故郷 〜降り続く〜


「………」
 もう、わからない。悲しいのか、怒っているのか。
 ―――目の前で人が死んだ……私の、治療が行き届かずに。
 もっと早く、私が見ていたら―――

 治せたとでも言えるの?―――貴女が?

「―――っ!!?」
 今や、寝床とかしているソファから跳ね起きた。―――眠っていたわけじゃない。

「………」
 なぜか、涙は出てこなかった。いちいち泣いていたらもたないことを、知っていたんだろうと思う。

 幾人も幾人も島の人々が私の元に割り当てられる。エアリアス家の薬師として働ために。毒を薬として使うことを。それを公(おおやけ)に許されるのは私だけで、そして……
 そしていつしか、私には老い先の短いものしか割り当てられなくなっていた。



「………はぁ……」
 ため息が、知らず増えている。
 患者を持つと、頻繁(ひんぱん)に島を出る事が難しい。いつ、容態が悪化するかわからないから。
 その代わり、時間を費やした。十九個の種を作る事に。本に載ってはいても、同じものをそろえ、集め、一番慎重になる必要があった。失敗作は多く。捨てた。花の種は完成している。だからこそ、島を出て撒きにいく必要もある。

「はぁ…」
 ほかにも、中和を始めた島の巡回と、小屋の中身の補充。数年前のようにほおって置いてくれれば、一番いいものを。

 死の淵に近い者の容態は、皆異なるようで根本的には同じだった。必要な毒を取り込めなくなった者。毒に耐性がつき、取り込めなくなった者。いくつもの症状の中に必ず、島の毒との関連がある。
 それがなければ、生きていけないシャフィアラの島人。長い年月をかけて、作り変えられた身体。―――ほころびなど、つつけば溢(あふ)れ出るだろう。

 悪化した個人個人の毒を中和しようと、取り除こうと意味がない。生活の中に毒は溢れ、充満している。
 空気も、植物も、食べものも、動物も。海も川も山も土も人ですら。

 なぜ、シャフィアラに他国の船が流れ着かないか、これないか。それは、海流が拒むからだ―――海の水ですら、シャフィアラから離されない。つながった海の水が、毒に犯された海の水が外に行かないのはなぜか、知る者はほとんどいない。だが、しかし、知っている。エルン大陸が沈んだ影響で海流は荒れ狂っている、それもある。しかし、海の水が世界に拒まれている事も事実だ。

 この島(王都島)は、一番根深い毒に犯されている。他の島はなんとか、与えられ事由にできる二つの島だけは何とか……中和をはじめている。のちに―――うまくいけば八年後になるのだろうか。一年、二年の差はさほど変わらない。人が死んだ歳とはいえ、一年は長い。死んだ初めに実行するのか、それとも、ほとんど一年たちそうなときに実行するのか。―――ようは、その日が過ぎればいい。それだけが、決まりごと。

 所詮、人のすることなんて、いつだって、曖昧で、雲隠れ。

「どうしよう………」
 後悔したわけでもないけれど。人の命を握っていることは、とても、重苦しかった。





「―――リーーディ!!」
こんこん!!
「リーディ?」
ココン!!

しーーーん

「………今日も、いないんだ…」
 最近では、よく城下に下りているらしい。なんでも、エアリアス家の薬師として。
「………どこに、いるんだろ…」
 昨日置いた石がなくなっている。帰ってきていることは、明らかだったのに。会えない。
「つまらないなぁ…」
 風が、声を、運んでくれないのかな。
「鍵……」
 この扉を開く、鍵がほしい。

 それが、二人を別つ鍵。





 数日がたった。石はいつもの箱に入れて、花は花瓶を……屋敷から取っ払った花瓶に生けた。いくつかは干して薬にしようと思う。いまだに、会うことはなかったが。

「………つまんない………あれ?」
 いつから、彼がいないことがつまらないと思うようになったの?ただ、傍の椅子に座っているだけだったのに。―――いつも。週に何度か。何度も。
 手が止まって、薬が固まっていく。
「ぁあ!!あ゛〜〜……」
 もう、使い物にならない。
「もったいな……はぁあ。」
「リロディル!!!?」
「きゃぁ!!!―――あ、小父上?」
「お前という奴は!!」
「な、なんですか?」
 また扉破ってきたんですか?
「何をしでかしたんだ!!!?」
「だから、なんですか!?」
 ――――怖い。と思った。
「陛下がお呼びだ!」
「………誰それ?」
 “国王”がいるってこと、すっかり忘れていた。私の世界は、とても狭かったから。知識だけが増えていっていた。それも過去の。今現実よりも、過去から学び取る事を重要とするから。
「……………」
「えっと?」
「なんでもいい!とにかく来い!!」
「放してよ!!」
 小父上の前で気を張らなかったのは、これで最後になったのかもしれなかった。突然の事で、張りようもなかった。




 何がなんだかよくわからないうちに、アズラルが作った礼服を着させられた。―――見た目に比べて、動きやすい。髪もとかされて。ちなみに、長く作られたスカートの下に短剣と薬の瓶がいくつか……ほかに、器具があったりしたり。
 なーんて、口がすべりもしないけど。

 膨らみを持たない緑のスカートは三枚の布が折り重なっている。中にブーツを履いている事はわからない。上は白、袖は手首まで覆う長いもの。親指の下から手首が見えるところまでは切込みが二つ入り、左腕には赤と藍色の石が交互に銀の鎖につながっている物が二連。襟は丸く、緑のボタンが首元まで絞まっていた。色は白といえども、肌の色が透けるほどではない。厚みのある生地は、手首とひじの間にあるナイフと細い器具の存在を隠す。

 ま、こんだけ持っていれば大丈夫だよね。うん。




「遅くなりましたことお詫び申し上げます陛下。」
「………。いだっ!」
「………申し訳ありません。」
「もうしわ…」
「お前!!」
 いい加減で顔を下に向けさせられていて、いらいらした。そして、何も言わないと足を踏まれた。しょうがないから謝ろうかと思って顔を上げて、驚いた。
「リロディル!!」
「やめよ。今はまだ理解してないのだろう?―――ただの子どもだ。」
「なら帰していただけませんか?」
「………ずいぶんと、どうやら、口のまわる子どものようだな。さすが、エアリアスの名を持つものというか。」
「………。」
「………そうですか…?」
 焦ったような小父の声が聞こえる。そんなことは問題じゃない。だって、気になるのはそう、玉座に座る国王…だよね?なんとなく、似ている―――ジオラスに。

「我が息子は知っているか?」
「――――……知っている人がそうならば、そうですが。」
 そうでないと思いたい。
「………」
「リロっ!!?」
「……フォトスと言う。」
 誰?本当に。
「ここ最近、数年前からか、いや、四年前、私とフォトスはエアリアス家を訪問した。―――覚えているか?」
「まったく。」
 そういえば、あったかなあ?
「それから、フォトスはよく城を抜け出すようになった。」
「……」
 危うく、口を開いたら「だからどうした」と言いたくなってしまうところだ。
「もうすぐ誕生日でな、」
「………」
 黙っているほうがいいみたい。
「何か贈りたいと思うんだが、最近、会ってもいない。」
「なぜですか?」
「私は、嫌われているようだからな。」
「………?」
 意味がよくわからない。
「あの塔の鍵を送るのは、とてもいいと思わないか?」
「………っ―――!!!?なにを…!!?」
「陛下、さすがにそれは…」
「ほう、何が問題だというのだ?」
 わからなかった、一瞬、目の前の男が何を言ったのかわからない。ようやく頭で理解して、そしてそれは現実になるのかと思うと、寒気がした。

「―――――おやめ下さい!!」
 駄目だ、だって、あそこには―――毒も薬も劇薬も危険物も武器ですら、ある。何より、あそこに自由に出入りできるならば、屋敷にだっていける。
「何を言うのか」
「あそこはとても危険な場所です、もし、何か起こったらどうなさるおつもりですか!」
 そこかしこにある薬。
「問題なかろう。何が、起こりえると言うのだ。」
 何がって、何がって……
「もし薬を使用すれば!!」
「そんなわかりきった事、するはずなかろう?」
 なぜ、危険とわかったものに手を出すのだ?
「それは………ですが!!!」

 でも、不安だ。彼は今まで、何もしていない、何にもさわっていない。見ていただけ。だからこそ、余計に恐ろしいのだ。私は何も言っていない、さわるなとも、口を挟むなとも。

「うるさい娘だ、あの塔の管理者だというからここに呼んだというのに、なんだ。お前の意見は聞いていない、お前はただ命令を聞けばいい。それだけだろう?」
「はい陛下」
 勝手に返事をしないで!
「持ってきただろうな?」
「もちろんですとも」
 塔の鍵は二つ、私のと、当主が持つもの。
「ダメ!!!」
「―――うるさい!」
「きゃぁ!」
 叩かれて、床に転がる。国王に鍵が手渡されて、隣で傍観していた王妃が受け取って不思議そうに眺めている。私は、呆然と眺めていた。なぜ、私はここにいて、国王から理不尽な命令を受けているんだろう。だって、まさかあの子(ジオラス)が王子だったなんて――――知らない。知らない知らないしらない!

 そうでしょう?そうなのでしょう?

「その娘は丁重に送り返してやれ」
「「はっ」」
 傍にいた兵士につかまれる。
「放してよ!!放してったら!!自分で帰れるから!」

「このあと、食事でもどうだ?」
「わたくしで宜しいのならば。」
 二人の大人の声が、遠ざかっていく。


「小父上のばかーーー」
 いきなり、リロディルクは叫んだ。自身が無力であることなど、わかりきっていた。




「もういいでしょう!自分で帰る!!」
 城の入り口を出て、目の前には道が見える。歩けばすぐである。兵士達は暴れるので手に負えなくなったのか、面倒に思ったのか地に下ろした。


「リアス様!!」
 と、兵士に抑えられていた少年が兵士の手をかいくぐりは知ってくる。
「何よ!!?………。」
 昨日、薬を届けた家の子どもだった。
「ここに行ったって、あの、おばぁちゃ…」
 目の前で探しにきた理由を聞くことなく、走り出した。―――なぜ、探していたのかわかるから。

 城の兵士の目が見えなくなったところでスカートの布の一枚を引っぺがし、連なる小瓶と器具を包み抱える。そうして、速度を上げて走った。

 ――――また、命が消える。自分達にとって手に負えない者を、割り当てるのだから。
 毒草を薬に使うのは受け入れられがたい……恐れ、信頼を失う。薬草の使い方を誤るのだって、同じくらい危険な事なのに。だけど、人々の見る目は違う。
 明らかに受け入れらないことをしている者達は、区別される。―――そうとは見えなくとも、表面に現れなくとも、しずかに、はっきりと。

 だからこそ押し付けやすい……責任。

 非難されるのは誰?



 それから、幾日、幾月がたつと、少女は、呼ばれた。

「ぅわぁあぁぁあ!!!」
「みんなが言った通りだ!!」
「お前がくれば、助かるはずもないんだ!!」

「「「死を運ぶ女め!!!」」」

 もう少し、先の未来に。


「…………」
ザ――――

ザ―――……


 私が割り当てられた家に行くと、追い出される。別の人間を連れて来いと言われる。―――それは、無理でしょう。
 実際、小父上や小母や一族の人たちがもう駄目だと思った人たちが、割り当てられているのだから。

「…………寒い。」
 震える手は、雨に揺れて重くなった衣服のせいなのか、それとも、まだ人の命を預かっている事からだったのか。


ザ―――――

「………」

 それでも、すべての人がその手のせいで死んだわけではなかった。幾人かは、生き残る。家族と共に、もしくは一人で。―――遠くない数年後、島の半数の人々が息絶える中。
 だが、今はわからない。



「おかえり」
「――――ぁあ、そっか。」
 雨の中塔に帰れば、いつものように―――それこそ、いつものようにジオラスが、いた。椅子に座って。無言でタオルを取り出して髪を拭き、着替えるために下りた二階。

 あれから数ヶ月、いつが、誕生日だったの?

「ねぇ、」
「何?」
 着替えて、また階段を上がる。変わらない少年に、部屋を見渡している少年に声をかけた。
「―――今日は、帰って。」
「なんで?」
「………これから用事があるの。」
「……いってらっしゃい!」
「―――うん。」
 見送られて塔をあとにした。誰かに迎えてもらうのも、見送ってもらうのも久しぶりだった。この王都島では。




「やぁやあやぁリーディール!」
「アズラル…」
 呆れてしまう、なんだろうか。ここはいつも、こんな調子だし。
「今度の服の調子はどうだい?だがしかし、これを見てくれ!改良を重ねた服と新しい式服を……」
「そんなにいつ着るの……?」
「まったく、こちらが用意しなければ二、三着しか着まわさないのだから。」
「さぁこちらへリーディール様!」
「採寸とお着替えを!」
「私の話は終わっていないのだが?」
「「アズラル様、少しお黙りくださいな?」」
「………」
「くすくす……」
 おかしそうに笑うと、三人は驚いたように顔をこちらに向けた。―――それもそのはず、面白そうに笑った顔が、まるで泣いているように見えれば、誰だって。
「リーディール様?」
「お休みになりますか?」
 セナとユアが声をかける―――何か、壊れ物を扱うように恐る恐るといったところだ。いったい、数ヶ月会わない間に、何がこの少女を蝕んでいるのだろう。
「――――大丈夫、すぐに、行くから。」
「え?あのお食事は?」
「今日はいいわ。」
「……大丈夫なのか!?」
「何よ、どういう意味?」
 今度こそあわてふためくアズラルを、リーディールは睨んだ。

 ここでも、私は、休む事はできないから―――

「いったい何をしにいらっしゃたのですか?」
「そんなもの、採寸に決まっているであろう。さすがリーディール、よくわかっているではないか。」
「顔が、見たかったから―――」
「「「!!!?」」」
 小さくつぶやいた本音が聞こえたらしく、目をむいた三人。
「お前、本当に大丈夫か?」
「ね、熱はおありに!!?」
「――やっぱり、お休みにっ」
「……帰る。」
「わーーー待て待て、わかった。」
「「は、早く採寸だけ終わらせましょう!!」」

 とはいえ、終わったころには折り詰めが渡された。まだ暖かさが残る袋と、お菓子。飲み物まで付いてきて。―――今からいく所に持っていくにはもってこいで。




 がざがさと、茂みを掻き分けて進む道。―――道?
「ラーリ…様?」
「――――リールか」
「――っ」
 そう呼ぶのは、もうラーリ様しかいない……安堵とほかでもない安心を感じた瞬間、倒れこむように眠った。暖かい背に寄り添って。

「………王!?」
「静かにしろ」
「―――申し訳ありません。」
 人型で、紙の袋をいくつも抱えたシーンが近づいてくる。
「ですが、さすがにここまで必要…」

す――――

「いつの間に……いらっしゃったので?」
「さっきだ―――どう思う。」
「………ぼろぼろに。」
 見える。
「…………我はあの家の中にまで介入はしない。」
 力を求めたのも、受け入れたのも、この少女だ。

 壊れた心は、これ以上壊れようがない。―――そう思ったのは、甘かったのだろうか――――



暗い…ちなみに、「過去話」です。
もうちょっと続きます。―――ぁあ、普通に現在のリールとカイルとレランが書きたい…
量は少ないですが、「王子〜王女」との関係もあってアップ


Back   Menu   Next