故郷編 〜まず一つ〜


「もういいのか。」
「そうね。」
 再びラビリンス王の銀の目が光を帯びた。――――金色に輝く。目も開けていられないほどの光の中で、地面の一ヶ所が盛り上がった。

 見る見るうちに生長していく木。あっという間に私の背を越して、太い太い幹になった。まぶしさの中開いていた目は、木が育つ様子を鮮明に伝えた。
 ふと、自然の力にも、過去の産物にも逆らえない私たちは、とても無力であると思えてくる。――――何を、思い何を求め。何に振り回されるのだろうか。
 一本の木が育つ様子に、どうやら見とれてしまっていたようだった。…………止まらない成長が必要以上に成長してしまっても。

「―――!!!?ちょっと待って!!!」
 制止の声をかけた時には、大木は青い実をつけていた。
「なんだ」
 いぶかしいで力を止めたラビリンスは不満そうに言った。
「やりすぎ」
 いく数もの実がなっていた。――――丸い実が。………何かで型を取ったのかといいたくなるような、完璧な球体。と、言い切ることは出来ないのは、へたの所が少しへこんでいるからだ。
「何だこれは」
「実です」
「――――それはわかる。」
 この形は変だろ。
「ラーリ様に言われてもねぇ」
「何が言いたい」
「“変”だってだけなら、負けないんじゃないですか?」
「どっちもどっちだろ」
「うるさいから」
 激しくレランが同意しそうなカイルのツッコミだった。

 身体が、震えているのがわかった。それが何であるのか知っているのは自分だけであるはずだった。
―――あれは、もしや?―――もしや!!?
 あれがあれば出来る。成功する。今現在の扱いも信用も力も全て手に入れた、あの時のようになる!私は、不死の力を手に入れる!
「――――その、実は………」
「……?」
 その声の主は知っていたから、そっちを向きたくなかった。ラーリ様に止められて声も出せないはずであることは忘れていた。ただ、扱いとしてはいないも同然だったから。
「私のものだーーー!!!」
「!!!!?」
 さすがに叫び声に驚いて目を向けるのと、走ってきた小父に突き飛ばされるのは同時だ。
 とっさのことで地面に強かに身体を打ったけど、それなりの価値はあったと思う。内心で笑うのを微塵(みじん)も悟られない表情で、ラーリ様を睨んだ。
「………そういえば、いたのか。」
 ―――どうやら、術に集中していてそっちに力を掛けていたことを忘れたらしい。
「「「…………」」」
 三人の男は突然狂ったように木の実を求める男を呆然と見ている。
「私のものだ私の物だ私のものだ!誰にも渡すものか、見せるものか私はこれで永遠の命を手に入れる!!!」

「……親父?」
 ザインが変貌した親へ話しかける。
 髪を振り乱し絶叫しながら、木に登り青い実を集めもぎ取るエアリアス家当主は、まるで狂犬のようだ。
「…………」
 差し出された手を握って起き上がり、服を払った。説明を求めるラーリ様の視線だけに頷くと、本を取った。
「簡単よ。あれは、私たちが不死となるために必要な植物。」
「不死だと?」
「エアリアス・リインガルドが考えたのよ。人々を死に至らしめ、そして、それを元に戻すことですら、不死の術を作る過程の出来事だから。」
「はぁ?」
「あんた知らないの!!?」
 ピシッと顔に亀裂を入れて、リールはザインに呆れ顔だ。
「いや………それは…」
「―――まぁ、どうでもいいか」
「おい!」

「は……ははは………はははは!!!」
 集めよ、“もの”を。私の術の全てを教えよう。青き数なる実をつかめ。欠くなる不死へと願うなら。
「………」
 高く喉を使って狂ったように笑う小父。その周りにかき集められた実を一瞥した。
「………」
「私のものだ私のものだぁ!!!」
 その場の皆はその異常さになんともいえない表情で、目を逸らした。
「―――親父!」
 絶えかねたザインが、引き金を引いた。
「!!!?」
 ビクッと震えた小父がこちらを見て、そして、目を見開いた。
「な!なぜお前がここにいる!!?――――これは渡さない!私のものだ!!誰がお前らなんかに!!!」
 もう、今まで何が起きていたかすらわからないくらい目の前に夢中らしい。
「渡すものか渡すものか渡すものか!不死は私のものだ!!」
 そう言って実を口に運ぶのを―――――まさか、止めるなんて。

ぐしゃぁがふ!がぶがふ!!がぶがふ!
 種はなく、ただ丸い実。飛び散る青黒い液体。―――途端、異変は起こった。
「お………ぉお!」
 あまり肉付のいいとは言えない身体に、沸き立つような血管。長く長く伸びていく髪と、肉によって盛り上がった服。
「力が……力だ!!!」
 自身まで溢れてきたようだ。顔は若返り、二十代に見える。
「おや………じ……?」
 その異常なまでの変貌に、息子は一歩下がった。
「全てをわが手に!!」
 伸びきった髪と、引き裂かれた服。―――どうやら、ピークは超えたようだ。
「はぁ……はぁ……ふ、ふふふ…ふ、は……はぁーーーはっはぁぁぁあああ!」
 両手を高く突き上げて、エアゾールは笑い出した。

 ――――さようなら。

「はははは!!は!は………?」
 どうやら、いい加減で異変に気がついたらしい。
「なん………だ………」
 加速して力のついた身体は、同じように向かっていく。――――崩壊に。
パシ!ピシィ!!
「なんだぁ!!!?」
 赤い線が腕に走り、血が流れた。次に体中に線は伸び、流れ出した血は止まらない。
「な!ななぁ!――――うぎゃぁああぁあ!!!」
 腕が、落ちた。
「何が!!?」
ごぷっ
 口から血が溢れ。見る見る身体は萎んでいった。
「止めてくれ!止まれ!身体が崩れる!!私の命がぁ!!」

 言いながら、簡単に老化していく身体。もう、死に間際の老人だ。やせ細り、目は飛び出て。

「―――嫌だ!止めてくれ!私は不死を、不死を手にいれ!!」
ドシャァ――――
 あげた声も虚しく、血と肉を残して崩れた。

 そんな光景を、呆然と眺めるだけの者達と、それを使えばどうなるか知っていた女。
 ―――――さようなら、小父上。……………殺してしまいたかったけど。
「よかったわね。――――ほしかったんでしょう。」
 ――――権力と、力と、この国。永遠と言う不死でさえ。
「――身の程を知れ」
 硬い言葉が響くと共に、森に訪れた静寂は深い。

「…………」
 ただ、沈黙だけがあるこの場。誰もが壮絶な光景に見入るしかない。
じゃり……
 リールは、ゆっくりと地と肉に近づいた。ついてくるものは誰もいない。
ぱしゃん!
「………」
 左足のつま先が、血を踏んだ。
「「「「「…………」」」」」
 後ろで息を呑む者達には、背を向けているから見えなかった。
 その時―――――肉片を見つめたリールの、歪んだ笑みを。

―――――これで、ようやく―――――

 喜びが勝って、血を踏んで超えていることに気づきもしなかった。だって、存在はもう、ないでしょ。
ドガァ!!
 片足で幹に蹴りつけて、その足を降ろした時、幹に残った赤を見つけて首をかしげた。
―――何これ?…どうでもいいか。

 上を見上げて、膨らんだ葉の合間に除く青い実。いっそ青紫に近い。…………その数、計るのは難しい。
 興味を失って、視線を逸らした。
「どうする」
 ――――それ(死体)を。
 ラビリンスの声に、何を言い出すのか。おかしくて、可笑しくて、笑わないのが不思議なくらい。
「よく言うじゃない?雅な木の下には、…………死体が埋まってる。」
 ――――ぞくりと、空気が冷えた。

 振り返ったリールの表情と青い実を持つ木は、いっそ毒々しかった。





「そのままほっとく気か!!!?」
「何?」
 ザインの焦ったような声がうるさい。
「問題でもあるわけ?」
「誰かが取ったらどうするんだ!」
「死にたい奴は死なしとけばいいでしょ。」
「何を言うか。これならば、誰もが不死になれるのだろう。」
「?」
 第三者の声に見てみれば、国王が近づいてきていた。

「そんなものがあると本当に信じたんですか?」
 言葉に、どうやら驚きが隠せない者達ばかり。
「毒を食らって生きてゆけるのならば、止めませんけど。」
 意味深に視線を追わせて、小父だったものに向けさせた。
「おま!!今これが不死の術の……」
「そんな効果があるとでも?」
 目の前で、肉片に変わった父親を見たでしょう?
「―――――」
「では、何故初代エアリアスはこれを残したのか。」
「――――奴は、生きることに厭(あ)きていた。そして、本を一冊残した。」
「…………」
 謎解きをするようなカイルの声に答えたのは、ラビリンスであった。
「奴と会ったことは数回だ。―――そうだな、偶然が偶然を呼んだというか。」
 リールを見上げると、ただ黙って聞いていた。何の感情ですらない。――――興味がないと言うことではないだろうが、あるわけでもない。
「最後にたった一つ頼まれたことは、自分の計画がどうなるか、見ていてほしいと言われたことだ。」

『聖魔獣レピドライトが王ラビリンス。この島の住人がいなくなっても、あなたに被害はかかるまい。助言も援助も必要ない。ただ、ただこの先エアリアスを継ぐ者達と、この島の行く末を見ていてくれないか?』

「奴は、成功も失敗も望んではいなかった。――――どちらでもよく、どちらも……」
「ふざけた事を言うな!!」
 まるで、これまでのこの家でして来た事は、まったく意味のないように聞こえる。
「リインガルドは島の人々を消し去りたいわけじゃない、助けたかったわけじゃない。――――ただ、暇だったのだ。」
 ラビリンスの言葉は途切れない。
「人より長く生を過ごしていただけに、知恵も知識もあった。」
「だったら、何で今になって………」
 ―――――何故、今になってそんなことを言う?
 呆然と、父親の死よりも深刻な顔をしてザインは言う。
「幾人も死んだのに、ただの暇つぶしだった?」
 フォトスはある意味あきれていた。これだけの事をしておきながら。…………いや、もしかしたら、誰かの陰謀なんて、そんなものかもしれない。全てを手に入れることの出来た男は。

 踊らされる自分たち、踊らすのは過去の事、初代エアリアス。全て筋書き。

「“不死”に踊らされた人間は―――――『人間よ、地を超え大地を荒らさぬよう。海に沈みて侵さぬよう。深き森は立ち入らず、近づくものは拒まれる。』」

「『我等をこの場に定めんと、定めし者達人間よ、実は主らがこの土地に、縛られ捕まったと知らず。』」
「ラーリ様、今はリインガルドの話です。」
 どうでもいいわ、思惑なんて。だって、キリング・タイムに人間は、聖魔獣を押さえ込んだと言ってはいるが、…………どうしてわからないのかしら。それは、従ってくれているだけだと。

「いい加減で話をまとめたらどうだ?ここには人が多すぎる。」
 時々突っ込む傍観者。カイルがはっきりと意見した。
「…………お前は誰だ。」
 はっきり言って、一番場違いなのはカイルとレランである。国王はこの何処か思い当たる節のある青年に、いぶかしむように問いかけたがカイルは無視した。

「不死の術だ。」
 ザインは話を戻した。
「この島は毒に侵されている。」
 次にリールが言葉をつむいだ。
「初代エアリアス。」
 カイルはどうやらこの初代に一番興味があるらしい。
「毒はもう平気なのか?」
 ザインはリールに問いかける。
「知らない。」
「は?」
「そんな一瞬で大地から毒が抜け出すならば、こんなことしなくてもいいでしょう?」
 ――――確かに。
「言ったでしょ、『この計画にかけた時間を越える時間を使って、この地の毒を取り除く』――――これは最初の作業であって、後は各島で育つ木と花を見ていくしかない。ラーリ様の力を借りたから、成長に問題が発生することはあまりないでしょう。」
 花は種も残さず消えた。私たちが知る大地の毒を正常に戻す作業の始まりは、ほとんど終了したと言って言い。
「後は木。この木は根をはり大きくなって、大地の奥深くまで。私たちが普段利用する地だけではなくて、水と木々と、植物と、根深く浸み込んだ大地の毒まで。」
 長い時間をとるだろう。

「この木の実は種じゃない。」
 青い木の実を握りつぶした。左手に滴る青い液。口に運んで舐めるのを、腕をカイルに捕まれ止められた。
「正常に戻しきれなかった毒を、再び大地に戻すこと。」
 それが、木の実の役目。
 またその毒を木は取り込んで、正常に戻す。戻した毒は大地と混じり、正常な空気が地上と、水を見たし、大地に含まれる。
「木の実が実らなくなれば、自(おの)ずとこの木は枯れ消えゆく。―――そのうち、ここに木があったことすら怪しくなる。それは、かなり先の話だから。死んだ後のことなんか知らない。」

 もし、この実を不死となるべく利用するならば―――――

「人々を苦しめた毒を取込んで死ぬ気ならば、さっきも言ったように止めないわ。」
「不死にはなれないと?」
「ああなってもいいなら、試してみてはいかがですか?国王陛下。」
 そう言って、実の一つを投げ渡した。
「…………」
 国王は、口に運ぶことすらしかったものの、そのまま懐に入れた。それを咎める者はいない。
「――――いつになるかはわからないけど、確実にこの地の毒は無くなっていく。もう、人が死ぬことは無いでしょう。」
「そうか。」
 ザインは父親だった肉片に近づいてひざをついた。
「――――これで、五人か。」
「四人でしょ。」
 それだけしかいないエアリアス家の人間。繁栄していた一族の者。ザインとシャスとローゼとウィアの親たちは、皆死んでいることなんて知っている。私たちの前の代は、崩れだした計画の中の環境では生きていけないんだから。――――残っているのは子供と、若い人物。ザインですらまだ二十四なのだから。

 ―――――私が誰であるかは、私が決める。
 ささっと出よう。もう、私がいる必要なんてない。



【動き出した歯車は止まらない。止まることを許されない。――――――なら、………壊せばいい。】
 ――――まだ、廻っている?


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