故郷編 〜止まらない動き〜


 鍵のまわる音、抵抗なく開いた扉。あまりにあっけないもので、笑えてくる。どれほど、苦労したことか。――――――ここに入るまで。

 入った部屋はとても静かだった。厚い扉を閉じてしまえば、外の音はまったく聞こえないほどに。細長く、窓は小さい。壁には本棚が並び、やや左寄りに置かれた机は片付けられて、何ものっていない。……………ペンと、紙さえも。床に敷かれた絨毯。歩くたびにほこりが舞う。――――――どうやら、この部屋に出入りする人間はあまりいないようだ。
「……けほっ……」
 吸い込んだほこりにむせ返る。
ばらばら、ぱらぱら、ばら―――
 なんの遠慮なく部屋に入ったカイルが、手に取った本を眺める。―――――この国は、話し言葉こそ共通語だが、書き言葉はシャフィアラの言葉を使う。カイルに読めるはずがない。何冊か手に取った後、興味を失ったようだ。…………ちなみに、レランも一冊手に取っている。
ぱたん―――――――ガチャリ、コト………
「……………」
 ただ、鍵をかけただけなのに、よく響く音。閂(かんぬき)をおいても―――――…………鼓動の、音がする。
「……………」
 また、止まっている。いったい、何を考えて、おびえて、恐れて、自信があって、確信を持っているのやら。
「で、ここは行き止まりか?」
 ぐるりと、振り返った。口元が笑う。―――――そうでなければ。

「まさか。」
 左の奥、二番目の本棚。正面に立って、見据える。ちらっとこっちを見たが、すぐに、行動に出た。




「へ、陛下。なぜ、ここに―――――………?」
 ようやく反応を当主が示すと、国王はやっとかいうように睨み付けた。
「質問に答えろ」
「陛下、いかがなさいますか?」
「お前たちは行け。」
 命令に、部屋の後ろに控えていた兵士が一斉に動き出した――――捜索? ……………その言葉に行き当たって、はっと振り返った。目があった国王は自分の表情を見て満足そうだ。

「何が出てくるか楽しみだ。」


……………そんな簡単に、捕まる女じゃなかったな。
 国王に降りかかる被害を想像して、リンザインはため息をついた。

 ほかの事は考えなかった。―――――もう、自分たちではどうしようもない。真実が知れたからといって、何が、できようか―――――?

 もう、遅い。
 ――――――全(すべ)てが。

「…………鍵を、渡してもらおう。」
 国王の言葉に、従った。この部屋にある鍵を取りに行くために、出て行く事はできなかった。




コツコツコツ
 棚を前に、行動をはじめる。
――――忘れた? …………まさか。
 口元に浮かんだ笑みはまだ消えない。――――もう消さない。
……………さぁ、覚えたように―――――

「三段目、右から七つ」
 ゆっくりと手を向かわせて、一冊の本を、半分引き抜く。
「八段目、右から十五」
 一冊の本の背表紙を軽く押す。
「二段目、左から十」
 また、押し込む。
「四段目、右から九」
 上半分を引き抜くように。
「二段目から五段目まで、左から十一」
 すべて背表紙を押して、本を中へ。
「一段目、右から十四番目。」
ばさっ
 引き抜いて、眺めて、落とした。

「六段目から八段目、左から五」
 本を中に押し込んだら、見えなくなった。
「五段目、左から十二――――」
 静かに、一定の口調で言われた言葉と同時に。一冊の本を引き抜くと、何かの音ともに動き始めた。

 ゆっくりと、ゆっくりと音を立てて。本棚の左が奥に、右が手前にやって来る。

ゴウゥゥゥゥゥゥ―――――……ン
 右側に下りを、左側に上りの階段を現した本棚を、眺めているしかなかった。

「下りるわよ。」
 振り返って言った。
――――――それこそ、来るのかどうか聞く必要はない。



カツンカツンカツン………
 石の階段は、三人の靴音を響かせる。ぼんやりと足元を照らすように作られた灯りは、最近使われたものらしい。油が十分に満たしてある。先を進み、その灯りを照らして回るリールの足取りは、どこまであるのか見えもしない中で速い。―――――詳しいのか、慣れているのか、それとも……

「地の底に、堕(お)ちる様だ。」
 言葉は、階段の上から下に響いたようだ。先を行くリールが振り返る。
「地の底なら、まだましだと思えるわ。」
 小さく口を動かしながら下を見直した。――――上には聞こえない。

 少しの間無言で、暗闇の階段を下りる三人。レランは一つ気づいたことがあった。
――――どうやら、一番暗闇に慣れていないのは主らしい。
 先を行く人物に注意を払いながら、レランはさらに先の人影を見やる。
―――なぜ、あんなにもよどみなく進めるのか? あの小娘は。
 主が得意としないのはよくわかる。凡人と比べれば数段いいが。

 暗闇に慣れて行動することは、レランは訓練されているし、あまり表立った行動することも―――――あるが。一応は極秘? カイルの行動は表立っているだけに、光の下がよい。
 では、あの娘は?
 どちらも、得意とするようで、どちらも、得意でないような―――――





「……私が、就(つ)きます」
「ふざけるな!」
「そうよ!!」
「何を考えている、出て行け!!」
「お前が、口を出す問題じゃない」
「誰のおかげで――」

――――いったい、何がしたいのか、言いたいのか。
――この、人間どもは。
よくも、……………よくもそんな事が、

「いいだろう」
「「「「「「「!!!」」」」」」」
「何をっ!」
「ほかに、自ら進んで就きたいという者がいるのか?」
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
「異存なかろう」





カツンカツンカツ…ン………カツン……カツ……ン…

「―――?」
「…………」
 足音が近づく、先を行くリールの速度が落ちた。――――また、何か考えている。それはかまわないが、大丈夫か? ――――足元――――
がくっ!
「っ!」
 階段をひとつ踏み外したが、崩しかけたバランスは何とか戻した。そこは、最後の段だったから。出口の光は、見えていたから。





 広い空間。ひんやりと冷えている空気。薄ら寒い。祭壇。壇上。作られた道と、石と溝(みぞ)。同じ大きさに整えられた石が、下にも壁にも天井にも並ばれる。四角い部屋。高い天井。照らされた光は天井まで届かない。下りてきた分高さがあるようだ。音の反響がする。所々に火が燃える。――――ずっと、消えないかのように。
 何があるといわれれば、むしろ何もない。部屋? 宝物庫? それとも、石の牢獄?

「宝物を隠すのにはむいてそうだな。」
「全然、」
 そこで切られた言葉。――――それは否定か肯定か。言った主は納得したようでもう興味を失っている。
「…………」
 なんだろうか、この会話。





 正面奥に置かれた祭壇。その上に、本が置いてある。

――――………一冊の本。







「しらみつぶしに探せ!」
 腕を伸ばして、命令した。
「何一つとして見逃すな!」
「「「「は!!」」」」
 振り返れば、青い顔をして立ち尽くす当主と、冷静に、いや、冷静すぎるほど静かにこちらを眺める青年。怯える少女が二人。それと………―――――ずいぶん。
「ずいぶん、減った。」
「…………」
 青年はこちらを見た。
「これ以上、減るのを見ておれと。」
「……………陛下、」
「――――――陛下!!!」
「「!」」
「何を見つけた!」

―――――リディロル。
 …………祈った。

「一ヶ所だけ、鍵を使っても開かない扉が!!」
「―――――…………」
 唸るように、呟くこともできなかった。
「案内しろ」
 早々に部屋を去る国王。鍵を使っても開かないことに、“理由”がある。その理由に、血の気が引いていく父親を立ち上がらせて、後を追った。






「何故この部屋だけ鍵で扉が開かない。」
「中から閂(かんぬき)でも掛けているのでしょう。」
「――中から? 誰が?」
 この家の人間は、―――――ここにいる。これだけのはずだ。
「……………」
 青年はまた、さめた顔でこちらを眺める。だが、何かに屈する感じでもない。疑問に、沈黙を押し通すきか。
「おい! 陛下の質問に答えないか!!」
「答える質問は一つだけです。」
 もう、答えました。
「貴様っ!!」
「よい」
「陛下!」
「中に入れば、わかることだ。―――――破壊しろ」

 すぐに、準備が始まった。

―――いったい、何をしている? これでは、俺達では、時間稼ぎにもならないぞ。それこそ、はじめから疑われている。
 中に何があるのか、よく知っているからこそ―――――止められない。
 止まらない。


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