故郷 〜あの時〜


 一通りの食事のあと、甘いものはと勧められ、断った。主は頼んだようで、館の主らしき男は断っていた。ついでに言うなら小娘に選択権はなかった………。いや、作る側にないと言うかあるというか……

 結局、最終的にそれだけで皿が七皿もやってくれば、言う事もあるまい。




「………」
「……王子」
「なんだ」
「ここで何を?」
「何かしているように見えるか?」
「………」
 広めの廊下の反対側はすでに外。芝が植えられ木があり池と、少し行けば森だ。

 食事を終えた頃に、嬉々としてやってきた双子に小娘は捕まった。
 館の主は別段何も言わずに部屋を出た。
 置いていかれた事に腹を立てるべきかと考えていると、服の採寸をするためですと、聞いてもいない解説を執事がし、館の中で不自由がありましたらお申し付けくださいと言って去った。

 ―――置いてかれた?

 言うと睨まれそうなので黙っていた。それでなくても、
「………」
 無言で何か企(たくら)んでいそうな王子がいるから。

 とりあえず片付けのはじまった部屋をあとにして、歩き出した。そして、適当なところで声をかけてみたがこれだ。

「………」
 主が無言のまま庭に出るので、あとを追う。

 同じ高さに切りそろえられた芝。細長い円を描くように剪定された木。植え込みはまるく、切り刻まれた葉が散っている。
 どうやら、数日前に大々的に刈り込み作業があったようだ。


「―――――まったく」
「………」
 最近、よく聞く言葉はこれかもしれない。

「ずいぶんと、不機嫌だな」
「――――」
「……!」
 低い声のするほうに目を向けて、茂みをかき分ける。するとそこに、屋外に設けられたテーブルに座ってお茶を飲んでいる。―――この館の主。後ろに立つ執事の男が、戻ったカップにお茶を足した。

「…………」
「………。」

「とりあえず座らないか?茶ぐらいはすぐに用意できる。」
「遠慮させていただく」
「―――そうか。どうらや私達が関係を持つ事はあれの興味の主体でないようだから、あっさりと流されてしまった。しかし、客人に名乗らせるわけにもいくまい。」
「………」
 客扱いか?
「――――リーディールの知り合いであると言う事が、一部の島人にどれだけ驚愕を与えたか知らないだろう。」
「興味ない」
「――――そうかな?」
「………」
 なんだ、コイツ。

「アズラル・ランゴッド」
「カイル・ディース………?」

「―――どうかしたか?」
「いや………性を先に名乗るのは、エアリアス家のしきたりか?」
「そうらしい。もっとも、この島ではあの家の者はまとめて“リアス”と呼ばれるがな。」
 特別な者を除いて。そう言った男――ランゴッドはお茶を口に運んだ。

「………」
「…………」
「―――」
 沈黙を作る者と、沈黙が気にならない者。その沈黙に何か、寒気を感じている者。

「………」
 ―――そう、聞きたいことは多い。

「―――」
 興味深い。

「……………」
 主の不機嫌さがさらに増していく気がするのは、気のせいだと思い込みたい。

「――――気に…」
「アズラル様!」
「………なんだ、セナ」

「………」
 確か、前掛けの端を握るくせがあるほうがセナ――姉のほうだ。

「リーディール様が……」
「―――?」
「………森へ?」
 ランゴッドが次の言葉を引き継いだ。
「はい」
「――――そうだろうな。わかった、仕事に戻れ。」
「はい………でも……」
「気にするな、この島はあれの物であることは、変わらない。」

「………」
 気になるのは、目の前の得体の知れない男だ。だが……

ザッ!
 アズラルに背を向けて、カイルは歩き出した。

「――――気にならないのか」

「………」
 が、後ろからかかった、からかいを含むような声に立ち止まり振り返った。
「―――どういう意味だ?」
「なぜ、リーディールが名を剥奪されたか。」
「俺を足止めでもしたいのか?」
 そこに行かせたくない理由があるのだろう?
「………それもある。」
 なかなか、鋭いな。―――それぐらいでなかったら、あれと一緒にいたという事実に説明がつかないか。
「……。」
「いつも、この森に入った時に誰かが来る事を厭(いと)うからな。」

がだっ!
 アズラルの目の前に空いていた椅子を引いて、カイルは座った。目の前の突然の行動に、アズラルは一瞬驚いたが、執事のほうは冷静にお茶を出してその場をあとにした。

「――――聞かせてもらおうか」

 ―――おい、ドコで何を連れてきたんだ?
 目の前の青年の中身を垣間見たアズラルは、少し呆れてしまっていた。







「…………」

ぱきぃ
 小枝が、音を立てて折れた。
 手の中に、今しがた折った枝を持って、そして投げた。

「――――さて」
 当分は静かにいられそうだった。ここには、誰も来ない。いつも。来させないと言うべきか。
「………。」
 まぁ、一人黙ってないのがいるけれど。
 土も木々もとても元気そうに青く、取れる植物も問題ない。でも、この山の向こうは、“まだ”だった。一足先に毒の中和を計った島は、うまくいった所と、いかなかった所の差が激しい。上陸したときに見えた枯れ木の集まりは、変化に耐えられなかったのだろう。うまくいったここは地も水も元に戻りつつあって、でも、あそこは――――

「………限界ね」
 人々が生き残れるようにした事で、いくつかの自然を失った。そう、彼らが、生き残るために……

「――――次で、最後」
 ゆっくりと、中に赤い炎を見ることの出来る石を握り締めた。

「そしたら―――」






「……………で」
 かちゃりと、持ち上げて口にしたお茶をソーサーに戻し、年上だろうが敬意をはらうわけないカイルが声をかけた。
「……」
 対して、アズラルは目を閉じた。
「まさか、ただの足止めのためにそのままでいるわけじゃあるまい。」
「おやおや、ばれてしまったか。」
 片目だけ開けて、カイルを見ている。さほど気にした様子も、言い当てられた焦りもない。
「………」
 レランの手が、剣の柄の上に移動した。横目で見えたカイルは、止めなかった。
「こういう事は本人に聞くべきだとあとで双子に怒られそうでな。だが、本人が言うとは思えないが。」
「―――――」
 そりゃそうだろう。

「第二王子には、あったのか?」
「ああ」
「なら、話は早いな。」
 ようやく本題に入れそうだ。

「もう、そうだいたい五年も前の話だ。この国の第二王子が死に掛かった。原因は、リアス家の毒薬を口にしたせいだ。―――なぜ、口にしたのかは知らないがな。」
 何を、考えていたのか容易に想像できる。あの世間知らずで、そう、何も知らない子ども。――――そうする事が、一番いいと信じている。思いは、一つ。

「それで?」
 話が進まない、カイルは声をかけた。

「………危うく死ぬ寸前のところで、役にたたない大人共を押しのけてリーディールが帰り、死なずにすんだ。すでに王女二人を亡くしている国王は、原因となった毒を作った者を殺すと言った。」
「それが、」
「それがまぁ毒を中和した本人。エアリアス・リロディルク。しかし、どういうわけか処刑ではなく、名を剥奪の上に国を追放された。」
「……。」
「まぁ、十六にしかならない女を処刑台に上げるのもどうかと思ったのか、再びその血を流すのを嫌がったのか。なんにせよ、あの海を越えて生きられるはずはないと信じられていた。だからこそ。―――手間もはぶけるしな。」
 片付けられる死体―――海に沈む。





「………枯れてる…」
 悲しいのか、嬉しいのかわからない。自然と歩いてたのは、この木を見に来きたかったのだと納得した。
「そうね、必要ないのか。」
 いくつもの薬を作った。あの本に載る物すべてと言ってもいい。体内の毒をどうにかするには。―――はじめは気がつかなかった。いくら個人を中和したところで、取り巻く環境がかわらなければ、それを処理する力を失った人は死ぬしかない事を。……そして、そんな事は許さない。

 気がついたところで、どうしようもなかった。ただ薬で進行を遅らせるか、表面上の病を取り除くだけだった。

 送りつけられ、私に回る患者は、その二つが意味をなくした患者。ほとんど、まれな人々。根底にある毒と混ざり合った病を持った人々。
 都合のいい存在。

 あと――年後に、この島の人々は死ぬ。
 初代エアリアス・リインガルドの計画、一族以外の人間を消してしまう。

『ぁあ、つまらない―――ひとつ、大きな事をしよう』
『――――誰か、気付いたかい?』

 表と裏の本は、違う事を言う。殺したいのか、生かしたいのか。………答えは、先の子孫に預けて。――――でも、
 もしかしたら、





「知っていたのかも知れない。」
「王?」
 ゆっくりと首を上げたラビリンスに、ラーリは声をかけた。さっきまで、眠っていたように見えた。
「あれは、は知っていたのかも知れないな。」
「…?」
「それとも、確信していたのか。」
「リール様のことですか?」
「あの一族の末路を、“今”を、リインガルドは知っていたのかもかも知れない。」
「“今”ですか?ですが今は、何もないのでは?」
「いや、もうはじまっている。それこそ、――年も前から。」
 最後の声は空気が運んでしまって、ラーリにはよく聞こえなかった。

 不思議と先を見出す言葉は、飛ばされて、それでもリールに聞こえない。


 あの時は、人知れずやって来て―――今につながる。過去はつながっている。今にも未来にも先にも昔にも。この廻りを、ヌケラレナイなら……


『――――だから、私は申し上げました。』
 怒り狂う国王に、呼び出されたリロディルクははっきりと言った。

 そう、あの時。

「―――――おやめ下さい!!」
「何を言うのか」
「あそこはとても危険な場所です、もし、何か起こったらどうなさるおつもりですか!」
「問題なかろう。何が、起こりえると言うのだ。」
「それは………ですが!!!」

 なぜ、私はここにいて、国王から理不尽な命令を受けているんだろう。だって、まさかあの子が王子だったなんて――――



十年前――

「どうするんだ…」
 静寂の中、誰かが声をあげた。誰か一人の声のようで、それが皆の心の声だった。
 部屋の中に、一族の、上の地位を占める皆が集まっていた。次の者を立てるために。用意するために。これまでがそうだった。保険のように用意してきた、力のないとされた一族の末端。もう、いない。気がつけば、だんだんと一族の人間は減っているように思える。

「用意しないわけにもいくまい…」
「誰が就(つ)くというのだ!!?」
「そうですわいったい――」
「お前だ!」
「――なっ何を申します!?あなたこそ適任では?」
「誰でもいいんだ!」
「じゃぁお前はどうなんだ!?」
「それよりも適任が――」

 ―――あきれてしまう。私が入ってきた事にも気がつかない大人達。何を、責任をなすりつけ人に押し付けているのかしら。わらっちゃう。
 コツリと、足音がして、床を叩いた。

「……私が、就(つ)きます」

 騒がしい室内にはっきりと響く声、一番堂々としていた。弾かれるように入り口を見て、立ち上がり机を叩き誰かに押し付けようとしていた大人達は振り返った。しばし、呆然と、目の前に立つ少女の言葉を理解し得ないように、口をあけてしまう者。目の焦点が定まらない者。
 彼らの中で言葉が理解し得るまで、数分。

「ふざけるな!」
「そうよ!!」
「何を考えている、出て行け!!」
「お前が、口を出す問題じゃない」
「誰のおかげで――」
 さっきまで人に押し付けていたのを忘れたかのように、口々に抗議し始める。―――身の程を知れ。そう聞こえる。

――――いったい、何がしたいのか、言いたいのか。――この、人間どもは。よくも、……………よくもそんな事が、

「いいだろう」
 目の前の光景を初めから眺めていた当主は、静かに言った。
「「「「「「「!!!」」」」」」」
「何をっ!」
 慌てふためく一族は、皆、反対したかった。しかし、
「ほかに、自ら進んで就きたいという者がいるのか?」
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
「異存なかろう」
 ―――そう、誰だって、その地位に就きたいと思いもしない。いつも、自分達より下の者達に押し付け、なすり付け、生きてきたのだから。最後に向かう末路を、作り出してきただけに。

「リロディル、お前がルフォールの後任を務めろ。」

 十歳になったばかりの少女が、決めた選択だった。


 そして三年、長くもなく、早くもなく、あっという間だった。

 髪の短かった少女は、今も短いまま。動きやすい軽装に身をつつんでいる。今や自分の家にも帰らず、リロディルクは塔の中で生活し、薬を作っていた。父のエアリアス家の中の役職を受け継ぐ事が出来てから。一日中。人々が寝静まってからも、おきてからも。―――むしろ、眠る事は苦痛だ。



 腕の中に本を持ち、振り返って屋敷を眺める。来客を迎えるらしくあわただしかった人達。おかげで、書庫の中もカラッポだった。

「――――?」
 何か、視線を感じる?
 振り返っても、何もいなかったかのように何もない。でも、確かに。
「………。」
 厄介ごとに、首を突っ込むのは御免だ。足早に廊下を通り過ぎ、抜け道を通り過ぎた。

がさっ!
 茂みを突っ切って、塔に帰る。


 この日エアリアス家を、国王と第二王子フォトスが訪問していた―――


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