故郷編 〜久しぶり〜


 必要であるらしい薬と、薬草を手にとって、地下へ進む廊下を行く。

 これまだ使えるのかしらね。だって、作ったのは軽く五年前かしら?

「ちゃんと薬にも消費期限はあるのよ。」
「で?」
「別に」
「……………」
 どうやら、沈黙が嫌らしい。なぜか自分に振られた主の視線の所為(せい)で、前を見てどうでもいい事をべらべらとしゃべる小娘の相手をしなければならなくなった。
「次はなんだ。」
「今度はそっちがしゃべりなさいよ。」
「……………」
 だから、何故だ!
「………。」
 さらに後ろで、主が興味深そうに見ているのがわかった。
「………何処に行く」
「この先はエアリアス家の本邸につながっているから。行きたいのは、小父(おじ)上の部屋。もとい当主の執務室。そして、その奥。」
 こつこつと三人の足音。二つのランプが照らす壁。だんだんと狭くなっていく廊下。
「誰にも見つからないこともできるけど。反応を見ないといけないから。」

ぴた
 まったく変わらない、廊下。石の埋め込まれた壁の一ヶ所で止まる。

「…………で、どうすんの? 顔見られるけど?」
「われている可能性は。」
「ゼロ」
「問題ないな」
 エルディスの王子(カイル)は事投げに言う。

 いくつかの石をとある順番で押して、塔から続く廊下の壁に道を作り出した。

「久しぶり――――」
―――“ただいま”。という言葉は、使わない。




 道の先に通じていた邸の廊下には、誰もいない。
 この王都には、人がいないのか?
 そう思っても、考えても、思われても、仕方ないと思った。




「いったい! どういうことだ!!」
 叩き付けられたテーブルの上で、花瓶が落ちた。
ガシャン!
「「っ!」」
 二人の少女が怯(おび)えすくむ。
「落ち着いてください。」
「これが落ち着いていられるかぁ!! 何故だ! 陛下の信頼は落ちる一方だ。すでに死人の数を数えるのもばかばかしい。」
「もとから島の住人は数えられますから。」
「とにかく、原因は………」

「小父上(おじうえ)にあるんでしょう」
「誰だ!!!」
「……………」
 誰? ね。
 何を言おうか、考えていた。ただいま? こんにちは? お元気?? いくつもの言葉を知っていても、なんて言うべきなのか、わからなかった。本当に必要なときに出てこないなんて、言葉を知っている意味はあるのかしら。

「お前……」
 振り返った小父上は、私を見て絶句した。周りの者たちも。

「リロディル」

 その、失名に一番近い呼び名を使う当主(小父)。部屋の中にいる人数の少なさに、さすがに不審に思った。
「いったい何故ここにお前がいる!」
 苛立ちを隠そうともせず小父が怒鳴(どな)る。
 片手を扉に預けていたけれど、ゆっくりと中に入った。廊下にも誰もいなくて、誰にも見つかる事なくここまで着たけれど。音もたてず開けた扉に、誰も気づきやしなかったけれど、理不尽な責任転嫁に黙っていなかった。
「“何故”? おおよその予想はつきませんか?」
 もちろん、説明を求めるならばお話しますよ。
 部屋にいたザインと、ローゼ、シャス。それにウィア。それぞれの視線を受けながら、部屋の中に進んだ。――――もちろん、深入りはしない。真ん中より入り口より。まかり間違っても、扉を閉じられる心配はない。――――外にいる二人のおかげでもあるが。

「!」
 小父上は、はっと悟ったようだ。でも、言い放った。
「どこかの誰かが信用を失ってしまうから、どっかのバカが私を求め探しに来るのよ。」
 また、進んだ。
「小父上、どういうことなんですか?」
 まっすぐに言った。目を睨んで声を張って。床に響いた靴音。
「……………っ」
 たじろいだ小父上を見たら、予感が確信であると思わざるを得なかった。

――――もう、用はない。

 振り返って部屋を出る。呼び声に、答える義理もない。それに、外の様子がおかしかったから―――――すぐに、執務室を離れた。本当に、向かいたかった場所へ――――




「待て!!! リロディル!!! 〜〜〜〜〜あの女! 自分の立場を知っているのか!!」
「…………」
 その言葉に、青年と少年と少女の目が険しくなる。―――――――怒り。
「………………なんだその目は!」
 エアリアス家当主は、手元の本を投げつけた。

ダァァン!!

「何事かね」

「「「「!!」」」」
 本が音と立ててあたった扉。その真横に立つ人物は、突然の事態に驚きよりも冷静に問いかけた。
「陛下……………」
「エアリアス・エアゾール・リグエゾラグル。説明してもらおうか、息子と、娘二人を失った、本当の原因を――――」
 ………シャフィアラの国王が、兵士を伴(ともな)って現れた。


 突然の事態に、エアリアス家当主は反応仕切れなかった。
 ――――“二度と”エアリアス家(ここ)に帰ってくるはずの無い女。
 失いつつも、最後には信用を消すことの無かった国王。なのに、今の態度はどうか、明らかに疑われている。
 一度に、二人も現れた。しかも、王は兵士を伴って。


 …………何かが崩れた。“均衡”とか、そう言うもの。あまりに突然というわけではなく、新しく入った小さな罅(ひび)を、ほおって置いたら―――――大きな亀裂(きれつ)となって崩れた。

………そういう感じ。

 どこで、罅が入ったのだろうか?

―――今更、過去を振り返ってどうする。戻りようも、無いというに。



 進むススム時間が進む。想いと願いと夢と意志、行動と後悔と痛みを持って。人の総てを伴って。過ぎさった過去を糧(かて)にして。




かっかっかっかか
 廊下に、足音が響いてきていた。早くなり、強くなり。考えを振り払うかのように。
 歩いている? いや―――――走っていても、同じだろ。
 前を見据えて目的地に向かうリールに、カイルはそんなことを思った。扉の外で話を聞いた限りでは、いったい何が起こっているかなど、検討(けんとう)もつかない。――――――ただ、ここにいることを拒むようなリールの態度については、身内の反応を見れば、いや、とにかくあの当主には歓迎されていないようだ。それだけはわかる。果たして、リールが拒んでいるのか、歓迎されていないのか。……………両方か。

 だが、何故か……………はたと思えば、ここに来て“何故”という言葉を、聴かない日も、考えない日もないような気がしてきた。―――――後ろの誰かとは違う意味で、だが。


(右右右右左まっすぐ左右―――)
 だんだんと速くなる歩み。気づいていない。ただ、まっすぐに目的地へ。角を曲がって、足を進めて。と、
――――――………!!
 はっ!! と振り返った。
 声が聞こえたような、誰かがどこかで動いたような。不自然な流れ。――――――何? 何か――――?
「おい?」
「……」
 突然止まったにもかかわらず、カイルもレランも衝突することはない。進み出たカイルは振り返るし、レランもかったるそうに立ち止まるし。
「…………何かが、」
―――――変わった。

もしかして、―――――どうやら、
「………招かれざる客は、私だけじゃないみたい。」
「俺たちは。」
―――――だろ?
 冗談で冗談でないような。―――――――嬉しかった。

「つまり、さらにややこしくなるのだろが。」
「………いたの?」
――――あんた。
「……………」
「そうだな。」

 何かこう、そう、切りかかれる者はいないだろうか?




「へっっくし!!!! えくしょん!」
「まぁ、セイジュ様。風邪ですか?」
「そんな事はないさ。」
「ですが…………」
「気をつけて下さいまし。二回続けてくしゃみをすると、人が良くない噂をしているといいますから、一回で止めるのをお勧めしますわ。」
「でも、三回はいいのでしょう?」
「そう意味では………」

「うわさねぇ………」
 数人のメイドに囲まれて、セイジュはつかの間の“安全”を味わっていた。
 ―――――まぁ、普段“安全”じゃないのは自業自得なのだが。





「急がないと」
 本格的に走り始めた小娘。――――――何を、焦(あせ)る。

 速く、早く? ―――――気づいていない。小父上は。なつかしい、この廊下。
 歩いたことを、数え始めた。数えられるほどしかないかもしれない。誰も通らないというのに、当主のためだけに灯された灯。枯れたままの花。一人の靴跡がわかるほど、積もったほこり。掛けられていた絵は取り払われて、所々にある扉。同じ扉が並ぶ。廊下には窓はないから、まるで同じ所を通っているように思える。曲がっても曲がっても変わらない。異常なまでに同じ造りの扉、壁、飾り、生けられた枯れている花。まぶしいほど明るく照らす灯。―――――――廻る。
 目が、回る―――――


(あそこを曲がって………)
 最後の角を。そして、見えた扉を―――――
ずガン!!!!
「「!」」
「っと………」
 ちょっと待て、突然、現れたであろう扉に、蹴りかかるのはどうなのだ?
「蹴り開けるものらしいな。」
「壊れますが。」
 そんな、当然のように言わないでほしい。
 ががちゃと、鍵のかかった扉が音を立てる。
「……………燃やす………」
「……………」
 ボソッと呟くな!!!
「……。」
 焦るな。だからか知らないが、考えていることが先に飛んでいる。
「起きろ。まさか鍵がないわけじゃないだろ。」
「ま、ね。」
 そう言って、荷物の中から鍵の束を取り出した。ばらっと床に並べる。
「ん、と…………」
 いくつかの上を、手が行ったりきたりする。
「こっち? ………違う。…………これか。」
「ずいぶんと多いんだな。」
「いろいろ。大変だったのよね、ばれないようにスペアを作るのわ。」

「……………」
 どうにかならないものか、この非合法女は。


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