最後の仕事 〜その頃…〜


 元々息子には何も期待していなかった。といえば嘘になる。妻とは晩婚ではなかったものの、あまり早いうちに子宝に恵まれたわけではない。
 どちらかというと、余裕がある時に産まれてくれてよかったようなもので。
 今ではもうでかくなりすぎて、可愛げの欠片もない。
 どちらに似たのかと嘆くと、王でしょうねときっぱりとした返事が返ってくる。副臣のはずの男は、時折こちらをいらだたせてくれる。
 さて、その息子の嫁の話は、長くなりそうなので省略するとするか。まぁなんと言っても、あの息子があれだけ目をかけるのだ。見た目通りではない事は見て取れた。
 だからこそ――今この目の前で機嫌の悪い息子を、からかうのが楽しいのだから。
「何をふてくされている。実家に逃げ帰られたくらいで」
 片親を半眼で睨むな。
「まぁお前の愛情は重苦しそうだから。たまには羽目をはずしたくなるだろうな」
 ピクリと反応を見せる。
「あの娘の事だ、向こうにも相手がいたのだろう?」
 ……大当たりか。
 無残にも引き裂かれた書類を哀れに見届ける。
「……父上」
 ここに来てようやく反応するか。
「なんだ」
「邪魔をしないで頂きたいのですが」
「そうは言ってもなぁ。新婚期を過ぎた途端嫁に実家に逃げ帰られるとは、いったい何をしたのだ息子よ。そんな息子に育てた覚えはないのだが」
「育てられた覚えはありません」
「そうだったか?」
「それと逃げ帰られてはいません」
「そうなのか?」
「父上」
「そういえば、息子よ」
 まだ会話を振るか。カイルの手に握られているペンが、また折れた。



 壁際で、聞きたくもなく親子の会話を聞かされている男二人はひたすらに沈黙していた。
 いや、会話がまったくなかったといえば嘘になる。
「陛下は、いったい……」
 さすがに、国王が入ってきた時には長椅子で寝ていたセイジュは飛び上がった。ついでにあわてて壁際のリヴァロの隣に立った。
 彼らが壁に立ってから、かなり時間がたっている。
「楽しいのだろう。久しぶりに帰ってきた息子をからかうのが。王子一人でも材料に困らないのに、今は王子妃がいるのだから」
 からかいがいが、ありすぎるというものだ。
「………」
 そして、そのからかいにいらだった王子に奴当たられるのは俺なんですけど……
 セイジュは、ただひたすら自分の身の無事を願った。




「いただきま〜す」
「はいどうぞ」
 青空の下、テーブルの上に並んだお菓子に小さい手を伸ばす少女。
 今日はお団子でその周りをみつあみが飾っている。着ている桃色のワンピースにはフリルがふんだんに使われている。ちなみにアズラルの作品の一つだ、おそろいでリールの分もあるが彼女は着ないと彼は嘆いた。
「おいしい?」
「うん!」
 王妃の言葉に、力いっぱい頷くウィア。続けて「おばさん」と言いたい所なのだが、フレアと呼んでねと言われている。どう見てもおばさんなの。と首をかしげながらウィアはフレアイラと向かい合う。
 フレアイラにしてみれば、ウィアはまだ子供という事で、息子の嫁のように口が達者でもなく、いやみを言う事もなく、素直で、率直な子供。娘が産まれなかった代わりとばかりにウィアで遊び倒す事を心に誓っている。
「さぁ。お茶を飲んだらおさんぽしましょうね!」
「うん! おばさん!」
 時折会話を彩るのは、正直な子供の率直な意見だった。




 わーい! と子供特有の高い声が聞こえる。窓辺に近づくと。なんのことはない。笑顔を振りまいて廊下を走る小さな娘が見えた。
 今日もまた、派手な格好をしている。それはアイラというかあの被服師の趣味であろうが、その高そうな服を着ているということをまったく気にした様子もなく走り転げ――転んだ。
 侍女達も見慣れたもので、でもあわてて駆け寄る。最近は泣かなくなったと言っていた。
「元気だな」
「はい」
「あの島の娘だからといって、変わりはしないのだな」
 たぶん、息子の嫁も、同じだったのだ。同じように笑顔で、土の上を走り転げて、笑って、泣くような。
 あの笑顔を守りたいと思うのは、自然な事だ。
 だが、守られなかった。
 凍りつくような冷ややかな顔。感情を忘れたような。
 しかし震えてすがりつくように泣く姿は、子供と同じだった。ただ親を求めて泣くような。自分の生きた時間の半分しか生きていないような女だからと言って、下に見るつもりはない。
 だが彼女に何があったのかすべてを知れないし、私に何があったのか彼女も知らない。
 まったく、息子は何をしているのだと額に手を当てた。




 邪魔者(王)の去った執務室で、王子は一向に進まない書類を睨んでいたと思ったら――はでにくしゃみをした。
「風邪ですか? 夜は寒いですしね〜」
「そうか、死にたいか」
 何をどう解釈したのか聞く暇がなかった。




「おおオオッオークル!!?」
 廊下を進んでいると、目の前を塞ぐように現れた影。軽くぼろぼろだ。
「なんですか、突然。バカの相手をしている暇はないのですよ」
 まぁ暇ではありますが。
「王子に殺されるーー!?」
「二、三回殺されて来て人生をやり直すといいですよ」
「味方はいねーのかーーー!?」
「まず作るところからはじめてください。で、何を言ったのですか?」
 はぁとため息をつきながらも話を聞いてくれる同僚。
「いや、夜は寒いなぁって」
「それは、どういう意味でですか?」
「何想像してんだよっ!」
「やっぱり刺されてきなさい」
 オークルがそう言った直後、セイジュの足元に短剣が飛んできた。




 ひ〜とセイジュが走って逃げ去る。はぁとため息をついていると、その短剣の持ち主がやってくる。
 短剣を引き抜いて土をぬぐい。差し出された手に乗せる。
「久しぶりだな」
「おかげさまで」
 最近まで左遷状態だった。なぜか、帰ってくるたびに王子妃はいない。狙っているのか、偶然なのか。
 報告をと、促すしぐさに頷いて口を開く。
「やはり海流の変わり方が顕著であるとの報告が大きいです」
 それは、話に聞いた新しい聖魔獣が現れてからの変化。
「そうか、―――」
 それを聞いて押し黙る王子。海流の変化のおかげで、被害をこうむるとすればそれはニクロケイルと、シャフィアラであるだろう。
 ニクロケイルは海から流れ込む水の流れによって持っている国である。シャフィアラにいたっては、
「海に出る船の数がかなり違います。最近では、撃退されたという情報もあります」
「派手に暗躍しているというわけか」
 それが誰なのか、心当たりがありすぎる。
「次にアストリッドですが、天候の安定が見られるとの報告があります」
 砂嵐や、深刻な雨不足に陥らないと。
「それが本当に、獣王のおかげなのか」
 主は、いや私も、信じられないというのが本音であった。目の前でことを見てきた主ですら。
 あるべき場所に、あるべきものが収まるべきであると。そういうことなのか。
「安定、か」
 苦々しく言葉が吐かれた。何かを、悔いているようでもあった。
「心配ですか?」
「いや」
 否定の言葉は、早いものだったが。




 たぶん、嫉妬なのだろうと、頭をよぎった。
 あるべき場所に力ある王がいる、それだけで場の空気が変わる。
 安定と安心が、あの場所、あの王の下にあったのだ。閉じ込める檻でもない、帰る場所を強制するわけでもない。
 それでも、共にいた時間がすべてを物語っていた。
 変わりでもいいと、そう聞き分けのいいことは言えない。すべてを、望む。
 それは、おそらくこの生を生きても叶え切れないかもしれない。だが、それくらいであきらめはしない。
 それだけの時間を、共にいたから。
「お義兄さん!」
 どすっと、背後から何から突撃してくる。この攻撃もなれたもので、みな笑いながら遠巻きにしている。
 はじめて見たオークルは必死で笑いをこらえているが。
「どうした、ウィア」
 あとで仕事を押し付けると心に誓って、しゃがみこんで話しかける。
 一瞬、噴出した男をにらみつけるのも忘れない。
「あのね! ウィアこれ作ったの!!」
 はいと手渡されたのは、赤い花が刺繍されたハンカチだった。たどたどしい刺繍だ。
 こんな子供に何をさせているのだと、一瞬母に嘆く。
「ぁあ、うまいな」
「うん!」
 いや、考えろよ。
「あれ? ……お兄さんだぁれ?」
「ぁあ」
 今の間はいったい何に悩んだのかつっこみたいが。
「これはオークルだ。オークル、リールの従妹で、ウィエア・アンダーニーファだ」
「ウィア!」
「はじめましてウィア」
 似た顔で、すっとしゃがんで笑顔で幼女に話しかけている所を見るのは初めてだったが、よくリールがあきれ返った顔で見ているのを思い出した。
 確かに気持ち悪い。
「その顔、どうにかならないのか?」
「王子と同じですが?」
「にてないのー!」
 ころころと、ウィアが笑った。


 ぁあと、空を見上げた。
 あの時あんなに泣いていたウィアが笑っている。この空の向こう、あの海の向こう。
 森の中で、笑っているのだろうか。
 笑っていられるなら、もっと心軽く送り出しただろう。

 海流の流れが変わって、シャフィアラへの道を開いたとの報告は聞いていた。知っていた。
 話は、できなかった。
 再び、あの島に囚われてあの王を望む姿を予想できたから。
 王子妃(今の生活)になれてくる事を嘆きながら楽しんでいると知っていたから。
 そして何より、いつかまた戻る事は感じ取れていた。だからか。

 例えここで王子妃であったとしても、あの場所では違う。エアリアス・リーグラレル・リロディルクであるのだから。
 エアリー・リールでもない。だからこそ踏み込みはしない。呼ばれたとき意外。必要とされない限り。
 だがと望む。
 ただのリールでいいのだ。隣に、いてほしいのは――


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2009.02.10