故郷 〜もう用はない〜


「いったい、お前の呼び名はなんなんだ?」
 塔から来た道を戻りながら、苛立ちを現すリールになんてことなくカイルは問いだした。興味深い事柄は特に多かった。

「昔の名前?」
「それは聞いた。」
「ああ、よび方」
「他にないな」
「エアリアス・リーグラレル・リロディルク―――――ここまでいい?」
「聞き飽きた」
「………そうね、本名を名乗るのは、エアリアス家の中で当主だけ。言ってしまえば、当主の名前だけがあればいい。」
「そのわりには仰々(ぎょうぎょう)しい名前が付いているものだな。」
「そんなの、お互い様でしょ。」
 いつ、当主になってもいいように。――――もちろん、誰でもと言うわけではないけど。

「当主以外の者は真名を名乗ってはいけない。だから、皆一様に簡略、もしくは短くして呼ぶ。―――ようは、通じればいいもの。」

「―――へぇ、じゃ、お前だけ大量に呼び名を持っているのは?」
「…………」
 五人が五人とも違う呼び名を使っている。

「―――――………それが“私”だと思われないためでしょ。」
「……」
 さて、“誰”に聞かれて、困ると言うのか………


 グラジスはリーディだった。ザインはリディロル。シャスはリーで、ローゼはリーディル。ウィアはリディ。小父はそのままリロディク。真名に近いよび方。…………他にもあると言ったら、どうなるのかしら。
 こんなにもたくさんの呼び名がある理由の一つには、真名を極力意識させないため。自分の名を人にも意識させないためでもあった………特に、ザインと同じく引継ぎを受けた私の名前は―――――


―――お前の名を剥奪する―――
二度と、名乗ることは許さない、許されない。


「お前は誰だ」
 またも問いだしたレランに、振り返って言ってやった。
「エアリー・リール、他にある?」
「………」
 黙ったレランに視線を向けて、可笑しそうにカイルが言う。
「偽名だろ」
「人のこと言えんの?」
「そうだな」
「…………」
 よくよく考えてみるとだ、二人とも偽名を使っている。呆れて何も言えなくなってしまったレランだった。


 止まった足を進ませて、三人分の足音が、暗く狭い通路に響く。

「…………」
 ――――向かう先は?
 はたと気づいて、笑ってしまった。―――――今更、ここに、何の用があると言うのだろう。

 出口の先の薬棚を見向きもせずに、上がった階段。掃除された部屋、持ち込まれた毛布。ここに一日中。呼び出しと、検診の命令を受けるまでずっと。本を読み漁り、薬を作って。
 ここで、ここで――――


「―――――行こう」
 もう用はない、ここにも、この島にも。


(どこに行ってもこんな感じだろう……)
 セイジュに向かって剣を振り下ろしていた日々がずいぶんと昔の用だ………。
(いつ帰れることか…)
 ある意味で、レランの願いは切実だ。―――さて、何年後?








「行っちゃうね」
 ぽつりと、シャスが言う。
「――――どうして、帰って来たのかな?」
 ローゼがもっともな発言をする。

「今でないいつかには、帰ってくるとは思っていたが。」

「そうなの!?」
「それ本当?」
「絶対にな………しかし、ずいぶんと派手に登場したものだ。」
「「…………」」

 派手?というより…………

「「――――」」
 本人に聞こえるなんて考えられもしないのに、二人は言葉を飲み込んだ。

 だって、ほら、いつ現れるかわかんないもの。








「…………」
 レランは、あきれていた。というか、言葉を飲み込んだ。

 行き先は、と問うカイルにリールは言う。最初の島へ、と。だが、

「…………おい…」
「何?」
「何を、強奪している……」
「船?」
 疑問系なのは、他にも奪っていく物があるからだろう小娘。海の見える森の中小さな小屋に入っていた。置いてあった中から、特別何かを必要としていないにも関わらず、棚の中をかき回す。

 ―――――必要は、なかったはずだ。来た時の船がまだつながれているはず。海近くの小屋の中をあさっていた。

「いいのよ、これはリアス家の小屋だから。」
「………」
 なにかあったな。―――自分のものは自分のもので、他人のものも自分のものという……

「おっ」
 同じく棚の中身を荒らしていたカイルが驚いて声をあげる。
「壊さないでよ」
 すかさずリールが突っ込んだ。
 棚から落ちた瓶を受け止めて、カイルは言った。
「もらうぞ」
「…………。」
 リールは振り返って、カイルの手の中に納まった瓶を見た。そのラベルにつづってある文字を眺めて、―――少し、意外そうに言った。
「……読めるの?」
「なんとなくな」
「…………」
 ―――まぁ、さすがと言うか。それだけの教育を受けてきた者というか。それでも、違う言語をこの短期間で理解していっている事は、事実?

 キリング・タイムの時に、四の王の前で使われた共通の言葉。その後大陸で独自の言葉を展開させた国。共通語以前のその国の言葉も教える国。この世界――ウェレンシアは、全ての人々が同じ言葉を話せるようになっていた。人の言葉と、聖魔獣の言葉。そして、共通の言葉。――――いつかまた、聖魔獣と人が仲違(なかたが)えた時、力なき人々は力を合わせられるように。

それは、警戒とも言う。

 シャフィアラも、独自の言葉を作った時があった。しかし、それは多くの人には受け入れられず、今でも、共通語が主流である。――――すでに、あるものに依存する。発展を遂げようともしない、何か新しいものを生み出そうともしない。まるで、「死の島」と呼ばれていたあの頃の名残のようだ。

 初代エアリアス――リインガルドは、その言葉とキリング・タイム以前の古語を使って、独自に言葉を書いた。―――まるで暗号。それが、一つの言語であるかのように。

「………。」
 勝手に懐に瓶がしまわれていくのを、リールは眺めていた。
 ―――ま、いっか。

「おい。」
 またもレランが突っ込んできたいらしい。ってかしつこくない?
「なに?」
「ここにあるものは問題ないんだろうな。」
「…………」
“問題”?…………ぁあ!まさか劇薬じゃないかと……
「違う。中身は、」
「書いてあるとおりよ。ここは、外での補充をするための場所で、一定の期間で整理点検補充をさせているから。―――いくらどんなに暇がなくても、あの家が燃えてしまったらどうするのか。って言ったら、真面目にやってるみたい。」
 全ての薬を、あの場所にまとめておくのが、一番安全かもしれなくても。もし、あの家に何かあったらどうするのか。
「それに、外に行くときは家まで帰るのが面倒。」
 それに、

「島人は、この小屋に気がつかないし、気がついても勝手に取って行くような命知らずじゃないわ。」
 ――――使えるはずないでしょ?ない知識で。

「――あれは、なんだ」
「本人に聞けば?」
 知識として古語は習っていても、それを応用した上で他の言語と混ぜられてしまえば、レランには解読できない。

 ―――まぁ、カイルが思っているのが本当かわかんないけど。
 あっさりと、リールは怖い事を考えた。身も蓋もない。

「―――食料は?」
 地下にいたカイルが問う。
「ここじゃなくていい」
「……。」
 ――――その言葉。つまり、まだどこか行くのか?

 結局これといった物は手に取らず、小娘は小屋を出た。





「で、」
「で?」
「どこに帰る気だ?」
「行くのは、最初の島」
「十三の島か」
「そうね。」
 ふと楽しそうに笑ったリールにレランは寒気を感じた。
 思い出してしまった。この二人、一緒にするとろくな事にならない。



 船がゆれている。波が暴れる。早い流れの海流に乗って、目的の島がもう見えてる。―――ここまで来て、ゆっくり振り返った。背においてきた王都島。見えない。

「…………」
 ―――よかった?

 暗くなってゆく。まるで何かを映したように。

 そう、雨が降る………







「〜〜〜〜〜」
 バシャバシャと、激しく泥水が跳ねる。それに負けることのない雨音。―――むしろ、雷のならない事のほうが不思議なぐらいの豪雨(ごうう)。
 木の葉に雨が叩きつけられ、さらに色は緑を濃くする。形をつたって、地面へ、幹へ、水が流れ落ちていく。水溜りはさらに深く。虫と動物は影も形もいない。何羽か、この雨の中鳥が飛び立った。

 雨のカーテンがかかって、よく見えない上に、髪から滴った雨水と、顔に向かって叩きつける雨で前が見えない。

「…………すごいな」
 片手を目の雨よけにしながら、カイルが言った。
「………」
「〜〜〜〜!」
 丁度いい雨宿りの場が見つからない。木々は所々枯れていたり、葉から落ちた水が降ってきたり。

 すでに、三人とも雨具の意味がない。どうせこのままいても濡れるだけだから、当てがあるなら先に進めと言うカイルの都合で、三人は土砂降りの中早足で進んでいた。

「―――雨が、降るなんて………」
 知らない。
「雨?」
 カイルが言った。それは違うと言わんばかりに―――


 まるで、天候ですら自分のものかのようである小娘の言い分。そして、この雨をむしろ楽しんでいるような主の言葉。
 とりあえず、どこでもいいが雨をしのげる場所は?


「―――あそこよ」
 雨でかすむ視界の中、遠くに灯りがいくつか見えた。

 よくもまぁ雨の中、この島までたどり着いたものよね。

「――――へぇ」
 唐突に、視界が開けた。うっとうしかった森は切り取ったようにない。地には芝が所々に植えつけられている。同じ感覚で作られた窓。二階建て。上には三階となるように三角の塔が窓の数の半分はあり、ついている窓は他と違い真四角だった。本当にいくつかしか灯りのついていない館は、――――そう、シャフィアラの雰囲気の中で一番“今”に近かった。

「走るわよ」
「…。」
「なっ?」
 今更走り急ぐ事に意味は見出せないが、すでに走り出したリールに言葉は届かない。


「………」
 激しい雨に打たれる中進む森。道なき道のようで、足取りはしっかりとしていた小娘。
(ここは……)
 シャフィアラの人が住む島の中で、島人の数が最低の島―――
 雨によって光は見えても、それを人の姿が遮っている。走り出した小娘と、追う主。
「…………」
 ――――当然のように出遅れたレランは、しばし、一人豪雨に打たれていた。


Back   Menu   Next