら、ちょっと羨ましいけどな」
「シャジャスティ」
「ザイン兄、怒るなよ。どうせ俺は当主にはなれないんだから、ただの憧れだよ」
「お前はっ」
 お前は、知らない――いや知っているのだ。それでなお?
「わかってるよ当主様。俺には、わからないけれど」
 自分だったらこうすると、決めているだけ。それが最良の方法だと信じているから。
 他人のすることはすべて、余計な事。
「別にリーに逆らうわけじゃない」
「当然だ」
「ザイン兄はいいのか? 昨日まで当主だったのにあっさり明け渡して」
「もともと俺のものじゃない。ほっとしたくらいだ」
 あんな、重苦しいもの、血の歴史を背負う苦悩は、誰にもわからない。
「そのついでにザイン兄、第二王子行っちゃったけどいいのか?」
「なに?」
 リンザインとシャジャスティの会話の終わりを見出せなかったフォトスは、一足先にその場を去っていた。
 本当に人使いの荒い人間を、休ませるためにも。彼の心遣いが、今度こそ、彼女にとってよい方向に動くのだろうか。


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