故郷 〜苛立つ〜


「これか、」
 父親の執務室。目の前で崩れ去る親に対して、およそ感情と言うものが欠落しているだろう息子が、本棚を荒らして探し出した物。―――――……一冊の本とは違う。それはエアゾールの計画の実行記録――――そして、もう一つ。

「――――知っているさ」
 簡単に受け入れるはずもない。ただひたすらに拒み続ける女。

「まさか、こちらが何の手も打たないと思っているのか?」


「ねぇ、ジオラス―――――グラジオラス。いったい、貴方はなんなの。」
「………久しぶりだな」
「…………」
「もう、兄上とお前以外は、その名で呼ぶものはいない。」
「セイネル様は、なぜ?」
「さぁ?お前の方が詳しいだろう?」
「大方小父上が薬の調合を間違えたか、………そうね、むしろ――――」
 国王(親)と違って聡い王子は、貪欲なエアリアス家当主に不信感を抱いたんでしょうね。―――――計画に支障をきたす者は、排除を。それがこの地位を作った仕掛け。

 二人の王女様たちは、想定外。まったくの不意打ち。だからかどうかは知らないけれど、助からなかった。――――それによって………

「―――変わったな。」
「?」
「ここ(シャフィアラ)は、まるで置いていかれたように静かだ。」
「…………学んだ?」
「お前の本は役に立ったよ。…………二度と読みたいとも思わない。」
「止めにきたの?」
「そのつもりだったけど」
「……」
「――――ここに、いないか?」
「嫌」
「………即答だな」
「他に答えないから」
「あの頃とは違う。――――今なら、もっとうまく出来る。」
 ただ騒ぐだけの、子どもではなくて。
「必要ないでしょ。」
「自分のしていることが、全て批判されてもか。」

「――――本当に、私がこの国を救おうとして行動していたとでも?」

「おま!!!おい!」

 リールは歩き去った。

「待てって………」
 ただ、何かを目的に自身を削る姿を見ていて、助けたかっただけだった。すべての人に否定され続けるのを、見ていられなかった。
 結果少女は国を追われ、生死も安否も不明なままで。どうにか見つけ出したくて、一つの情報の頼りに行動して。

「どこに行くんだ?」
 唯一つの目的で、道を進むその先は?

 誰も見ていない。
 リーディは、誰も見ていない。
 全ての人が、彼女を気にも留めてない。

 大きな声で、名を呼んで、腕をつかんだその時に、後悔したと言ったら信じてくれるか?

「会いたかったよ。」
 死んではいないと信じられても、戻ってくるとは思えなかった。
 あの時の俺は無知であり、とても小さな存在で、一人じゃ何も出来なかったから。―――――それでも、知っているつもりなんだ、何をしたいのか。

 なぁ、リーディ。俺は、たぶん――――いや、“絶対”か………


 部屋の扉が開いたから、違うと思いつつ視線を向けてみれば、そこにはシャフィアラの第二王子が立っていた。

(…………なんなんだ……?)
 顔が引きつるのをどうにか抑えつつ、入った瞬間から感じるともすれば飲み込まれそうな殺気の含まれている気がする視線をビシビシと感じる。
 年上、と言えば年上なのだろう青年の視線に、負けじと顔を上げて睨み返した。

(…………物好きが増えた…………)
 どうしてこうも、リーはどこか尋常(じんじょう)じゃない奴らに気に入られるのか。
(…………本人が尋常じゃないからか!!)
 この場に本人がいたら真っ先に窓から落とされそうな考え。やっと納得のいく理由が出来たシャジャスティは、晴れ晴れとした顔で睨みあう二人を見ることが出来た。


カツンカツンカツン
 人気のない道を歩いていた。
 いや、人気のない道を選んで歩いていた。
 今でこそこの邸に人間は少ないが、昔はそれこそ溢れかえっていた。一族の繁栄を謀るために。優秀な血族を残すために。
 そんな邸の中を、誰にも見つからず帰るには―――――

ピタ!
 ――――どこに、帰るというのだろう。
 自然向いていた塔の部屋への道。リールはなんとも言えず笑って、身体の向きを変えた。


 いまだに、部屋の中では争いが起こっていた。お茶だけ出してお菓子を用意し忘れたローゼリアリマが帰ってきて、一瞬で固まってしまったようだ。部屋の扉を開けたところで、とりあえず持っている皿は落とさない。

(王子…………)
 たぶん王子より年下。あの小娘より会話と扱いから考えても年下だとしか考えられないシャフィアラの王子に、いつまで明らかに友好的とは言えない視線を送り続けるのだろうか。
いや、たぶん………
 することもなく暇なのかもしれない。
「…………。」
 自分で考え付いた結論に、それこそ本当にたちが悪いとレランは思った。


(なんなんだよ……)
 この男。リーディと一緒にいた男。それだけでも友好的に接するのは無理そうだと言うのに。あの時、確実に場違いだとしか思えない雰囲気。それをぶち壊した自分。
 的に回さないほうがいいというのは、本当の事なんだろう。が、かといって友好に接する必要はないだろうし、無理だ。


「…………」
 視線が自分に集中していくのがわかる。
 さて、いつまでこのままでいるか。


「?」
 ――――ローゼ?
 扉を開けたまま固まっているローゼリアリマが見える。何事かと考えてみると、原因は一つか。と、納得してしまった。

「何やってるのよ」
 皿の上に乗っていた焼き菓子の一つを口に入れて、リールは険悪な雰囲気の原因に問いかけた。
「暇だ」
「でしょうねぇ」
 何事もなかったようにおそらく冷め切ったお茶に、カイルは手を伸ばした。

「で、リー」
「何よシャス」
「誰?」
 行儀悪くあぐらをかいているシャジャスティは一番の部外者の正体を知りたがった。
「…………」
 はじめて、リールは考え込んだ。
「おい……」
 さて何でここにこいつがいるのだろうか。そう言いたげな顔で首を傾げるリールに、カイルは軽く睨みつけた。

「そうねぇ………」

「リディロル!ここに署名しろ!」
 答えが出るまではまだ時間がかかりそうな頃、また焼き菓子に手を伸ばしたリールの後ろで、唐突に扉が開いた。
「はぁ?」
 目の前にやって来て書類を突きつけるリンザインに、リールは何よあんたと言いたげに目を細めた。
「――――…………。」
 そして、書類の文字を目で追って、また表情が消えた。冷たい目でゆっくりと、書類を越えてリンザインを睨んだ。
「ふざけてるわね」
「そうか」
「――――そのために私にここにいろと!!」
「そうだ」
 見る見るリールが怒りを表す。立ち上がってリンザインを睨みつけるが、同じように睨まれている。
 バチバチと火花が見えそうな空気の中、ローゼリアリマはおたおたとうろたえ、シャジャスティはぇ?と意表を疲れたように固まっていた。

「いったいなんだ」
「――――なんでもない」
「なんでもなければ怒る必要はない。」
「………それはそうね。」
「で、なんだ」
「〜〜〜〜……この馬鹿が私に当主になれといっているのよ。」
「なぜ」
「知らない」
「なぜだ?」
 カイルは、リンザインに問いかけた。
「お前は………誰だ?――――――部外者は黙ってろ。」
 リンザインは気にかける必要はないと判断した。
「お前とは、関係がないがな。」
「…………」
 確かに、カイルとリンザインの間では何の接点もない。

「〜〜〜〜……行こう」
 時間の無駄だと言うように、リールは歩き出した。

「ちょっと待て!」
「待つ理由がないわ!大体!あんたが当主になればいいでしょう!!」
「――――自分の事はよくわかっているだろう。」
 ―――――名前。

「うるさい」
 何かを拒むように怒り続けるリールは、制止の声を聞くことなく部屋を後にした。


 何もかもが曖昧(あいまい)だった。何もかもを誤魔化して。否定して、拒んで、立ち去った。………逃げた?
「……誰が、」
 何から、逃げるというのだろう。ドコから、誰から?
バァン!!!
 乱暴に壁を蹴り飛ばし、塔へ続く道を現した。
「〜〜〜〜〜」
 イライラする。ここでは。そもそも、誰かと係わったのが問題で。そして、

「大変だな」
 同じように壁の穴を越えてきたカイルが言う。
「………」
 振り返ってみてみれば、もう慣れたとしか言いようのない二人。――――これで三人。

「――――何処へ行く、何をする。」
「ニクロケイルへ」
 簡潔な言葉に、カイルはもう何も言わない。………知っているからか、わかっているからか。気に留めていないのか、気にかけているのか。だからこそ、何も言わないのか。

 聞いてほしくない事、問い詰めてほしくない事。知っているようで何も知らない。それでもいいような気がしているのは、なぜだろうか。

「お届け物よ」
 ――――どうやら、まだ続くらしい。


「だ、からあの女ぁ!!!」
「しょーがないって。どう頑張ってもリーは当主にはならないっての。」
「リザイン、なんで?」
 初めから無理だといいたげな二人の批判の声に、リンザインは言った。
「それは知っている。――――まさか、あれだけで終わりだと思っているのか?」
「え゛?」
「どうして、そこまで?」
 リロディルクを当主にしたいの?
「お前たちは、知らないのか。」
「?」

「私たちは、何も聞かされない。知らされない。だって、ただ一族の人間ってだけだから。」
 認められるのは、ほんの一握り。
 ローゼリアリマの声が響いた。

「リーディルは、どうして、――――あんなにも人々に批判されていたの?」
「使ってはいけない術について研究していたからさ。」
「なんで、そんな研究を?」

「簡単さ。人と違う明らかに異質な事をしている人間には、責任を押し付けやすいだろう。」

「それって、」
 どういう意味?
「???」
 わけがわからない。知りたいと思った事が、ないわけじゃない。

「もう、知っている者もほとんどいない。あれだって、昔からあんなに、」
 突き放すような性格だったわけじゃない。

「何が、あった。」
「知らないほうがいいですよ、フォトス・グラジオラス・シャフィアラ様――第二王子様。俺たち一族が、いかに汚いかって話ですから。」
 もう、十分お聞きになったでしょう。

「これ以上深みにはまられるのは止めたほうがいい。――――抜け出せなくなりますよ。」
 ――――――俺と、リロディルクのように。

 知りたがる二人にも、黙ってもらった。知る必要はないし、知ってしまえば、ローゼリアなど自殺するかもしれない。

 暗い、暗い深い一族の歴史。浸る優越感、おごり。生かしてやっている。思い通りになる。
 全ての根底にあるのは、生きるということに飽きた、人間の歪み―――――

 わかっているか、俺より深みにはまっていると…………


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