故郷編 〜帰郷〜


 大きくもないが頑丈な船。入り江の奥に隠されるようにある船の元に着いたのは、日も暮れかかった夕方だった。男が合図を送り縄のはしごが下に落とされて、それに手をかけた小娘が突然振り返った。―――――まるで、思い出したかのように。


「これはシャフィアラの第二王子。フォトス。」
 縄を握る手を離し、指先を突きつける。

「「「…………」」」
 何にどう反応しろと?

「こっちはカイルと、レラン。」
 今度は左手で指差す。

「「「……………………」」」
 互いに互いの名を知らなかったのは事実だ。そして、間にいるのはリールただ一人。


「…………………」

 俺を睨みつける視線に、ゆっくりと睨み返した。俺よりも背は低いし、歳も下だろう。身分が高そうだとは思ったが、第二王子? 第一王子が死んでいるのなら、世継ぎはこいつだろう。―――――俺のことを知っているとは思えない。こっちも、シャフィアラに王子が二人と、王女がいることは初耳だ。

 ほおっておくとずっと睨み続けそうな二人を見ながら、レランはとある考えが浮かんだ。……………よもや、この二人が互いに睨み合っている原因はあの小娘?


「……………ぉっ」
 いつまでもここにいるわけにはいかないし、それに……


「ああ、王子!!」


 すでに船に上がって船べりから顔を出した小娘がいきなり声を張り上げた。
 ―――――――……この場に“王子”が二人いることを、知っているはずだが?

 ばっと反応したのはシャフィアラの王子で、エルディスの王子(あるじ)は特に何事もなくゆっくり顔を上げた。


「敵に回しとかないほうが無難ですよ。」

 ―――――――誰が、誰を。

 忠告のつもりなのかそれだけ言うと、小娘は顔を引っ込めた。

「…………………」
「………。」

 まだ睨み付けそうなシャフィアラの王子を置き去りにいて、王子は当然のごとくはしごを上がり始めた。

 なぜ自分たちがついてくるのかいまいち納得していないであろうシャフィアラの王子は、それでもはしごを上がった。









「ウィディア。」

 はしごを上り終えて船べりに降り立つと、そんなリールの声がした。船の甲板にいる人々の、表情はいろいろありすぎた。
―――――哀れみ? 崇拝? 恐れ? 感謝?

「名が必要な時はそう呼んで。」

 ずっと感じている違和感の一つ。…………お前の名は?




「ウィディア様。」
 おそらくこの船の船長であろう男が前に出た。
「お久しぶりです。お元気そうで。部屋の準備をしておりますのでどうぞこちらに。」
「準備のいいこと。ギミック。」
「かならず、来られると思いました。」
「……………………そう。」
 そういって、カイルとレランに視線を向けた。

「お連れ様もこちらに、部屋の広さは十分ですので。」


 “ウィディア様”すれ違う船員の口が動いた。どう感情を表せばいいかわからない顔で。




 いつもそう。いつからそう? いつでも、これまでがそう。
……………いくら言っても、変わらなかった。いくら頼んでも、やめてくれなかった。
――――――皆呼ぶ。名を。“様”と言う肩書で。


 その名が、偽名だとも知らずに。










 案内された部屋は、広さも温度もちょうどよかった。丸く作られた窓の近くの椅子の上に荷物を置いた。

「他に何か必要なものはありますか。」
「……………。」
 用意された机の上に置いてある道具を見て、私は驚いた。
「これは?」
 なつかしいと同時に、二度と見たくもなかった。
「部屋にあったのを、王子が持ち出したようでして………。」
「……………。」
 そうか、まだ、部屋の鍵を王子は持っているんだった。
「…………。」
 言いたいことや、殴りたくなっているけれど、今はまず先にすべきことがあるから。
「沸かした湯と、湯ざしましを。」
「それなら―――」

コンコンッ

「入れ」
 船長(ギミック)が言った。
「お湯をお持ちしました。」
「置いておけ。」
「はい。」
「後は何か。」
「特には。」

 むしろ、揃っていると言ってもいい。

「何かありましたらできる限りご用意します。ただ、まもなく出航しますので。」
 船の上で用意できるものは限られる。
「平気よ。」
「夕食は二時間後に。」
「わかった。」

 部屋を去った船長。リールすぐに用意してあった飲み物と、食べ物を口にした。

「…………。」
 昼は足りなかったのか?

「食べきってもいいが。」
 カイルは言った。

「これは平気。」
 聞いていないのか、小さくリールはつぶやいた。

「こっちに来てどれくらい?」
 部屋の中にいたシャフィアラの王子―――――っもう、フォトスでいいか。に話しかける。
「シャフィアラを出て三ヶ月だ。」
「誰か倒れた?」
「いや、誰も………」
「あっそ。」

 リールはずんずんと、フォトスに近づいて、
パシ!!
 いい音を立てて腕を掴んだ。
「?」
掴まれた腕を不思議に見た瞬間。

ぽいっっ!!
バン!!!!
 扉の外にほおり投げて、強くドアを閉じた。


「「……………」」
 俺は飲み物をついで口にしようとしたらレランに奪われて、そして手に帰ってきた。

「…………。」
 リールは無言で荷物の中から用意した薬草を取り出して、すりつぶしたり、混ぜたり。調合を始めた。
「「……。」」
 始めてみる姿だし、暇だから。俺とレランも無言で見ていた。






 一時間もたってはいないだろうが、それに近い時間をかけて、リールは薬を作っていたのだろう。
 黒い粒上の薬剤と、緑がかった水。自分で口にしたあと、同じものを二つに分けて二つの小瓶に入れる。計四個の小瓶を持って、リールはこっちにやってきた。

 座っている俺の横に立って、持っているものを机の中心に置く。


「言ったとおり、あっちもすべてはこっちの人には毒だから。この錠剤を一日二つぶ。これは毒を中和するものだから。ただ、予測しえないほどの事態かもしれないから、こっちも。」
 液体の入ったビンを指す。
「息苦しいとき、めまいに襲われたとき。でも、何か異変が起きたらすぐに言うこと。あと、水や食べ物を無闇に口にしないで。空気ですら毒になるだろうから、体がうまく動かなくなるわ。あと、疲労感とかも。」

「……………。」
 レランは俺の支持をあおいでいるようだから、渡した。それを見て、リールは机の上を片付けに行った。
――――――レランも、気づいていただろう。さっき、森で取った薬草、港町で買った薬草。…………すべて使い切ったことに。ほかにも、リールの荷物の中から使ったものもあったが。





 片づけが終わると、リールは窓の近くに座って海を見ていた。俺は、なぜかある本棚の本に手を伸ばした。――――聞きたいことはあるが、今は聞かなくてもいい気がした。レランは、扉の近くに。………まぁ、一番疑問を飲み込んでいることだろう。





コンコン!!
 ノックの音と共に運ばれてきた食事。



 食べきると、まるで目の敵のように海の先を睨んでいたリールは隣の部屋に入り早々に就寝した。扉は二つあり、どちらも二つずつベッドがあった。




「王子。」
 たくさんの蝋燭(ろうそく)に照らされた部屋で本を読んでいた俺に、レランが話しかける。
「なんだ。」
「どういう事でしょうか。」
「さあな。だが、知りかったんだろう。」
 リールが何者で、なんなのか。
「いい機会だろ。」
 何も貴方が行かなくてもと言いたいが、シャフィアラという国に興味がないわけではない。

 それに、すでに、船に乗り込んだものに対する問いかけか?

「た………」
 ばたばたと廊下を走る音に、目を細めて剣に手をかけた。
「やめておけ。」
 王子の制止に、剣を鞘から抜くのはやめる。

「リーーディ!!!」
 バアン!!!! とフォトスが入ってくる。
「もう寝ている。」
 かったるそうにカイルは振り返った。
「……………っ!!」
 あまりに堂々とした態度に、フォトスは一瞬たじろいだ。

「起こしてくれ。」
「なぜ。」
「…………急病人だ。」
「この船に医者は?」
「シャフィアラでは、エアリアス家の人間しか薬師になれない。」
「連れてこなかったのか?」

「連れてこられるはずがないわね。」

 振り返ると、腕を組んで扉に左肩を預けているリールが見える。

「………誰が?」
 腕をといて、足音を立てながら、リールは言った。
「ボーダだ。」
「……………。」

 無言で、廊下に出たリールは、知り尽くしているのか迷わず目的の部屋まで進んでいった。





「どうしたの。イオット。」
 扉の開いている部屋に入って、リールは言った。ベッドの上には男が寝かせてあった。苦しそうに息をしている。
「わからない。突然倒れたから。」
 隣に座っている男。リールが話しかけたイオットが答える。
 脈を取って、熱を見て、目を見て状況を聞いて、リールは聞いた。
「ここに来て三ヶ月といったわね。」
「? ああ。」
 イオットは答える。

「ケドニー。」
 野次馬のごとく部屋の外に集まりだした船員の一人に話しかける。
「ぉぉおう!!?」
 こちらも見ずに言い出したリールに、ケドニーと呼ばれた男は答えた。
「お酒を持ってきているでしょう。」
「そりゃぁもう!!」
 この男、酒好き。
「今回も自分の配分を削って酒を……」
「一番度数の少ないものを持ってきて。」
「はい!!!」
 長くなりそうな話をぶった切る低い声に、男はさっさと行動した。――――――そして、もって来る必要があったのに、割り当てられた配分を削ったことをばらしたため船長に殴られた。

 台所に持ってくるよう伝言し、足早に部屋に帰る。荷物から必要な瓶を――――薬を持つ。そのまま食堂の横の台所に移動して、鍋に薬を作り始めた。



「いったいなんだ?」
 邪魔をしないためか遠巻きに台所を除いている者共を押しよけて、カイルはリールのそばに立った。――――――鍋の中身は真っ黒だ。

「簡単に言うと、ようはこっちに向こうの食べ物はないでしょ。」
 体内に取り込んだ毒が切れて、体がそれを欲している。まるで、薬物の中毒。いや、薬物依存に近い。
 向こうで作られたと言う酒を手に、リールは鍋をかき回した。
「だがそれは―――――」

 “毒”なんだろ?

「シャフィアラの民には必要なもの。」
 淡々と言リールは、言った。


 酒が加わると色が薄くなった液体を、さっきの倒れた男のみでなく、船員全員に配った。――――もちろんフォトスも。
 真実を知っているだけに、受け取ったコップを握り締めていたが―――――突然リールが奪って飲み干し、呆然としたところにまた別に中身の入ったコップを渡した。
 今度は、おとなしく飲んだ。……………何を思ったかはわからないが。




「大丈夫なのか?」
 ボーダという名らしい男に薬を飲ませて、息が静まったのを確認したら、三人は部屋に帰った。
 リールはそのまままた寝始めそうなので、その前に問いかけた。

「何が?――――――私は、“シャフィアラ”の民なのよ――――」

「それを知って毒を飲むのか。」
「“毒”なのはあなた達の体の中で。シャフィアラではとあるきっかけで人々を滅ぼす道具。」
「なぜ飲む必要がある。」
「助けるには段階を踏んで毒を取り除くか中和していく必要があるの。それに、個人個人の毒をなくすだけじゃ根本的に解決しない。」

 地に水に、浸み込んだ毒を、浸み込ませた毒を。

「それだけのことをお前はしていたのか。」
 一歩踏み出すように、近づいてきたレランは言う。

「おい。」
 責めるように声を尖らせたカイルを、リールは押さえた。

「否定はしないわ。だって、私は――――…………こんなことを言うのも変だけど。私は実際に毒を蒔(ま)いたもの。生まれた子供は、十歳の時に“仕事”を一つ任される。大地を汚す仕事を、水を汚染する仕事を、人々を滅ぼす手伝いを。―――――事実を知ったのはそれから。エアリアス家の中でも、真実を知るのは数人。」

「どうやって、真実を知った。」

「両親の死と引き換えに。」

「…………………」
「………。」


 降り立った沈黙は長いもので、カイルが本のページをめくる音だけがする。



 黒い暗い海は、確実にシャフィアラに近づく。リールの思いは置き去りで。


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