故郷編 〜一冊の本〜


【動き出した歯車は止まらない。止まることを許されない。――――――なら、………壊せばいい。】

「…………?………………」
 ――――ああ、そうか。
 壊れた歯車は、回らないんだ。――――廻らないんだ。

 茫然(ぼうぜん)と握っていた本を、初めて焼き払いたいと思った。




「って、どうせ人の話なんか聞く気がないんだろ!」
 ぼんやりと、本の件(くだり)を見つけた時に、納得した事を考えていた。
「…………で?」
 何でこいつは、こうも私の邪魔ばかりするのだろうか。それが結果としてよかったかどうかは紙一重だが、その時としては最悪だ。
「…………」
 まったくもって俺の言葉なんて聞く気はないんだろが、聞こえていたんだろう。
 その続きを促しているようで、誤魔化(ごまか)しにも取れる言葉にため息をついた。

「―――――――とにかく、何とかしてくれ。」
「何で?」
 ―――――私が。

「………そのために、人にどう扱われようと“あの位置”にいたんじゃないのか。」

 ――――どうすれば、近いようで遠い考えを持つ者を消せたであろうか?
 真実を知ってなお事実にはほど遠い。

「で、無いにせよ。」
 ああ、一応別の選択肢を持ってはいるか。
「あの日記は、本当だろ?」
 ――――自分の行動の記録。一定の法則で読み方を変えれば、当たり障りの無い日記から薬の調合法や、行っていた計画の進行度がわかる。天気や、波の様子までも。
 ………そうか、それなりに教養はあったのよね。あの時、死に掛かった王子は。――――なんかもう、疲れた。




 一冊の本。
 一方は破滅の道を、一方はその破滅に救いの道を。
 表紙も背表紙も何も無い本。反対からも読める本。
 受け取った初代エアリアスの息子。――――はじめてこの本を開いた者に選ぶ選択肢が二つ。
 ……………違う、初めから、初代は破滅を進ませていたじゃない。生きて行く事にも、誰かを救うことにも厭き厭きしていたのだから。




「――――――だから、いい加減でどうにかしろ!!!」
「イヤよ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜お前!!」
「何が邪魔をしている。」
「「!!!!」」
 声にがばっと反応した二人と、
「「…………………」」
 ゆっくりと視線を動かしたぐらいだけの二人。
「っラーリ様…………」
「何を拒む」
「ラー………リ……」
「言ったはずだ、此処は地が死んでいる。―――――何故、何もしない。ならば、ここに来る必要も、その者にいいように此処に来る必要もない。………まさか、振り切ることができないわけじゃあるまい。」
 ――――例え、殺してでも。

 リールに話す間を、反論する間を与えない。

 突然現れては矢継ぎ早に言いたい事を言い出すラビリンス。
 そのラビリンスの言葉に深く考え始めるリール。
 いったい誰だと思ったら、大きな翼を持った獅子が目の前に。それが、この国の象徴レピドライトだと思い当たるまでに時間がかかった。

(―――――さて、)
 どうやら、堂々巡りの話を進ませてくれるらしい。
(どうなる?どうする?)
 苛立ちがつのって、何かを見落とすことなければいいが。

「……………」
 ――――少しは、話が先に進むだろうか。早く、終わってほしい。

「…………」
 ふと、長くなった影が色薄くなっていた。
 夕方、日の入りはとても早く、沈んでいく。もう光は届かない。
……………暗闇が、襲ってくる。





「ヒカリヨ」
 銀の目が光る。――――静かに、高らかに、輝く。
 ぼんやりと、輝きだした周り。誰がいるか、ぼんやりとしか見えないくらい、暗くなって来ていた。光を帯びた毛が、存在を強く現した。

「ラー…リ様……?」
 ほうけたように呆然と、リールは言葉をつむいだ。――――――どこか、泣きそうに。そう、思った事はよくある。他の誰よりも大人びていた少女は。
「……………」
 ため息をついて、立ち尽くすリールに近づいた。
「…………っ」
 逃げるように一歩引いたリールの足に、体重をかけた。
「わきゃ!!」
 あっさりとバランスを崩したリールを背に乗せて、地から足を離した。
「ここは騒がしい。――――日も暮れた。人間は、昼間に行動をするものだろう。」
「…………いいんですラーリ様。」
 だって、ここから逃げるのも避けるのも簡単だから。
 しょうがないじゃない、ここで、邪魔されたくないもの。

「この地に沈んだ毒を、取り除く作業を。」
 ストッと、地に降り立った。

「「「「「………………」」」」」


「なんて事をしてくれるんだ!!!!」
 草をドカドカ踏む音が、すぐそこまで来ていた。
「―――――早かったですね」
 叫びだした小父に向かって、言ってみた。―――そりゃそうか、ザインが知らないはずがないもの。
「―――ねぇ、小父上。この本を、初めから最後まで読んだことがありますか?」
「はぁ?」
「これまでの作業は全て滞りなく行われました。後は、計画の実行の引き金を引くだけ。定められた時間に、定められた年に。」
「………」
 だから、どうしたと視線が言っていた。
「実行は、計画が“初まって”から200年後。」
「―――知っている。」
「では、始まったのは何時ですか?」
「そんなもの―――」
「初代エアリアスが本を書き上げて、その本が息子に渡ったのは二年後。そして、その息子が解読して最初の毒を城の井戸に投げ込んだのがさらに三年後。」
「―――っな!!」
 国王は絶句した。
「さて、“始まった”のは何時?」
「そ、」
「本を開いた時じゃない。」
「!!!?」
「井戸に投げ込んだ時じゃない」
「…………」

「それは本が開かれて一年後、初代エアリアスの死体を細切れにして格島に埋葬した時よ。」

「――――っ、まさ……か」
「今年じゃない、来年。今年は最後の豊作年になる予定だった。」
「バカなことを言うな!!!初代エアリアスはその本が読まれる二年前に死んでいる!!」
「―――――公開されている記録はね。…………大体、治療する人間がいないから造ろうなんて考える男が、そんな簡単に死んだとでも?」
「…………」
「この本の最後の日付が、そうなっていたでしょ。」
「その日付はお前の言う日付ではない。」
「――――“ここ”も、文字を読み替えて見るべきでしたね。小父上。」
「………ふざけた事を」
「本当に」
 初めて意見が一致した二人。もちろん、まったく“一致”はしていない。
「…………リロディル。お前は、」
「どうでもいいが、お前が話しに加わったところで話は進まない。」
「何!!――――なぁ!!!?」
 初めて、どうやら小父はレピドライトの、ラビリンスの存在に気がついた。
「な、な、ななな………」
「!!!!???」
 小父と国王が驚愕したように私の後ろにいるラーリ様を見てる。………気づいていなかったということが、納得できてしまうからアホらしいわ。
「先へ進めろ。馬鹿共者の相手など、お前がする事ではない。」
「そうね。」
 一国の王とエアリアス家の当主に向かってバカだのアホだの言ってしまえるのは、この二人とカイルぐらいだろう。
「―――――ふざけた事を!!」

「停止しろ」

「「…………!!」」
 ラビリンスの一言で、当主と国王は固まった。銀の目が帯びた光は、とても怪しい。
(―――何をした!!!?)
 低い声に冷や汗が流れつつも、自分に向けられていなかった言葉はレランを止めることはなかった。
「―――――――とりあえず、馬鹿に発言権を与えるな。」
 ラビリンスの前には、リールと代二王子フォトスと、カイル。一歩はなれてレランと、国王と当主を残して前に進み出たリンザインだ。
 ――――つまり、もう話を逸らすこともできない。言葉で言い包めて沈黙を通すことですら無理だろう。

 何故、ラーリ様がここに?――――私のため?それとも―――?
 …………だけど、いなかったら私はまた何もしないから。
 ―――しないわけじゃないけど、ここで誰かに話をすることはまずしない。
 できることなら、誰にも関わりたくなかったのに。


「初代エアリアスって、よっぽど頭がよかったのね。」
 本を反対にしても同じ方向から読めるなんて。――――普通。文字なんて逆さまから読めるはずがないでしょ。


(だからどうした。)
 興味なさそうなレランの視線が、一番この場にそぐわなくて笑い出しそうだった。


「もし、この本に表紙があれば、そっちを開いて読んだわ。」
 ――――もちろん。
でも、
「表紙も背表紙もないし。―――――それに、本は落とすし。大体、栞の数が多すぎるのよ。」
 ストンと、後ろにいたラビリンスの背に腰掛ける小娘。――――主は、誰に向けていたか知らないが(知りたくもないが)。握っていた剣の柄から手を離して組み始めた。

 ―――苦労した。この本を手にするまで、小父の持つ警戒心を叩き砕(くだ)くのは簡単だけど――――引き換えになった条件は……

『ねぇ、リール。――――聞いておいてほしいの、知っておかなければいけない事なの。………とても、悲しいことだけど、それが真実。』

「何処へ行く」
「…………なに?」
「お前が黙ってしまえば、今度は日が昇る。」
「…………ぁあ、そう。」
「「そうだな」」
「「……………」」
 重なった言葉の出所が、カイルとザインで、二人は嫌そうに顔を見合わせた。
「……………」
 どっちにしろ、なかなか話が進まないのはリールの気持ちの所為だと、よくわかってはいた。


「そうだな、他の島人も、ここにいる奴らも止めるか。」
 どうやら邪魔者を全て消し去りたい(?)らしいラビリンスは、いきなり言い出した。
「あ〜〜………まぁ、いいわよ。そこまでしなくても。―――ほっとけばどうせ。」
 ――――死ぬんだし。――――まさか、それを許しはしないけど。
 二人の会話に四人の男は、それぞれ、引きつったり苛立ったり、皴を寄せたり焦ったりしていたが、リールの静止の言葉にほっとしたようだった。
「――――で、何処までいったっけ?」
「…………」
 ゆっくりと、ラビリンスは小娘を睨んだ。光る銀の目が鋭い。
「…………わかった、わかってます。」
 バシッと古びた本を叩いて、リールは前を顔を上げた。

 ………最初に見たものがレランのため息姿だったのは、ちょっと頭にきたけど。
 ここにいる者に誤魔化しても………しかたないし。


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