業火 〜炎〜


 あんなに楽しそうにお土産を選ぶと笑っていたのに、泣き顔に変わってしまった。言い争っていた二人はそのまま、まるで認めるのを嫌がるように離れて行った。
 そして――
「なにそれ」
 いまだ自分が持ったままの、あの日のお土産。渡すわけにもいかない。仕方ないと小娘に差し出した。が、返事はこれだ。
「私が知るか」
「アリマに返しなさいよ」
「そうしたいのは山々だが、閉じこもったままで出てきもしない」
 あーもう。と、小娘が頭をかき回す。
 まるであの少女の心を移したかのように、お土産のひとつだったガラス細工は粉々に砕け散っていた。
「面倒ね」
「内部で亀裂を広げている場合なのか」
「わかっているわよ!」
 声を荒げた小娘の様子が、昨日の二人に重なる。はっとしたのか、小娘もそれ以上何も言わなかった。
 荷物はすべて引き取ってもらった。自分にはまだ、することがある。
「本当にこんなことでいいのだな」
「くどいわ」
「だから、承諾すると思わなかった」
「不死になんてなれないわ」
「だが、初代の例がある」
「……少し、狂わせるのよ」
 その、時間を。
「カイルより長く生きられればいいんでしょう」
「そのとおりだ。違えるなよ」
「見届ける気はないけどね」
「……小娘?」
 どこか遠くを見ている言葉に、その存在が希薄になる。吹き飛ばすように窓の下を見た小娘が、首を向けるように言った。
「また出かけたわ」
「じっとしていないのはこの家の習性なのか?」
 誰が動物よ! と、小娘の手元にあった物が投げつけられた。



「さすがに、きついな」
 人が減ったといえ、患者が減ったといえ、神経が磨り減って生きような気がする。昨日まで笑っていたはずなのだが。おかしいな。
「変だ」
「あの〜リンザイン……さん?」
「!?」
 反射的に毒薬を片手に振り返った。
「……ぁ、ああ第二王子」
「こんにちは」
 第一王子より人の良さ過ぎる第二王子か。そう思っていても表に出すわけに行かない。今回のことを考えれば、リディロルの次に感謝すべきなのだろうが。
「なにか?」
「ぇっと、リーディに会いたいのですが」
「今は塔に行っている」
 邪魔しようものならたたっ切られる。同じことを思ったのか彼はなぜか小刻みに震えた。
「王子?」
「出直します」
「いえせっかくですからお茶でも、すぐに」
 ……ローゼリアが入れてくれるだろうか。
「申し訳ないのですが予定が詰まってまして……」
 確かに、そうだろうな。あれだけリディロルにこき使われて、ただで済むわけない。
「何か言伝でも?」
「いえ、中途半端ことをしても怒られますから」
 互いに笑って、笑ってしまった。それから、第二王子は屋敷を離れた。

 目まぐるしく変わっていく。変わっていかないと信じていたことが嘘のようだ。
 昨日笑って、今日苦しんで、また笑っている。
 笑えるな。

 あの二人はどうしているだろうか。まぁ元気だろう。



「なんでついてくるのよ!」
「お前が先を歩いているんだろう!?」
「なんですって!?」
 はぁとため息をついた。この会話のレベルの低さ、何かに似ている気がする。なんだろうか。思い出せないが、……とりあえず見つけたら一発殴っておいても問題ないだろう。
「お前たち」
 はぁとため息をついたままとりあえず言い争う二人を引き剥がす。簡単すぎる。まず背丈が違う。
 べりっと引き剥がした。
「なにするの!?」
「なんだよ!?」
「落ち着け、お前達。だいたい、あの小娘に言うことがあるだろう」
「ぅぐっ」
「ぐっ」
「違うのか? 違うのだとしても、やめておけ。それにあれだけ渇望していた休みに、何をおびえる」
 静かに、少年に視線を向けた。驚いたように彼は目を見開いて、固まった。
「シャス……?」
 少女もまた、彼の行動に驚いたように目を見開いた。
「……リーは、僕らを捨てたんだ」
「自ら望んでおいて、何を言う」
「違う!」
「やめてっ!」
 首を振る少年に、少女が前に進み出た。威圧したつもりはないが、そう見えるのかかすかに震えている。
「脅してはいない。そう言った所で無駄か?」
「ぇ……?」
「面倒なことになる。だいたい、あの小娘に睨まれるのは私なのだから」
「リーは、そんなことしないわ」
「そうか?」
「そうよね?」
「………」
「シャス、なんで黙るの?」



 がしゃんと、耳障りな音がした。はっと気が付く。ここにいるのは私だけ。
「ガタがきたわね」
 霞む視界を払うように目元を乱暴にこする。生ぬるい中に浸っていた時間のほうが短いというのに。笑ってしまった。
 机の上にあったはずの瓶は粉々だった。レランの持ってきたガラス細工と同じだ。
「違う」
 欠片がいつか何かを形作るように。
 生きて、生けるように。
 ゆっくりと口元が笑みを作る。
 ぁあ、最後ね。これで――



「ねぇ、これならいいんじゃない?」
 そういった少女が手に取ったのは、花の形をしたガラス細工だった。
「そうか? それ、お前がほしいだけだろう」
「ぅ」
「真剣に考えろよ」
「じゃーその手の中のお菓子はなに」
「いやっこれはだなー」
 少女と少年が二人で騒ぎ出す。また出かけるというので着いていく。それが、約束。ほしいと思うもののため。手に入れるもののため。
 だから、なのか? はぁとため息を飲み込む。なんだか、求めているものから遠ざかっている気がする。

 平穏だと思っていた、今まで。
 忘れていなかった。あの小娘は、どこまで行っても小娘であることを。
 だが――

 遠く、いや近くに地響きが響き渡った。大地が、ゆれた。

「ぇ? ――きゃぁ!?」
 傾いた少女の体を支える。
「なっなんだ!?」
「どうやら、その贈り物は気にいらないのだろう」
 原因が小娘にあると思える辺り、自分の勘が外れていないことを怨むべきか。



 あわてて店の外に飛び出て、目にした光景。誰もが、同じ方向を見ていた。
 黒い煙が立ち上る。あの場所。
 そう、あそこは――
「屋敷が!?」
「もえっ……」
 倒れこまなかっただけ、さすがだと思った。



「派手にきたなー」
 塔に薬を取りに行った、ほんの少しの間だった。爆発音に続いて、燃え上がる炎。あっという間に屋敷を包み、衰える気配もない。
 見事に燃えている。これでは重要な本だとか遺品だとか絵画だとか、それ以前に私物ですら残りそうもない。
 もうほかに言うことがない。後ろから、ばたばたと走る音がした。
「リザイン!?」
 息を切らしたローゼリアとシャス、それに、あの黒ずくめの男か。名前、聞いてなかったような気がする。
「お前達、どこにいたんだ?」
 まぁ屋敷の裏手に回ってきただけ、よかったか。これで表で姿を見られれば、意味がない。
 あの燃える屋敷の中にこの二人を残すとは思えないが、姿が見えないのも心配だった。さすがに、自分が生まれてから“家”として生きてきた場所が燃えているのだ。
 驚きは、するさ。
「なんで!?」
「どどどどどっ!?」
「落ち着け」
「あれは小娘の?」
「そう思っても、声に出してもらうわけには行かないんだが」
「りりりりー!!?」
「落ち着け」
「リーはどこにいるの!?」
「さぁ?」
「さぁじゃないわ!」
 ローゼリアの叫びに混じって、熱に負けたガラスが砕け散る音がする。
 この間も屋敷は燃え上がり、黒い煙が噴出している。
 一階部分の燃え上がり方がひどい。これでは二階は落ちるだろう。
 燃え上がる炎、立ち上る黒煙。森の動物、鳥がばさばさと飛び立って行く。
 二階の窓に、人影が見えた。
「あれって……」
「逃げ遅れだな」
「助けなくちゃ!!?」
「やめておけ。どうせ、遅いか、早いか、薬か火の違いしかない」
 遅かれ早かれ、その命は終わらせられる。
「リザイン……どういう意味」
 皮肉な笑みを浮かべて、ローゼリアを見た。
「治せると思っていたのか?」
 がくりと、ローゼリアがひざを地についた。
「……だって……」
「まぁその可能性がないもの達ばかりではなかったが」
「だったら!」
「死にたいのか?」
「だって!」
 叫び声を遮るのかのように、断末魔の声が聞こえた。炎から逃げようと窓から飛び降りたのだろう。
 黒くこげた物体が、静かに落ちていく。地面にぶつかった瞬間、何かがつぶれる音がした。
「――っひ」
 息をのむ音。倒れこんだ体。それはシャスに任せて、進む。
「リザイン!?」
「移動する。――隠れるんだよ」

 そして――



「リーディ!?」
「王子! 危険です!」
「放せっ!?」
「できません!」
「リーディーー!!?」

 燃える炎に、すべてはかき消される。叫び声も、悲しい呻きも、助けを求める声も、呼び声も。
 燃え尽きた屋敷から取り出された黒焦げの遺体は、個人を特定するものではない。
 消えたのは、目に見える屋敷だけではない。
 彼らは、どこに――?

 真実に一番近い形で、うわさが流れる。それは“彼ら”が、消えてしまったとも、不死になって生き残ったとも。
 だが誰も、彼らを見ていない。
 エアリアスの名を継ぐ者たちを――


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2009.03.01