故郷 〜食事〜


 走りながら。思い服がまとわりつく、難なく隣にいるカイルと……うん。

 近づいてくる入り口。周りを囲む塀は必要ない。だって、この島は森が壁となって人を遮るから。それに、シャフィアラの人々は自分達の住む島から外に出る事はまったくない。


「――――」
 もう一度、隣を見てから、さらに走った。
 周りを囲う塀もない。ただ、少しだけ小高くなった場所見た目とはそうからない五階建ての館。尖った青い屋根に、窓に雨が流れている。窓はくもっていたりカーテンがかかっていて、中で火がゆれているのがかろうじて見えるくらいだ。入り口の横には、この雨にまけないと火が風と戦っている。―――森から見えた、あの灯。まるで、いつ帰ってきてもここがわかるようにとの目印。

 先を行くリールが、もう入り口に着きそうだった。さらに足が速くなっている。

と、

ドガァーーン!!
「アズラルーー!!」
 リールは勢いをつけたまま、扉を蹴り飛ばした。

「「………」」
 追いついたらしいレランが、ため息をついたのがなぜか、この豪雨の中でもわかった。
 ぽたぽたと雫が落ちる。床をぬらす雨水を歯牙にもかけず、顔に張り付いた髪を払うリール。

しーーーん

 館の中は、静かで、光溢(あふ)れていた。―――まぁ、この暗い豪雨からくれば溢れていると表現したくもなる。
 花瓶に花が飾ってあり、反対には絵がかかっている。ただし、石の床に雨水が広いっている。カイルに続いて入ってきたレランが、怪訝そうに……いや、何か納得したように脱力していた。

「アーーズーラールーー?」
 また、リールが誰かを呼んでいる。――――誰だ?
「………」
 上がっている息を整える。明るく照らされた広い入り口。真ん中の階段は途中で二つに分かれ、左右にはいくつか扉が見える。

と、ばたばたと走る音がした。

「――――リーディール様!!?」
 リールの顔を見て驚いた侍女らしき女は、そのまま嬉しそうにリールに近づいた。
「お久しぶりですわ!でも、どうして……」

「ずいぶんと派手に暴れてきたそうだな。」
 左の階段上、濃い赤色をした髪の男が出てくる。そして階段を降りる。

「―――?」
 一言で表すなら―――狐か?何をしても食えない男でありそうな男が………歳だけ見れば三十はいってそうだった。
「………」
 “暴れた”?……そのことに関しては流す。

 無言で出てきた男を睨んだリール。先に来た侍女が頭を下げるのと、なんだかこの偉そうな態度。どうやらこの館の主らしい。階段を降りきって男はリールの正面に立って言った。

「―――それで、わざわざここに立ち寄った理由は?」

「食事」
 きっぱり。

 そうとしか言えないくらい綺麗に通ったリールの声に、この館の主らしき男は引きついた。
 最初の女がぱたぱたと、そのまま廊下を走ってゆく。―――向かう先が調理場だと思えるのは、なぜだろうか?

「………いいだろう。」
 唐突に、頭を抑えていた片手を離して男が言う。
「その前に、着替えるんだな」
 一瞬嫌そうな顔をしたリールも、すぐに言った。
「あっちも」
 すでに男に近いほうに歩いていたリールは、こっちを指で指し示した。
「………」
 アズラルと呼ばれた男が目を見張るのと同時に、
「リーディール様!」
 最初に見た女と、同じ顔の女が現れた。
「どうぞ湯のほうに!」
 そう言って、大きな浴布を渡した後、俺達のほうを向いて言う。
「えっっと………?」
「任せるわ、ユア」
 ここは平気だと目配せをしたあと、かって知ったる自分の家と言わんばかりに、さっさとリールは歩き出した。





「リーディール様ですか?」
「リーディールね……」
「―――ぁあ!そうでしたわ。ここの者は皆そう呼びますわ。」
 ユアと名乗った双子の片割れは、開閉一番女湯は反対の建物になりますが覗きに行きますか?と言って館の主にあとで毒でも盛られない程度になと言われ何事もなかったかのようにリールが歩き去った反対の建物に案内した。
 最初の女は双子の姉で、名をセナというらしい。

 あるものはどうぞご自由にお使いくださいといって、湯のある部屋に置き去りにされた。
 あの小娘の知り合いだからこそと余計に警戒するレランを無視して、勝手に湯に入った。ついでに言うならいつまでびしょ濡れでいる気だと聞くと、三回目でようやくレランも湯に入った。

 少し経つと奉公人らしき少年がやって来て、服をいくつか用意したのでお好きなのを着て下さいと言って出て行った。いくつか質問したが、あまり満足のいく答えは得られなかった。
 とりあえずここは、シャフィアラでエアリアス家の次に地位の高い家柄だそうだ。ついでに言うならいわゆる貴族や名家というのは、この島にはこの二家しかないそうだ。

「―――まったく、いつまで寄り道をすることか……」
 嘆(なげ)くようなレランの言葉は、聞かなかったことにした。



「本当にお会いできるなんて思いもしませんでしたわ。まさかあんな事になるなんて思いもいたしませんでしたもの。」
「………」
 ――――あんな事、ね。
「でもでも!絶対に帰ってきてもらわなければならなかったですし!」
「………」
「――――?どうかなさいまして?」
「いや……ずいぶんと、無防備だな。」
 カイルは剣を挿したままだし、レランにいたってはあのでかい剣を背に背負ったまま。知り合いであろうリールならともかく、俺は何も接点がない。
「………?……気にしませんわよ。――――むしろ、リーディール様が人を連れてきた事のほうが以外ですから。」
「………」
 いったい、どこまでやったら島人にこんな扱いされるんだ?





「…………」
「…………」
「…………」

 気まずいのは、その場にいた女達と給仕だろう。
 館の主の座る席と、三席ある客席。主の席は埋まっている。そして、客席は一つしか埋まっていなかった。――――カイルの後ろにレランが立っていて、席に座らないから。一度カイルが座るように言ったが、意味がない。すでに席に着いている男のほうはまるで気にせず、席を勧めたのもユアという女だ。

「「「…………」」」
 お互いがお互いを干渉しない沈黙が、どれくらい経ったのだろうか。そんなに長い時間ではない。


「〜〜〜〜アズラル!!!」
 ドガンと、扉がゆれた。――――そう、普段なら着もしないような赤い服を着た――――?
 エルディスの感覚で言うならば、それを服と呼ぶかドレスと呼ぶかは悩むところだ。

 胸元は広く開いている。肩の部分はなく肌がそのまま出ている。二の腕から手首にかけて、だんだんと袖は広がって、手首の部分でひらひらとゆれている。身体のラインに合うようにつながった服の裾は短く、腰から下の左側のスカートは紐で編んであった。その編みこみはひざ上で結ばれて、足が見える。――――そう、茶色いひざ下までを覆うブーツが。
 首にかかっているものは変わりなく、他に装飾品はなかった。

「――――何あれ」
 怒りのままこちらを見て少し嫌そうに顔に手を当てたあと、長いテーブルの一番奥に座る男に声をかけた。
「見たままだろう?」
「あれだけ着ろと!!!?」
「問題はないだろう。」
「あるわ!」
「ひどいなぁリーディール――――ぁあ、あとで採寸をするから。」
「まだ作る気………」
「―――そう、その服も………」
「?」
「思ったより成長してる……?」
ガン!!!
「うるさいわね!!」
 視線の先が胸元に行っているとわかった途端、リールは目の前にあったナイフを投げつけた。投げつけられた先は簡単によけて、ナイフは壁に刺さった。


「………」
 話が見えない。すでにレランなど目をつぶって事の成り行きを見ることですらやめていた。

「さあさあリーディール様!とりあえずお食事にいたしましょう!」
 セナが言う。
「そうですわ!アズラル様を窓から落とすならあとからでも出来ますし。」
 ユアが提案する。
「…………手伝って」
 リールは答えた。
「「喜んで!」」

「……………」
 さすがに、女三人に見放されたらしき男は黙した。


 どうやらリールの席だった所からなくなったナイフは、すぐに新しい物がやって来た。

「あれ?」
「お久しぶりです」
 にこやかに給仕を務める男と、――――いや、この館の者は皆知り合いらしく、誰もが挨拶をしている。…………ついでに言うなら明らかに置いてある皿の数が違うあたりもよくわかっていると言えるだろう。
 しかし、出てきたのは館の主と双子の女性とさっきの少年と給仕と老人だ。

「ん〜〜おいしい!」
「「「…………」」」
 さっきまで、怒り狂っていたのは?嘘のようにおとなしく………いつものように皿を空にしていくリール。
「――――食べたら?」
 と、レランに声をかけた。
「………」
「……。」
 違う意味で男二人が黙った。

「リーディール様!」
 料理長らしき男がやって来つつ料理を置いた。
「ん〜〜〜おいしそう!」
「お久しぶりです。いらしたとお聞きして、前に喜んでいただいた物を作らせていただきました。」
「いったっだきまーす!」
 とりあえず食べるのが先らしく、男の挨拶に食事の挨拶で返したリールはナイフとフォークを握りなおした。

「…………」
 絶句しているのはレランぐらいで、その場にいた全員は流した。

「おいしい!―――――変わってないわね。」
「それは光栄です。………ですが、これでも修行はしてますよ?」
「―――落ちてないけど。」
「それはよかった。アズラル様はあまり食について感心がないので……」
「どういう意味だね?」
 嘆くように視線を向かわされた男は言ったが、流されて終わった。
「そりゃぁもう、新作を作ってもただ皿が空になるだけ……」
「期待するだけ無駄でしょ?」
「貴女が食べに来ていた頃がどんなによかったことか……」
「おいしいわよ」
 リールはメインの肉料理を食べながら、同じようにメインであるだろう魚にフォークを指している。

「…………」
 ―――ちょっと待て。何も言わずにメインが二種類出てきた理由を聞いてみたいところだが?

「――――そうだ。リーディル、なぜ宝石に手をつけない。」
 今までの事も目の前の事もまったく気にせず、むしろ、何事もなかったかのように男が声をかける。
「邪魔だから」
「………それは?」
 即答したリールにではそれはなんだと男は言いたげに、首もとに視線を送る。
「………」
 黙ったリールに、今度こそ楽しそうに男は笑う。なんだコイツ。

 ―――思う。主と、この館の主には、おそらく唯一つ共通点がありそうだ。
 極力関わらないように勤めながら、レランは黙って食を進めた。

「…………。」
 黙ったリールが、さらに手を止めた。――――おい、ちょっと待て、そこまで考える事か?
 不愉快そうにカイルがリールを睨んでいると、今度は男も視線を変えた。

「――――」
「―――?」

「………」
「―――で、」
「何?」
「誰だ?」
 至極もっともな質問を、アズラルはリールに言う。――――つまり、一緒にいる男。カイルは誰か、と。
「……………」
 またも、リールは考え込んだ。そして、
「建前なら止めとけば。」

 ――――どうやら、唯一の共通点(リールの知り合いであるというだけ)以外は、すべての説明を放棄された。

「「「……………」」」
 やっぱり、男三人が絶句する中、リールは一人食べ続けていた。

 明らかに出てくる皿の数が違うのに、去っていく数もまた多い……
 ―――もう、誰も突っ込む気にもならないらしい。

 それだけ、日常の光景?


「そうだ、リーディール」
「………何?」
 多い男の問いかけに、新しい料理を一通り口にしたあと、かったるそうにリールは言った。

「あとで旅用の服の新しいのを用意するから。」
「またぁ?」
「さっきまで着ていたもの。あれは確かにいい生地ではあるが!それだけで行動性がない!!」
「……」
「色合いはそう、もっと濃くてもいいかもだろう。今度はあえてはじめからズボンで行くか………」
 勝手に一人で言い出した男を、無視してリールはフォークを取って、止まった。

「………被服師。シャフィアラの王家の。」
「……」
 これが?
 目の前の男を見たカイルの視線の意図を汲み取って、リールは頷いた。

「もっと動きやすさを出していくとするか………」
 まだ言ってる。

「専職は式服。」
「………それはまた」
 人は見かけによらない。

「仕事しろよ仕事――」
 いい加減で明日のために何着服を作るきかわからない男に、リールはぼやいた。
「――そういえば、何かあったな。」
「忘れてるのかよ……」
 うしろに控えていた給仕をしていた男、秘書件仕事管理を任されているイーザスが言う。

「王妃様が、ドレスを一着御所望ですが」
「出た、無駄浪費王妃」
 リールは言い放った。
「――――確か色は赤とかいっていたな、似合いもしないのに。」
「確かにねぇ。」
 浪費癖が激しく、いったん来たドレスに再び袖を通す事はないと言われている王妃を思いだす。―――しぜん、胸元の石を握ったのは、宝石もほしがる王妃を思い出してだ。

「昔作った処分品中から適当にそれらしい色を包んで運んどけ。」
「………」
「――あんた、首になるわよ?」
 ちゃかしてリールが言う。

「どうせばれやしない」

 やれやれと息をついたリールが、新しく出てきた料理に集中している。特に深く聞きたいこともあったが、リールにしてみれば気にかけることでもないからこそ、余計なことは面倒だからしなかったんだろうが。

 視線を向けるとどうやら館の主も同じような心境だったらしい。ただ、あっちの方が楽しんでいると言える………。
 いらだったカイルは、目の前の果実酒を飲み干した。

 すぐに次が注がれていたが。


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