故郷編 〜とある男の物語〜


「「「「………………」」」」」

 結局、部屋の中は無言で、夜が更けるだけ。誰も寝ない。何も言わない。

 ひざを抱えているリールも、そんなリールを見ている男も、ベッドに腰掛けるカイルも扉の隣に立つレランも。

「…………何しにきたのよ……」
「!」
「………」

 抱えていたひざを下ろして、リールは静に聞いた。

「何が起こっているかこっちより知っているんじゃないか?」

「………」

 また部屋は沈黙に支配されたかと思った。


「ある所に、男が一人おりました。」
「は?」

「その男は、生まれつき体が弱くどの医者も手の打ち様がなかった。」
「お〜いなんだ?ぐぇ!」

 話を遮ろうとした男は、カイルに踏まれた。

「このまま苦しんで死に行くよりも――――――実の親は死に掛かっていく子供を、山に捨てた。払えなくなった治療代。生活に起こる支障を考えて。すぐに、簡単な葬儀が執り行われた。

誰よりも頭がよく、誰よりも賢かった少年は、山に一人きり。

空腹に耐えかねて、目に付くものを口にした。毒草も、薬草も。少年は知っていた。自分が死に向かっていることも、それを知った親に、初めて見られた病気に恐れた村人に、捨てられた事を。

少年は怒り、悲しんだ。

生きたくも、自分は生きていてはいけないと悟った。

死を、待つだけ。

憎しみと、憎悪と復讐心。いつしか心は捻(ね)じ曲がる。

いつしか――――


ふと、ある日、気づいた。

死なないことに。

生きていることに。

なぜ?

頭のよかった少年は、周りのすべてを疑った。

体は前よりよく動いた。

口にしたもの目にしたものを調べ上げた。

そして、わかった。

自分の病気が治っていることに。

それは、自分が口にしたものにあることに。

毒草と、薬草と。

口にした毒草。普通ならすぐに死んでしまうような毒草を、口にして生きているのはなぜか。

逆に、薬草で治らない病が毒草で治ったのか。

毒草にも、薬としての効果はあるのかと。

普通の薬だって、使い方を変えれば猛毒となる。

だから、毒草を薬として使うこともできないのか。

新しい薬として。

毒草に含まれる薬として使える部分を取り出して、そして使う。

少年は青年になってまでも、ずっとそれを調べていた。

そして、見つけた。

毒草を薬として、使う技術を。

作り上げた。


生まれた町から遠く離れ、医者なき村に店をかまえた。

医師とよばれ、治療をした。

青年は、怪我を治すことよりも、大病を薬で治すことが好きだった。

幾人も幾人も。いつしか、青年のことはうわさになった。

有能な、薬師として。

でも、それも一時。

青年は、患者一人ひとりを見て回り、その人に合わせて薬を作る。

薬だけ、買うことはできないから。

“患者を連れてきてくれないか。”

青年の訪問を求める人々に、いつも答えはこの言葉。

青年は、村を離れられないから。

寝ている病気の村人を、置いて出かけるわけに行かない。

自分が見ていなければ、死んでいく者達なのだから。

その国の王子は病弱だった。

乳母がうわさを聞きつけて、最後の綱にやってきた。

青年の答えは同じこと。

怒った乳母は似たような症状の者の薬を金で奪った。

王子は―――――死んだ。


責任を問われた乳母はこう言った。

「あの医者のせいだ」


青年は捉(とら)えられた。

暗い牢の中で、青年は運命を呪った。

「だから、言ったのに――――」

暗い、暗い、牢の中。

いつしか青年は考えることにあきた。

そして、すべてを憎んだ。…………昔のように。

屈折した心が、壊れた。

憎んで、蔑んで、怒って、呪って―――――復讐

そんな言葉を思い出した。


青年は、逃げ出した。

一人、小さな小船に乗って海に出た。

流されて、漂流して、沈んで。

とある島へと打ち上げられた。

小さな島は小さくて、回りも島で囲まれて。

はやり病に疫病と。別名、「死の島」といわれていた。

人々はやせて餓えて、いつ死んでもいいものだ。

死ぬことが救いだった。

生きていくのは苦痛だった。


青年は、また山にこもった。

虚(うつ)ろな人々に見つからず、一人生きるのは簡単。

でも、すぐに出てきた。

毒草と、薬草と―――また薬を作った。

一人ひとり見ていられない。

大衆用に、効果を薄く作り配った。

簡単なことだ。軽い病でも、やせこけて病弱な島人には死の病だったのだから。


人々は生きながらえた。

島々の病気も治まって、はやり病も、疫病も消えた。

生きる

人々にとってこの上ない喜びだった。





いつしか、

島は「不死の国」と呼ばれた。





島の人々は生きながらえた。

長く長く。

死を恐れることもない。

死がくることが日常で、安楽に人々はこの世を去った。


青年は、まだ、青年だった。

何人もの人々を救って、島の病人は消えた。

どんな名医でも、患者がいなければ何もならない。

青年は憤(いきどお)りを感じていた。

ここだったら、自分の実力が発揮できるはずなのに―――

実際に発揮して、結果がこれだ―――――

青年は、また、暗黒の闇に心を落とした。


ある日、いつものように山に昇った。

茂みの中からのぞく光景。

遊びに来た兄妹が、とある実を見ていた。

―――――猛毒。と、いかなくとも毒のある実だった。

幼い兄妹の体に、後遺症を残す可能性のある実だった。

口に、運ぶ―――――

青年は、制止の声を上げなかった。

その晩。起ることに、ひそかに、心の中で期待して―――――


門は叩かれた。

父と母というものによって。

何を口にし、何に対処すればいいか、

青年は知っている。

高熱にうなされる兄妹を、すぐに、治療した。

あくる日には回復した。

―――――もう大丈夫。


そして、

これだ―――――

患者がいなければ、病人がいなければ、



―――――作ればいい―――――



青年は、すぐに行動した。

共同井戸に、毒を落とした。

赤子でも死なないくらい。でも、赤子でも成人でも毒に苦しめられるぐらい。

小さな診察所は、すぐにいっぱいになった。

不安の広がる村は、青年の力で治まった。

人々の恐れは青年への、崇拝(すうはい)に変わった。


井戸の毒を中和して、川に落とした。

上流から下流。小さな村から首都にいたるまで、はやり病が現れた。

村人は言った。

行ってくれと。

われらを助けてくれたように、人々を救ってくれと。

青年は、そう言わすように誘導していた。

行きたくとも、ここのことをほおってはいけません。私の願いは、そう。皆が治る病に倒れることのないようにしたいとこではあるのです。と、言って。


青年が現れて、はやり病は消え去った。

何によって、発生し、何で治療すればよいか、青年は知っていて当然。

功績(こうせき)をたたえられ、王室に迎えいれられた。

すでにいた薬師とはあわなかった。


数年後、はやった病で、数代にわたって薬師の業についていた一族は皆死んだ。

青年は、王宮一の薬師となった。

他の薬師はもういない。

王の信頼は篤(あつ)かった。


青年は、青年だった。

まるで、体が年をとるのを忘れたようだ。

でも、青年と呼ぶには、ふさわしくない。

もっと、上。

大人だから。―――――年齢は。

もう、いくつなのかも数えてはいないが。だから、男と呼ぼう。


男は自分の地位を保つため。

身ごもった王妃に薬を盛った。

滋養(じよう)があると一言いえば、なんの疑いもない。

それくらい男の地位は高かった。


病がはやるたび、王子と王女が倒れるたび、

男は王に言った。

他国との交流を避けよ。これは、私が沈めよう。

自分の治療に疑いをもたらさないように。

他の薬師を受け入れるな。

他国の医術が広まぬように。


国はどんどん。男が住みやすく変わって行った。―――――変えていった。

それからの日々はつまらないものだった。

王の子供に薬を盛って、治療する。

何をすればいいかわかっている。

―――――つまらない。

一向に年をとらない男に、疑問を抱く者もいなかった。


いや、抱いたものは死んでいった。

はやり病で。


男は、暇だった。

だから、思いついた考えをまとめて、

一冊の本を書き上げた。

この国を、生かすことにあきた男が書いた本。



そしてついに男があきた時。

生きることに厭(あ)きた時。


このまま死ぬのもつまらなかった。



だから残した。一冊の本を。







その本は息子に渡り、読まれた。それは、幾年の時間をかけて、この島を変える計画の書かれた本だった。

何百種と言う毒を植え込み、大地に含ませ、水を汚染し、草木を毒へと変えていく。

それを体に取り込んでここでしか生きられない人間を作る。


だけど同じ毒ばかりだと、体制ができて効かなくなる。

何年もの時間をかけて、毒を変え中和し混ぜ合わせ。本当の死の島へと変えるために。


狙いは、計画が実行されてから二百年後。

一族以外の島人を、消すために。

その計画が書かれた本。考えた人物。


“それが、初代エアリアス”

“エアリアス・リインガルド”


今は………“エアリアス・リインガルド・リロディグラル”


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