故郷編 〜招かれざる〜


 祭壇に座っていた。握る本の表紙を、なでながら――――
 あえて、誰とも合わせないようにしていた視線を、ザインに向けた。―――――私よりも、暗いオレンジ色の髪。もう、すぐに切るのだろう。伸び始めた髪がうっとうしそうだった。合わさった視線から取れたのは、複雑そうな考えだった。――――そして、一番の迷惑な事は同じだった。……………陛下。
((帰れ))
―――――なんでいんの。
 知らん。
 小さくついたため息と共に、視線をはずした。


 誰も言葉を発しない。途切られた声は、誰もつなげる事はない。つなげられる事はない。
 それは、中心にいる女が他の声を拒んでいるから。


カツンカツン、カツーン……
 いまだに続いていた足音は、ついに途絶えた。
 広い部屋に反響していた音。声より響くことない音が、耳を狂わす。

「っ!」
 ふっと、リールが身体ごと反応した。―――――何事だと思えば、最後に階段を下りて現れたのは二人の少女。
 歳のころは、十五――十六? 幼さの残る少女は、かろうじてオレンジ色に近い茶色、まっすぐに下ろした髪が腰に届いている。くすんだ金の瞳が、怯えながらもしっかりと前を見据えている。
 その子に抱きしめられて、緑の目に涙を浮かべた少女がいる。とても小さく、幼すぎる。十にあがるか、上がらないか。―――後者か。細く二つに結ばれたブラウンの髪が、肩についてゆれていた。小さな手でしっかりと髪の長いほうの服をつかんでいる。………完全に怯えきっている。恐ろしさに、立っているのもやっとかもしれない。
 そこまで考えると、意識は下りてきた瞬間の“違和感”に移った。
 いったい、何がそんなに―――
 怯えているのかと思えば、次に下りてきた兵士は二人に剣を突きつけていた。
 これで、全員。

「何をしている」
 リールのきつい声が響いた。怒りをこめた声が、一度途絶えた声を再び引き戻した。
「――――これでも、何も知らないと。」
 意を効したとばかりに、国王は言った。

(ちょっと――――)
 再び向けた視線の先。ザインは目を伏せた。
(仕方ないだろ……)
 どうにかしろ。睨んでくる視線が言っていた。

 ――――悪いが、俺にできる事はもうない。


「………〜〜〜」
 指に爪が食い込んで、痛くて、痛くて。その痛みは、果たして指に食い込んだ爪の痛みだったのだろうか。
――――それは、指が痛いだけで、傷がついたのは心だ。


カタン
一瞬起こった小さな音。聞こえたのは、カイルとレランだけだったろう。
ガシャーーン!!
!!!
ザァ
ジャバーンザバーーン! ドボーン
 最後に近づくほどアホっぽくなる音。

「〜〜〜〜えい!」
 意を決したように、髪の長い少女が呆然と剣を突きつける兵士を突き落とした。
バシャーーン!
「「…………な、な、なっ!」」
 目の前に降りてきた格子。レランと国王の間だった。見えるか見えないかわからないくらい床に書かれた線の上。
 それこそ、太く尖った格子が天井から降りてきた。――――危ない。
「――――小娘!」
「何をするか!」
「陛下はお黙りください。私は、この国に用があったわけでも来たかったわけでもないし。大体、なんだって今ここに――――………」
 自分で言って、思い当たったらしい。開いた口が閉じて歯軋(はぎし)りをした。

「とにかく、“二人目”の招かざる客は話をこじらすので。」
 ――――自分の、“立場”は理解しているらしい――――

(“招かざる”ね。)
 苛立っていた事の原因は、国王の登場は予想範囲内ではなかったようだ。では、俺とレランは?
 ふと、向けた視線がぶつかった。気にしていないようで一番警戒している視線。リールよりは暗いオレンジ色の、ナクテスと同じくらい伸びた髪。俺の視線から逃げない茶色の目と。
「「……………」」

「どういう事だ!!!」
 ようやく現実を認識したらしい小父が声を張り上げた。――――当たり前か、この状況では。

(――――おい………)
 小娘は睨み付けても何の反応すらしない。だが、一歩間違えれば自分は降りてきた槍に身体を貫かれるところだ。―――もちろん、逃げたであろうが。
(なんなんのだこの部屋は―――)

 レランが呆然としてしまうのも無理はない。降りてきた格子の床に突き刺さった部分は、槍のように尖っているし。部屋は祭壇と階段の入り口との間。祭壇より三分の一の所で格子によって二つに分かれるし。
 なおかつ、ザインと国王と小父のいる所の後ろから、階段すぐ下の少女。髪の長いのがローゼ――ローゼリアリマで、小さいのがウィア――ウィエア・アンダーニーファ。どちらも、姓はエアリアス。の、二人がいる前までの床が開き、間にいた国王の護衛を下に叩き落したのだから。真ん中の床が抜けてしまったが、両端は人が一人余裕で通れるほどあいていた。――――レランの正面にいる三人が、帰ることができないわけではない。

 しかし、
(待て)
 正面に格子。後ろに祭壇。さらに後ろには壁。
 つまり、だ。
(閉じ込められた――――?)
 主と、自分と、小娘は。
(――――――まさか。)
 あえて、格子の後ろに自分たちを招いたのだ。さらに言うなら、部屋にこれだけの仕掛けがあるのに、逃げ道がないはずがない。―――………一言で言うなら、“あの小娘”だ。まさか、これだけですむとも思えない。


――――お前は、誰だ。
 渦巻く疑問は、絶えることなく消えることなく。

 …………ろくな事にならない。
 とりあえず先を予想して、レランはため息をついた。




「シャス」
「な、何!?」
 突然名を呼ばれた少年が姿を現す。第三の存在というか、そういえば、執務室にはいたが。この場、祭壇のある部屋では見なかった少年だ。――――が、階段から下りてくる。
「「「「!!!!」」」」
 存在を忘れていた、気づいていなかった。部屋の中の人々はその声に驚いた。

 シャス――シャジャスティ。――――もう、これだけ。
 振り返った視線を前に向けながら。ザインはリールを見た。

「あとで、貯水庫の鍵を開けといて。」
 一歩踏み出た少年に、いきなり命令を叩きつけるリール。
「は?」
 意味が不明らしく少年は聞き返した。
「この下、だから。」
 正確な答えとはいえないが、リールは床の下、開いた床の下を指差す。――――かなり、深いのか、落ちた兵士の声はぼんやりと響くくらいだ。水の中に落ちただけで、誰も死んではいないだろう。
「もう、使ってはいないでしょ。」
 この貯水庫。………自動的に雨水が溜まるようになっているけど、今は、“中”の井戸から汲んでいるから。
「ぁあ! なるほど。りょーかい!」
 シャスと呼ばれた少年は極力明るく声を上げた。意味を理解したのと、――――まぁ、中に落とした兵士を助けるんだ意外………ごめんさない。リールの、シャスを見る視線だけが険悪になるのを感じ取ったようだ。
 短く切りそろえられた茶色の混じった黒の髪に、活発そうな青の瞳。こちらも―――――十六、十五歳?

「リロディル」
 さすがに、完璧に状況が理解しえたのか小父が声を出した。―――この小父だって、決してバカなだけじゃない。ただ、―――――ただ、権力と欲望に溺れただけだ。
 ―――まぁ、だからと言って、この小父の評価が上がるわけでも好きになる事もない。
「どうやら、お前には機会を与えすぎたようだ。」
 ――――真実を知る機会を、知恵をつける術(すべ)を。知識を満たす環境を。―――何より、知りたいと思うことを求める好奇心を。
 ここにきて冷静さを持った男は、何か思い当たるように言い出した。
「その“本”を持つことを再びお前に許可してはいない。即刻立ち去れ。」
「……………小父上は、“今”が“その時”でない事をご存知ですか?」
 命令に、答える義理はない。私が言うと、小父上の顔に罅(ひび)が入った。

「――――何のことだ。」
「黙れ」
 陛下の、存在が邪魔。ここにいることが邪魔。
 疑問を問いかける声に、リールは低く静止の声を響かせた。
 国王は、一瞬怒鳴りつけようかと口を開いたが、何を思ったか俺と父親を睨みつけた。
 なんだ、リディロルの気迫に負けたのかだらしないと思っていたら、思い立った。――――ちょっと待て、説明を求められているのは俺か?
 呆然とザインが視線を向けると、リールは視線を不意と逸(そ)らした。

(―――――おい!!)
 この確信犯!!

「…………計画の実行は、“計画が実行されてから200年後”――――わかってますか?まだ後一年は先です。」
「ふざけた事を言うな!!」
 それを聞いて声を張り上げたが、見る見る小父上の顔は青ざめた。
「まだ、その時じゃない。――――だから、うまくいかない。……………小父上、何で、本に背表紙があるか考えたことがありますか?」
「はぁ?」
「「「「「「?」」」」」」
(――――何で? ………か……)
 考えたこともないな。
 カイルは率直に意見を思う。
「では、何故この本には背表紙がないのでしょうか。」
 そう言って、手に持つ本の背表紙を向けた。――――何も、題名も書かれていない。羊皮紙で閉じられた本は、背表紙がないというのは誤りな表現だが。
「表紙にも、何も書かれていない。本を開く手がかりは、先代から受け継がれた解読終了を示すこの栞(しおり)。」
 そう言って、するりと間を閉じているいくつもの栞を引き抜こうと。
「やめろ!!!」
 小父が狂ったように声を上げた。

 引き抜かれる寸前で止まった手は、栞を元の場所に押し戻した。

「………初代エアリアスは、エアリアス・リインガルドは、よほど、頭がよかったんでしょうね。」
「お前は、何がしたいんだ!」
 ――――“言いたい”ではない。
「―――――この本。反対からも読めるから。」

 ―――――は?――――
 今度こそ、周りの人々は絶句した。





 くるっと、背表紙を持っていた手首を回す。ひっくり返して同じ方向から開かれた本には、横に文字が流れる。

「何で、この本には表紙も背表紙もないのかなって、ある日、この本を落としたときに思った。いくつもの栞が挟んであるから、栞のある所から読めばいいのはわかった。先代までが行ってきた“準備”を、これから行うべき行動を。本の文字を解読して、ただの日記から“一族以外の島人を、消すため”の道を読んで行動する。――――そうでしょう?」
 ゆっくりと、小父と目を合わせた。小父は、何が苦いものでも聞くように視線を落とした。
「古語と本に隠された暗号を解読して、数ページごとに変わる解読方法を解き明かして、数百ページにわたる本を読み進める。一つの代につき一定の量を解読して理解して実行する。ある時は毒を大地に。ある時は水を中和して。ある時は病を作って。ある時は―――」
「やめろと言っただろうが!!!」
 小父の叫びは止まらない。

「興味深い話だが、どういう事か。」
 国王は小父を睨みつけた。

 ――――その話はもういい。
 本といい、エアリアス家の内部事情やシャフィアラの状況などまったく気にも留めないレランは思う。彼にとって問題なのは、主の行動がどう出るかどうかであって、騒ぎ立てる者共に興味はない。
(―――――へぇ。)
 しかし、もちろんというかお約束というか、その“主(カイル)”が本に興味を持ったようなので。当分、この話から抜け出すのは無理そうだ。

 それよりも根本的に――――レランにとっての問題は他にあるだろう?




「で、何が書かれたいた?」
 言葉に、はじかれたように国王と父親が俺を見た。何を言い出すのか!? と。このまま二人の相手をしていたら話がずれてしまう。リディロルが言ったのは、反対から本が“読める”――――“読めた”ということだ。
「何を、見た?」
 ―――本に。

 ―――…………一冊の本――――

「動き出した歯車は止まらない。止まることを許されない。――――――なら、………壊せばいい。」

 祭壇の横の隙間に、手を入れて引き棚をあけて、中のレバーを引いた。
ガジャン!
 鎖が引き伸ばされてついで響いた音は、リールの座る祭壇を後ろに動かして、下に階段を現した。



―――――逃げるきか!!
 思った瞬間に腕が動いた。
キィン―――
 金属がはじかれる音――――――

何!!!!?

 エアリアス・リロディルクに向かって投げつけた短剣。しかし、あっさりと横に立つ青年が剣を抜き短剣をはじき飛ばした。
カランカラン――……
 はじき返された短剣は床を転がった。
リロディルクの顔に、……目に向けて投げつけた短剣は。
「………………」
 あまりに瞬間的な時間だったから確かな事は言えない。だが、リロディルクは、“避けよう”と、しなかったのではないか? 短剣を取り出して投げつけるまで、目をそむけることなくこちらを見据えていなかったか?

「……………」
 リールは、一瞬、きょとっと顔を崩して、すぐにしっかりとこちらを見た。―――――知っている。あれくらいよけることもはじくことも止めることすらできた事は。

 小さく笑った。―――――それに――――……一人じゃない。
 知られるのはあまり、良いわけじゃないけど。でも。自分一人は入れればよかったんだけど。――――ま、いっか。

「「………。」」
 重なった視線は、すぐに階段へと下りて、リールはその階段を下りた。何段か下りた後、振り返ってこちらを見るので、レランに視線を向けた。
「待て!!」
「どこへ行く!!」
 陛下と小父の言葉が強く響く。元々、用があったのはこの“本”。握り締めて、振り返った。薄暗い中やって来た二人を見てから、上に向かった。



 もともと引き抜かれていた剣で、さらに何か仕掛けてこないか警戒しながら、髪も目も服も黒い男は祭壇下の階段に向かった。

「――――待て!リロディル!!」
 あわてた、父親の声がする。………その声を、聞く――――――はずもないが。リディロルは消えた。………まぁ、脱出経路はあるはずだとは思ったが。

「―――あの、青年。」
 ふと、国王の言葉を聴き咎めた。短剣を剣ではじいた時の、国王への睨みつけた金の目。青みがかった銀の髪。
「どこかで―――……?」
 国王は、格子の一つを握り締めた。

 ――――まぁ、“リディロルの知り合い”。
 …………いったいどこの誰だか知らないが、“護衛”がいるくらいだ、それなりに、身分のある者だろう。そして、こんな所までつれて来られるような、来てしまうような連れだってことだろ。
 それはそれでかなり問題な気が………リンザインは、とりあえず取り残されたという現状にため息をついた。






「―――――本当に、」
 出口、蓋の役割をしていた岩を押しのかして、空を見て空気を仰いだリールは言う。
「あんたの差し金ね。」
 でなければ、あの場に陛下が来るはずもない。
 ずらされた岩の後ろ。リールから見て正面にはエアリアス家の家。反対の森に面した所に、シャフィアラの第二王子は立っていた。
「よっ………」
 一番に地面の上へと戻ったリールは振り返った。合わない視線を逸(そ)らしてカイルとレランを待った。

「―――――まさか。陛下が“俺”の事をよく思っていないのは知っているだろ。」
 優秀な、第一王子。期待は全て兄に向かった。
「いつまで、死人を追いかけるのよ。」
「……………」
 フォトスは、黙った。
「…………」
 ―――――追いかける?
 何か、その言い方に違和感を感じた。諫(いさ)めるのと違う。………どこか、……いや、言葉は、他の誰にも向かおうとしていない。
「その、まさかを、どうにかしたんでしょう。」
「――――陛下を、思うように誘導するのは無理だったから。」
 ………少し、
「………」
 ――――――話を。
「……………」
 一瞬、やっぱりここで殺してしまおうかと思った。二本の剣は、よく磨かれている。これがいなければ…………いなくても問題はないと思った。

 だって、

「―――――また、死んだ。」
「?」
 思考を中断するように、低い口調が耳をついた。
「そろそろ、半分になっているかもしれない。」
「…………」
 ―――島の人口。

 その時でない計画の実行。初代エアリアスの筋書きと違う未来。――――いったい、何が起こるのだろう?
 すでに、人々は病んで消えている。
 海も道も城も町も、人々はいない。誰もいない誰も通らない。

「自身の生活はあっても、高熱に病む家族について。身体の痛みを突然訴える者。失明するもの気絶するもの、血が流れ出して止まらない者。」
 何人も何人も、幾人も幾人も倒れた。だんだん、葬儀が間に合わない。――――葬儀を行う人ですら、どこか病んでいる。
「手足がしびれることはよくある。めまいと、だるさも。」
 ――――ただ、症状が悪化しない者には共通点があった。
「比較的無事な者に、話を聞きに言った。どうして、無事なのか。――――俺も含めてな。」
 着替えて、それらしい格好をしたフォトスは、自分にリールの視線が向かっていたのを前に出した手を眺めながら感じていた。
「数ヶ月かけて話し込んだ。―――――わかったんだ。思い病に悩まされない者達は、皆。リーディ、君が一度でも診察したことがあるって。君が調合した薬を、作った料理を食べたことのある者達だったんだから。」

 ――――料理!!!? ………できたのか?
 一緒にいると、食事の準備は自分だし、町ならどこか食堂に入る。
 およそ料理と言うものをするということが、レランから見たリールには信じられない。


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