最後の仕事 〜準備段階〜


 騒がしい日々も、人の人数を減らすと変わるものだと思う。
 治療して助かる見込みのあるものだけを残して、あとは追い返した。食い下がるものたちも、自分の命を犠牲にすることはなかったようだ。
 他にも、追い返した輩もいる。
 私を王子妃だと指差した人間が、いた。いったいいつからこんなに人で溢れかえってしまったのか。
 エアリアス家が機能しなければ意味がない。そして――
 扉が開かれて、人が入ってくる。窓際のカーテンを引いて、振り返った。
「容赦ないな」
 そこにいたのは、自分より前に生まれたにも関わらず、自分より下の地位にしかつけない男。
「あんたと同じよ」
 そして、あの小父と。
「リディロル、何を考えている」
「きっと、逆よ」
「……お前にも同じ血が流れている」
「知ってるわ。だから、よ」
「今のままなら、平穏に暮らせる」
「今のままがいつまで続くと思っているの。過去は忘れられても捨て去れないのよ。例えそれが、自分の知らないものであったとしても――そうだ」
 何かを思い出したかのように、リールは手を打った。
「聞きそびれていたわ。なぜ、第一王子は死んだの」
 私が海をさ迷う時、陸を進む時、この場所で何があったの。
 一時、沈黙が流れた。リンザインが口を閉ざしたからだ。だからリールは待った。質問に答えないという選択肢を与えないように。
「第一王子は、気が付いた」
「敏い人だったからね」
 何に、すべてに。
「妹を殺したのは誰なのか、この国を裏で操ろうとするものは誰なのか、そしてこの国が今、これから、どこに向かっていくのか」
 いくら人を操れようと、人は人を越えられない。自然と大地に逆らえない。
「だから、殺した」
「あんたが?」
「いや。選ばれたのはローゼリアだ」
 ガタンと、大きな音がした。はっとして二人が扉を振り返る。いつから開いていたのか、隙間が見えた。
 だっと走って扉を開けはなつ。そこには、長い髪を下ろしたローゼがいた。
「ローゼ」
 うめいた。リンザインは、手で顔を覆っていた。
「わた、……わたしが――」
 あの王子を、殺したのか。
「そうだ、ローゼ」
「ザイン!」
 冷静な声に、リールは声を上げた。
「お前はセイネル王子に薬を運ぶ役目を持っていただろう」
「でもっあれは薬だって!」
「薬さ――最後の一回以外はな」
 それはきっと、最初から仕組まれていたのだとリールにはわかった。
「……いや……」
「ローゼ」
 かすれた声に、名を呼んだ。ローゼはある程度知っている。エアリアス家の表と裏を、だけどこの子は表の担当だった。
 でも、それを逆手にとって小父は自分に逆らうものを殺していった。疑いもせず薬を飲む患者。ちょっと、薬に細工をするのだ。こうすれば回復が早まる、と。
「……いや」
 そうたいしたことではなかったのかもしれない。遅かれ少なかれ崩壊するなら。けれど、彼女の行動が、王子の死が、すべてを加速させたのも事実。
 二人の王女に続けて、第一王子まで、この王家は、呪われているのか。
 死神は――
「いやぁ」
 ただ言葉を繰り返すローゼリアリマに、人の声は届かない。
 わたしが、コロシタ――
「いやあああああーーーー」

「ローゼ!」
 廊下を叫びながら走るローゼを追う。うしろで、座り込んだザインは知らない。
「ローゼ! ローゼ!!」
 階段の近くで、その腕をつかんだ。危ないと壁際に引き寄せる。
「はなして! 放してリー!」
「ちょっと待ちなさい!」
 そのまま走り去ったら、どこに行くか、どうなるかわからない。
「放して!! リーにはわからないんだわ! 私は人を殺したのよ!」
「ローゼ!」
「リーにはわからないのよ! もうなれてしまっているんだから!!」
 そこまで言って、はっとしたようにローゼはおとなしくなった。先ほどと同じように身が震えはじめた。
 いま、なんて。
 そう、唇を押さえたまま言っていた。
「……落ち着きなさい。明日から出てこなくていいわ」
「リー!?」
「連れて行って」
 角の先に、レランがいた。またかと嫌そうな顔をしていたが、黙ってローゼを促していた。
 促されるままに歩き始めたローゼが、言葉を発した。だけどリロディルクは、振り返ることなく部屋に戻った。




「わた、し……リー、に」
 自室に向かう途中で、ローゼリアリマは立ち止まってしまう。先を行くレランが、足を止めた。
「何があったのかは知らんが、あの娘は普通の娘だ」
「……リーが? そんなの嘘だわ」
 あのリーが、エアリアス家で当主を名乗れる唯一の人が。
 それきり、レランは何も言わなかった。いぶかしんだローゼリアリマも、何も言えなかった。




「うかつだった」
「本当よ」
「大丈夫なのか?」
「知らないわ。本人しだいでしょう」
「……」
 機嫌が悪い。誰よりもこの家のことだけを優先させるリロディルクなだけに、奇妙だ。
「リディロル、」
 呼びかけても、こちらを向こうともしない。
「ローゼリアに何を言われた」
「それを聞いてどうするの」
「内容による」
「あの子と、私と、あんたじゃ基準が違うのよ」
 人の、死に対して。
「同じだよ」
「どこが」
「死んでほしくない人に、死んでほしくないだけさ」
 はっと、した。
「思いは同じだろうに、なぜ人の願いは、歪んでいくのか」
「思うだけじゃ、納得できないのでしょう」
「人に過ぎた力は、身を滅ぼすと」
「誰も教えてはくれないのよ。それより、ローゼはしばらく出さないから」
「……シャスが泣くな」
「知らないわ」
 働いてもらうだけよ。泣くほど喜ばなくてもいいじゃない。



「わかってたけどさぁ……」
「なんだ、泣くほど嬉しいか」
「ザイン兄って、結構辛らつだよね」
「そうか?」
「うん」
「あ〜いいなぁ〜ローゼリア」
「本人の前で言うなよ」
「わかってるよ。あ〜いいなぁローゼ」
「まだ言うか」
 嘆くシャジャスティに声をかけているのは、一人ではなくなってくる。そう、部屋の中に入ってくるもう一人の人物は……
「まだいたの? それとも終わったの。ならあっちに……」
「ごめんなさい!!?」
「……走って逃げたわね」
「まぁ気持ちはわかるがな」
「人手が足りないんだけど」
「いや、俺はまだ仕事が」
「へぇ?」
 ジャスティ、辛らつなのは俺じゃなくてリディロルだろう?



「あの」
「何か?」
 自分よりもはるかに背の高い男性に声をかける。もともと人前に出る事を苦手とするローゼリアリマにはかなり勇気がいることだ。
 そう、前に第一王子に薬を持っていく事になった時だって、なれるまでかなりの時間を要した。あの時はまだ、セイネル王子は人当たりがいいのでよかったが、目の前にいるのは常に不機嫌そうに眉根を寄せているレランで……
「………」
「………」
 勇気をだして声をかけたが、低い声で振り返られたところで口を閉ざしてしまう。
 基本的に、レランの周りは自分から働きかけるものばかりだ。だが、こうやって目の前で呼ぶだけ呼んどいて何も言われない場合もある。
 それは、あの国では多々あることで、相手によっては押し黙っている。急用がない限り。
 ここでは、用がないといえば嘘になるが、一応あの娘の親類であるということで、将来の身の保身のためには話を聞いておくべきであった。
 しかし、何も言わない。いぶかしんでさらに眉根を寄せる。
 その事にさらに身を縮めているのはローゼリアリマだった。
 時間だけはたっぷりあるので、背の低い娘を見下ろす――その身長差。しばらくして、それに気が付いた。
「なにか?」
 ひざを折って視線を合わせた。さらに一歩娘が足を引いた。
「……ぁ、の」
 小さく声をあげた。
「はい」
「リーは、どこに」
「あの娘なら……」
 しばらく考えて、思い当たった。私が知るはずないだろう。
「私に言いつけを残して館の中を走り回っているはずですが」
「リーは」
 またあの娘かと、レランはため息をつきそうになった。本人に聞いてほしい。
「どうして」
「意味がわかりかねますが」
 相手が王子なら、ある程度察さないといけないのだが。
「私。何をしたら」
「何かするように?」
「いいえ」
「なら」
 あの娘に聞いてほしいと言おうとして、続きが聞こえた。
「いいえ」
 思いのほか強い声に、それ以上言葉をかけることが躊躇われた。すると、娘は頭を下げて立ち去ってしまった。




 屋敷に二十ある客室は満室だった。あるものは栄養失調で休養を必要としている者、あるものは病がもう治らないと言われた者、あるものは――。
 生き死にが飛び交い、交差する。
「どうして!?」
「寿命です」
「ふざけないで!」
「――無理なものは無理です」
「ここにくればっ」
「幻想を抱くのは勝ってだけどすがり付かないで、迷惑よ」
 一人は助かっても、二人は助からない。
 ただの薬師だ。投薬を長く続けて毒を中和する事、病を軽減する事が仕事だった。
 誰かを不死にすることが、仕事ではない。
 わからないのだろう。初代エアリアスの苦悩が。長く生きる事の苦悩が。



「お姉ちゃん!」
 廊下を足早に進んでいると少女が飛び込んでいる。多忙な事を知っているからか、部屋から出てきた兄の顔は青ざめている。
「ずいぶんよくなったわね」
「うん!」
 ふと、顔がほころんだ。こうやって回復に向かう人の相手をするために、生きる事ができなかったからだろうか。
 終わりに向かう道しか、進まなかったからだろうか。
『死を運ぶ女よ!』
『人殺し!』
「……」
 頭の中を、言葉がよぎった。いや、所詮同じかと首を振る。この家にいる限り。同じことだ。
 私も、ローゼも。
「お姉ちゃん?」
「っと、ごめんなさい。ほら、あそこ。お兄さんが心配しているわよ」
「お兄ちゃんは心配性なの」
「そうね。でも熱が下がったといって油断しては駄目よ。きちんと回復するまではゆっくりしていなさい」
「はーい」
 どこか不満そうな少女も、静かに部屋に戻る。兄が頭を下げて扉を閉じきる前に、その扉の前を横切った。
 彼らはそろそろ、帰さなければならない。
 その時のために。


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